第16話 狐の焔
『サナリア、サナリア。起きて下さい』
(……はっ、また意識跳んでた?)
『ええ、御蔭でトーナメントのくじ引きが残った所になりましたよ』
だそうで、また舞台の上で寝ていたんだけど、今度は浅かったらしくディアナに起こされた。まだまだ眠いが、終わったなら移動しなければならない。周りの獣人達から笑われたりしているけれど気にはしない。気にする余裕すら無いから。
あー、けど。一応自分の最初に戦う相手ぐらいは見ておこうか。
サナリア B組 一回戦目 シード
(……な、なるほど)
『幸運でしたね』
(というか数が多いね。A、B合わせて30組か。色々面白い種族が居るね)
『鵺、ドリアード、ティラノレックスにドラゴン……獣人?』
人間の形をしていれば大体獣人扱いらしいけど、それにしても妖怪や幻獣の類もそれに含まれてるんだ。ちょろっと見た限りではとても身体の大きい人達も居たし、どの獣人も一筋縄ではいかなそうなステータスやスキルをしていた。
けどぶっちゃけ楽しみなので、私は彼等の戦闘を一切見るつもりはない。そして眠い。
「おい」
「……」
「おいっ!!」
「……?ああ、ごめん。何かな?」
後ろから呼ばれ、肩を掴まれたので振り向くと、大きな御猿さんが立っていた。頭が丸々包まれるぐらい手が大きいな。立派な武闘服を着込み、ニヒルな笑みが似合っている。で、そのまま頭ごと持ち上げられている訳だけど。
「なーに?」
「なんだお前、怖がりもしないんだな。お前の次の対戦相手だぞ俺は?」
「もうちょい寝たら食って掛かってあげられるんだけど、ごめん、眠くて……」
「そんな謝り方も初めてされたぞ。人間って面白いな……」
「おいクウソン、今聞き捨てならない事を言われた気がするんだが?」
「おおケットル。聞こえちまった?」
「ああ、それはもうな」
目の前に今度は分厚い鎧の様な肌を持った恐竜っぽい大男が現れた。明らかに巨人ってぐらい大きく、二本の大角が特徴的だった。あれは……トリケラトプス?髪がそんな感じだね。人型の恐竜の鱗持った獣人か。手の甲でノックすると、まるで金属でも叩いた様な音でコンコンと響く。
「何をしている?」
「いや、立派だなぁって」
「ほう、人間にも分かるのか」
ほっぺをブニっと掴まれ顔を綻ばせてくるケットルさんとやら。指がザリザリで痛い……
『何故成すがままなんです?』
(面白いから。そして戦闘じゃない限り抵抗する気力も今は出ない、以上)
ええのよ、私ちっちゃいから多分子供と遊んでる親の気分なんだよきっと。けど上では2人がギラギラと睨み合っているのが分かる。
「どっちかが次の対戦相手なの?」
「そうだぜ嬢ちゃん?ずっと寝てるから作戦かと思ってたけど、もしかして不調なのか?言っておくが手加減とかしないぞ?大丈夫か?」
「娘よ、私も勝負において決して手は抜かない」
「大丈夫、明日には元気になってるから。それより、2人は今日の戦い頑張って、明日私と本気で戦ってね」
「「無論」」
パっと離されて、私は地面に足を着けた。もう話すことも無し、さっさと控室……いや、今日は無いから城に帰ろう。そして寝よう。
先程の戦い、氏族代表の者達は誰もその戦いに対して大きな興奮は無かった。昔ならば王女達の戦いは超常の現象として捉えられる程の物だった。舞台に使われている石は特殊な金属を練り込んだコンクリートであり、獣人達の力を結集して作った巨大な魔道具なのだ。ちょっとやそっとの熱や衝撃程度では壊れず、壊れても即座に自己修復するという神代レベルの物だった。
それが融解し、突き刺さり、砕けている。観客の大勢はそれを信じられない眼で見ていた。息を呑んで戦慄し、狂喜して歓声を浴びせる程だった。それぐらいに圧倒的な力を獣人が得ているという事実が確かに存在したのだ。
