彼女らの知る過去と、彼女らが肉食系に至った理由
吉野の知る過去では、死んでしまったのは吉野ではなく僕だった。
その言葉は衝撃的なものだったはずだが、不思議とそれほどのショックも、自分が死んだはずだという事実への嫌悪感も抱かなかった。
本音を言えば――少し安堵を覚えた自分が居る。そうか。だから目の前の吉野は井上の事を知っていたんだ。過去の自分がどういう行動をしたのかはわからないが、その結果吉野が生きていられた。
それは僕にとっては、ある種の救いだった。井上にドツキ回されても根本的には解決しなかった、胸のつかえが下りた思いだった。もしかなうのであれば、僕の知る未来の玉衣にもその事を教えてやりたい。僕らはもう救われないかも知れないが、何処かの世界――何か違和感あるなこの言い方――ともかくそう言う場所では、吉野は救われたんだと。
「確かめようがないけど、私は時間の流れって分岐してるんだと思う。ちょっとのきっかけで時間の流れは分岐して、その分世界が出来る。その流れはまた一つになったり別れたりしてるんじゃないかな。不思議と――だって私は、目の前にいる平瀬君が平瀬君なんだってちゃんと思う。平瀬君に似た誰かだとか、“別の”平瀬君だとは思えないの。私が居ない――私からすれば、あり得なかった未来を歩んだ平瀬君なのに」
「ああ、ボクもなんか、それ、わかる。……でなきゃ、こんなコトしようって思わなかったし」
吉野の言葉に玉衣も同意した。思うところはあるが、僕も同じだ。
時間だの世界だのが分岐して、そこにいる僕らは僕らでありながら他人だというのなら、こんな風に悩む必要はない。ここで吉野を助けようと思うのだってただの自己満足に過ぎないだろう。僕の知る吉野が死んだ、その事実は変えられない。
けれど僕は――不思議なほど、目の前の少女達が“自分の知る彼女らとは別人”だとは思えない。そしてどうやらそれは向こうも同じらしい。だとしたら、僕らはその分岐が起こる前の、僕ら自身なのかも知れない。
もちろん、ただの言い訳かも知れないし逃避かも知れない。それはご都合主義なのかも知れないけれど――そう思うから、それでいい。
話を元に戻して、吉野は続けた。
どうやら吉野の時間軸にいた僕は、この僕よりも多少気が利いたようで、玉衣と一緒に吉野を迎えに行くことに決めたようだった。そこで事故が起きた。果たして、僕は二人をかばって車に轢かれた。
僕の過去の吉野とは違って、即死だったらしい。
「そこら辺はボクの知ってる過去と同じかな」
玉衣も――少しだけ辛そうな表情で言った。気持ちはわかるが――今はそれを後悔するような必要はない。
だが、その後吉野が言った。
「でも、私の知ってる過去では……たまちゃんも死んじゃったんだ」
「えっ!?」
思わず妙な声が出た。
僕が身を挺して二人を守れて、それでハッピーエンドじゃなかったのか。冗談めかしてそう言ったら、吉野に割と本気の目で睨まれた。素直に白旗を揚げる。僕だって、いくら何でも自分が助かって良かったねと言われたら気分が悪い。ちょっと浮かれすぎていたようだ。素直に反省する。
「言いづらいんだけど……平瀬君とたまちゃん、付き合いだしたばっかりだったんだ」
「……」
別の意味での衝撃だった。さすがにこの流れで喚き立てたりはしないけれど。
僕と、玉衣が――いや、確かに仲が良かったのは確かだけど。
……まあ、それはそう言うことがあったんだと無理矢理納得することにして。それじゃ玉衣のショックも大きかっただろう――って、まさか。
「たまちゃんが平瀬君に告白したのがね、その事故の三日前だったんだ」
「あー、何かボクね、平瀬君の家のお風呂場で手首切って自殺したらしいよ。その状況想像したら確かに絶望したくなるのはわかるけど……正直自分にそういう面があるんだって言うのはちょっとびっくりだ」
「……気にするな、俺もだよ」
吉野にあまり気を遣わせたくなかったのか、玉衣が少しふざけた調子で言った。
「他人の家で自殺とかあり得ないよねえ……ボクの家族はちゃんと修繕費払ったんだろうか? いや、わかってるの。でもさすがにみこっちゃんのその話、ボクにはショック大きかったって言うか」
