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第44話 ダンジョンマスター攻略戦③ 魂の還る場所

 それは、何の突拍子も無く始まった。


「すぅーー…………っ、はぁ~~…………っ」


 深く、長い深呼吸をして、意識を静かに平行に。風の吹かない水面の様に。意識という波を、波紋を消していく。


 同じく私が立つ”水面”には一部の隙も無く波紋は出ない。心の臓腑まで止めた私が鼓動を打つ事は無いのだから、当然水面に波紋を浮き出ない。


 そして例え此処が宇宙空間であろうとも、永久に消えない原初の炎が水面を照らしている限り、凍り付く世界は存在しない。この場は正しく神に捧し”祭壇”に相応しく、それを奉る”巫女”さえ居れば、魂の”儀式”は完成する。



「すぅーー…………っ―――――――――――――――――――――♪」



 アマゾネスという種の歌。魂に新たな戦士の道を説くシャーマンの歌は、驚くほどに清らかなフレーズで流れ出す。私はそれを口ずさみ、その雄々しき戦いを静けさの中で表現する。


 水面には私の足の指先からなる波紋が絶えず共鳴し合い、この世界に対する本当の意味に於いての”理”を提唱させる様に術式を描いた。ワイングラスの音色の様なバックコーラスの魔力が波紋の円をなぞり上げながら登り、その音色が”風”に乗って地上へ流れる。



「さぁ、戦士達よ。貴方達の行く先はそこじゃない。私の還れない場所に、貴方達は行けるのだから。その足を此処で止めてはいけないよ……」



 ブワァッッ!!!



 その言葉と共に、分厚い雲を破り、巨大なうねりを伴って魂の飛翔が始まる。地上を埋め尽くしたゾンビの群れから、一斉に力が抜け崩れ落ちるのと同時に、ダンジョンモンスターを構成している体から数多の魂が溢れ出す。向こうは”土”の属性だけで魂を留める”呪い”を施していたみたいだけど、ドワーフやエルフの”呪い”を解呪させてしまった私には、それの解呪も容易いものだった。


 ディアナの『劣化妖精魔法』を私に繋ぎ、大精霊の魔力で魂を引き上げる。呪いは私の魔力で消し去り、ダンジョンマスターからも切り離す。アマゾネスの魂はダンジョンマスターの核を守る為の魔力タンクであると同時に、その魂に肉体を与えゾンビとして顕現させる2つの面を持っている。で、あるならば。そのどちらも消し去ってしまえば、あの魔族を守る結界は消えてなくなる訳だ。


 魂は”風”に案内されて湖の中に入り、一度退避した状態になる。このまま全ての魂を呼び込み、”土”の大精霊を解放出来れば儀式は完成する。


 まぁ、当然そう簡単にはいかないけれど。


「――――♪ッ♪……ふっ!!」


 バシャァアアアアーーーンッッッ!!!!!


「躱したか人間」

「やっぱりこっち来たか。黙ってられなくなった?」

「そういうことだ。まさか本当に攻略出来るとは思わなかったぞっ!!」


 最早隠れる必要も無くなったターツェルの物理的に放たれた拳が、私の居た場所にぶち当たり、宇宙空間に出来上がっていた湖の半分を消し飛ばす。それは直ぐに元に戻るし、今更発動したこちらのスキルの連結が解ける事は無い。核である私が死なない限り、ダンジョンマスターから魂は抜け続ける。


 彼はそれが分かっているのか、焦った様子ではなくともこうして動かざるを得なかったのだろう。だとしても、私が相手になっている時点で彼に勝ち目は無い。既に詰みの段階に入ってしまっているのだから。


 だがこうも思う。これは”フェア”じゃないと。


「私がどうして、こんなにも回りくどいやり方をしているんだと思う?」

『サナリア?何を……』

「なに?」


「3種族を束ねる必要は本当は無いし、私1人でもこの儀式は出来た。というより、そんなことをしなくても大精霊達が破れなかった結界は私が1撃で破壊するこも出来たんだよ。こうして、貴方の相手をする必要すら無い。ただ1撃で、ダンジョンマスターをこの世から消滅させられる手段を、私は持っているのだから……」


「……それが本当ならば、確かに理解はできんな。大方、私が向かわせた者達にも気付いているのだろう?」

「勿論……けどね、それじゃあ駄目なんだよ。それじゃあどうしたって歪みが出てしまう。なるべくルールに則った方法で、私以外の力を総動員させて勝たなきゃ意味が無いんだよ……」


 私はこの世で、天王とも魔王とも違う第三の”破壊者”なのだろう。持てる力の9割9分がこの世界の”理”から外れているのだから。だから使えば必ず世界が歪む。下手をすれば崩壊してしまうかもしれない。そんな危険性すらある。私が持つ100万回分の知識と力とはそういうものなのだ。


 ディアナには言ってないけれど、彼女が今読み進めている20万回目以降の歴史は、あの世界の”理”から外れ始めてしまうものだ。それは言ってしまえば私達が今扱っている『劣化妖精魔法』の様なもので。大概の事がどうにでもなってしまう。個人で銀河を操れる様な領域に至ってしまう。


 その更なる先まで行き着き、誰よりもこの”私の呪い”を解く為に探求してしまった私は……もはや悪神とも呼べる域に達してしまった。人間は皆、最低でも星を破壊出来る程の”理”を得てしまった。


 そんな私が、こんな文明の世界でそれを振るってしまったらどうなると思う?



