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閑話・11 狐と龍の親睦会

「……」

「……」


 私は今、獣人の狐と一緒に居た。場所はよく分からないけれど、サナリアが作った”領域”というものらしく、周囲は得体の知れない空間に覆われている。そこに一緒に放り込まれて”仲良くなって”という言葉だけを残されてしまった。


(……なんで?)


 一緒に旅をするのは分かっている。それは別に良い。この狐もそれなりにサナリアと深い関係になり、共に行くだけの理由があるのだろう。けど、態々こんな状況を作る意味が何処にあるのだろうか?


 そうは言っても、隣でソワソワとしている遥か年下の子供に対して威圧的になるのもどうかと思ってしまう。人間的な交流など御免ではあるが……サナリアの様に腹を割って話せるかもしれないという期待もあった。


 ので、ちょっと仕掛けてみる。


「……あんた、名前なんだっけ?」

「え?あ、ルル、です」

「そう……普通にサナリアに話しているようになさい。私は気にしないから。知っていると思うけれど、ケイフルよ」

「う、うん。宜しくっ……あの、実はずっと気になってた事があるんだけど。聞いても良いかな?」

「えっ?」


 まさか話題を先に振られるとは思わずちょっと肩透かし。けど何だかワクワクした様子が伺えたので頷くと、ルルは瞳を輝かせてズイっと近寄って来た。


「あ、あの、ドラゴンの事について色々知りたいっ!!」


 ルルはそこから矢継ぎ早に質問の雨を私に振らせ始めた。人3つ分ぐらいの距離だったのは1人分も入らない程近寄り、この子の好奇心はそのまま他人との距離を気にさせなくなるほど強いのだと思い知らされる。



 ルルは私達の生態や、家族関係、日頃気にしている事、生活面で困っていたこと、戦い方、共闘の仕方、本当に多方面で色々と聞いてきた。よくもまぁそこまで聞くことがあるものだと感心してしまうほどだったけれど、私もまた彼の着眼点や考え方が子供ながらに面白く、話しが自然と弾んでしまった。


「そう、そうなのよ。ドラゴンって個体で生きてるから痒い所に手が届かなくてね?そこら辺の岩に身体擦り付けようとすると岩の方が砕けちゃうのよね」

「そういう時はやっぱり人型に戻るの?」

「ええ、外敵なんてほとんど居ないしね。ただ下に降りるのが面倒だから我慢しちゃうことも多いわよ。魔法でどうにかすることも多いし」

「自分の習性を優先しちゃうんだ?」

「基本我を通してカッコ付けるのがドラゴンだからね。レーベル……レッドドラゴンの奴とかは特にそうだったわよ。やせ我慢上等で馬鹿みたいな高笑いしながら勝負吹っ掛けて来る戦闘狂だったわ」

「うわぁ……」

「……ふふっ」

「?」


 気持ちが軽い。昔はこんなに簡単に笑わなかった気がする。そうだ、この子は話してもどんどん聞いてくれるのだ。私の話を、しっかり真正面で受け止めてくれるんだ。だからこんなに嬉しいのか。


「ねぇ、ルル、ちょっとこっち来なさい」

「え?うわっ!?け、ケイフル!?」

「良いから良いから。何よあんた尻尾丸めちゃって。食べたりしないから安心なさい。ドラゴンだって人間は食べないわよ。種族に寄るけど」


 私はルルを持ち上げ、自分の足の間に置く。こうして心を開いてみると、他人の体温を感じる事がここまで心地良いとは思わなかった。足に掛かる尻尾の感触も良い。サナリアが病みつきになっていた理由も、今なら分かるかもしれない。


 私の中で縮こまっているルルの頭を撫でると、段々と尻尾の力が抜け、足に絡んでいくのが分かる。


 心を許されるという気持ちが、こんなに暖かみに包まれる様に感じるなんて、昔の私なら在り得ないわね。


(私も、結局アルが、家族が大事だったってことよね、これ……)


「ねぇ、次は貴方の事について聞かせてくれないかしら?そう……例えば、貴方はどうしてサナリアに着いて行こうと思ったの?」






 暴力の権化。そう誰もが口を揃えて言う者が居た。僕はその人に直接会った事は無く。関わる事も禁じられる程、話し掛けるのも許されない程危険な相手だとだけ父様から教えられていた。


 そんな人とサナリアお姉ちゃんの戦いを見て、本当に、本当に凄いと思っていたんだ。フォルナお姉ちゃんはまた別次元。自らの格だけを背負い生きる本物の最強種ドラゴン。その中でも『古龍』という世界でたった5匹しか居ないという歴史に語られている存在。


 その中の1匹が、麗しい姿で僕と2人きりで話しをするという状況。サナリアお姉ちゃんでなければ決して無かったであろう対峙。



 けど僕は、恐怖よりも先に好奇心が勝ってしまった。



 本の中でしか見た事が無いドラゴン。何もかもが謎で、神話の時代が生きると言われる”龍神”の子として生まれた古龍がどの様な存在なのか。彼等は人間をどう見ていて、どういう考えで生きていて、日常に何を感じているのか。


 趣味は?悩みは?特技は?思い出は?価値観は?


