閑話・3 2年
「サナリア様?あー、昨日も城の演説台に居たよ。朝はいつも街を一望してるって聞いたことあるなぁ」
「サナリア様?最近は街に繰り出すよりも部屋や城の書庫で本を読んでる事が多いわね」
「サナリア様?偶に大聖堂の屋根に登るのよ。危ないって言っても……まぁ、今は大聖堂そのものが危険だけれど」
「「「サナリア様?訓練中だよ?」」」
ディアナ発案の吃驚ドッキリ忍者屋敷(本気殺し)とは、私が日本という国のとある時代のとある忍者の里に生まれて、そこの修行時代に使っていたカラクリの仕掛けをディアナがこの世界の知識と合わせて開発した物である。
サナリアの自室(歴代巫女の部屋)から始まり、爺様の許された者にしか入る事が許されない教皇の部屋までの道のりの間に設置された数多の仕掛け。その全ては魔道具化する事によって簡易的な仕掛けを可能としていた。幸いな事に宝物庫には魔道具の原料となる『レブナント鉱石』と呼ばれる物があったので、その国宝級の塊を惜しみなく使ってしまっている。
『という訳でして、今日からがその第1日目ですね』
「2歳になったと同時には結構鬼畜じゃない?」
『貴方の異常性は既に伝えた通り。ならば身体を慣らすのが先決でしょう?漸く長距離を走れる様になってきた肉体ですしね』
「爺様もよく許可したもんだ……」
『安全性も考慮されていますから。強くなる分には全然OKでしょう。さぁ、分かったら早くスイッチを』
「はいはい……じゃあシンシア、お願い」
「は、はい……」
私の秘密を知る者の1人、乳母のシンシアに部屋の隅に設置されたスイッチを押して貰う。と同時に、
バタンッ!!
「わっと!?おぉおぉーーーッッ!?!?!?」
初見殺しの落とし穴が作動したので、それを『総合技』のスキルで跳んで躱した。と思ったら横の壁が変形して幾つもの穴が。そこから小さな矢が一斉に発射された。うん、殺す気しか無いねこれ。
とにかくシンシアが物凄い形相で慌てた声を上げているので、その矢も自分に当たる分を『鷹の眼』で見て『矢掴み』で対処する。どれも違う時代、違う国で極めた技術だけど、こうして一度に使えると如何に便利か分かるっても―――――――――――――
「ぐっ!!?」
『油断しましたね』
矢を全て退けたと思ったら、そちらに目を向け過ぎて、下から突き出して来た長い槍に片足を軽く抉られてしまう。そのまま床に落ちて血を滴らせながら更にランダムに突き出す槍を最低限の身のこなしで躱し続けたが、碌に鍛えていない身体で直ぐに限界が来た。
まだだ。まだ止めない。こんなものでっ!!
「サナリア様!!」
「まだまだぁッ!!」
『とりあえずは部屋から出るまでを目標にしましょうか』
それからも触れた場所、通った地点、特定の位置に身体が行く度に罠は発動し、私は喜んでズタボロになるまで、その訓練に身を投じた……
「……言い訳を聞こう」
『駄々っ子でした。以上』
「申し訳ありません猊下……」
ベッドの上に寝かされ、身体中血だらけだったのを拭き取られ魔法士に回復されているサナリアは、健やかな寝息を立てていた。だが先程までは部屋が危うく血だらけになる寸前まで訓練を無理やり続け、最後には片腕が取れかけてしまったのだ。
そこまでして漸くサナリアは止まり、シンシアは泣きながら助けを呼びに行き、教皇の間で待っていたカイルスは血相変えて部屋までやって来た。その瞬間の彼の形相を見てディアナは悪びれもせずに『予想外でしたね』と一言で済ますのだから。改めてこの存在が人間の精神をしていないと再確認出来たというものである。
サナリアもまた、カイルスの予想を超える向こう見ずであり、回復手段があるという前提でギリギリまで無茶をしてしまうという難題が判明してしまった。
「貴様が、サナリアの力に合わせて設定した物だった筈だ」
『ええ、最高スペックの彼女の肉体で、彼女が自身のスキルと集中力を最大限発揮出来た場合のですがね』
「……」
『生半可では駄目なのですよ、カイルス。サナリアも笑っていましたし……』
そうサナリアは最後の最後まで楽しそうにやっていた。激痛など最早刺激の1つでしかない彼女に、自分の命を賭ける事など日常だった。
腕が捥げても、足が抉れても、眼玉が無くなろうと、この世界では復元出来る。なら止血だけしておけば問題無いという人間を捨てた戦い方を本気で考えるぐらい。
『ただ、やはり私もそこまでボロボロになってしまったサナリアを何度か止めたのです。ですが彼女はボロボロになりながらも思考し、最善のスキルを選び取り始めている。まだ自身の戦闘スタイルを極めさえすれば、こんな物はお遊びの範疇になりますよ』
「……次、もう一度同じ事が起これば、何が何でもこの訓練法は中止する。良いな」
『ええ、ご自由に』
「シンシア、今日はサナリアが起きても決して目を離すでないぞ。何かあれば枢機卿や大司祭に」
「わ、分かりました」
教皇はローブの中に握った拳を隠しながら、努めて冷静な声色で部屋を出た。それを見ていたシンシアは、自分の子にも等しいサナリアをマジマジと見ながらまた泣きそうになってしまう。
こんなにも過酷な毎日を、この子はこれから味わい続けるのか。人類を救済するという多大なプレッシャーの中で、こんな苦しみが序の口だということを彼女は想像も出来ない。もしも自分の息子に同じことをさせろなどと言われれば、シンシアは自分が死ぬことで回避しようとする、そういう強い意志を持っている。だが、サナリアにそれが出来ないのがこんなに安堵してしまう自分が嫌だった。
(余りに短い……どれだけの地獄を背負えばこの子の代わりとなれると言うの?)
