満月
コノカは、木乃香とは対照的だった。
最初は、心配してくれてたのだろうと思った。
不安だったから反応が薄いのだろうと、けれど、それは違った。
コノカは、目が覚めた俺に対して安堵するどころか、何も言わずに病室を出て行った。
慌てて追いかけようとしたが、足を骨折していたらしい。
まともに動けず、結局コノカと話すことはできなかった。
両親曰く、コノカはずっと俺の側にいてくれたという。
遭難した俺を見つけたのもコノカであり、先生たちが来るまで近くの洞窟で雨宿りをしていたという。
俺には、記憶がなかった。
木乃香を見つけて酷く安堵したのと、足を滑らせたことまでは覚えていたがそれ以降の記憶が抜け落ちたようだった。
最初はみんな、俺が怪我をして気が動転してたのではないかということでコノカのことをそっとしていた。
けれど、コノカが以前のように笑うことはなくなった。
そして、数年の月日が経つ。
俺もコノカも、高校二年生になる。
最初はみんなに心配されていたコノカも、ずっと周りを無視し続けて孤立していた。
そして、それは俺も同じだ。
本当はコノカに手を出そうとして抵抗されたことで崖から落ちたんじゃないかとか、あることないこと言いふらされ、気がつけば俺は周りから避けられるようになっていた。
今考えれば笑えなくなったのはコノカだけではない、俺も同じだ。
大切なものが抜け落ちたまま、それをどうすることも埋める術も分からぬまま日々を淘汰してきた。
きっとこのまま木乃香の笑顔も忘れ、大人になって、そのうちなにもかも忘れるのだろう。
漠然とそんなことを考えていた俺だったが、そんな毎日に終止符が打たれる。
きっかけは、ほんのちょっとの出来事だった。
俺は、コノカの秘密を知ってしまったのだ。
あの夜のことは忘れもしない。
夜、洗剤が切れたという母親に命令され、近所のスーパーへと向かうその途中の公園。
大きな満月の下。
制服姿のコノカは、見知らぬ金髪の女の子が唇を重ねていた。
いやらしさのない、それでいてまるで現実味のない目の前の出来事に俺はしばらくその場を動くことができず、そして手に持っていた財布を落とした。