「全く、嫌になる」
舞台の上に立つ1人の鰐獣人も、その1人だった。ワニ特有の大顎とゴツゴツの鱗を持った獣人だが、血は薄い。だが彼もまたダンジョンの『波』という地獄の中で生き続けた猛者である。その彼から見ても、王女達の戦いは御粗末に見えていた。
「今の王族があの程度とは。やはり狐などもう時代にそぐわん」
「そう思いますか?」
それに相対するは、その狐獣人の代表者であるフォルナだ。
『A組 第一試合。鰐族ワルター・トイズ 対 狐族フォルナ・フォックス・ミーニャント・ラダリア。構え!!』
2人は審判の声に耳を傾け、構えを取りながら会話を続ける。
「何が言いたい?栄えある獣人が2匹で人間1人を相手にして惨敗。とても見れた戦い方では無かった。その妹である貴様が出ている時点で、狐共に良い後継者が居ないと誰が見ても分かる」
「ふむ、確かに私が出るそれ自体に関しては先のお姉様方に対して申し訳ない気持ちもあります。しかし……2人は決して、弱い訳ではないのです。取り消さないならば、可哀想ですが……痛い思いをして頂きますね?」
『始めッッ!!』
「やってみろ小娘――――ッッ!!!」
開始の合図と同時に、ワルターは跳ね上がった。まるで限界まで閉じたバネが解放された様な勢いで回転しながら大口を開けてフォルナに迫る。その回転だけでトルネードが巻き起こるが、彼女はサナリアの様に一歩もその場から動きはしなかった。
超人の戦いは一般人には見えない。
それはフォルナにとっては悲しいことだった。自らの鍛え上げた強さや技をこの場所で使うというならば、それは誰の目から見ても素晴らしいものだと分かるのが良い。でなければこの祭をこんな非常事態の間にやる意味は無いのだと。
「悲しいですね。力だけに固執するならば、それはもう人間ではない。反省しなさい」
そして彼女もまた『焔火』を発動する。だがそれは尻尾ではなく、子供でも出せる火の玉の形だった。それを向かって来るワルターの前に出す。
「そんな物が攻撃かぁあああーーーー!!!!!!―――――――あっ?」
バゴォオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーンッッ!!!!
ワルターが火の玉に触れた瞬間、それは超高密度の魔力となって爆発した。
舞台は一瞬で崩壊。ワルターは結界をぶち破って突っ込んだ反対方向に吹っ飛び、壁に当たって大穴を開ける。爆発は神代の結界をガラス細工の様に割り、煙は雲の上まで上がった。
辛うじて2つ目の結界で衝撃を免れた観客達は、その煙を尻尾の一振りで掻き消すフォルナを見て固まる。
「……ふぅ」
彼女の尾は9本だが、その全ての尾が異様に長くなっていた。先程までは頭ぐらいまでだったというのに、今現れた瞬間にはコロシアムの一番高い席にも届きそうなぐらいの長く太い尻尾があった。それはシュルシュルと元の大きさへと戻り、フォルナは審判の言葉を柔和な笑みで待つ。
『……はっ。だ、第一試合、勝者フォルナッ!!』
観客達に一礼し、彼女は控室へ帰って行く。その彼女の背後では爆音の歓声が上がり、誰も狐獣人の悪口を言う者は居なくなった。
「ね、姉様……凄い」
「嫌になるな全く。自分の子供にああも強さを見せつけられると」
ルルは父親ヒューリの膝の上に座らされて先程まで緊張していたのだが、いざ姉達の戦いを見て、そんなものは何処かに吹っ飛んでしまった。
(焔火で火の玉は子供が最初に覚える技だ。それをあんな威力で、氏族代表を一撃で戦闘不能にするだって?それにあの尻尾の大きさ……)
