第10話 お空の上からこんにちわ
国を旅立ってから数日。私達は幾つかの『滅びた』国を回りながら目的地へと向かっていた。
「えーっと、まずはラダリアか」
『獣人の国ですね、しかしながら、獣人は呪いの対象外とは。あの者達の対象範囲、以外にユルユルなのかもしれませんね』
「それはそれで助かるよ。仲間にしなきゃいけない種族、全部人間よりも長寿らしいし」
そう、私は今すぐ大穴に突撃する訳じゃなかった。国を出てしなければならない事は当然あるのだ。それは爺様からの提案もあってのことだけど。
まずは今言った獣人の国ラダリア。人間よりも遥かに突出した基礎から違う高い身体能力を有した多種多様な戦士達の国。人間よりも数倍寿命が長かったり、短命な代わりに強力に育ち易かったりと、そういうのが多いらしい。そして向こうは種族ごとの族長が存在していて、国でありながら内部闘争も激しいとか。
けど前にダンジョンの『波』に関してレーベルラッドの要請を突っぱねたし、戦線にも参加していない。その理由が爺様から「行けば分かる」とだけ言われてしまったので、こうして『空の上を走りながら』ラダリアの国境へと向かっていた。
「そろそろ付くかな?さて、何て挨拶をしようか」
『手土産もありませんし、手形もありませんから。どちらにしろ強行突破では?』
「それもそっか」
今回の目的はラダリアの抱えている『問題』と、彼等の保有する『戦力』の確認だ。共闘はまだしないし、出来るとも思っていない。ただ私が欲しいのは彼等の技術だった。
レブナント鉱石。魔道具を作動させる為の術式に用いられるこれは、人間と獣人とではまるでやり方が違うらしい。そして彼等の作った物の方が、人類の物よりも数段上を行く。彼等はそれを用いて狭い貿易を行い僅かな交わりを持ち続けて来た。人類は皆彼等の魔道具を解析しようと頑張ったらしいけど、今に至ってもまだそれは成されていない。
「どういう原理か知らないけど。数十万年間ずっとでしょ?もう根本的な概念で違う可能性があるね。知識云々ではなく」
『魔道具に対する在り方や、レブナント鉱石の扱い方、でしょうかね?』
「あると思うけど、何にしろ私達人間に教える気は無いと思うよ。おっ国境が見えて来たよ」
草原を切断する様に建っている分厚い石壁に覆われた国境が見えて、私は降りようと高度を下げ始め……おっと?
「どうやって降りようか?」
『……なんですって?』
この世界には娯楽という物がほとんど無い。大概は賭博であるが、それも道具が無ければ出来ない。なので兵士や冒険者は、そういう事は大体頭の中の妄想で補うか、誰かと共有していることが多い。
此処に、国境を守るラダリアの戦士達が居た。と言ってもこの国境はレーベルラッドとの物であり、侵略行為が始まってからは此処を通る者は居なくなってしまったので、今では閑古鳥が鳴いている始末である。獣人もベテランから新人達に挿げ替えられて久しく、数も数人とても少なかった。ラダリアの国境は他のどの国よりも壁が高いので門もそれなりに大きいのだが、それだけ警戒されていないのである。
「暇だなぁ……」
「遊ぶか?」
「さっきもやっただろうに……」
若い馬と鴉と犬の獣人は、それぞれが渋々といった様子ながらも集まり門の端っこで座る。取り出したのは木の棒。地面には既に色々と描かれていたのだが、そこにそれぞれが書き足し始める。
それはそれぞれの種族が象徴としている紋章だった。だが変に書き足されているのだ。
「俺って鴉みたいな羽があったらペガサスみたいな幻獣種みたいでカッコイイよな」
「それじゃあ黒いだろうが。俺は牙が良いな、象獣人に付いてるの。そしたら攻撃力がもっと増すと思う」
「わかってないな。猫獣人の鼻の利きが一番だろ。獲物も一番に捕まえれるしな」
「「だったら鷹の眼だろ」」
「上位種族を言うなよ~~」
彼等の遊び。それは『キメラごっこ』である。自分の種族に他の種族の特徴を入れてどんな強さを手に入れられるか。どんなメリットデメリットが生まれるかを論議するのだ。この禁忌に触れているのでは?とも思われる遊び。当然触れていた。異種族の交配は禁止であり、そういう思想も公で言える者は居ない。
だが彼等の場合、国からも離れ、種族の垣根を越えた仲間達であり、新人という空気がそういう遊びを作ってしまった。そしてこれが思いの他面白く、ネタありきで遊ぶと止まらなくなってしまった。
「だからさぁ、そうやってごちゃ混ぜにしたって強くならないって」
「コカトリスを獣人に当て嵌めるなお前は。毒霧なんて使えないだろうが」
「うっせー!!俺だってもっと強い種に「ひゅぅ~~~~」……なんだこの音?」
一斉に上を見上げる3人。一瞬で武器を構えて戦闘態勢になったのは良かったが、もう既にそれは彼等の直ぐ真上まで来てしまっていた。猛烈なスピードで迫って来るそれは、最後に警告を発する。
「避けてぇぇぇ~~~~~~~~~~ああぁぁ~~~~~ッッ!!!!」
「「「ちょっ!?!?」」」
ボカァァァァアアアアア~~~~~ンッッッ!!!!!
