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第8話 託された盟約

 鼻に香る草木も。透き通った水の流れる川のせせらぎも。小鳥の歌声も。木々の葉が擦れる音も。且つて彼女が記憶した物であり、もう二度と体験出来ない泡沫の夢。だが私は、彼女の頭の中でいつもこの景色の中で、彼女の眼から世界を見ていた。彼女の知識を覗いていた。


「今日も頑張っていますね……」


 サナリアはダンジョンを攻略した後も、やはりレーベルラッドから少し離れた山や森を回りながら、そこに居る魔物を片っ端から殺し尽くしていた。今の彼女のレベルでは早々上がるものではないのだが、それでも彼女はやっていた。全ては国を潤わせる為に。


 そもそもあの『ダンジョン』という物。聞いた話では遠い昔に魔王が造り出した物らしく、世界中に眠っている物らしい。それが今現在出て来た穴の主の1人、魔王ミゼルが利用しているんだとか。


 何処の情報かは分かり兼ねますが、同じ『魔王』ということと、奴等が出て来たと同時にダンジョンが活性化した事は明らかに関係があるのでしょうから、そういう判断をしたのかもしれませんね。



「……ふぅ、終わりましたか。今日もまた木の上ですか。相変わらず野生児ですね」

「そういうの女の子に言うの酷くない?」

「木々に腰降ろして数秒で眠りに付ける人間を女の子と呼びたくはありません」


 いつも通りの定位置に現れたサナリア。頭を私の膝に置いてリラックスした顔になったので、言われずとも頭を撫でます。これもすっかり癖になってしまいましたね。最初の頃は母親というファクターをとても重要視していたのでやってみた程度のものなのですが。今となって彼女にこうしていないと私が落ち着きません。


 サナリアは基本私に成すがままです。何もする気が起きないのか、寝転がったまま私に身を預けています。身長も何故か5~6歳ぐらいの姿から成長しなくなりました。なので私が移動する時は大体おんぶか抱っこですね。軽いので問題ありませんが。


 そして2人で話します。サナリアが現実で眼を覚ますまでずっと。疲れないのか?と私は聞きましたが、彼女は笑って「この方が良い」と言います。よく分かりませんでした。


「ところで、最近また帰るのを渋り始めましたね?」

「え?あ、あー……うん、まぁ」

「駄目ですよ。貴方はいつも狩った魔物の肉ばかり食べて。家で野菜も食べなければ育ちません。人間は面倒なのですから」

「はーい……」


 本当は違うということを知っている。けれどそれを口には出しません。出してはいけない、というのを最近知りましたが。


 サナリアが1つ歳を得る度に、彼女が見知った人間達が1人、また1人逝ってしまう。血を流した訳でもない。不治の病に罹った訳でもない。ただ理不尽な『呪い』によって突然糸が切れた人間の様に死んでしまう。


 そんな光景を見る度に、彼女は裏で泣いていた。もっと他に嘆くべきことがあると本人は言いますが、それでも泣かずにはいられなかった様でした。



 だから聞いてしまったのです。そこまでして泣く義理があるのかと。そんなに心を痛めて泣ける程絆や愛というものがあったのかと。そして彼女は答えました。



「人は、生きるという自由だけが本物なんだよ。何かの為に生きるというそれこそが本質なんだ。例えそれがどれだけ薄汚れていようとも。けど彼等は違う。ある日突然、描いていた希望や夢を、悪辣な企みや妬み、嫉妬心さえ奪われて死ぬ。それは人間の死に方じゃない。それが私が最も嫌う事の1つなんだ。人間は……人間は……誰だって笑って死にたいんだよ」



 例えどれだけ悪人であろうと。他人を傷つけ、貶める者であろうと。何処かでは善性なのだ。


 例えどれだけ大衆の正義を貫こうと。愛や絆を尊び相手を尊重しようと。何処かでは悪性なのだ。


 それを全うしてこそ人間。それを奪う事こそが、最も大罪に等しいのだと。



(……私は何者なのでしょうね)


 私は人間が何かを知りません。私は私の知る物しか知らず、目に写った全てを数字で捉えるしか術が無い。そこにノイズが発生したその時こそ『感情』だと言えるのならば、私はサナリアに対してだけは常に『人間』である様に接しているのもその『感情』に起因しているのかもしれません。


 だが同時に、私はそれ以外の人間に対して余りに無情であると判断しています。彼女の眼を通して、彼女が笑いながら話し掛けている人間が何時死のうと、私がそれについて心を痛めることは無いのですから。


 私にとっては彼女が健やかであることが大前提であり、それは自分の命に直結しているからこその配慮でもあります。そう信じている部分も確かに存在するのです。それ以外の可能性を見出していながら。


(もしかしたら……)


 もしかしたら、サナリアは気付いているのかもしれません。私がどういった存在なのかを。100万という生の中で人間達の歴史を、足跡を、創り出した物をその眼で見て、体験して、使った彼女ならば。


