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7/12

再度、幼馴染に告白された

 吉野の家に近づくにつれて、僕は自分の気持ちが憂鬱なものになっていることに気がついた。いや――これは憂鬱と言うのとは違うかも知れない。別に吉野の家がとんでもない場所に建っているのだとかそういうわけじゃない。僕の実家からもさほど離れていない、ごく普通の住宅街だ。

 では何が嫌なのかと言えば――言葉にすると語弊がありそうだ。しかしそれを恐れずに言うならば、結局嫌なことを思い出してしまうからだろう。そう、ここが僕にとっての過去なのか、SFとかでよくある別の世界なのかはわからない――しかし、僕の記憶の中で、吉野美琴は既にこの世に居ないはずの人間なのだ。

 もちろん、今僕が認識している目の前の、この世界に於いて吉野はちゃんと生きている。

 けれど――何となれば、

 僕は記憶の中で、彼女の部屋に入ったことは数えるくらいしかない。いくら仲が良いと言ったって、ある程度の年齢になれば異性の部屋に入るのは気が引ける。そんなこんなで暫く訪れることも無かった彼女の部屋に最後に訪れたのは、他でもない、彼女自身の葬儀の時だった。

 まだ部屋には彼女の匂いが残っていて、けれど、部屋の主が二度と戻ってこないその部屋は、例えでも何でもなく、時が止まっているように僕には見えた。そしてその時は二度と動き出すことはない。あの時の僕は平静であるとは言えなかったけれど、そんな状態で尚、胸元を掻きむしりながら叫び出しそうな衝動に駆られたのを覚えている。

 例えそうしていたとしても、僕と玉衣をあの部屋に案内してくれた美琴の両親は僕らを咎めることはしなかっただろうけれど。

 ――ともかく。

 記憶の奥底からどうしても消えない、その日の光景が頭を過ぎってしまう。

 もはやここが夢や幻の類で無いのはわかっている。わかっている以上、吉野は死んでなどおらず、そんな彼女に対して抱くような感情は存在しないはずなのだが。もちろん、少しくらい心配したり、何かあったらすぐ助けられるように備えをしようとか、そう言うことを思ってしまうのは仕方ないと思っている。思っているけれど――目の前の少女に、死者の影を重ねることは――何というか、してはいけないような気がするのだ。

 けれど、「するな」という方が無理だろう。

 結局僕は、女の子から告白を受けるというイベントの後にしてはあまりにそぐわない気持ちで、住宅街の中を歩いていた。

 もちろんさっきの玉衣の様子が何だかおかしかったとか、何故あのタイミングで吉野に電話を繋ぐ必要があるのだとか――おかしな事も色々ある。

 ただでさえ今、自分が何をするべきか計りかねている――もちろん吉野を助けることを別にすればだが――状態だというのに。こんな事が続けば、僕はきっと脳卒中か心臓病で倒れてしまうんじゃないだろうか。あるいは胃潰瘍であるとか。無論今、そんな馬鹿げたことを考えるのもある種の現実逃避なのだろうけれど。

 記憶の中と同じ場所に、同じ佇まいで吉野の家はあった。

 当然のことと言えば当然のことだが、自分の置かれた状況が当然ではない。

 これで何か、覚えている事と差異でもあれば話は別だが――それでも最後にここを訪れたのが、記憶の中で五年以上も前になるのだ。覚えていろと言うのは酷な話ではないか。

 意を決して呼び鈴を鳴らす。

 程なく、玄関のドアが内側から開かれた。そのドアを開いたのは、他ならぬ吉野。


「ごめんね平瀬君突然で――あがってあがって」

「あ、ああ……お邪魔します」

「そんな畏まらなくて良いよ、今ウチ誰もいないから」


 それはそれでどうかと思うのだが――多分言ってもまたぞろ相手を調子づかせるだけだから黙っておく。

 先程の奇妙な出来事――僕に告白した玉衣から受け取った電話に、吉野が出て家に来いという。そんなおかしな出来事など無かったと言わんばかりに、吉野は上機嫌に僕を家の中に引っ張り上げる。何の変哲もない一軒家。玄関を入った瞬間に感じられる“他人の家の匂い”。

 彼女に引っ張られて、二階の一角にある彼女の部屋に連れてこられる。

 妙な勢いのせいで、その部屋に入って、思ったより負の感傷は少なかった。考えてみればあの時は、主の居ないがらんどうの部屋にショックを受けたのであって――その主が僕の後ろでぴんぴんしていれば、受け取り方もまた違うんだろう。他ならぬ自分の精神ではあるけれど、妙に客観的にそんなことを思う。


