わけがわからないまま襲われてしまった
※今回もR-15付けるか悩む程度ですが性的描写があります。ご注意ください。
「――っ!?」
拒否しようと思えば出来たはずなのに、結局僕という奴は――そんなことを考えていたら、突然口の中に異物感を感じた。吉野から何かを口移しされた――頭がぼうっとしていた僕がそれに気づいた時には、既にその異物は彼女の舌によって僕の口の奥に押し込まれ――反射的に飲み込んでしまった。
咄嗟に彼女の肩を押して体を離し、立ち上がろうとする。
何なんだこれ!? 一体、彼女は僕に何をした!?
「吉野――!」
「大丈夫だよ」
そう言って口元を拭う吉野の様子が酷く恐ろしく、僕は慌ててその場から逃げだそうとした。しかし、ドアノブが回らない。この部屋には鍵なんて無かった筈なのに――このドアが外側から抑えられている!? 一体誰が!? まさか玉衣か!? けれど玉衣だったとしても、一体何の意味があってこんな事を!?
振り返って彼女を問いただすべきだったかも知れない。けれど僕は後ろを振り返るのが恐ろしくて、回らないドアノブを馬鹿のように回そうとし続けた。
そのうちに急に自分の手から力が抜けるのがわかった。これは一体何なんだとそう考えるより前に――僕の意識は、深い闇の中に沈んでいった。
何故吉野が――ともすれば玉衣も。僕にこんな事をするんだろうか?
二人が、僕の記憶の中の二人とは何処か様子が違うのはわかっていた。
ずっと引っかかっていた違和感に、僕が気づくのは遅すぎたんだろう。けれど僕は、ようやくその時になってその正体に気がついた。
ひとつは、僕の身の回りの反応だ。僕が過去の平瀬朔夜なのか、僕によく似た誰かなのかはこの際どちらでも良いが、僕はその“僕”の事をよく知らない。けれど、周りの反応からして、僕が知る僕――つまり自分が辿ってきた過去があり、そこからこの“僕”は逸脱していないんだ。
周りの反応を見ればそれがわかる。たった数年で僕という人間がそうそう変わるはずもなく、また僕だってこんな状況になってしまったうえで平静を装った。両親や妹あたりは多少何かを感じたかも知れないが、それでも僕の周囲の人間はそれに反応しなかった。
だとしたら――玉衣と吉野が、こんな行動を取るはずがない。
実際に前はそうだったのだから。吉野はともかく玉衣だってそうだ。
玉衣の告白を受けたときのあの焦燥感と罪悪感――何のことはない。あれを抱く必要はなかったんだ。状況から考えれば、僕はやはり僕だった――そう考えるのが一番簡単だ。
では何故、玉衣と吉野はこんな事を?
僕に対する好意が本物だったとしても、何故そう思うようになったんだ? 僕は前と変わらない――平凡な男だと言うのに。
これから先のことはわからない。もしかしたらそういう希望的観測もあるかも知れない。
けれど現時点に於いて――これがもう一つの違和感だ。何で二人は、そうまでして僕に好意を持ってくれるんだ。目覚めた時からそうだった。あの時おかしいとは思ったけれど、それ以上には踏み込めなかった。
が、今なら言える。その気持ちは、何処から湧いて出たものなんだ? 更に言うなら、周りの反応を見ると――二人は、ずっとこの調子だったようには思えないのだ。
何故二人は、こんな事をしたんだ?
あれからどれだけ時間が経ったか――僕は、目の前の少女達に聞いた。
具体的に言うと――言うとかなりまずくはあるんだが。
いつの間にか日は暮れて、多分今はもう日付が変わろうかという時間。そんな時間に僕は吉野の部屋のベッドに腰掛けている。それもパンツ一つの裸という姿で。
この時点でまずいとかいう問題じゃないんだが、それよりも更に。腕を組んで見下ろす僕の目の前には、二人の少女が正座している――全裸で。
僕と違って下着すら着けていない。この絵面、本当にまずいとかどうとか、そう言うことを超越しているよな。
けれどそれでも僕は許すつもりはない。僕が悪いことをしている認識は一切ない。
なぜこの連中は――僕にあんな事をしたんだ? つまりは、その――どうして僕は、この二人に襲われたんだろうか?
