第2話 対話
枢機卿が各機関への連絡へ走った後、教皇は静かに扉を閉めて、改めて赤子と娘の前に立った。だがその眼は赤子だけを見下ろしていた。冷静を装い、冷淡を貫き、1つの油断無く見定め……
「それで……貴様は何者なのだ」
『おや、やはりバレていましたか』
何者であるか分からない、孫の中に潜む存在と相対した。
生まれてこの方今は亡き国の公爵長男として育った私に、政略では無く恋愛の果てに愛した巫女が居た。歴代続く『呪い』の血筋。人類を導く希望なんてとんでもない。神のお遊びにも等しい茶番に巻き込まれただけの、哀れな女達の血の呪いだ。
だが現実としてその血は人類にとって、この国にとって、多くの信者達にとって、大いなる希望となっていた。だがそれは、まるで予め作られた生贄の量産だ。
自分とてそれには抗えない。どうしようもなくその生贄は甘美で、崇拝したい程崇高で、涙が出る程美しき物語なのだ。例えその裏で誰が泣き、叫び、否定しようとも、一度作られた流れはそうそう簡単には崩せない。
私はそういう存在に恋をした。それでも幸せだった。全ての業を背負うとは言わない。自分の生きている間だけ、その覚悟が持てばそれで良かった。だから、幸せな顔で娘を生んだ先代巫女も、同じ様にして死んで逝った娘の巫女も、私は顔色1つ変えずに、『立派だった』、『自慢の妻だ娘だ』と言ってのけられる。
それを、間違いであると断じたいのは自分であると知っているのに。
(私の代で重なるものだな……イレギュラーな事態、というやつは)
だからこそ、今この場で、生まれたばかりのこの赤子に対して私は現状の把握とこれから起こるであろう全てに対して責任を取る為に、対話を始めるのだ。
「私には勇者と同じ『鑑定』のスキルがある。だからこそ直ぐに見抜けた訳だが……」
『なるほど、そういった力を保有していると。しかし見ただけで分かる、というのはどういうことでしょうか?』
「貴様……この世界の者ではないのか?ステータスの概念を知らないのか?」
『ステータス?RPGゲームとかのあれですか?これは面白い。ああ、先程の質問の答えですが、それは私自身にも分かりません。確かに私はこの赤子の中に入っている異物ですが、私自身、私が誰かなど分からないのです。記憶?というものがあるか定かではありませんがね。ああ、名前だけはあるのですよ。覗かれたなら、今度からはそちらの名で呼んで欲しいですね』
「……」
その声は、赤子から直接発せられた念の様な物だった。私は改めてその赤子のステータスを『鑑定』にて判断する。
ディアナ(―) Lv.―
種族:(―)
HP ―
MP ―
AK ―
DF ―
MAK ―
MDF ―
INT ―
SPD ―
【固有スキル】―
称号:―
名前以外全てが不明。だがステータスがある以上、これがスキルによる外界からの媒体扱いではないという保証が取れたので、心の中でホッと一息漏らした。だが、どうやら孫に意識が無い状態だと、必然的にこの存在のステータスが表示されるらしい。これは熟慮しなければならない項目だ。
現在ディアナと呼ばれる存在は赤子の身体を使わずに話している。即ち、ステータスに表示されるスキルでも固有スキルでもない、ディアナ自身の持つ謎の力を使って話しているのだろうか。
「ではディアナと呼ばせて貰う。私は……長いからカイルスとだけ名乗ろう。いずれ本名は嫌でも知れる。早速1つ聞きたいが、貴様は我が孫の身体に入っている経緯を知っているのか」
『いえ、知りません。私もこの子が目覚めたと同時に意識が覚醒したので。元々1つだったのか、それとも何かの力が加わってこうなっているのかは不明です』
嘘は言っていない。そういう風にも取れるが、余りに話し方に抑揚が無い為判断が難しい。ただこの存在も確かに困惑しているのだろう。言葉に濁した感触は無い。
「……ならば問う。貴様は現在、孫の身体を乗っ取るとか、何かをしようという考えはあるのか」
『生まれたばかりの身体ですし、私にはその様な力はありませんよカイルス。私に出来る事は、彼女の頭の中に意識を間借りして喋る事と、恐らく生きる為にこの娘のサポートをするぐらいの事でしょう。私には夢も希望も欲望すらありませんが、死ぬつもりもありませんからね』