「まあ適当に座ってよ――飲み物とかいれようか?」

「いや、さっき自販機でジュース飲んできたからそれは良い――けど」


 言われたとおりにクッションに腰を下ろしつつ、一体何の用だ? と、僕はテーブルに、玉衣から預かった携帯を置いた。

 それを見た吉野の眉根が、ほんの少しだけ動いたような気がした。


「……たまちゃんに告白されたんだよね?」


 一呼吸置いて、吉野は言った。

 何でそれを、とは思わなかった。吉野は玉衣の電話越しに、僕に自分の家に来いと言った。その時、彼女らが何か状況を説明しているようには思えなかった。少なくとも、相手の電話に出ているのが僕だと言うことがわかっていて、それが不自然でない――そんな風に僕には思えた。


「玉衣から聞いたのか?」

「ん……まあ、何というか」


 吉野は誤魔化すように言って、部屋に置いてあるベッドに腰掛けた。

 スカートの裾を抑えながら脚を揃えて座るその様子は、少なくとも僕とは違う――一人の女の子の仕草だった。


「平瀬君はどうするの?」

「どうするもこうするも」


 僕は言った。


「その様子じゃ、お前らまた何か企んでんだろ」

「別に企んでるワケじゃないよ? それに平瀬君、いくらたまちゃんが相手だったとしても、告白してきた相手にそういうこと言うのは酷いと思うな」

「この状況じゃなきゃきっと今頃真っ赤になって舞い上がってるよ」

「……嬉しいとは、思うんだ。いつもたまちゃんの事、男の子の友達みたいに言ってるのに」

「何でちょっと残念そうなんだ? お前ら実は仲悪いのか?」


 いやまあそれは当事者同士で解決すればいいとしても。

 舞い上がれない理由が自分たち自身にあることくらいわかっているだろう?


「告白してきながら返事をするのは禁止だとよ――これで何か企んでないと思うなら、その方が不自然だろ? つか、酷いというなら玉衣の方がよっぽど酷いと思うぞ。仮に俺が嬉しいと思ってんなら、尚更だ」

「そりゃまあ私だってね――」


 吉野は何か口ごもったように言って、一つ咳払いをした。


「たまちゃんが平瀬君の返事を遮った理由は簡単だよ」

「そうか。それじゃ是非そいつを――って、何でお前がそれを知ってるんだ?」


 企むという言い方は悪かったかも知れないが、結局こいつらは、僕の知らないところで何かしら通じ合っていると言う事じゃないか。そうすることでこいつらに何の得があるのかは知らないが。まさかここでドッキリでしたと言うのでも無いだろう。いくら玉衣でも、悪戯でキスは出来ない――と、信じたい。

 だが、吉野は首を横に振ると――小首を傾げるような仕草で、僕に言った。


「好きだよ、平瀬君」


 玉衣の時と同じか、それ以上の衝撃だった。

 色々な意味で。何というかもう――理解が追いつかない。

 もはや自分がその時どういう顔をしていたかなんて考えたくもないが、そんな僕を見て、吉野はおかしそうに笑った。


「……たまちゃんの時とは違って、平瀬君の立場だったら、私にはちょっとはそういう期待持ってても良いと思うんだけど? ――“みこっちゃんを見守る会”のリーダーでしょ?」

「ちょっと待て。俺は別に下心があってお前のことを庇ってたわけじゃないぞ!?」


 僕が吉野の事を庇っていたのは、決して彼女に好かれたいとか、見返りを求めての事じゃない。ただ、目の前でいじめられる彼女を見ていられなかっただけだ。義憤と言うにも足りない。子供だって時にはそう言うことを思うんだ。目の前の喧嘩を見て、やめろよ、と、両手を振り回しながら突っ込んでいく感じ。

 果たしてそれがプラスの成果をもたらすかどうかは、推して知るべしと言う奴だ。


「中々そういう風には思えないと思うけどね――あ、別に私自分が可愛いとかそう言うことは思ってないよ?」

「誰もそこを気にしたりはしねえよ……自分が可愛いかどうかはさておき、中学生の男子なんて相手が女なら何でも良いんだから気をつけろよ?」

「そう言う意味では安心して良いよ。私、平瀬君以外はお断りだから」

「だからどうしてそう言う――」

「さっきも言ったけど、たまちゃんと違って私はそんなに疑問でもないんじゃない?」

「――助けて貰った事を恩に思って、それで俺の事が好きになったって言うならやめとけよ。それ多分勘違いの類だから」


 殊更彼女を裏切るような事はしたくないし、僕の至上命題は彼女の命を守ることだ。

 けれど、玉衣と一緒に僕に助けて貰ったから、だから僕に好意を抱いたというのならそれは間違いだと思う。


「最初はそうだったのかも知れないけど――それじゃ、平瀬君にもわかるように言ってあげる」

「何をだ」

「私と平瀬君は友達だよね?」

「現状ではな」

「当然ただの友達なんだから、お互いに、お互い以外に好きな人が出来るかも知れない」

「そりゃまあ、そうだな」


 その仮定で「僕にもわかるように」とはどういうことだ?