「自分が俺と付き合ってたってのが?」
僕は助け船を出そうと思って、わざとおどけた調子で言ってみたが――何故か玉衣は頬を染めて、上目遣いに僕を睨んだ。
「……平瀬君がボクをどういう目で見てるか知らないけど、帰り道の告白は嘘じゃないからね。あと、理由は後で話してあげるけど、好きでもない男とこんなことするほど、ボクは安い女じゃないぞ」
「帰り道のアレが記憶から吹っ飛んだのはお前らに襲われたせいなんですがそれは」
「えっと、まあ、それで」
珍しく誤魔化すように吉野が言った。玉衣も目が泳いでいる。
そう、僕は被害者の筈なんだがな。別に今更だけれども。
「……ボクの方は、さすがにみこっちゃんは平瀬君の後を追ったりはしなかった。でももしかすると自殺する気力もなかっただけかも知れない――それからすぐかな。ボクはあかねちゃんのお陰で多少立ち直れたけど、みこっちゃんはその前に、親戚のところに引っ越すって……年賀状とかはちゃんと来てたから、最悪の事は無いと思うけど」
それでも直接会いに行く気にはなれなかったと、玉衣は自嘲したように言った。
それにしても井上様々だな。この様子だと多分、玉衣までも失った吉野がおかしくならずに済んだのも多分、井上のお陰なんだろう。僕は今度あいつと出会ったら、あいつの一生分の歯医者代を持ってやろうと心に決めた。向こうには意味がわからないだろうから結果は知れたものだが。ああいうことが無かったらあいつ、虫歯とか絶対になりそうにないし。
かしこみ申す井上大明神――とかふざけて手を合わせた。どうせだからと三人で、二礼二拍手一礼だ。何の宗教だと言いたくなるふざけた光景だが、僕は存在を信じたくない神様とかいうものに祈りを捧げるくらいなら、何処にいても僕らに手を差し伸べてくれる彼女にこそ祈りを捧げたい。
「祈りを捧げるのは良いけど浮気は駄目だよー」
玉井が言った。まず井上の方から願い下げだろうという事実はともあれ。
浮気も何も、俺はまだ玉衣と吉野からの告白に、返事すら許されない状態だったのだ。
今更蒸し返しても仕方ないのだろうから黙っておくが。
蒸し返すと言えば。彼女らはそもそも何の目的があってこんな事をしたのだろうかという事だ。僕と同じで最悪の未来を回避するという目的があったのはわかる。この様子だと僕より先にこの過去に戻ってきていて、二人で結託していたんだろうと言うことも。
玉衣はさっき、どうせ素直に誘っても断るだろうと言っていたが、そりゃそうだ。
男子中学生なんて頭の中に花でも咲いているような馬鹿でしかないと思うが、そんな馬鹿でも危機感くらいは抱くんだ。何の脈絡もなく恋人でもない相手から、しかも複数同時に「今晩どう?」なんて言われて、喜び勇んで頷くものか。頷く奴は頷くかもしれない――まあそれは否定しないけれど、今の僕の中身は大学生なんだ。いい加減世の中に対しての警戒心くらいはある。
「そもそもだな。この行動が何処から出たんだって事だよ。俺だって事故は回避したい。吉野を死なせたくなんてない」
彼女らの話を聞いて、最悪自分が身代わりになるつもりで居たことには反省する。
「けど、この行動の意味はわからん。吉野――俺が飲まされたあの薬、大丈夫な奴なんだろうな?」
「あれはたまちゃんがネットで買った海外の奴をちょっとこう……即効性があるけどもとは普通の睡眠薬だから大丈夫」
「その言葉欠片も安心出来ねえんだけど。何か途中言いよどんだというか聞き捨てならない発言があったような気がしたが」
「行動の意味の話でしょ?」
……吉野って本当こんな奴だっけ……彼女が何年後の未来からやって来たのかわからないが、時間というのは人を変えるらしい。
「神様ボイスだよ」
話がそこに戻ったのか。
どうやら彼女らが聞いた良く分からない声も、僕が聞いたそれと同じものであるらしい。
僕より幾分早い段階でこちらに“戻って”来ていた彼女らは、お互いを見て何となくそれを察したと言うが――その可能性に至らなかった僕はどうなんだろう。僕は彼女らが“おかしい”とは思っていたけれど、何故かその可能性には思い至らなかったわけで。
