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第13話 未来と現実

「はぁ……」


 ラダリアには基本的に氏族同士の繋がりを持たない。そして本を読むという文化が無い。全ての知や技は直接教わり、魔道具製作技術などは身体で覚える。図面などは存在するが、一度見れば覚える者がほとんどで、感覚で知るという部分が多かった。だが獣人の作る魔道具とはそういうもので、だからこそ人間のそれとは一線を画している。


 だがそれでは納得しない者が1人居た。何を隠そうルル王子である。


「全く……この国には経済って言葉は無いんですか?人間よりも知があるなら、もっと効率的なやり方だったあるでしょうに……」


 彼は自室で自らを鍛えるという事を止めてから、せめてこの国の力になれる様に知識を磨き始めた。教われる人材は居なかったので、数少ない人間の商人達から本を買い集め、7歳の頃から丸3年間、すっかり部屋は本だらけになっている。


 それもほとんどは人間の経済や領地形態に関することだった。世界会議において提出される国ごとの貴重なデータや議事録もあるが、ハーリアから問題無いとして売り渡されている。それを元にルルなりの国営を考えていたのだが、そもそも人間の国とは違い過ぎるラダリアでそれをする為には、氏族という括りを外す必要があった。


 だがそうなると、近い将来に異種交配をし始める者も出て来るだろう。それでは獣人としてのアイデンティティは失われ、雑種で溢れ返る事になる。氏族としての伝統がそれを許しはしない。獣人は人間と違い余りに不自由な生き方しか出来す。同じ知能ある生き物だというのに、そもそも根本的な生物としての概念が違うのだから。


 感覚で生きている彼等に、人間の理屈はそもそも理解されない。一笑に付されるのが積の山だ。

 

「これを提出したら、ボクは反逆罪で首を切られそうですね……」


 ルルとしては現実逃避から始めた事ではあったが、やればやる程のめり込んでしまっていた。自虐的な笑が出てしまうぐらいに。


「その時は私が国から逃がしてあげるよ」

「……」


 そして例によって、サナリアがまた部屋に音も無く訪れていた。朝から数えて今は夜。魔道具の光が照らす密室にどうやって、という考えは思い浮かばない。最早神出鬼没の妖怪の如き存在に、無駄な考えは止めている。


 サナリアは椅子に座っているルルの横に自分用の椅子を持って来て座り、ニヒヒと口元だけ笑みを浮かべながら、ルルの机にある本を無造作にパラパラと読み始めた。


「領地の年間運営報告書に、国間の商人の交通量調査。冒険者ギルド、商人ギルドの利益率の決算書。各国家の問題性と照らし合わせた国費の流通企画書。はぁ、色々あるねぇ。全部15年前までのやつかぁ。通りで部屋一杯な訳だ」

「わ、分かるんですか?」

「何となくねぇ~~」


 詰まらなそうではあるが、しっかりとした眼で幾つかの本を見て彼女はブツブツと呟き、「ありがとう」と言って返して来た。本当ならまた何故此処に居るのか聞きたいところだが、ルルはサナリアに話しを聞いてみたいと反射的に口に出していた。


「貴方は「サナリアって呼んで」……サナリアさんは、この国についてどう思いますか?」

「どう、とは?」

「僕達獣人はその特性上、とても閉鎖的な国営をしています。それは望んでやっている訳ではなく、昔からの伝統や人間に対する偏見によって生まれた不利益の忌むべき歴史の所為です。ですが既に完成してしまった国の運営方法は人間のそれとは全く違う物になってしまいました。利権の全ては氏族長が握り、王権に抗おうと画策することもあります。それについて、どう思われますか?僕は、もっと人間に教わって国の発展に役立てていくべきだと思うんです」


「……そうだねぇ」


 そしてサナリアは右手の指をクルクルと回しながら眼を閉じて、答える。


「ルルは人間に憧れを持ってる?」

「え?」

「私達人間は上からの搾取で国が成り立ってるからさ。基本的に国民のコントロールを得る為に色んな利権や、お金や、政策をするんだよ。それで社会が回ってる。1人1人の人生には眼を向けられず、言葉遊びでそれに見合った最低限の生活を保障することで幸福を得ていると錯覚させている。言葉の上で言うなら、それが人間の世界なんだよね」