「……ん……ぅ?」
「サナリア様……」
「ああ……んぅ、シンシアさん。おはよう、寝てからどれくらい経った?」
「……まだ数時間程です」
眠気眼をくしくしと手で掻きながら身体を起こすサナリア。その手は先程まで皮一枚で繋がっていたのだが、彼女からは恐怖感というものをまるで感じることは出来なかった。故に、そんな感覚さえ鈍くなってしまっているのだと、シンシアは再確認してしまう。
「怖くなかったのですか?」
「訓練?心配させてごめんなさい。けど、懐かしい感じだったら別に怖くはなかったよ。痛いだけで済むって分かってたし」
遠い昔の記憶の通りにディアナがカイルスに作らせた忍者屋敷以上に鬼畜な罠の数々。だがあの時の気持ちを思い出し、あの時共に戦った者達を思い出し、自分の最後も思い出した。
そして、その時の無念を此処で晴らせる喜びがあった。サナリアのにとって人生とはそういうものの繰り返しであり、忘れる程多くの無念が心の中で燻っている。だからこれもまた嬉しかったのだ。
「シンシアさん。私は残念だけど、かなり変な人間だからさ。人が理解出来ない事をこれからも沢山すると思う。この頭の中に居るディアナも、人間に関して鈍感みたいだしね。けどそれでも」
小さくて暖かい手で、シンシアの細い指先を握る。黄金の瞳は、自分の傍らで母の様に慕ってくれる彼女に慈しみを見せる。
「貴方の気持ちをなるべく大切にするよ。爺様や、生んでくれた母様や、命を賭して戦った父様に顔向け出来る様に。だから泣かないで?」
「そ、それはつまり……今日みたいなことは」
「なったらごめんね?」
「何度謝るつもりですか!!」
その後、シンシアの怒りが治まるまでサナリアのほっぺは好き放題されてしまった。
3ヶ月後……
「……ん、んぅ~~~~~~……ふぅ……よしっ」
高く背伸びをして身体を解した私は、スタートダッシュの体勢を取る。その端では侍女係のシスターがボタンに指を乗せていた。
「では、参りますよ巫女様」
「いつでもどうぞ~~」
「……ではっ!!」
「―――――――――ッ!!!」
部屋の中央にて、まず最初に横に跳びながら右手を前に出す。次の瞬間には鉄球が目の前に来たので、それを手の平を支点に飛んで触れた刹那に衝撃で大回転。直ぐに飛んで来た矢を回転しながら手で掴み、着地地点の落とし穴の端に突き刺して落ちるのを防ぐ、扉が目の前にあるので蹴破り、開脚しながら身体を捻って跳び眼の前に設置されている魔道具の像から発射された属性魔法を躱す。そこからは一本道で横は庭なので、警戒すべきは通路の柱と左の壁だけ。
ディアナは何も言わない。今日はまぁ自分なりの試験だったから、口出しはしないようにして貰ってる。流石に何度も死に掛ければ怒られもしたけど、流石に夢の中で延々に抱き締められながら感情の籠って無い顔で説教されるとキツイよね。
とにかく私はこの罠の数に対して必要なスキルの組み合わせを思い付き、そして今に至る。というか前提条件から間違えてたから怪我するんだよね。
ということで、私は全ての攻撃に対して戦闘用のスキルを使い始めた。言うならば『生き残る為の躱し方』ではなく、『相手を確実に殺す為の躱し方』に変えたのだ。
「後半分かな!?よいしょっ!!」
先程よりも小さいがランダムに発射されてくる鉄球を全て最低限の力と最適の角度から手の平で打ち込み最小限で弾く。動体視力はすっかり速さに慣れ、全ての攻撃はスローに見え始める。どんどん身体は脱力し、力を入れずとも走れる様になる。
多対一を前提とした武術や格闘技術のスキルを10個。身体能力を最大稼働させるスキルを20個。そして意識を集中させるスキルが3個。どれもを一瞬の内に使い、考えずとも反射で発動出来る様にした。
だから私はどんな状態からでも最善の動きが可能になったし、最早どういうスキルを使われようが事前に察知出来る。
後は実戦するのみ。
「最後ッ!!」
教皇の間の前に立つ2体の石膏像。聖騎士の甲冑を模したそれは、騎士団長の戦闘経験をレブナント鉱石に刻まれたディアナ特製だ。本人がギリギリ勝てたぐらいには強いらしい。だが私は勝つ必要は無い。教皇の間に辿り着いた時点で私の勝ちだ。
『『――――――――』』
「来なよ、その重さで追いつけるならね!!」
2体はそれぞれ上段下段と構え、左右から斬り掛かってきた。それをバックステップで顔ギリギリで見切り、剣の上に足を乗せて返し刃に乗じて飛ぶ、そのまま片方の頭に手を付いて超えた後、思いっきりしゃがんだ。
「あぶなっ!!けどこれでッッ!!!」
振り向き様に振って来た剣に数本の髪を持ってかれ、横に回ったもう1体の振り下ろしを捻って躱し、股の間にスライディングする。これでどちらも越えた。これで、
「さいごぉぉぉぉーーーーーーーぉぉおおおぉぉおぉおぉぉ~~~~~~~…………うべっ」
「むっ……」
転がり込む様に突っ込んでコロコロしてたら、最後にボフっと何かに当たった。爺様の声も聞こえたので、多分立ってる爺様の尻だ。尻に後頭部が当たる事多いな私。いや、生まれる前だからノーカンかな?