何故かその言葉に、二人の眉が少し歪んだ気がしたが、彼女らは続けた。
ともかく彼女らは、あの意味不明な言葉のその意味を考えてみたらしい。僕以上に、あの言葉は彼女らにとって意味のあるものだったに違いない。僕一人ならただの夢かも知れないとも思えたが、意識が過去に戻っているという異常事態で、同じ経験をしている人間が他にいるなら――当然、あの言葉はやはり夢ではなく、何かしらの意味があったのだと思うのが自然だ。
さすがにやはり、神様の言葉とは思いたくないが。
「それでちょいとアレな話になるけど――実はボクもみこっちゃんも、今日は結構危ない日なんだよね」
「中学生の安定しきってない周期だから、あくまで可能性が高いくらいでしかないけど」
「……お、おう」
男としては出来れば聞きたくない言葉ではあるが――もちろんこういう事をすれば子供が出来る可能性は十分にある。
「案外落ち着いてるんだね?」
「本物の中学生なら慌てふためいてるかも知れないが、中身はそれなりに大人なんでな。もし出来ちまったらまあ愉快な結果にはならんかも知れんし、周りから何を言われるかわかったもんじゃない。想像もしたくない。けど、まあ何とかなるだろうって覚悟くらいは出来る」
生きていれば人間何とでもなるというけれど。
まさにそれだ。ここには僕と玉衣がいて――そして、吉野が居る。その中の誰が欠けることもなく。
その欠けてしまう可能性を知っている僕だから、たとえば二人の両親からタコ殴りにされるとか、世間から後ろ指を指されるとか、学校辞めて生活費を稼ぐために働くとか――愉快じゃない想像はいくらでも出来るが、そんなもんは大した事じゃない。命が欠けた、あの未来に比べたら。
「平瀬君……」
吉野は目に涙を浮かべて、嬉しそうに呟いた。
「うわちょっとその台詞反則だよ……よかったねえ、キミのパパはいい男だぞ?」
とはいえ決まった事でもないし、玉衣は下腹部をさすりながらそう言うことを言うのは本気でやめてほしい。
……冗談めかしてはいても、片手で涙を拭いながらの震え声だったから、僕は何も言わなかったけれど。
「とはいえ、俺と同じで中身はどうだか知らんが、お前らだって未来から戻ってきた以上、普通の女子中学生以上の想像力はあるんだろ?」
「ボクはその年で二十歳だったよ。みこっちゃんも同じ――平瀬君も同じっぽいね? でもまあ体は十五歳なので――こういうのなんて言うんだろ、時に平瀬君合法ロリとかいうジャンル知ってるかな――となると違法ババア?」
「二十歳でババアとか言ったらお前世間の女性の大部分を敵に回すぞ。俺も大学に上がって徹夜明けの講義とかで“もう歳かなあ”とか冗談で言ってたけど。その想像力があるお前らが、あの声を聞いてどうしてこういう行動に出たのかって話だろ?」
「それは――もちろん、あの声を信じての話だから、根拠がある事じゃないんだけど。あっ、もちろん、私もたまちゃんも、平瀬君のことが大好きなのは本当だよ? だからせめて、こういう事をする前に告白しておこうって話になって……」
「そこまで考えが回るならもうちょっと踏みとどまれよ――俺がお前らと同じ経験をしてる確信があったなら尚更だろ。ちゃんと教えてくれてたら……」
その結論が納得できて、それが最善だと思うなら。彼女らの提案に乗っかることも吝かではなかったかも知れない。
「それは女の子の我が儘というか」
「いやいやで抱かれるくらいだったら、いっそボクらからいっちゃおうと」
それが気分の問題であるなら、それ以前に襲われる僕の気分はどうなると言うんだ。
しかし何にせよ、あの声の内容から僕を襲ってしまおうという思考に至るその過程がわからない。僕は二人にそれを問いただした。
……そして呆れた。
ここで、僕が――そしてことによると二人も聞いたというあの声の内容を思い出してみることにする。
“一つの命があったとする。人間はそれを一人で支えている。しかしそれを二人で支えることは出来るのだろうか?”