「私はね、ターツェル。人の輝く命が大好きなんだよ。誰かの為に生きて、戦って、助け合って、喜び合って。誰かを憎しみ、殺し合い、乏しめ合う。そんな二律背反の人間が堪らなく愛おしいんだよ。だから、私はそれに準じる為に、全ての者達の力を借りたいのさ。ただ蹂躙することしか頭に無いお前達の様な人間の天敵相手に、人間賛歌を全力で歌ってやるのさ。そして―――――――」


「――――――――ッッ!?!?」


 キュンッッ!!!ゴッッッッ!!!!


「生物の尊厳を奪うお前達を、私は決して許しはしない」


『総合技』の1つである『次元転移』で後ろに回り、回し蹴りでぶっ飛ばす。水面を水平に転がっていきそのままダンジョンマスターにクレーター作りながら激突していく。さぁさぁ、私はまだまだ踊るよ。アブルさんから教わったこの踊り、ちょっとお気に入りなんだよね。


『サナリア……今のは』

「ちょっとした気晴らし。ディアナもその内分かる記憶の中の技だよ」

『……貴方は、本当に人間の歴史を歩んでいるのですね』

「……」

「ま、ね……お、ルルが落ちて来た。休憩は終わった様だね」


 頭からひゅるひゅると風を切って落ちて来たルルは、そのまま私の胸にダイブする。この大きな胸をクッションにするとは。ほれほれ、頭撫でさせろ~~


「うきゅっ……お姉ちゃん」

「うん、行ってあげて」

「……うんっ!!」

「そぉーれっ!!!」


 私はそのままルルの足を掴み、やり投げの要領でおもいっきり下へと投擲した。投げた放物線の部分だけ水が穴を開け、ルルは猛スピードで地上へ。行き先は勿論、ケイフルの下だ。


 けど、それ以外にももう1人。誰かが向かっているね……仲間、かな?


『反応は人間のそれですが……』

「仲間なのを祈ろう。例え違くても、2人なら大丈夫」


 いざという時の手が何時だって打ってあるしね……







 全てのゾンビが活動停止した頃、大半の者達が軽傷だった3種族は新たな戦いが始まっていることに気付いて急いで子供達の下へ防備を固めていた。と言っても戦える者は少なく、ほとんどの者達が武器を消失させていたが。


 直ぐ真上で輝く4つの光。それが1つの緑色の光を囲いぶつかり合う音を響かせていた。烈風が吹き荒れ、光球が数多飛び交い、衝撃波が遥か彼方まで届く。15年前なら絶対に見られなかった次元の違う戦い。通常の剣や矢では歯の立たない人外の戦いに、彼等も見守るしか無かった。



「けっふ……ああくっそムカつくわね――――ッッ!?」

「中々に硬いな。これは驚きだ」

「戦線以外で戦える者達が居るとはね」

「人間ではないのが残念だがな」

「うるさい羽虫ね全く、言葉を吐けるあたり魔王の『波』よりも面倒臭いっ!!」


 自分より強い相手か、自分より弱い相手とは何度か戦って来た。だが、自分と同等の力が複数襲い掛かるという経験は初めてだったケイフル。レイピアの斬撃を相殺され、相手の武器をいなし、魔法を弾く。どれも重く芯に響く様な衝撃故に、緊張感を解けない。


「ぐぅぅぅうっっ!!」


 1人がぶつかってくればそれを跳ね返し、その一瞬の停滞直後に来る光弾が360度で降り注ぎ、鉛の様な重さで当たる魔力の塊。それぞれが同じ装備、同じスキルの攻撃なので変化は無いが、統制された動きで翻弄され、徐々に削られていく。


 圧倒的な防御差があるにも関わらず攻撃が通る事に彼女は困惑していた。


(これは……明らかに付与されているスキルの所為ね)


「流石に天使を名乗るだけあって、神聖性は半端無いって訳ね……」

「龍とは、ドラゴンとは邪悪なるもの。我が主がそう決定している故に、貴様は滅せられるのだ。どれだけのステータスで固めようと、我が主の作り出すスキルの前では無力よ」

「んなろっ―――――がっはっ!!?」

「……死ね」


 真白な大槌が当たり、鱗の一部だった盾が砕け散る。そのまま腕が「バギキィッッ」と折れ曲がり、地上に叩きつけられた。地面が大きく捲れ上がり、大自然の太い幹が冗談みたいな量で折れる。土でドロドロになった体を直ぐに起こすが、片腕に走る激痛で顔をしかめた。