「あ、あのう……」
玉衣が控えめに手を挙げた。
「何だ言ってみろ」
「目的のために手段を選ばなかった事は反省するべきだと思います」
「それで?」
「床に直接正座は……カーペットあっても結構辛いんでクッションとか……」
僕はその訴えを黙殺した。すると今度は吉野が――消え入りそうな声で言った。
「あの、脚が、痺れるのは、がまんする、けど」
「けど?」
「ひ、平瀬君の……た、垂れ……床、カーペット」
真っ赤になって涙目で俯く吉野の姿は反則だと思うが――僕は彼女の机の上にあったティッシュボックスを差し出してやった。何で僕のせいみたいに言ってやがるそれでも股に挟んでおけよ。
「うう……ひどい」
「平瀬君ボクらのこの姿に嗜虐趣味に目覚めたとか言わないでよね……いえごめんなさい文句があるワケじゃないんです……みこっちゃんボクにもそれちょうだい」
ごそごそと始末をする二人をなるべく見ないようにしつつ、僕はわざと大きく息を吐いた。視界の端で玉衣の肩が跳ねる。
僕のものではないけど知ったことか。ベッドのシーツを剥がして二人に投げつけたら、彼女らはいそいそと、二人してそれにくるまっててるてる坊主のようになった。頭が二つだけど。
「もう一度聞く。俺は確かに困惑していた。お前らがどうして俺に対してそこまでするのかもわからない。ただ――どうしてこんな事をしたのか正直に言え」
「だって、この状況で――」
「正直にエッチしようって言っても平瀬君どうせ断るでしょ?」
ぶっちゃけすぎだ――断るとかどうとかいう問題じゃない。僕たちはまだ中学生だぞ? いや、この際年齢だってどうだっていい。
こういう言い方をするとあれだが――ひょっとすると玉衣と吉野は、性欲がおかしくなる病気にでも罹ってしまったのか。もしそうだというのなら正直にそう言って欲しい。助けになれるかどうかはわからないが――今すぐ服を着て病院に行こう。
「いや、そういうわけじゃないけど。私たちが悪いんだけど、その可哀想なものを見る目はやめて」
「つか二人同時にそんな都合の良い事になるわけないじゃんエロゲーじゃあるまいし――ごめん、馬鹿にしてるわけじゃないから」
ひらひらと手を振って、玉衣が言う。
じゃあ一体何だって言うんだ。
僕が改めてそう言うと、二人は顔を見合わせて苦笑し――僕に、言った。
「んじゃ単刀直入に言うけどさ」
「平瀬君――“未来を、知ってるでしょ”?」
吉野の言葉に、僕は固まった。
未来を――今となっては、あれが本当の未来なのかどうかわからない。けれど僕の主観からすれば、僕は、今この現在からすれば、未来である――その時間から、唐突にこの“現在”に戻ってきた。
だからずっとそれについて考えていたし、どうするべきかだとか――他ならぬ二人のことでずっと悩んでいたんじゃないか。
まさか――気づかれた?
いや、そんなはずはない。
確かにここ最近の僕はおかしかったかも知れない。もしかすると普通じゃないと思うほどには。
けれど――そこまでは気がつけても、解答になんてたどり着けるはずがない。
知り合いが近頃おかしいと思った――まさか、彼は未来から逆行してきたんじゃないか? そんなことを言い出したら、そいつの方が頭がおかしいに決まっている。
それでも未来に起こることとかを予言のように吹聴していたと言うのならわからなくもないが――僕はそんなことは全くもってしていない。むしろ、周囲には取り繕おうとして、可能な限りおかしな事は言わないようにしていたはずだ。
それなのに何故――そこで、はたと気づいた。
もしかすると――
「気がついた?」
「そう――こういうのが正しいのかどうかわからないけど、私たちも戻ってきたんだよ――“未来”から、今この時間に」
まさか、そんな――!