“二人で一つの命を支えることが出来たとする。では三人では? しかし、果たして命は一つでしかない。三人で支えられたとして、支えられている命は一なのだろうか? 一の何かを、三で分けたと言うことなのだろうか? しかし、しかし。その一が一でしかなく、また一で支えるしかないとするなら、その一を変えることは出来ない。即ち願いは叶わず、運命は変えることが出来ない”
“一は一でしかなく、その命の総体は変わらない。しかし総体は変わらずとも、それを二で、三で、あるいはそれ以上で分けることは出来る。その総体が一であり、それ以上でなくそれ以下でもない、ただの一、もとからあったものと変わらないものであるが故に”
この通りだ。
何度繰り返して考えてみても、僕にはその言わんとするところがわからない。
それで話がここに至る原因になった件であるが――提案は玉衣だったそうだ。
玉衣はこの年頃の女子にしては、興味が向いていることのベクトルがどちらかというと男子に近い。漫画にアニメにゲームにスポーツ、コアなところではミリタリーであるとか。だから、と言うわけでもないが、大抵の男子にとっては、割と話しやすい少女であると思う。何せ、自分の趣味でそのまま会話を広げられるのだから。
ともかくそういう玉衣であるからその“神様ボイス”を聞いて、それこそロールプレイングゲームのようなものを思い浮かべたという。
いわくその命というものが、ああいうゲームでよくある数値、ヒットポイントとして置き換えられるものだったとしたら?
それをふまえて玉衣基準であの言葉を言い換えるとこういう事になる。
“プレイヤーのヒットポイントを他のプレイヤーと共有することは出来るか? 答は可能であるが、ポイントを等分するのだから二人、三人で分けた場合、それぞれの数値は低くなってしまう。仮に攻撃を受けた場合は全滅することだってある――もとい、リスク分散にも限界がある。けれど逆に、敵から受けるダメージの総量も決まっている。限界はあるにしても、ダメージ自体が増えるわけではないのだから、あるところまでは全滅のリスクがあるが、それ以下なら耐えきることは出来る”
……言わんとするところはわかるのだ。ここまでなら、そう言う解釈もありだと思う。
もともと正解なんてわからないのだから、確かにそう言われてみれば、そう言う単純なことを言っているのだという気もしてくる。
ここまで聞いて嫌な予感はしていた。だが、僕は敢えて聞いてみた。それでは何故その結論が僕に対する暴行につながるのかと。
その言い方はやめてほしい? 愛のある行為だったと思いたい?
薬で眠らされてベッドに縛り付けられた事を愛のある行為だと思えるほど、僕の嗜好は倒錯していないつもりである。
「……つまり?」
「その……だから……あの事故のダメージを受け止めるのが、一人だったらアウトなんだよね。でもそのダメージを三人で配分したら、って考えたの。それで――平瀬君の話とか総合したら、三人で配分したらもしかしたら助かるかも知れない。けどやっぱり駄目かも知れない――なら、“もっと人数が居たら”、って」
その言葉に、僕は戦慄した――目的のために手段を問わないとか言う話じゃない。
つまり、三人でもダメージを受けきる事ができるかどうかわからないから、“自分の子供を”盾代わりにしようってそう言いたいのか!?
玉衣の説が正しいならまるっきり間違っている方法でも無いかも知れない。
けど――けど、そんなに、簡単に割り切れるものなのか?