「サナリア……」

「んー?」

「……何でもありません」

「えぇ……」


 しかし聞くにはまだ早い。そして私自身、確信のある何かを得た時。その時になってから聞いても遅くはない。そういう選択を取りたいと思いました。


 それに……私の手に顔を擦り付けてうっとりしている子供に、非情な決断をさせてしまいそうだったので。


「なんていうかなぁ……」

「なんです?」

「ディアナのそれってワザと?凄いお母さんって匂いがするんだけど」

「?」

「ああ、いや。分からないなら良いんだけどさ……」






 また長い期間から帰って来ると、私は爺様に大切な話があると言われて教皇の間に来ていた。


「爺様、話って?」

「お前が欲しいとせがんでいた物を、渡そうと思ってな……」


 そう言って爺様が取り出したのは、一冊の古そうな本だった。何度も補修された跡や、書き写して挟んだのだろう、色の違う紙も挟んであった。そして何より、この世界では有り得ないぐらい紙の精度が高い本だった。


 明らかにこの世界寄りではない。その本を爺様は私に渡して、タイトルを指差した。


『盟約書』


 そう書かれていたそれを眺めながら、私は爺様に聞く。


「これは?」

「遥か昔、ハーリアから全ての種が別れた時。それぞれの王に一冊ずつこの本は渡され、盟約が作られていた。どの国も、どんな種族でも、それを率いる代表者が己の命を賭けてでも守られなければならない。そういう盟約が記されているのだ」

「……見ても?」


 頷きで返されたので、私はその本をゆっくりと開けてみた。文字は現代でも使われているもの。けど、やっぱりかなり古い所為か所々読み難くなっている。それでも、内容は驚くほどスルリと、刻まれる様にして流れ込み始めてしまった。


 何らかの魔術式が発動したのだろう。爺様は大丈夫だと言った風に私の頭を撫でる。だからそのまま、1ページずつ私は本を読み始めた……



 それは物語。遠い昔、全ての種族を救う為に立ち上がった者達の伝説。



『妖精』という種族があった。彼等は世界樹と共に生き、世界樹に還りまた生まれる。そういう存在である。楽しい事が好き。誰かが笑っているのが好き。美味しい食べ物を食べるのが好き。可愛い物が好き。何より、幸せという感情が好き。そういう人から悪性を完全に取り除き、誰かの為に尽くす事を至上の喜びとしている種族が居た。


 彼等は他の全ての種族から愛され、尊ばれ、可愛がられ、そして全ての種族を繋いでいた。ハーリアにおいて彼等の存在は何よりも大切だったのだ。創造神ユニスですら、彼等の前では同じ地平の存在として扱われる程に、


 だが他の神々が侵攻を開始し、ユニスがそに迎え撃った際に事件は起きた。ユニスが撃退に追われている間に、神の一体がハーリアを強襲したのだ。


 戦いなど知らない平穏な世界で生きて来た者達は、武器すら持たず蹂躙されるのみ。そう思われいた。何しろユニスが最も争いを好まず。自分の民を血生臭い闘争の世界に置かせたくはなかったから。


 しかし結果的に、それが民達の命を危険に晒してしまった。だから動き出してしまったのだ。『妖精』達が。


『妖精魔法』。妖精達にしか使えず、妖精という種だからこそ扱える神すら圧倒出来る魔法がある。どれだけ強い攻撃でも、どれだけ相手のステータスやレベルが高くても、彼等が集団でそれを使った場合、後に残るのは”絶対に負けない”という事実だけ。


 それを駆使し、彼等は一世一代の大博打をやらかしたのだ。


 それによって強襲を掛けた神は一瞬で誰とも知らぬ場所へと消失。更にユニスの力となって、侵攻を食い止め、最後には存在を賭けた特攻によりユニスと共に対消滅。戦争を終わらせてしまったのだ。それを見ていた全ての種族は、彼等に対して涙し、決して忘れない様にこうして本に残した。


 世界樹は誰にも奪われない様に防人の種族が精霊と共に遠くへと移した。そして記す。



 永久的盟約。例えどれだけの月日が経とうとも、もしも妖精が再び姿を現した時。どれほどの助けを求められようと、必ず応える。どれほどの危機が訪れようと、必ず立ち向かうと。





 それが、この本の内容だった。『妖精』その言葉は私も他の言葉でそれを知っている。けれど……


「妖精達は、今も居るの?」

「居らんよ。居れば必ずこの世界の危機に特攻を仕掛けるだろう。だが、もしも出て来る兆候があるならば、それはお前しか居ないのだ。サナリアよ」


 巫女の『予言』スキルは対消滅する間際の、神の悪足掻きだった。世界の危機を、その運命を絶望させる様に。いつまでも神たる自分達の呪いを忘れさせない様に。そういった意味合いがある。


 だが妖精達はその際に言い残していた。



「必ず、お帰りします!!にひー♪」



 笑顔だったらしい。眩しい程に。それがページの最後にいつの間にか書かれていたんだそうだ。だからこの本を持つあらゆる国の代表者達は、連綿を受け継いでいる。必ず、次代に託す際に。


「だからサナリアよ。もしも出来ることなら、世界樹を探すのだ。そしてその鍵は、必ずラダリアにある。あそこは我々人間とは違い、今もエルフやドワーフ達との繋がりを持つ数少ない者達だ。必ずやお前の力にもなってくれる」

「……わかったよ」


 どうせ14になったら旅に出るんだ。明確な目的はあった方が良い。私は爺様の提案に乗っかり、そこからどういう風にするかの計画を出し合い始めた。勿論、ディアナにも聞いてね。


『食べ歩きも出来ます?』

「太りたくないなぁ私」

 

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