避ける間も無く、サナリアは3人のど真ん中に着弾。凄まじい勢いだったので全員吹っ飛ばされたり転がったり。とにかくいきなり過ぎて流石に反応が遅れてしまったが、そこは獣人。直ぐに立て直して砂埃舞う中それぞれの安否を確認するぐらいの余裕は見せる。
「アウレッ!!平気か!?」
「問題無い。コポ、そっちは?」
「俺も平気だ!!……にしても、一体何者だ?」
「何にしろ、やっと門番っぽい仕事が出来るな」
「まだ手出すなよ?敵対者かどうかは姿見てから決めるぞ」
仮にも国の顔として国境に立つ彼等は、慎重に他国の者を扱わなければならない。そういった政治事にもしっかり対応する姿勢はあった。何しろ偶にやって来るレーベルラッドの使者からの手紙を受け取ったりもしていたのだから。
だが今回のはまるで意味が分からない。何故空から人間が砲弾の様に落ちて来るというのか。新手の魔物だろうか?そういう気持ちも出て来るが、とにかく現状判断をしなければならない。
そうして晴れていく景色の中、
「ふ……んぅ……ZZ」
『ああ、もう駄目ですねこれ』
小規模なクレーターの中で、銀髪の少女が寝入っていた。
「……なんなんだ一体」
『ああ、そこの獣人らしき方々。ちょっと良いですか?』
「だ、誰だ!?」
『この子のもう1つの意識だとでも思って下さい。それよりも……』
目覚めたら檻の中でした。場所?知らないけど。
「ここ……どこ?」
「お、起きたぞハグル」
「マジか。おい人間の嬢ちゃん名前は?」
「え?サナリアだけど。ってうわっ!!獣人さんだ!?」
「お、おうなんだこいつ」
「待て、混乱させるな。まずこちらの話を聞け」
眼の前には3人の獣人が居た。顔は人間っぽいけど、随所にその種族の特徴が見られる獣人達。馬、鴉、犬かな?とにかく私は無事国境には辿り着いたっぽい。ただ魔力が切れて落ちる瞬間までの記憶しか無いから、多分そのまま激突したんだろうなぁ。とっても警戒されている。
とにかく私は彼等の質問に答えた。来た目的、何故空から落ちて来たのか。何処の国の者なのか。全てに真っ正直に答えると、思いっきり引き攣った顔をされてしまう。
「いや、無いだろ……何でレーベルラッドの巫女様ってのが単体で来るんだよ。普通は護衛を連れて来るもんだろうに」
「いやほら、今の人間って人手不足だから」
「……ああ、例の呪いか」
「呪いって?」
「ほら、人間は今1と40の呪いで子供は産めないし、直ぐに死ぬっているやつ」
「嘘だろ。人間こわっ!?」
……どうやら、人間についての知識はそこまで無いらしい。見つからに彼等は若く見えるし、おそらく私よりも多少年上なぐらいだろう。獣人には呪いが無いから、彼等からしてみれば私達の苦しみは他人事なんだろうと思った。
けど、末端でこれだとすると、案外獣人って人間に対して無関心なのだろうか?共闘をするのは難しそうだな……
『どうします?』
(まだ来たばかりだし。向こうの代表者と話さないことにはね……)
とにかく目的だけは果たそう。さて、
「それで、私の目的は伝えたけど返答は?」
「今ラダリアは他国からの人間を入れる事は無い。残念だが帰れ」
「そうだ。今の時期は『獣闘祭』が行われる大切な時だしな」
「あ、そうだった。うわー帰って見たいぜ~~」
「……獣闘際?」
3人は興奮した感じで私に疑問に答えてくれた。纏めて言うと、種の各代表が最強の戦士を出して戦わせる祭りらしく、優勝者の種族が100年先まで王権を握るらしい。武闘派な考えだなぁとは思うけど、彼等の場合それが連綿と続く歴史の在り方なのだからしょうがない。
ふと、ディアナがそんな私に悪魔の誘いをしてきた。
『それ、人間の種族代表として出れませんかね?』
(また物凄いこと言い始めたね)
『いえ、元を正せば獣人も人な訳ですし。人も獣人の一部とはなりませんかね?ちょっと面白そうですし。何より郷に入っては郷に従えですから』
(どうせラダリアの美味しい料理が欲しいんでしょ?)
