別れと出会い
久芳木乃香は、俺にとって太陽であり、光であり、道しるべでもあり、お姫様でもあり、家族でもあり、そして、初恋の人だった。
笑顔が好きだった。
笑うと頰に浮かび上がるえくぼや、日に焼けたような自然で、健康的な亜麻色の髪。
汗でキラキラと光る彼女の笑顔が、幼心ながらも眩しくて、そして愛しく思えた。
マセガキだった俺は、彼女が笑ってくれるだけで嬉しくて、そのためにどうしたら彼女が喜んでくれるのかということばかりを四六時中考えていた。
けれど、ある日を境に彼女は笑わなくなった。
それだけではない、まるで別人のようになってしまった。
明るく社交的だった彼女は人と話さなくなる。
それどころか、人と会おうとすらしない時期もあった。
みんながみんな、心配した。
当たり前だろう、だって昨日までは輪の中心にいたリーダー的な子がいきなり引きこもり、一言も話さなくなるのだ。
何があったのかと疑うのも無理もなかった。
彼女が別人のようになったきっかけ、それを俺は知っていた。
中学二年生の夏、課外授業の一環でやってきた林間学校。
場所はそう遠くない山だ。
その日は天気予報は快晴にも関わらず、天気は急に荒れることになった。
土砂降りの中、列から逸れないようにと教師が声をあげるのが遠くで聞こえたのを今でも覚えてる。
雨よけの道具なんて用意していない。
視界不良の中、みんなの後を必死に追いかけていた俺だったが、気づけば逸れてしまっていた。
携帯なんてもっていない。
歩いても歩いても人の姿すら見えなくて、どうすればいいのかわからず焦っていた俺の前、彼女はやってきた。
「綾!」
聞き慣れた、声。
顔面蒼白だった木乃香は俺の姿を見て、「なにやってんのよ」と怒ったように、それからほっとしたように声をあげた。
情けないことに、俺は彼女の姿を見て、安堵のあまりに泣きそうになった。
そして、それが俺が最後に見た“初恋の彼女”の姿だ。
俺は、木乃香に駆け寄ろうとして、足を滑らせたのだ。
スローモーションで体が宙に浮く。
嘘だろ、と振り返ったその背後は真っ暗闇で、俺は、最後に真っ青な顔してこちらに手を伸ばす木乃香の姿を見た。
そして、俺が目を覚ましたのは林間学校から数日経ったあとだった。
病院の一室、青褪めた顔の両親と、そして、無表情の木乃香がいた。
それが、木乃香との別れでもあり、コノカとの出会いでもあった。