 逆に、と今度は左手の指をクルクル回す。右手はルルの頭に置かれ、撫で始めた。


「ラダリアは王権や氏族長といった上の存在は居るけれど、皆指示を仰ぐ以外には平等に見えたよ。代表として取り纏めている様は立派なものだった。確かに国営そのものが助け合いの精神だけで動いているから、人間と噛み合わせようとすると余りに摩擦が生じてやっていけないと思う。けれど、彼等は誰1人としてラダリアという国が人間に劣っているとは思っていないよ?」

「あっ……」


 全ての人間を相手にしても尚勝つと、彼等ならばきっと言ってのける。経済がどうとかなど関係無く。1つの群体としての生活を基盤として生きているならば、全てが『家族』として機能しているのだからそもそも利益など考える必要すら無いのだ。獣人に人間の考えるシステムそのものが邪魔なのだ。


 だから獣人が人間から孤立しているのではない。彼等は人間と対等以上だと言えてしまう素晴らしき種族なのだと。


「……」

「ルル君。滅びの道を辿っているこの世界で、君の様に国の未来を見ている子はとても貴重だとは思う。けど……それで現実から目を背けたらいけないよ」


「―――ッ!!!」


 パンッ!!


 反射的に手が出てしまった。サナリアの頬に赤い跡が付いてしまう。だがそれでも、彼女はルルの頭を撫でるのを止めなかった。それは彼女がルルを哀れに思ったからではない。


「うぅ~~~~……ぐすっ……くぅ~~……」

「ごめん……ごめんね……」


 叩いたルルではなく、サナリアが謝って彼を優しく抱き締める。ルルはその胸に顔を埋めて、小さな声で泣き始めた。



『子供が現実を投げ出して身を投じた物を真正面から否定する。そういうのは大抵、親の役目だと私は思いますが』

(あの親や姉妹が、それを指摘出来るとは思わないよ、私は)


 

 獣人と人間が親密な交流を持つ為には、双方が利益を見出し、互いに歩み寄る為の材料が必要となる。だが現段階でそれは望めないし、ルルはそれをサナリアに提示出来ない。

 夢物語に付き合えないのが人間なのだ。理想だけの政策では即座に瓦解する。何故ならそこには、国民達の声が無いのだから。


 王族として中途半端になってはならない。獣人としての生き方が嫌で人間に憧れを抱いたルルを、サナリアは否定する。例えそれで嫌われても……


(それでも、子供に嫌われるのは凄い傷付くよねぇ……)

『確信犯の癖によく言いますね』








 まさか、まさかこんな少しのやり取りで自分の浅はかな底を見破られるとは思わず、手が出てしまった自分を恥じたのに。この人間は逆に謝って僕に温もりを与えた。


 違う、悪いのは僕だ。逃げているのも僕だ。叩かれるべきも僕で、謝るべきなのも僕だ。なのに、この人は言葉1つで僕に現実を叩きつけてくれた。自分で気付くべきそれを、会ったばかりのこの人に請け負わせてしまった。それが情けなくて、嬉しくて、訳が分からなくなって泣いてしまった。