いや、そう考えたら色々と辻褄が合うことはある。だったら――いや、それでもおかしいだろう。
彼女らが未来から戻ってきたのが事実だとしても、その事実は、僕が襲われなきゃならない理由にはならない。立場を変えて、ここにやってきた僕がまず始めに考えることが彼女たちをレイプすることだったとしたら――どれだけ気狂いの変質者だ。彼女らがそうであるとは思いたくない。
「だから告白したじゃない」
「返事するのを拒否したのもお前らだろ。お前らの中では道行く人に告白したら何をしてもOKになるのか?」
核戦争後の荒廃した世界を描いた有名なアクション漫画があるが。下手をしたらそう言う世界じゃないか? いや、倒錯している分それよりタチが悪い気がする。
「何かそう言うパロディのエロ漫画ありそうだよねえ」
「……玉衣」
「ごめんつい……でも、ボクもみこっちゃんもモヒカンAとBじゃないからそこは安心して良いよ」
「現実に事後じゃなかったらその言葉も多少は信じてやってもいいんだがな」
やっていることが無茶苦茶だということのほかに――口に出しづらいけれど、もう一つの理由がある。
玉衣はまだ、わかるんだ。未来――ここからすれば未来において、僕に向かって“自分の世話をしてくれ”と言い放つ相手である。結婚しても良いとは言っていたが、愛情もなにもあったもんじゃない。食事と生活費と自分の体を対価に介護をしてくれと言うことだ。
僕が明日の宿にも困るくらいだったら一も二もなく飛びついたかも知れないが、そうでなければ人を馬鹿にするのも大概にしろ。
……まあ、そう言う奴だから。どういう意図があれ、何かしら僕の知らない未来を見たというのであれば、このふざけた行動も多少は納得できる。その真意までは知りたくもないが。
……けれど、吉野は。
――こういう事を、言いたくはないが――口に出すべき未来が無いじゃないか。
「……あー……その反応で大体わかった」
ふと、吉野が言った。
「平瀬君の知ってる未来じゃ、きっと私はいないんだね。良くて音信不通か――悪ければ死んでるのかな?」
「……わかるのか?」
「わかるというか……」
ちらりと、吉野は隣の玉衣に目配せする。玉衣は小さく頷いたようだった。
「わかるというか、ボクらも何でこんな事が起きてるのかはわからないんだ。青い猫型ロボットが机の中から出てきてタイムマシンを用意してくれたワケでもないし。でも現実は現実として受け止めなきゃいけない。どれだけ信じられなくても。信じないのは勝手で、それならそれでもいいけど、目の前の現実を認めないのにあれこれ悩んでも意味ないしね」
「それは――現実逃避しかけた俺には耳に痛い言葉だが、それがどうした」
「だから絶対そうだとは言えないんだけど――ボクら三人、多分“違う未来”から来たんだと思うんだよね」
「……違う未来だって?」
「ねえ平瀬君」
吉野が、こちらに身を乗り出した。一緒のシーツにくるまっている玉衣も引っ張られるが、構わず彼女は、まっすぐに僕を見る。
「平瀬君の知ってる未来を聞かせて貰ってもいい?」
「お前にとっては面白い話じゃないぞ」
「でも、多分聞かずには先に進めないと思うよ?」
僕の知る未来か――今更でもなく、本当に面白い話じゃないんだがな。
※性的(あるいはそれを想起させる)描写がある以上R-15は付けるべきかとも思いますが、この線引きってどのあたりなんでしょうね。「残酷」方向の描写でも時々悩みますが。