「……おはよう、サナリア」
「ん、おはよう爺様。今年初めてちゃんと挨拶出来た気がするよ。あはは……」
「私も嬉しい……来なさい。今日は一緒に朝ご飯を食べよう」
「……うん♪」
その日、初めて私は爺様の膝の上でクッキーを食べる事が出来た。
それからは私もすっかり怪我無く毎日を過ごせる様になり、今は本を中心にしている。1歳の頃は散々抜け出して国中探索したからね。今度は明確な知識探索をしている。レーベルラッドの歴史は勿論だが、私はこの世界の歴史が知りたかった。なのでそれも含めて片っ端から書庫や教皇の間、城に侍女のシスターやシンシアさんに連れてって貰い、ひたすら読んでいた。ディアナが一瞬で覚えてくれるから、私はそのアーカイブを覗くだけで良いし、こういう時楽だね。
『私は写真やビデオではないんですがね』
「私の記憶を度々覗いてるんだから、これぐらいは協力してよ?」
『それは是非もありませんけどね』
ということで司書の人にも協力して貰い、私は必要な知識をどんどん蓄えていった。
この世界にはハーリアという国があって、そこが全ての生物の起源らしい。世界樹というのもあるが、そっちはまた普通の生物ではない者達が生まれる場所で、それこそ全ての種族はそのハーリアに暮らしていたという。
その国を治めていたのは『神王ユニス』という創造神。永遠に続くと思われる程の平和と繁栄をしていたハーリアだったけれど、それを他の神が荒らしに来たらしくて、ユニスは彼等と戦い、治めていた生物達を犠牲にせず、その神達と戦いの末に対消滅した。残った者達は皆悲しんだが、新たな時代を自分達で繁栄させようと頑張ったらしい。
けど神が消えた事で法を自分達で敷かなければならず、また全てを神に任せていた彼等に国を維持することは出来ず、少しずつ、少しずつ、種が分裂していき、国が増え始めた。そんな時に、国同士で諍いが起こり始め、世界は自ら混沌の時代にと突入する。そんな時に、魔物が現れ始めた。
魔物達は何処からやって来たのか誰にも分からない。ただ、その者達を統括し、世界に覇を唱える『魔王』と呼ばれる者が出て来た。魔王は魔物を使い、圧倒的な力と統率力で平和な世しか知らない者達を蹂躙し、瞬く間に広がっていく。抵抗するべく彼等も一丸とはなったが、一度生まれた綻びの所為で上手く連携出来ず、幾つもの国が種族が滅びた。
そして最後に頼ったのが、消滅したユニスの残した1つの召喚魔術。彼等の為に遺言として残した世界防衛装置だった。それが『勇者召喚』。
異世界を渡り、世界を救う素質を持つ救世主だけを呼び寄せるこの召喚儀式は、ユニスの残したスキルで肉体を作り、そこに死して尚強い意志を持った魂を入れる事で呼び寄せ、世界の滅亡を守る担い手として動き出すらしい。
そうして勇者は神の力をその身に宿して魔物を倒し、魔王を討伐するという図式が生まれた。以後数千年、この戦いが数百年に一度起こっているのが、この世界の歴史だ。レーベルラッドはその中でハーリアの次に古く、最初の勇者が共に戦ったとされるドラゴンを聖龍として祀り、勇者の支援を行っていた。
私が着目したのは、人間以外の種についてだった。エルフ、ドワーフ、精霊、魔族。どれもが今の世ではほぼ確認される事が無い。つまり人間だけが認識されている。
「もしも彼等を見つける事が出来れば、共闘を申し込みたいね……」
『長生きみたいですしね。世界樹も見つければ何かしらの役に立つかもしれません』
「伝説通りなら、葉っぱで回復薬が作れる。これはメモっとこうか」
という感じに、私は更なる打開を目指して本の虫になるのだった……
「爺様、何か良い感じにの秘蔵書とか無い?」
「……無いぞ」
『あるそうですよ』
「……」
「……そんなに見ても見せんぞ。いつか、な」
「『はーい』」