『異世界の食べ物楽しみです』
食べれもしないのに……しょうがない、その線で行くか。律儀に釈放を待ってもしょうがないし。最低でも1ヶ月ぐらいは掛かるって覚悟してたしね。
ラダリア王宮:訓練の間
「王よ。王よ。お耳に入れたい案件が」
1人の羊獣人の男が急ぎ足で近付いて来るのにも気づかず、雄々しい8本の尻尾をピクリとも動かさずにその場に座っている王と呼ばれた獣人が、眼を細く開いた。
「なんだ、お前がそんな荒れた気で来るのは珍しいなメーウ」
「下手すると国の一大事ですから、荒れもします……」
「いつもの事だ。で?」
「……レーベルラッドの巫女が来ました」
「……へぇ」
よく鍛え込まれた肉体を起こし、メーウの言葉に耳を貸す気になった王は、端に置いてあった椅子に座り込む。そのまま話せと眼で言えば、執事である彼にその態度を改めさせる気など失せる。
そして国境に巫女が来た事。そしてそれに合わせて戦線で『奴等』の言葉が耳に入り、途端に彼は笑いだす。
「あっはっはっはっは!!!良いじゃねぇかその人間。確かに確かに、人間共はただ単侵略されているだけだもんな。それを個人で宣戦布告し返すって、頭のネジ飛んでんなおい!!」
「笑いごとではありません。その巫女が我が国に来たのですぞ?しかも……なんと獣闘祭に参加する旨まで」
「……あぁ?」
最後の言葉に、今度は紅蓮の如く燃え盛る魔力が身体から溢れた。冷や汗ダラダラのメーウは、それでも慣れているのか話を進める。
「獣人も人なれば、人間もまた獣人の一部と考えられる。ならば自分は人間代表として参加権を得たい……と」
「……」
絶句である。「マジで何言ってんだそいつ」という顔である。暴論というより、これは獣人という種の集まりに対しての宣戦布告に等しい言葉だった。
彼等は人間という種から確立する為にラダリアという国を作った。短命で弱く、身体的特徴を持たない人間。そして自分達を拒絶し、遥か昔に別たれた。異種族なのだと。だから自分達だけの国を、文化を、伝統を作り上げたのだ。自分達より遥かに数の多い人間とも対等であれる様にと。
それを、そういう部分を全て無視して突っ込んで来る人間が居る。それも人間代表だと公言しているのだ。本当ならば世界会議で問題になるレベルである。
だが彼は笑った。
「……なら、やらせるか」
「……え?」
まさか許可が下りるとは思うわず、メーウは呆気にとられた声を上げてしまう。それも面白そうに見て、王は牙を見せながら笑みを深めた。
「俺達の国に喧嘩売ってんだぜ?なら俺達流にしっかりお持て成ししてやんなきゃだろう?それもあのカイルスの孫娘だ。うちの娘達と戦わせてみてぇじゃねぇか?」
「そ、そんな理由で伝統の祭に参加させるのですか?」
「強さこそがこの国の第一だ。そこに新しい種が覇を唱えて入って来るだけの話。何より面白いんだから良いんだよ。他の奴も、長いこと人間とやり合ってねぇからな。値踏みなんかさせるかよ……」
王は既にサナリアの目的を見抜いていた。彼はカイルスとも知己の仲。当然予言についても知っている。その巫女がこの国に来たという事は、本気で共闘させるつもりなのだろうと。
彼もまたそれを望んではいるのだ。長い歴史の中で、今こそ人間と肩を並べて戦うべきだと。だがそれが出来ない理由がしっかりとあった。故に中立。
それでも伝統を続けるラダリアで、今がその時なのだと予感があった。
「とにかくその嬢ちゃんを釈放して、さっさと王都まで来させてやんな。獣闘祭まで後数日だしな」
「わ、分かりました」
「ああそれと、ルルはどうだ?」
「……」
「……わかった」
沈痛な面持ちになったメーウに、それ以上は聞かないと手を振り行かせる。
「はぁ……父親ってのも難儀なもんだぜ。全くよ……」
「にしても巫女さん、このごっつい腕輪何だ?全然持ち上がらねぇんだけど……」
「ああそれ、俺も無理だった」
「どういう金属なのだ……」
「爺様からのプレゼントだけど?」
(((鬼畜過ぎないかその身内?)))