それは単純に、孫が死ねば自分も死ぬという事だった。ならば話は早い。
「それであるならば問題は無い。孫にはこれから、人類を救う為にその身を血に染め戦って貰う日が来るのだからな」
『……ほう、良ければお話を聞いても?』
それから数時間、私はディアナにこの世界の現状を話した。
話は娘が生まれる1年前に遡る。
それはどうして現れたのか。どうやって来たのか。最早それを知る者は皆死に絶えた。
広い大陸の両端、その位置の遥か上空にて2つの大穴が形成されたのだ。大きさなど測り様が無く、どういう原理で開いているのかも不明。魔法なのか、魔道具なのか、スキルなのか、何も誰にも分からない異常の現象。だがそんなものはこれから起こる事に比べれば些細な物だった。
『『拝聴せよ――――世界に生きる全ての生物よ』』
2つの穴から聴こえる2つの声は、物理法則を無視して星の地表面に居た全ての生物の耳へと届けられた。
『我等は天獄の使徒』
『我等は地獄の使徒』
『我等はこの世界に宣戦布告する』
『我等はこの世界に侵略する』
『全ての者は1の呪いを』
『全ての者は40の呪いを』
『死して待ち』
『怯え生きろ』
『我等、天王カルデスの名の下に』
『我等、魔王ミゼルの名の下に』
『『世界の蹂躙を始める』』
穴から溢れ出したそれは、瞬く間に近隣国を蹂躙した。圧倒的なまでの物量は全てを押し潰し、全世界の人類は、それぞれ西と東に別れて共同戦線を張る事になる。全ての国から8割の兵士、騎士、冒険者、傭兵、奴隷が戦争へ参加し、1年経った今、続々とまた戦士達が戦線へと送られ、終わり無き戦いに身を捧げている。
そして此処からが問題だった。現在この世界では子供は生まれない。正確には、生まれた子は翌年に必ず死ぬ。そして40を過ぎた者達は、その宣戦直後に皆死んだ。それが意味する所は、この世界で『王』を名乗る者達や重鎮と言われ国を支えて来た貴族の半分以上が1日で死に絶えたという事だ。当然世界中大混乱、領地経営すら傾き幾つもの街や国が数ヶ月で滅びた。
その間も侵攻は続き、戦う者は毎日死線を彷徨う。送り出した家族達や友人恋人は、世界がいつ終わっても可笑しくは無いと狂いそうになりながら毎日を過ごす。そうした不安な者達の寄る辺となっているのは、『勇者教』総本山レーベルラッド。彼等が勇者召喚を行っている国ハーリアから、現存する全ての国へその『召喚方法』を周知させる事を世界会議を待たずして承認させた事で、一時的ながらも数多の勇者により戦線を押し返す事に成功。
現在、その戦線は維持され続けている。多くの血の犠牲の名の下に。
そして今年、レーベルラッドの巫女シエロが『予言』スキルにより、自らが産み落とす子が世界を救うと明言し、現に世界規模で掛けられた『呪い』を掻い潜り、生まれたのだ。
「そして今に至るという事だ……分かって貰えたかね」
『ええ、幾つかの疑問は残りますが、大まかには理解しました。説明感謝します』
疲れた様子で語り終えたカイルスは、近くの椅子に音を立てて座り込み、手で顔押さえて天井を見る。言っていて改めて現在の世界の状況に、諦めに近い絶望があった。それでも、足掻かねばならない自らの決意故に、弱音すら吐けない。
その様子を気にもしていないディアナは、今現在眠る身体の主に対してと、この世界の実状を鑑みて溜息を漏らした。
(ん~~全く持って希望が無い。こんな滅びるしか無い状況で最後に生まれたこの赤子に全てを託す?馬鹿げた話です)
だがそれは口には出さない。もうこの世界は半分以上狂っているのかもしれないが、それでも生き残る為の細い細い蜘蛛の糸を辿っている最中なのだから、それを邪魔するのは無粋というもの。
ディアナも死ぬ訳にはいかないので、どちらにしろこの境遇を受け入れ、早急に対策を練らねばならない。出来れば、この赤子が速く世界に順応出来る様に。
『ならばカイルス教皇、貴方はあらゆる手を使って孫を鍛える必要がありますね。良ければ私の得たアーカイブから……アーカイブ?知識から効果的なレッスン方法をお教え致しますが、いかがでしょうか?』
「なに?」
【 2つの満月がレーベルラッドを照らす夜 獄門を抜けた赤子が1人 この世に降臨す
その者 歴代巫女を凌駕する力量を持って 14にして人類最後の希望となる 】