 吉野はわざとらしく腕を組んで、言った。


「そこで、駄目でした」

「どういう意味だ?」

「平瀬君が――私の知らない誰かと恋人になって、夫婦になったりなんかして。そう言うのを考えた時点で、私、駄目だった。もの凄く悲しくなる。嫌だ、そこにいるのは私が良いんだ。そう思った――平瀬君と私の過去に多少の原因はあるのかも知れない。けどそういう風に思う時点で、ああ私は平瀬君の事大好きなんだなって、思う」

「……」

「以上――QED」


 最後のは何だよそれは……いや証明終了というのは知っているけれどそう言う事じゃなく。またぞろ玉衣か何かの影響だろうか。

 いや――ちょっと待て、待ってくれ。


「何さ――ちなみにたまちゃんにも同じ思考実験をお勧めしてみたところ、真顔で“なんだこれすっげえモヤモヤする”って言ってたよ。これ言うの結構恥ずかしいんだけど――自分でもなんだかなって、思うけどさ。でもそこはごまかせないんだ。やっぱり私は平瀬君のこと、好きなんだ」

「……」


 それであの告白につながるわけか――けれど、それにしたって納得は出来ない。

 僕は自惚れるでもなく、同時に複数の女の子から好かれるほどの魅力があるようには思えない。僕らの場合は多少の原因とも言えるべきモノがあるから、しかしあくまで仮にそう言うことがあるかも知れないと考えたとしても、だ。


「それじゃどうして玉衣はあんな――返事を言うのは駄目だって言ったんだ? もしかしてお前も、同じ事を言うのか?」

「あー、やっぱりそこ困るよね」


 困るとかそう言う問題の話じゃない。

 そこまでなら舞い上がって喜んでやっても良いから、何故お前らがつるんでこんな良くわからない事をやったのか教えてくれないか。


「単純なことだよ。もしも平瀬君が、たまちゃんにその場でOKしちゃったら、私が告白できなくなっちゃうじゃん」

「……はあ?」

「仮に――最悪の場合だけど、その時点でたまちゃんに対してその気がなくて、私には好きになるほんのちょっと手前くらいの気持ちがあったとしても――そこでたまちゃんにOKしちゃったら、私もう駄目だよね? “告白される前だったらOKだけど”くらいに思ってても、結局駄目だよね?」


 何だよそれは……

 玉衣と吉野が何というか、僕がこちらで目を覚ましてからこちら“二人揃って何処かおかしい”と感じては居たが、本当にどうなっているんだ?

 それじゃ――順番としてはたまたまだったのかも知れないが、二人がどちらも、等しくチャンスを得るために、片方が告白した時点では僕からの返事は禁止だったのか? 順番は出会った順で決めた? 知るかよそんなこと。

 ここで二人してスタートラインに着いたから、さあ僕に選んでくださいとでも言うつもりか?

 国民的ロールプレイングゲームの花嫁選びではあるまいし“さあどっちを選ぶかね?”もあったもんじゃない。


「私もたまちゃんもそう言うことが言いたいワケじゃないんだけど――多分そう言っても、平瀬君にはわかって貰えないと思う」

「こんなもん理解できる奴が居たら是非お目に掛かりたいが」

「今はわからなくて良いよ――すぐに、教えてあげるから。でも――うん」


 吉野は少し何かを考えたようだが、やおらベッドから立ち上がると、僕の前にしゃがんだ。

 そのまま――正座をしたまま跳ねるような格好で、僕に更に近づく。

 いや、ちょっとその近づき方は割と怖いからやめて欲しいと思った。


「……余計なこと考えさせて、不安にさせて、ごめんなさい」


 赤みがかった茶色の瞳が、まっすぐに僕を見つめていた。

 ……この表情は、ずるいと思う。僕は彼女に言いたいことが山ほどある。今から吉野の首根っこを掴んで玉衣のところまで引きずっていって、並べて問いただしてやるのが、あるいは一番正解なのかも知れない。

 けれど――この表情は反則だ。こんな顔をされたら、僕は何も言えない。

 吉野自身は知る由もないし、こんな事を考えるのは目の前の吉野にも、“僕が知る吉野”にも失礼なのだろうけれど――同一人物で、違う世界の人間。その二人の表情が、重なったように見えて。


「私の気持ちは、ほんとうだよ」

「……吉野の、気持ち?」

「私が平瀬君を、大好きだって言う、この気持ち」


 吉野の手が、僕の方に伸びる。避ける間もなく後頭部から頭を引き寄せられ――向き合った二人の距離が、ゼロになる。

 玉衣とのキスは、直前に飲んだ乳酸菌飲料の味しかしなかったけれど。

 吉野とのキスは――多分彼女が塗っていたんだろうリップクリームの、うすっぺらな苺の味と――自分のそれとは違う、唇の味がした。


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