 だからその温もりに抗えなくて、僕は縋り付いてしまった。


「……僕は、強く、なりたいのに……」

「貴方とお姉さん達は違うよ。例え同じ王族でも、同じ父を親に持っていても、貴方は貴方だよ。力の差異で自分を計っちゃ駄目。貴方に必要な強さは1つだけ」


 それは且つての彼女が抱いてしまったのであろう想い。


「自分が何者であるかをしっかりと認識する強さだよ」

「……自分が、何者である……か?」

「そう。それさえ見失わなければ、貴方は立派な人になれる。私が保証するよ」


 そう言って彼女はまたボクを抱き締める。久しくない人肌の温もりに、ボクはそのまま身を任せ、その言葉を何度も頭の中で呟きながら眠りに付いてしまった…………








 ルル君を眠らせて部屋を出ると、見知らぬ狐獣人が部屋の前で私を待っていた。


「こんばんわ、初めまして。私の名はフォルナと申します。サナリア様でいらっしゃいますか?」

「……ええ、そうです。初めましてフォルナ様。貴方は第三王女ですね?」

「御名答です。そしてどうぞ口調は戻して下さって構いません」

「……そう。じゃあ聞くけど、こんな月の綺麗な夜に何用かな?」

「……少し、一緒に散歩でもとお誘いに参りました。それにサナリア様、ご自分の部屋を探していると思いましたので」

「……あーうん」


 9本の尾を持ち、そのどれもが見るからに凝縮された高密度の魔力を纏っている様に見えている彼女の姿は、私の眼から見ても妖美だった。けれどその喋り方は柔らかく、表情からも敵意の欠片も見受けられない。クスクスと笑う姿も嫌には感じないし、純粋に私と話したいのだろうと思って、了承した。


 2人で月明りが照らす廊下をゆったりとした速度で歩いていると、フォルナから口火を開く。


「サナリア様は、何故獣闘祭に?」

「獣人の力を貸して貰うにはまず力を示さなければならない。そう思って参加する事にしたんだよ。知ったのはこの国に来てからだよ」

「なるほど。ではどの様に力を貸して頂きたいのでしょうか?」

「戦線への参加。その為に今ある”ダンジョンの元凶”を叩きに行く必要がある。だからその場所を教えて欲しいって頼んだんだよね」

「……」

 黙ってしまった彼女に、再度私は問う。

「フォルナさん。知ってるんだよね?貴方はその場所を」


 第三王女が最も苛烈なダンジョンで戦っている。そんな話を聞いていた。現在のラダリアの現状、王に匹敵する第三王女の存在。人間に手を貸さない実状。そして氏族の数。全てを見て、聞いて、私はその答えを導き出した。


「何故、そう思うのですか?」


 答え合わせがお望みらしい。なら付き合ってあげようか。


「まず大前提として、私は一度もこの国で貴方達以外の『狐獣人』を見ていない。氏族ごとに関係が成り立っているなら、王族である貴方達に警護を付けないのは明らかに可笑しい。例え強さが群を抜いていたとしても」


 私は散歩癖のあるパンダ獣人さんの頭の上で全氏族をグルっと回った。そして狐獣人達だけが生活の営みがほぼ無く、数えるぐらいしか居なかった。城の中に他の氏族の戦士達の姿はあったけれど、やはり狐獣人の姿は見当たらなかった。それはつまり、国の運営そのものは他の氏族に任せている状態、という事になる。それが1つ。


「貴方が人のことを言えるのですか?」

「それはそうだけど、私は個人行動が普通だからね。そもそもが異質過ぎて比べられないよ。次だけど、それは貴方が最も強いと言われている所以」


 第一王女も第二王女も、コロシアムでの戦いを見ている限りではかなりの強者であることは容易に分かっていた。魔道具を使っての武器を携帯しているが、それを生かしての動きは間違いなく人間の中でもトップレベルだろう。何より漂っている空気が違った。


 けどこの眼前に居る者は違う。あの2人よりも明らかに異様。否、異常な空気を纏って私の前に現れた。獣闘祭前日の、この瞬間に。王に匹敵する強さを持った国内最強戦力が私に会いに来た意味。


「見定めに来た?私が『それ』に足る存在であるか。どうせヒューリ王に会いに行けと言われたんでしょ?」

「……はぁ、だから当日まで会うの嫌だったんですよぉ」


 張り詰めていた空気が霧散し、本当の彼女が現れる。



「改めてご挨拶します。私の名はフォルナ・フォックス・ミーニャント・ラダリア。この国の第三王女にして、現在ダンジョンマスター討伐の任に付いているフォックス戦士団団長です」

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