それが、私の母と言われた女性。巫女シエロ・フォルブラナド・レーベルラッドが最後に残した『予言』だったと言う。
「そして、私は今14になるまでに力を付けている真っ最中……と」
生まれて3年が経ったが、どうも私の生まれた世界は私自身の身の上に構っている暇は無いらしく、私はそれはもう『大事に』育てられていた。両親は既に死亡、祖父である教皇だけが私の肉親らしい。後から全部ディアナに聞いたが、この世界、私が生まれる1年前からずっと種を賭けた戦争に明け暮れているんだってさ。
人類は滅亡の危機に瀕していた。それは人類の手によって齎された物ではなく、全く違う存在の手によって。惨たらしく嬲られながらゆっくりと。
私が生まれる1年前まで、この世界には数多の人種、魔物、精霊や神霊が住んでいた。人々は剣や魔法、魔道具、そして『ステータス』という機能を使って繁栄を歩み、人間にしては比較的平和な歴史を歩んでいたらしい。ゲームか何かの世界に行かされたのだろうかと最初は訝し気だったが、こんな詰みに等しい状態から始まるファンタジーゲームなど存在しないと思ったので、これがこの世界の概念の一部なのだろうと判断した。
そう、突如世界は阿鼻叫喚の渦に叩き落とされる事になる。
何の前触れも無く大陸を挟む様にして現れた、次元を裂く様にして現れたとても大きな2つの穴。そこから出て来た者達は、この世界に対して真っ向からの戦争ではなく、捕食者による一方的な娯楽目的で嬲る外道共の遊び場に使う為に宣戦布告してきたのだ。
『愉悦の極みですね。世界そのものを遊び道具扱いとは。よっぽど自分達の世界が退屈だったのでしょう』
「それで人類滅亡なんて洒落にもならない。趣味も悪いし」
『人類とは違った思考パターンなのでしょう。しかし両極端な陣営ですね」
「片や天王の使徒を名乗り人類の粛清を。もう片方は魔王の使徒を名乗り人類の悪性を弄ぶ。そしてその双方が穴から軍勢を送り込み、人類圏が準備するまでに半分まで減らされたと考えれば……まぁ、私達の存在なんて実験用のモルモットかマウスじゃないかな?」
『弱肉強食にしても無粋で反吐が出ますね』
「全くね」
ディアナの言葉に対して表面上では肯定的ではあるが、実際には意識の裏で彼女に懐疑的になっていた。生まれて3年が経つが、私は未だに彼女の存在に慣れない。
『ところでタコ焼きとは美味しそうですね。タコのニュルニュルは気持ち悪いですが』
「お黙りやがれー?」
そして人の知識を勝手に覗いて偶に阿呆な事を抜かすから困る。
ディアナは、名前以外の全ての記憶を持っていなかった。正確に言えば『思い出』を持っていなかった。それが何故なのかは分からなかったが、その代わりとして彼女はその状態で色んな事が出来る様だった。無論私の頭の中だけの話だけど。私の頭の中も色々と偏った知識が多いけれど、何故かこの女食べ物ばかりの知識をチョイスしてくるのだ。そういう思考の持ち主だったのだろうか?
更に、ディアナは私と五感を共有し、解釈する能力を有していた。後々分かった事だが、私のプライベートが無いから迂闊な事が出来ない。しようとも思わないが。
「はぁ……さて、本も読み終わったし爺様に朝の挨拶に行こうか」
パンパンと手を叩くと、扉を開けて1人の騎士が入って来る。この国では聖騎士という名前だが、別に騎士以上の何かを持っている訳じゃない。ただ信仰心の厚い騎士だからというだけだ。
「お呼びでしょうかサナリア様」
「ええ、教皇猊下に挨拶を」
「承りました。では」
聖騎士はドアの横にある赤いボタンを押す。すると、部屋から廊下の隅々まで機械音が鳴り始め、何かしらの作動音が。私が3歳になってから総出で改造された大聖堂の機能にして、私の日課が始まる。
一歩、踏み出した瞬間――――――――――――――
「よっと」
壁がカシャンッと穴を空けて、そこから矢が放たれた。それを首を傾けて避けると、
「おっと……今日は下からか」
下から槍が等間隔に突き出されたので、上に跳んで刃先を指で摘まみ体勢を取った。身体が軽い為、技術さえあればこういう事も出来る。
「今日からまたパターンが変更された様ですね」
「全く、我が家は見事な忍者屋敷になってしまったね。じゃあ行って来るよ」
「ご武運を」
『バトル巫女への一歩ですね』
(清楚って言葉が息してないよ、もう)
