閑話・1 ディアナとサナリア
「……んぅ……?」
春の木漏れ日、という言葉がピッタリ似合う草原と大きな葉の生い茂る木の下。木の葉の囀りと小鳥の歌声が耳に入り、私の意識はゆっくりと覚醒した。見覚えのある光景、嗅ぎ覚えのある臭い。そして、
「おや、眼が覚めましたか」
知らない顔の女性が、私を膝枕していた。ふーむ……
「誰?」
「先程名乗ったでしょう?」
さっき……さっきさっき……あぁ……えーと。そうだ、この声は頭の中に響いていた。
とりあえず乳が邪魔で顔が見えずらいので、私は起き上がって改めて彼女と対面した。うん、見れば見るほど人間離れしているね。白銀の眼に髪。白い肌。美貌もそうだし、身体の輪郭なんて女神そのものだ。そして恰好が際どい。趣味?
「失礼な。貴方の頭の中にある記録から神様っぽい恰好を選んでみただけです」
「神なの?まぁディアナって確かギリシアの名前だと思ったけど」
「あーそっちとは違いますかね。って、そうではなく、もっと他に聞く事があるでしょうに。落ち着き過ぎではありませんか?」
「あたっ……なにさいきなり」
「いえ、何となく」
何故かおでこをペチッと叩かれた。というか今思ったけど、私の姿形も凄い変わっている。まだ赤子の筈なんだけどな……
さて、聞くことか。差し当っては……そうだな。
「お互いの現状確認でもしようか」
「そうしましょうか」
まずこの空間、私の見ている夢に介入して、ディアナが勝手に作ったものらしい。本人の姿は、私が今の身体で将来成長したらなるであろう体形だってさ。へぇ、今世の私美人だな。
そして本人自身についてだが、名前以外の全てを忘れているらしい。自分が何者で、どうしてこうなっているのか、何故誰かの頭の中に居るのか。全てが謎だと言う。今話せているのも、こうした性格や人格を形成したのも、全て私の内包している『100万回の転生』をして得た知識をスポンジの様に吸い込んで形作ったとか。
だからか、雰囲気が似ているのは。その割には何だか無邪気な顔だし、好奇心旺盛な気がする。
「それで、サナリアは何か私に対して心当たりは無いのですか?」
「んー……そうだなぁ。やっぱりあの幼女かな」
「……幼女?」
そう、あの子だ。転生中のいつもの空間で漂っていたらいきなりヒップアタックしてきためっさ愛らしい羽生やしたクルクルアホ毛な幼女ちゃん。何がどういう訳か変な光ってるのを私に押し付けてバイバイされたんだよね……っていうのをディアナに話してる間に本を読んでいた。本は表紙のも背表紙にもタイトルが書かれていない。
「なにそれ?」
「え?ああ、貴方の記憶ですよ。どうやら私は貴方の得た記憶や知識を随時アーカイブとして閲覧出来る様で。なるほど、確かにピンクのナマモノですね。超常的存在かもしれません。そして、おそらくこの光が私だったのでしょう。益々謎です……面白い」
「あー、トリップする前に聞くけど、貴方この世界について今何か分かってる?」
「ええ、勿論。そうですね、私に膝枕されるなら教えてあげましょう」
「なんなんその条件!?」
天然さんなのかな?いや、これはやりたいからやるだけだな。もしかして私を子供みたいに思っているのだろうか?恰好に引っ張られて母性本能でも目覚めた?……まぁ良いか。改めてディアナの柔らかな腿に頭を乗せて寝転がると、頭を撫でながら彼女は話始める。
この世界は絶賛滅亡の危機にあった。2つの大穴、2つの勢力が両端から大陸ごと削りながら人類圏を少しずつ狭めていること。その勢力達の放った『呪い』が、『1と40』。生まれた子供は1歳で死に、生きている人間は40歳で死ぬ。そういう強制力を持った物だった。じゃあこの世界で権威のある人間のほとんどは死んでるんじゃ?と思ったら、案の定各国の王や貴族。知識を貯め込んだ者達は軒並み死に絶えたらしい。
はっきり言って、詰みに等しいのがディアナの見解だった。何故なら、今現在人類は打開策を見い出せず、ただ襲い掛かる脅威に対応し続ける事だけにしか目を向けられていないのだからと。
「大変な世界に生まれてしまったものですね」
「最初から脅威が何か分かってる分やり易くはあるけどね……終わった後の人類が大変そうだよ」
「そこは生き残った者達に任せるが吉でしょう。ところで……」
「ん?」
ディアナは先程よりも眼を輝かせて私の顔を見る。ってよだれよだれ。
「貴方の知識の中には、結構に美味しそうな物が沢山ありますね?」
「……はい?って増えた!?」
私を膝枕した状態で彼女は2人に増え、1人が何処から出したのかホワイトボードにリストを書いていく。なになに、食べたい物リスト一覧?なに貴方、グルメなの?
「いえ、何だかとても心惹かれてしまいまして。ほら、私貴方の中にしか居られないので、御飯とか食べれないのですよ。なので是非貴方に感覚を繋げますので美味しい料理を沢山食べて下さいね?出来ればこの世界で再現出来る物を」
「は、はい」
その後もディアナは沢山の事を私に聞いてきたが、私が次に目覚めるまで、終ぞ膝枕を止めなかった。
私は自分が何者なのかも、何故この者の頭の中に居るかも分かりませんでしたが、どうやら私という存在は得体の知れないピンクの生物によって彼女の中に意図的に入れられたらしい。それは良いです、なにせこうして意識が覚醒出来たのですから。
だが彼女の言う広大な宇宙空間で次の転生を待つ、というのはよく分かりません。もっと言えば、原理も理屈も不明な状況で不可解過ぎる現象の数々に私でも思考を放棄する程でした。私でも?というのは、私自身の感覚ではありますが。
何にしろ、今現在私は彼女の知識を拠り所に意識を形成してこの世界に存在を成り立たせています。そして彼女が死ねば当然私も死ぬ。それは避けなければなりません。今現在違う意識が教皇と色々と話し合っていますが、なるほど、これは本当に詰みに等しいですね。
ですが幸いな事に、彼女には色々と異質な才能がある様で、それに賭けてみるとしましょうか。
にしても……何故こうも彼女の記憶にある料理に心が動かされるのでしょうか?彼女自身についても、特別な何かを抱いてしまいます。本当に何故……
どうやら、この得体の知れない存在。ディアナと名乗る女に私の動揺は悟られなかったらしい。精神の中であっても、彼女に出来る事は私の表面上の意識を読み取る事だけな様でとても安心した。知識や記憶云々については仕方のない事だけれど、なるべくなら隠しておきたい部分も多くある。人が知ってしまえば多くの犠牲を齎す様な物も多いし。
(これから大変みたいだし……とりあえず束の間の赤子生活に慣れておきますか……)
「まず目標は米の入手からですね」
「炭水化物かぁ……」