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第3話 聖騎士見習いアンナさん

「はぁ……」


 自分のボロボロの両手を見て、溜息を漏らす甲冑姿の女性が1人、レーベルラッドにある城の鍛錬上で座り込んでいた。両手は長年剣を振るい続けた所為で既に女のそれではなく、貫禄ある剣士の手だ。だが依然としてスキルが未だに剣術(D-)という不甲斐無さに、誰もが『才能無し』と太鼓判を押す始末。


 同世代の聖騎士達は全員戦線やダンジョンへと派遣されていると言うのに、自分ときたら何年経っても見習いという立場という事もあり、彼女は半ば絶望じみた笑いさえ零れていた。こんなもので、栄えある聖騎士団の末席に居座るなど言語道断。だが止めるなど論外だと頭の中では断じているのだ。


「どうしようかなぁ……」

「何が?」

「……えっ、わぁ!?」

「あ、ごめん大丈夫?」


 そんなジレンマに駆られていた彼女は、後ろからいきなり話し掛けて来た存在に驚いて飛び跳ねてしまった。しかも相手は、彼女の様な者が本来ならば膝を付いて頭を垂れる様な存在だった。


「さ、さ、サナリア様!?」

「あーうん、こんにちわ。休憩中にごめんね?」

「い、いい、いえ!!ふぐはっ!?」

「同じ目線になってくれるのは良いけど、顔は上げてね?」


 即座に膝を付いて、自分よりも遥かに年下の少女に頭を下げたが、直ぐにガシっと両手で頭を掴まれ、至近距離でサナリアの顔を見てしまった。


 先代巫女は国が至宝と言い張る程の清純さを体現した容姿をしていた。その娘であるサナリアは、正しく美形であり、3歳とは思えない程その美しさが際立っている。故に頭が真っ白になってしまうのだが、数分間ほっぺをぐにぐにされ続けたので、漸く喋れるぐらいには回復した。


「名前は?」

「アンナと申します!!」

「歳は?」

「に、にじゅう……です」

「好きな食べ物は?」

「お母さんの作ってくれたしちゅ……えっ?」

「くすくす、冗談よ。それよりアンナ、いきなりで悪いけど、貴方に頼みたい事があるの」


 一介の聖騎士見習いに頼み事?アンナの頭の中は疑問符で埋め尽くされる。若干3歳のサナリアの噂は嫌でも耳に入っている。曰く、大聖堂に彼女の為だけに張り巡らされたトラップだらけの道を毎日無傷で走り抜けているとか、大人顔負けの頭脳の持ち主とか、教皇ですら彼女を繋ぎ止めるのが難しいとか。


 そんな方が自分の様な下っ端以下の穀潰しに願い事?とアンナは身の心配をし始めてしまう始末だった。

 

「願い事は1つ、私の魔物狩りに付き合って欲しい」

「……はへ?」


 実際そうであればどれだけ楽だったことだろうと思う事になるが。







 次の日、私はガッチガチに緊張したままレーベルラッドの王門前でサナリア様をお待ちしていた。しかも生まれて初めて聖騎士の鎧を着込んで。


 サナリア様は偶々私に話し掛け、態々騎士団長にも掛け合ってこの鎧を私に下さったのだ。いつか私が正式な聖騎士になった時に用意されていた物らしいのだが、騎士団長曰く「いつ死ぬか分からないし、装備だけは良い物にしとけば最低限死なないだろう」との事だった。


 ここまでは私の嬉しかった事。ここから先は問題だらけである。


(何で私が……どうしよう……)


 ぶっちゃけてしまえば、私は実戦経験が無いからレベルも低いし、聖騎士団の鍛錬理念はスキルを十分に上げてから団体での短期レベル上げなのに、私はそれすら出来ない。落ちこぼれと言われても甘んじて受けれてしまうだろう。


 さて、そんなネガティブ全開で今日という日を迎えている私の眼の先、長い一本道から悠々と歩いて来る1人の小さな少女が居る。


「さ、サナリア様?」

「何故御一人で……?」

「おいおいなんだあのお嬢ちゃん?」

「馬鹿、巫女様の娘だ!!」

「何でそんな人が装備整えて堂々と歩いてんだよ?」



 白銀の髪、藍色の輝く様な眼、染み1つ無い肌。少女であるにも関わらず艶のある美貌。そんな特別で特異で異質で人外染みた容姿の少女が、そこら辺の防具屋で売ってそうな皮鎧と小さな鉄短剣を身に着けて悠々と歩いて来るのだ。大人から見ればリアルなごっこ遊びだと言われれば納得するのだろうが、彼女を良く知るこの国の信者達は、また何か始めるのかと目を細める。