半年間も続けば流石に慣れたが、早く私がお爺様の所へゴールしないと、現在の大聖堂で働いている者達が一歩も動けないのだ。つまり、全てが私を訓練する為に作られており、この大聖堂は動いた者にしか反応しない巨大トラップとなっている。
私は駆け出し、あらゆる攻撃に対して備えた。小剣、矢、鉄球、火炎放射、吊り天井、落とし穴、魔道具を駆使してあらゆる物理攻撃の他、魔法による大砲なんかも設置されており、容赦なくぶっ放される。
「今日は属性が増えてるね!!」
『3歳の子供に課す日課とは思えない殺傷能力です。イカれてますよ貴方の御爺様』
「それを提案したのは貴方だけどね外道!!」
『普通に躱している貴方は人外ですよ、ええ間違いなく』
本来は3歳程度の動きで、こんな猛攻を避けられる筈は無いのだ。それが出来るのは、ディアナによるサポートと、私自身の生きて来た全ての知識や経験が、この世界のステータスに全て還元されている事が分かったからだ。
サナリア・フォルブラナド・レーベルラッド(3) Lv.1
種族:人間(―)
HP 10/10
MP 20/20
AK 5
DF 1
MAK 10
MDF 10
INT ―
SPD 10
【固有スキル】無限転生 統合無意識 統合技『1.14k』 領域変化『第一段階』 予言
称号:転生者
多分年齢に見合ったステータスという感じだと思うんだけど、スキルという欄が全てを台無しにしてしまっていた。しかもこれ、特定のスキルや魔道具で見れるらしいからおっかない。まぁ、教皇であるお爺様に生まれた日に確認されたらしく、直ぐに『隠蔽』の効果がある首輪を付けられたけど。だからこそこんなに厳しい鍛えられ方をしているんだろうなぁ。後INTがバグっているのは、多分私の所為じゃないと思いたい。
統合無意識
『転生の数だけ『複数思考』を展開出来る』
1つ目はどういう原理かよく分からないけれど、とにかく私の頭の中に複数の私を同時に創り出し、それぞれで物事を考えられる様になっていた。皮肉にも転生した回数だけ展開出来るので、最高で100万まで増やせるんだろう。怖くてまだそこまで多く出来ないけれど。
総合技
『取得したあらゆるスキルを統合する。現在取得スキル:1140』
これは前世で私が培った技術を纏めた物だと思う。おそらくスキル欄に入りきらないから、こうした物になったんだと思うけど……改めて見ると私、やっぱり相当色んな人生歩んでいるんだと再確認してしまう。けど、こんなのは別に私の一部だから余り気にしない。問題なのは……こっちだ。
無限転生
『記憶を継承する状態で転生し続ける。現在転生回数:1000000』
これは単なる『呪い』だ。この世界にとっての年齢の呪いと大差無い。そして私が生きている目的の最優先事項でもある。この世界も相当ヤバいが、私はそれ自体に固執していない。何故なら死を恐れるよりも、その先の生を恐れているから。だからなんとしても今回でこの呪いをどうにかする方法を考えなければならない。その為の鍵となる能力も得た。
領域変化
『周囲の空間に干渉し、所有者のレベル・ステータスに応じて範囲が広がり、あらゆる物を付与させる』
これはつまり、強くなればなる程良い物を……具体的に使い方はまだ考えていないが、推測では最終的にとんでもない使い方が出来る筈だ。因みに試しにどれくらいの事が出来るか試してみたが、それが今現在の状況になっている。
「後もうちょっとっ!!」
『今回は記録更新かもしれませんね』
「なら後でご褒美楽しみにしてるよ!!」
『よしなに』
あらゆる武器による攻撃を『領域変化』による空間干渉により発射された時点で『危機感知』が発動し、その方向から繰り出される武器を避けられる。それに必要なステータスは持っていないが、持ち前の『総合技』に入っている『体捌き』と『跳躍』を駆使してスレスレで躱し続けながら突き進んでいた。
子供にとっては鬼畜外道の訓練ではあるが、私にしてみれば良い朝の運動である。そうして、
「到着!!」
「むっ……」
最後の障害物、騎士の姿をしたゴーレムの剣を掻い潜って、私は教皇の扉を蹴破った。中には当然、孫を待ち構えていた私の祖父、カイルス・フォルブラナド・レーベルラッドが丁度お茶を入れていたところだった。