「父様。狐族の尻尾はレベルに応じて数や大きさが変化する筈です。フォルナ姉様のあれは……」
「見たまんまさ」
ルルの言葉に、ヒューリはやけくそ気味の顔で笑う。
「あれは、全部俺の責任だ。あいつがあんな力を得ちまったのはな……」
「そ、それはどういう」
「違いますよ、お父様」
「うわっ!?ふぉ、フォルナ姉様いつの間に」
「ふふ、吃驚しました?」
いつもと同じ優しさの籠る眼でルルを見るフォルナ。そしてヒューリを見て、窘める様に言う。
「私が望んで行ったのです。貴方は王としてそれを受理した。行かねばならなかった任務です」
「だがその代償が大き過ぎた」
「全てが予想範囲外だったのです。仕方が無かったと私は思います。誰も、貴方を憎んではいません」
「……」
「狐の焔は、まだ消えていない。そうでしょう?父様」
「……ああ」
ルルには分からない、2人だけのやり取り。ただ、『狐の焔』という言葉だけは知っていた。それは、狐族の戦士達が使う言葉であり、戦意や希望の意味を持つ。ルルは不安になってしまう。こんな強い姉を持つ自分が、果たして将来姉の様になれるのかと。
狐耳を垂らしてしょげるルルに、フォルナはまた声を掛けた。
「ルル、私は私です。貴方は自分を見てあげて?貴方にしか無い、きっと素敵な物があるのだから」
「……はい」
「あーあー、お互い娘の説教が耳に痛いなぁルル」
「いつものことです、父よ」
「そうよお父様?」
「フィリス姉様!!フェルバ姉様!!もう大丈夫なんですか!?」
「ああルル。お前の顔が久々に見れて更に元気になった」
「あはは、カッコ悪い所見せちゃったけどね……フォルナ。貴方はよくやってくれたわ」
「ありがとうございます、姉様」
そこに回復した2人も合流し、全員が久し振りに同じ席に揃う。フィリスとフェルバはフォルナとそれこそ5年振りだった。姿形はほぼ変わっていない2人だが、フォルナは余りにも昔と変わり過ぎていても見誤りはしない。
そして全員が次の試合を見ている間、例の話が持ち上がる。フィリスはルルをヒューリから取って自分の膝に乗せると、フェルバと可愛がりながら神妙な顔で始めた。
「巫女の件だが、やはり相当な力量だった。本気すら出させる事が出来なかった」
「ホントにね。しかも何かあったらしくて、物凄く不調だったらしいの」
「不調?そんなタマには見えなかったがな?」
「後で聞いた話だと、とっても眠かったそうよ」
「眠い……?」
「それはおそらく、魔力欠乏が起こっていたんです」
「「えっ?」」
その情報を元に、ルルは即座に答えを導き出す。急な言葉にフィリスとフェルバは驚いた声を上げるが、フォルナは納得した様に頷く。
「人間は獣人と違い、魔力が無くなると極端に行動を制限されます。極端な例が身体からの危険信号による過剰な睡眠欲です」
「なるほど……だが、ダンジョンを単騎で破壊出来る奴がそんな大量の魔力を消費して何してたんだ?そんなに使わなければならない事態ってのは……まさか」
「多分、それ級の何かが起こっていた……のかも」
「しかし国から出ていないのだぞ?」
「それは魔道具でもあれば話が変わりますよお姉様。彼女は巫女ですから、当然それ級の物を持っていても何ら不思議ではありません」
つまり、サナリアが何らかの方法でダンジョンが生成された情報を国から受け、誰にもバレないように力を行使した可能性がある、ということだ。
だが今のはルルの最初の推測から立てた答えであって、正解とは限らない。だがルルの人間に対する知識は、この場の誰よりもあった。
「ルル、一応他の可能性もあるか教えてくれない?」
「ええ。貴方の知識が必要です」
「は、はい!!」
ルルは初めて家族に頼られ、ハキハキと自分の役割をこなすのだった……