 私だって知っているのだ。彼女は自分が歩き始めた頃からペラペラと喋り始め、即座に大聖堂を抜け出して街中へ遊びに出かけるぐらいなのだから。


 サナリア様は私を見つけると、パタパタと走り寄って来たので私も膝を付く。今になって、自分だけがこんな格好で少し恥ずかしくなってしまった。


「おはようアンナ。とても素敵な恰好ね」

「はっ、その……サナリア様はどうしてそんな皮鎧を?」

「ああこれ?ほら、巫女の一族って本来戦う血筋じゃなかったから、専用の防具や剣って無いの。だからそこら辺の武器防具屋に寄って格安で売って貰ったのよ。今の時代鉄だって高いのに、店主には今度礼をしないと」


 みすぼらしいとも思っていないようで、その場で回って私にその姿を見せる。髪が舞い粒子が散った様に見えて、暫し私は呆けてしまった。本当に美しい、本当に少女なのだろうかと首を傾げてしまう。


「アンナ?」

「……はっ、な、なんでもありません。それでは行きましょうサナリア様」

「うん、お願いするね」


 





 さてさて、記念すべき生物殺生記念日という事で装備を慎重したけれど、アンナの聖騎士正式装備に比べるとみすぼらし過ぎてちょっとアレかな。来る時も色んな人達にジロジロ遠巻きに見られてたし。私もまだ子供だからごっこ遊びぐらいにしか思われなさそうだ。


『これから血みどろになって帰って来る訳ですが、物凄い心配されそうですね』

(大丈夫、直に皆慣れる)

『少女の血みどろが?世紀末でも見ませんよ』

(貴方は漫画に毒され過ぎ)


 ディアナは私の知識内にある物を閲覧出来る。だからなのかとにかく変な物ばかり探してきてあれやこれや質問してくるのだが、ステータスに関して思う所があるらしく、ファンタジー系の漫画や小説を良く見ている節がある。それを人間らしいと見るべきか。


 今日も朝から街中を数時間散策してからアンナの居る王門まで向かったけれど、酷いものだった。誰も彼もが痩せていて、市場は常時品薄。魔物の肉はあるが、野菜や穀物が圧倒的に足りていない。若い男もほとんどおらず、子供達が遊んでいる姿も少ない。何処も話しは暗いばかりで、私に祈りを捧げる人も大勢居た。


 そういう物を一切合切無視して私は事実だけを見て歩き回っていたが、これは前線に比べれば軽いものなのだろう。


(この国も国民が覚悟しているのがよく分かる)

『数が少ない割に兵士や騎士の数は多いですからね』


 実際、この国には最早何処かに遠征に出せる軍など無いだろう。それは他国もきっと同じだ。大聖堂も城も最低限の警備、街中の巡回などたったの10人。後はレーベルラッド近くに発生している天然のダンジョンから涌き出る魔物達の対処に追われているのだ。


 この国の物資の半分は前線へ、もう半分がダンジョン討伐へ向けられている為に、国は絶えず疲弊している。今大群で攻められたら確実に終わるだろうが、そんな気力すら人類は奪われている。まぁそれは良い。今は今だ。


「アンナ、此処から一番近い魔物の棲息している山間に連れて行って」

「仰せの通りに。サナリア様、その、くれぐれも」

「大丈夫、離れないわ。貴方には何の責任も行かない様にするから安心して」

「その様には!!」

「そうやって畏まらないで。外に出れば貴方は私の先輩でしょう?」

「……善処します」


 アンナは私の御目付役兼、道案内だ。護衛に使うつもりは一切無いので、勿論肉壁にもしない。最初はよく聞くゴブリンとかそこら辺のと戦うつもりだ。冒険者としての第一歩である。


『この国は山に囲まれていますが、ゴブリンとは皆ほとんどが布切れ腰に巻いた裸同然の魔物なのでしょう?こんな寒い地域に居るとは思えませんが』

(ああ、そういえば。なら毛皮系でウルフとかかな)

『もしくはもっとファンタジーな物でしょう』

(それはそれで、初戦闘の上では貴重よ)


