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第1話 終焉迫る世界

「生まれたのか……」

「はい、教皇猊下。元気な女の子でございます」

「……分かった。後で見に行く。下がれ」

「はっ」


 白い壁に覆われた部屋の一室で、白地に金の装飾がされたローブを羽織った老練の男が1人、仰々しい椅子に座り空を見ながら、傍らで膝を付いて報告を行っていた男に命を出して下がらせる。扉が閉まれば、座り直して深い溜息を吐きながら眼を閉じた。


「今世の巫女が、人類最後の子か……皮肉なものよなぁ」


 良く切り揃えられた白い髭を弄りながら、教皇カイルス・フォルブラナド・レーベルラッドは思いを馳せる。自分の行いを。子を産む為に逝った自分の娘を。これから起こるであろう数多の絶望を。



 ―――――――――――――



「………っ」


 ガンッと頭を殴られたかの様な音と共に、意識が水面から這い上がって来た。今までにない衝撃。ヌルっと体液が身体を覆う感触が残ったまま、私は覚醒する。


 周囲から聴こえてくる沢山の声。耳につんざく程響く自分の鳴き声。まだ目は見えないが、自分が無事生まれたという喜びと、何故か悲痛そうな叫びが同時に反響する変な状況だと分かる。


 けど、今の私はそれどころではなかった。

(頭いったい……気持ち悪っ……なに、これ……)


 自分が今、生まれたばかりだというのは分かる。思考とは真逆に、赤子の本能が産声を上げているのも分かる。だが、今まで一度もこんな頭痛に遭った事が無い。まるで頭に別の何かが入り込んで居座ろうとしている様な、私という意識に空白を無理やり作る様な……――――――――――ッッッ!!!!



(………誰だッ!!!)

『ああ、いえ。ふむ、やっと出来ましたね。申し訳ありません、私という意識を貴方の精神に割り込まなければ危なかったので』



 それは、透き通った声の持ち主だった。清廉で、荘厳で、威圧的で、だけど何処か機械的な声。およそ人間とは思えない程の声だと錯覚した。精神が急激に揺さぶられている筈なのに、私は逆に冷静になってしまうぐらい。


『ふふ、凄い感情の揺れですね。大丈夫、私に貴方を害する気持ちはありませんよ。まだ生まれたばかりで意識を保つのも限界でしょう?今は休みなさい』

(く……ぁ……)


 赤子の身体、しかも生まれたばかりで体力もほとんど無い為、もう意識がほとんど持たない。既に睡魔が首を真綿で締める様に近付き、思考が奪われていく。だがその額に手が置かれ撫でられる感覚が優しく全身を溶かし、闇の中へと誘われる。


『お誕生日おめでとうございます、名も知らぬ人よ。私の名はディアナ。どうぞよろしくお願いしますね』


 それが、眠る前に聞こえた最後の声だった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「おぉ……なんと元気な声か……」

「おめでとうございます……本当に」


 産婆のシスターと横で見ていた枢機卿は『今世最後の子』が生まれた事に感涙し、同時に多くのシスター達が、警護していた聖騎士達が泣き崩れる。


「巫女様は……」


 その理由に対して、枢機卿が産みの親である女性の様子を聞くが、シスターの1人は静かに、無念を表す顔をしながら首を横に振った。彼女は必死に、それこそ国で一番の魔法士であり、巫女に次ぐ水系魔法の使い手でもある。


 そんな彼女が失神寸前まで魔法を行使しても尚、巫女を救う事は出来なかった。歴代の巫女に巣食う奇跡の代償として存在する『呪い』に打ち勝てなかった。だが誰もそれを責めはしない。何故ならその『呪い』は、神代の頃から受け継がれ続けた物だったのだから。



 赤子にスキルを継承させる代償として、母体を死に追いやる神の『呪い』。人類が希望に生きる為に犠牲となった血筋なのだから。



「では、早急に信徒達へ連絡を回します。枢機卿様は」

「教皇が間もなくいらっしゃるだろうからな……皆も部屋の外へ出よ。産婆のみ、赤子の為に残るのだ」

「分かりました……」


 シスター達が魔法士のシスターを起こし、部屋の外へと連れて行く。これから巫女が死んだ事と、その赤子が無事生まれた事を信徒達に伝え、これからの未来について教皇と話し合わねばならない。時間は少なく、無駄に出来る事は何1つとして無かった。昔あったであろう野心も、この数年で完全に燃え尽きていた。今はそれどころではなく、人類が一丸となっていなければ、即座に滅びる道しか残されていないのだと、半ば自己を脅迫してさえいた。


「これから、あの子には沢山の悲劇が訪れるのだろうな……どうか、幸多き事を祈ろう……」


 そんな事はありえないと、分かっていながらも呻きながら彼は祈った。信心深き者にこそ、神が微笑むのだと信じて……



 数分後、枢機卿のみが赤子の居る部屋の前で待っていたら、教皇がゆったりとした足取りで聖騎士を連れながら現れた。


「教皇猊下……」

「孫は無事生まれたのだな、枢機卿。ステータスの方も……『予言』の通りか?」

「はい、間違いはありませんでした。ですが……」

 枢機卿の言わんとしている事を、教皇は手で止めた。

「分かっている。お前も働き過ぎだ、少しは休め……我が娘の事は気にするな。あれは、強く芯を持った娘だ。私も納得している」

「……はい」


 彼は枢機卿の肩に手を置いた後、そのまま扉を開けて入った。中には骸となった娘と、孫を抱きとめている産婆のシスターが居た。


「ああ、教皇様……」

「顔を……」


 その言葉に、産婆は眠っている赤子の顔を教皇に見せた。教皇は僅かに顔を綻ばせると、眠る様に横たわっている、自分の娘の顔を撫でる。


「……よくやったな。本当に……お前は、私の自慢の娘だ。シエロ……」


 涙は流れない。決別の言葉も継げない。ただ、愛する自分の娘の死と行いに、真っ直ぐに向き合い褒め称える。覚悟をしていたからこそ出せた言葉だ。それでも、僅かに声は震えていた。


「無念だった事だろう。お前の夫も、さぞ娘に会いたかった事だろう。だからこそ、こんな世界の中でも、賢明で懸命にあろうとしたお前達の行いを私が受け継ぐ事を誓おう。この子が壁に当たっても挫けない様に……嵐の中に立たされても泣かない様に……敵と相対しても、戦える様に……」


 1つ1つの言葉を、自分に言い聞かせる様に呟く。それが例え孫に対して鬼の様な男になろうとも、絶対にお前達の娘を死なせたりするものかと。


 教皇は産婆から孫を預かると、共に歩き出した。外で待っていた枢機卿に、先程とは違う厳しい顔で向き合う。


「今日中に民への発表を行う。急がせるのだ」

「御意に」



 急がなければならない。全てはこの世界に生きる全ての人間の為に……



 2つの満月が満ちた今日この日『勇者教』を統べる教皇、カイルス・フォルブラナド・レーベルラッドにより、『天王カルデス』と『魔王ミゼル』の『呪い』から逃れた唯一の子の発表が、宗教国家レーベルラッドの城にて成された。



 子の名前はサナリア・フォルブラナド・レーベルラッド。


 1の死の呪いと、40の死の呪いから免れた巫女の子であり、この世界最後の希望と……



『……なるほど』



 それを、ただ1人赤子の頭の中から眺めている者が居た。

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