 こんなものか自分は……そう思わざるを得ない程に弱い。命を受け持った者として、まるで自分を示せていない体たらくに、薄い笑いが零れてしまう。


「分かっちゃいたわよ……自分が弱いことぐらいわね」


 腕を無理やり元の形に戻し、自己治癒で骨だけ繋ぐ。持って生まれた資質を最大限生かして戦う龍の強さとは、その一方的なまでの個の『力』にある。それを深めて、求めて、突き詰めて。それこそが龍の行き着く先なのだと信じて疑わない。


 数がどうしたと言うのだ。方向性の問題など鼻で笑ってやる。


「終わりだ。汚らわしい龍の女よ」

「死に晒せ」

「「ッ!!」」


 2人の天使の言葉と同時に、それぞれの武器を構えたもう2人の天使が突っ込む。ボロボロのレイピアを勇ましく構えたケイフルは、不敵な笑みでそれと相対した。


「来なさい糞天s「ケイフルーーーーーーッッッ!!!!」「避けてくださぁあぁあーーーーーーいっっ!!!」はっ?」



 ばきゃぁぁああぁあああああーーーーーーーーんッッッッ!!!!!


「げぶへっ!?」

「ごっおっ!!?」


 両者が衝突しようとした瞬間、左右からかっとんできた2つの存在に突っ込んで来た天使が蹴りを入れられ左右にかっ飛んだ。1人はその場で降りて、直ぐにルルだと分かったが、


「あっあっあぁぁぁぁああぁあ~~~~~~~へぶへっ!!」


 もう1人は体勢を崩して土にダイブし、頭が埋まった。


「あ、あんた……どうして」

「凄く怖そうなのが近付いているって気付いて、ケイフルが危ないってサナリアお姉ちゃんと判断したから、僕だけ先に戻って来たんだけど……」

「あれは?」

「わ、わかんない」


 ルルは落ちて来る際に足は幻獣ブレイズ・カンガルーというひと蹴りで海を割ると言われている生物の足を借りて蹴り上げたので、天使の1人は首が折れて死んでいた。もう1人の天使は……首どころか身体全てが爆散している。


 そして首が埋まったその人物の恰好は、どう見ても冒険者のものだった。


「ん~~~……ばっ!!はぁっはぁっ、死ぬかと思ったぁ~~……あっえと、その。初めましてですっ!!お忙しいところし、失礼いたしますっ!!」


 茶髪のショートカットに、耳には魔道具のイヤリングを付け、恰好はボロボロだが可愛らしい少女といった姿の人間は、ニコニコと人懐っこい笑顔でケイフル達に挨拶し、腰に刺していたショートソードを抜いて天使達の前に立つ。


「あんたは……?」

「はいっ!!私、対天王戦線人類防衛共同組合の冒険者所属、Cランク冒険者のヤエと申しますっ!!!歳は20歳、好きな食べ物はお母さんの手料理っ!!特技は剣術ですっ!!!」

「し、Cランクっ!?」

「はいっ!!でへへ~~♪」


 まるで太陽の様に明るい少女ヤエは、頭を掻いて照れ笑いするが、直ぐにシャキっとした顔になって謝ってくる。


「申し訳ありません。この4体が天王の波から飛び出したのを察知し私が派遣されたのですが、こちら側の状態が分からなくて少々様子見をしてしまいました。その所為で貴方に怪我をさせてしまったこと申し訳なく思います。此処からは私が担当しますので、どうぞお休みくださいっ――――ていうのを言おうとしてるんだから邪魔しないでくださいません?」

「「……」」


 喋っている間に残りの2体が襲い掛かって来たと思ったら、直前で放たれた神聖剣が根本から両断されていた。ケイフルにもルルにも、彼女が”剣を振るった瞬間”が見えなかった。


 だが、一瞬で強さの格付けが分かるほどの自然な動作のヤエ相手に、ケイフルはやはり矜持を示す。


「申し訳ないけど、拒否するわ。こっちはどうにかするから、あんた上の方手伝ってやってくれない?」

「え?……宜しいのですか?貴方達では少々分が悪いの様に思えますが」

「やられたまんまじゃ悔しいのよ。大丈夫だから、行って」

「……うん、僕達は大丈夫です。援護、ありがとうございました」


 ルルも、今は言葉を紡ぐ時ではないと判断し、ヤエにサナリアの援護をする様に頼んだ。少女はそれを優しい笑みで「了解しました。それではご武運をっ!!」と言い残し、また見えない速度で去って行った。


 残ったのは天使2人と、龍と獣人だけ。天使達は新たな剣を呼び出し、ケイフルはレイピアにより魔力を込め、ルルは『幻獣化』を発動させる。


「後悔するが良いぞ龍よ。我等の方が先の2人より強い」

「戦線の冒険者が来るとは予想外だったが、お前達相手なら直ぐに残滅出来る」

「はんっ、やってみなさいよ……いくわよ、ルルっ!!」

「うんっ!!」


 第2ラウンドのゴングが鳴った。

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