 そんなこんなで最低限の装備でいざ出発。山道を越えて暫く、商人の馬車や冒険者達を横切りながら、少しずつ平地へと降りて行き、山間にある森の前まで来てみた。


 ここはレーベルラッドの冒険者達が最初の狩場にする森らしく、魔物自体も単体でしか出ない種ばかりなんだとか。そりゃあ私とアンナでも許されるよね。かすり傷でも負ったら即座に逃げろって2人して言われたけど。


「それじゃあアンナ、此処に棲息する魔物の情報をくれる?」

「はい、えっと……ウェアウルフ、ビッグラビット、スピアボア等が居ます。奥に行くともっと強い魔物も居ますが、そっちは……その」


 少し言い淀むけど、私は敢えてその先は聞かない様に手で遮った。


「それで良いよ、奥まで行く気は無いから。それよりこの森の入り口で待っていれば魔物は来てくれると思う?」

「人間には敏感ですから。直ぐに来るかと」

「それを聞いて安心した。それじゃあ暫く此処で休憩ね」

「け、警戒は私が」

「大丈夫よ」

(ディアナが居るから)

『私を警報器と間違えておりませんか?』

(お願い)

『……はぁ』


 近くにあった大岩にアンナを強引に座らせて、私はその膝に飛び乗る。


「ふぇっ!?あのっ」

「あら、重かった?そうじゃないなら抱き締めてくれる?落ちると怖いから」

「は、はい!!」


 ぎゅっと彼女は私のお腹に手を回して強く抱きしめた。もうちょっと力緩めて。別に椅子になって欲しいだけなんだから。


「ごめんね。まだステータスが低いから、人の膝に座った方が温かくて体力回復し易いの」

「光栄です……あの、サナリア様」

「ん?」


 アンナの手を弄りながら森の先を見ていると、アンナは意を決した様に私を見た。3歳の身体だと女性相手でもすっぽりと身体が入ってしまうから、身体を覆われた感じになる。


「こんな所まで来てこう言ってしまうのが大変心苦しいのですが……私、実戦経験が無くて、その上サナリア様をお守りながらとなると……その、自信がありません」

「けど、今までずっと鍛錬をしていたのでしょう?騎士団長から聞いたわ。今年で6年目だそうね」

「そこまで気にして頂けたのは本当に嬉しいです。ですが、それを分かっていて、何故私を。無理にでも団長殿に着いて行って貰えれば……」

「彼は多忙過ぎて無理だよ」


 そう、騎士団長は限りなく少ない人員を回し、その他にも色々と兼業を抱えてしまっている。それに本人がこの国で今最も強い戦力なのだ。それが容易に国を離れるなど許される訳が無い。


 私は私で自分の我儘を押し通している以上、迷惑は最小限に留めたいのだ。


「それに、貴方に守って貰うつもりは無いの。上から目線という訳ではないけれど、私は私の力を『試す』為に今日戦うのだから」

「試す?」

「説明しても理解するのは難しいでしょうけど、1つ言えるとするならば、貴方は貴方だけを見なさい。私の戦い方は、きっと参考にならないから」


 何を言っているのか分からないって顔をされた。まぁそうでしょうね。


「とにかく、貴方の自信の無さは貴方でどうにかするしか無いわ。スキルが伸び悩んでいるならば、実践の中で磨き上げるのも1つの手よ。騎士団の鍛錬理念に従うのも良いけれど、命のやり取りの中でこそ輝く物もあるから……って、3歳の子供が言う言葉じゃないよね」

「―――ッ」


 どうやら図星を突かれて絶句している様だ。けど騎士団長から凄い憂いの声でアンナの事について事前に知らされているから、私としても次いでという言葉が付くが荒療治してあげようと思ったのだ。


 余計なお世話かもしれないが、国は1人でも有能な戦力が必要だ。その力を私が付けさせる事が出来るならば、それは立派に国の為の行動だろう。だから、


「悩むのはおよしなさい。大丈夫、貴方はきっと強くなれるから。さぁ、戦闘準備」



 私は膝から飛んで同時に構える。森の奥から、獣の唸り声と草木の擦る音に向かって、油断無く意識を集中し始めた。



 懐かしき小さな小さな命のやり取り、私の戦いの第一歩が、此処から始まる。

「騎士団長、あのサナリアは何処へ行った。部屋に置いておいた特注の甲冑がそのままなのだが……」

「え?サナリア様なら街の防具屋で特注の皮鎧を……」

((……あの破天荒娘めッ!!))


 後日。

「だって重い」

『私も止めましたので』

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