 全てが気になってしょうがなかった。前ならそれは『知らなければならない』という強迫観念にも似たものだったのに、あの”記憶”を覗いてから、僕は明らかに変わっていたように思える。


 それはケイフルも一緒だったのだろう。彼女は、僕が聞いていた数億倍は優しかった。まるでもう1人姉が出来たかの様な感覚だった。だから自然と話しは弾み、遂には笑い合えた。共通の話題で盛り上がれた。


 想いを、語り合えたんだ。



「僕は、サナリアお姉ちゃんを支えたいんだ。それは力や状況じゃなく、その心を」

「……心?」

「うん……」


 どの時代も、どの環境も、どんな時でも。誰もが、お姉ちゃんを無敵のヒーローだと思っている。飽くなき戦場を駆け抜け、偉業を成し遂げながら死んでいくお姉ちゃんに対して、その行動だけを称賛している。


 僕は、自らの魂が『複数』ある事を知った。違う世界の、全く異なる理であろうと、確かに自分に似た存在が確かに存在するのだと知った。


 その僕は彼女の”弟”であったり、戦場での”仲間”であったり、同じ仕事の”同僚”であったり、または”息子”だった。


 けど共通しているのは、彼女と関わった時の僕は、必ず彼女の”死”に直結していたという事実。


「僕は僕が強くある為に強くなった。けどそれはお姉ちゃんが僕を庇わない様にする為じゃない。お姉ちゃんが庇おうとする全ての人達を、僕が代わって守れる様にする為なんだ。だから、僕はお姉ちゃんの旅に着いて行くんだ。僕自身の為に……」


「……貴方、よっぽど好きなのね?」

「うん。多分、ディアナさんにも負けないぐらい好きだと思う」

「ふふっ……あれも意味分からない存在だけど、サナリアを想う気持ちは確かに強靭よね。そっか……ルルはしっかり雄として頑張っているのね」

「こんなだけど、一応長の息子だしね」

「違いないわ」


 彼女は穏やかな顔で僕の頭を撫でる。次は自分だと言わんばかりに。


「私はね、正直なところ自分の目的は無いの。ただ、託された想いが原動力になって、私を突き動かしているだけ。サナリアの目的に対して力になれればそれで良いってぐらいかな」

「それはそれで凄いと思うんだけど……」

「そうかしら?……んー、けど、私の場合は家族が危ないからね。親が庇っている以上そう簡単には負けないでしょうけど、それをどうにかしたいって気持ちもあるから。サナリアの旅はその根本を解決する糸口になるし」


 だから、それぐらいの軽い気持ちで動いているのだと、事も無さげに言ってのけた。


「だからルル。人間の様な小難しい理由なんて私達には無いけれど、それでも貴方のその想いは理解出来るわ。誰かを大切に想い生きる。それは感情持つ全ての生物が持つべき物よ」

「……うん、ありがとうケイフル。これからよろしくね?」

「ええ、宜しくルル」


 僕達は分かり合う事が出来たと確信出来たと同時に、領域は晴れていった……








『不可解です』


 私は彼女の頭の中で、領域内で繰り広げられている2人の会話に耳を傾けながらそう1人呟いてしまった。


 心、魂、想い。それは確かに精神に影響を及ぼし、様々な点で効果を発揮するものなのだ。だがそれは全て、人間の脳が造り出した『錯覚』に過ぎない。ポテンシャルを引き出す為の手段でしか無い筈だ。


 だから私はサナリアを気にし続けてきたし、その心のケアも怠った事は無い。出来るだけ彼女の意志に沿って動いているし、死んで貰っては困るからと心配だってする。だがそれは全て生物の反射的な物から来るだけの『習慣』に過ぎない。私達は皆、”必要”だからそう生きているだけなのだ。


 なのにどうだ?異種族同士が利害の一致をして”分かり合えた”かの様なやり取り。


 恋や愛など、所詮は本能を満たす為の手段でしか無い。力や技術などそうしなければ生きられないと道を閉ざした者達の負け口上だ。


 人は最後まで孤独。命ある者の最後は全て1人なのだ。感情も、思い出も、心も、全てが消失し無に帰す。そうして初めて『自己』の終点に辿り着く。


 死は究極的に『平等』だ。誰にでも分け隔てなく降り注いでくれる。そこには何もかもが介在し得ない。唯一無二の安らぎに等しい。



 なのにどうだ。サナリアのこの明らかな”不条理”は。



 全てが悲劇。全てが徒労。全てが無駄で、全てが虚無。なのに忘れられない。なのに死ねない。


(ふざけるな…………)


 生物全てに『魂』があるならば、何故そこに”差異”があるのだ。善良であっても悪徳であっても等しく訪れる筈の”死”が、どうして彼女だけを遠ざけるのだ。


 私のこれは怒りだ。あってはならない不条理への反抗心だ。



 私は未だに自分が何者なのか知らない。サナリアの記憶を垣間見てそれを見出せるとも思えない。だが、


『私は今、生きている。ならば最善を尽くすべきなのでしょうね……』


 私とて、ハッピーエンドが好ましいのだから……

「2人とも凄く仲良くなれたみたいだね。それじゃあ、出発としようか?」

「うんっ!!」

「分かったわ」


(……あいつら、数秒間だけ消えてたよな?)

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