閑話・4 侵された戦争
草木1つ生えなくなった不毛の大地。そこに大地を横断する様に接地されたテントの数々。その後ろでは商人達の馬車があった。そして遥か前方には、今日の当番である数多の軍勢が『奴等』を相手に戦っていた。
拠点は移動式であり、毎日数m下がりながら戦線を維持している。そして今日もその光景を見ている1人の男が居た。彼は丘の上から全体を見渡し手に持っていた肉を口に放り込むと、近くに建てていたテントに潜り込む。
「後、どのくらいだ……」
疲れた男の声が、テントの中で響く。使い込まれたオリハルコンの剣。昔馴染みの鎧。ボロボロの靴に、千切れたグローブ。どれもが男を歴戦の戦士であり、冒険者であることを示していた。男は疲れた目を隠すことなく虚ろなまま天井を横になって見つめている。
今日で15年目。男は来年40を迎える。
どれだけ強くとも、どれだけ戦えても、どれだけ活躍しても。戦い続けた14年間という長い時間が、呪い1つで無へと消えてしまう。それを見続けた男は、自分の番がもう直ぐ来るのだと達観した頭で感じていた。
「バンダルバも……スビア達も……そしてゲンカクも逝った。俺は……俺も、もう直ぐ逝くんだろうか……」
自身の父親が目の前で死に戦線へ行く事を決めた男は、且つては自領の面汚し。父の目の上のたん瘤だった。だがそれでも家族は愛していたのだ。だから彼は貧弱ならがらも戦線へ行った。そこで出会った数々の勇士に助けられながらも叩い続けた。
皆強かった。一撃で山を割り、海を裂き、大魔法使いや刀の達人。大国の誇るSSSランク冒険者。そして召喚された勇者達。皆強かった。男の何万倍も。
自分もそれに追い付きたくて、彼等に指導を願い、戦いの中で技を磨き上げた。そして『奴等』を数えるのも馬鹿らしくなるぐらい殺し続けた。いつだって全軍で押し潰してやったと。大きいのも小さいのも、今となっては変わらない。だがそれでもこの戦争には勝てなかったのだ。否、勝つ手段を見出す事が結局出来なかった。
あんなにも逞しい男が、戦っている途中で死んで雑魚に細切れにされた。
あんなにも優しく強かだったバーサーカー夫婦が、眠る様に寄り添い合って死んでいた。
あんなにも芯の強かった達人が、別れも言えずにある日地面の上で無様に転がっていた。
(ふざけるな……ふざけるな!!)
あってはならない死に方だ。尊厳を完全に踏み躙っているやり方だ。こんな物が戦争だと言うのか。そう思わずにはいられなかった。だがそれでも、毎日誰かが死んでいくのだ。
だから後は、緩やかな消耗戦だけが残った。どれだけ強かろうと、『アレ』をどうにかしない限り奴等には絶対に勝てない。
無尽蔵の軍勢に他の者達も悲鳴を上げる。戦えても、死は違う場所からやってくる。子は出来ず、強い者から死んでいく。その屍を乗り越え、また次の強者が軍勢を引き連れ戦いを始める。
「俺達はもう限界だ……もう、無理だ……」
言葉に出しても、握った拳は止めらえない。闘争以外の全てを失ったこの原始的な世界で、彼等は『呪い』という寿命に侵されながら、自分の愛する国を守らなければならないのだから。
例えその者達でさえ、何もせずとも死ぬと分かっていたとしても……
「ダブルさん。次の波だ……行こう」
「……ああ」
ダブルと呼ばれた男は、まだ若い冒険者にテントの外から呼び掛けられ、重い腰を上げる。受け継がれた技を、魔法を。また敵へ憎しみと共に叩きつける為に。
(誰でも良い……この戦争を、もう終わらせてくれ)