その背中に蹴破った勢いのままクルクルと空中を舞い、「ポスッ」と張り付く。
「……おはようサナリア」
「おはよう爺様。今日わざと伝えずに新しいパターンにした?」
「楽しくなかったかね?」
「御蔭で新記録。頭撫でてくれる?」
「良かろう……ほら、おいで」
首元を掴まれひょいっと腕に収まると、爺様は椅子に腰降ろして、私の頭を撫でる。爺様はいつも私の顔を悲しそうな笑みで見る。まぁ母様の面影が残っているのだろう。聞いた話では、私の容姿は父様とは全く似ていないらしい。10割母様の生き写しだそうで。
だから最初の頃間違って血だらけになった事もあるのだが、その時の爺様の我慢の仕方が壮絶だった。歯噛み砕いて口から血流すは、爪が手の平に喰い込む程握り込んで血流すは、とにかく必死だった。それを私は察してしまい何も言えなかったが、きっとそうしていないと自分を保っていられないのだろう。私は爺様の前では笑わない様にしている。シスターからは、母様は良く笑っていたと聞いてたし。
まぁ暗い話はこれぐらいにして、私の本題といこうか。
「爺様、そろそろ私も魔物狩りに行こうかと思っているんだけれど」
と、そんな私の口から『魔物狩り』の言葉が出た瞬間。爺様の眉間に皺が寄り、首飾りにしてある神代の魔道具が目に入る。
爺様は今年で62歳。既に呪いを受ける歳を過ぎているが、この首飾りの効果で辛うじてその呪いを回避している。だが外せば直ぐにでも死んでしまうので、これから一生、爺様はあれを手放せない。しかも魔力を絶えず吸われているのできっと辛い筈なのに、爺様は私の前では苦しい顔を見せない。
よってこの顔させているのは私の所為である。ごめんなさい。
「……早過ぎるわ、たわけ。最低でも10になるまで待たぬか」
「それじゃあ4年間しかレベルを上げられないんだけど……」
「剣も碌に持てぬ体で何を言うか」
「短剣で十分だよ」
「……」
『相変わらず平行線ですね』と頭の中のディアナが1人呆れた声を上げる。爺様は私が寝ている時、いつもディアナと何かを話している。その何か、とは私の教育方針についてなのだが、今回の魔物狩りに関してはディアナも賛成派なのだ。
私は自分の『呪い』を解くついでにこの世界を救う希望となる。爺様には既に私の事はバレているけど、その優先順位を変えられない事は既に話してある。だからこそ早く動きたいのだが……
「爺様、撫でるの止めないで」
「ぬぅ……駄目だ。危険過ぎる」
「もう」
私の精神は本来仙人の域に達している程長く継続しているが、身体が変わる度に感情や精神の在り方はその身体に引っ張られる。だから今の私は、一般の子供と大差無い程度には純情だったりする。それも有り余る知識の所為で歪み切っているけれど。
それでも爺様は私を大事に想っていてくれている訳だから、非情になれないのが愛おしく感じる。私はその気になったら外道にでも平気で堕ちてしまうから。
『まぁ、護衛を付けるという条件付きでどうですかカイルス?』
「我が国にそんな余裕は無い」
『1人居るじゃありませんか。いつも訓練場で1人鍛錬している聖騎士が』
「なんだと?」
「ああ、そういえば居るね」
ディアナの言葉に光明を見出すが、爺様は眉を顰めて否定する。
「駄目だ。あの者は未熟という事で残されていると騎士団長から聞き及んでいる」
「それでも、並みの魔物程度には安心出来ると思うよ?ね?ね?」
『いざとなったら直ぐ逃げる様に言いますから』
「………………わかった」
「ほんと!!?」
「ただし、今日後10往復したらだ!!それで擦り傷1つ負わなければ許す!!」
「そうこなくっちゃだ爺様!!愛してる!!」
『だそうです。でわでわ~~♪』
「……お転婆め」
その負け惜しみは、耳に心地良く入って来たよ。
1歳:「サナリア様が屋根上に!?」
「サナリア様包丁は危ないですから!!」
「誰だサナリア様から目離した馬鹿者は!?街でギルド長の頭に乗っかってたぞ!?」
2歳:「サナリア様、今日も図書館ですって。体調でも優れないのかしら……」
「サナリア様が調理場に?いつものことだろ?」
「サナリア様が雪に石を詰めて暴漢に投げた!?大丈夫だったのかその暴漢は!!」
「大体ディアナの所為だよね」
『どっちも最後の部分で全部貴方ですよサナリア……』