「お前……」
僕は玉衣の前にしゃがみこんで、無遠慮だとは思ったが彼女の下腹に手を当てた。丁度さっき、玉衣自身が冗談を言っていたんだから、まあ、良いだろう。
「ごめんな、お前のママは割と最悪の奴だったぞ。生まれる前のお前を肉の盾にしようってくらいには」
「いやっ、だから、それは最悪に備えての……そもそも、あの声があったからで、ボクはっ!」
「吉野も何で止めなかった? こいつと同じ思考に至ったって言うんであれば――」
さすがに彼女らを軽蔑するとは言わない。けれど、僕にとっては信じがたい、そんな一面を持っていることを、僕は受け入れざるを得ない。
吉野は少し辛そうにしていたが、やがて、小さく頷いた。
「……お前もか」
「軽蔑されたって、いい。私は――平瀬君とたまちゃんが生きててくれたら、それでいいの。たとえ、平瀬君に嫌われても、平瀬君が生きててくれるなら」
「お前ちょっとその言い方は卑怯だと思うぞ? そこまでしてくれるのは感謝すべきなのかも知れないが、正直怒りが湧いたのもわかってくれるよな? 俺が言うのも何だけど、仮に子供が出来たんだとしたらそいつの命を盾に」
「どんなことをしたとしても、平瀬君には死んで欲しくないの!!」
僕の言葉を、吉野はとんでもない剣幕で遮った。慌てて玉衣が止めにはいるが、吉野はそのまま僕に抱きつき――胸元に、頭を埋める。
「平瀬君なんだ――平瀬君、なんだよ! 生きてるんだよっ!! ちゃんと、私の目の前で!! 私があのとき、どんな気持ちで――っ! 私だって平瀬君の事が大好きで、でもたまちゃんだったらって――諦め、られた。あの時の、たまちゃんの、すっごく幸せそうな顔見たら、諦められたの!――でも、それが、あんな――あんなっ!!」
彼女の時間軸ではそうだったという、僕らの関係。それが文字通り消滅するさまを、吉野は、ただ見ているしか出来なかった。その苦痛と苦悩が――彼女に、形振り構わない方法を選択させた。
それは――それは、僕にだって、わかるんだけれど。
「平瀬君――みこっちゃんを、責めないでやってあげて。平瀬君が怒るのもわかるし、ある意味怒ってくれてるのが、ボクらにとってはすごく嬉しいんだけれど」
「それは――でも、けどな」
僕に縋り付く吉野の背中を撫でてやりながら、玉衣が言った。涙に濡れた瞳で、僕を見上げながら。
「平瀬君の知ってるみこっちゃんも事故で死んじゃったんだよね」
「……ああ、だから吉野の言うことも、理解は出来るんだけれど」
「……でもそれだけ平静でいられるって事は……多分みこっちゃんの死に様は、目を背けたくなるほどじゃなかった。違う?」
言葉を失った僕に、玉衣は言った。
「平瀬君――キミは自分の内臓と脳みその色って知ってる? うん、ボクとみこっちゃんは、それ、知ってるからね」
こいつらの過去に於いて僕は即死だったというから――いわゆる“全身を強く打って”って状態だったんだろう。軽々しくは言えないけど、吉野の過去においての玉衣が自殺したって言うのも――仕方なかったのかも知れない。
……さすがにその話は来るものがある。納得は出来ない。出来ないけど――それを聞かされて尚、彼女を責めることも出来ない。
僕は少し悩んだ。悩んだけれど――結局出来た行動は、悩む前に思い立ったものと同じだった。汗に濡れた、けれど冷たさを感じる吉野の体を、なるべく包み込むように抱きしめてやった。
玉衣にこっちに来てくれと言った。そのまま三人で、抱き合うようになる。
……どうすればいいのかなんてわからない。ここで優しい言葉を呟くも、彼女らを突き放すも――結局、結果は同じなのかも知れない。
けれど僕は――ただの平凡な男でしかないのだ。中身を考慮したって、平凡な男子中学生が平凡な男子大学生になるだけの話だ。そんな男に出来る事なんてたかが知れているのだけれど。
「……吉野――玉衣。俺は、ここにいる。ちゃんと生きてる」
二人は何も言わず――ただ、涙を流しながら。
僕の体に回された腕に力が込められるのを、僕ははっきりと感じることが出来た。
彼女らに比べたら僕はマシなのか。いや、吉野を失ったことを“マシ”だなんて思いたくはない。
けれど、僕ら三人が今こうして、ここにこうやっているんだから――今更それをどうこう言っても意味がない。強がりではなく、自暴自棄でもない。事実として――今の僕らにとって過去を引きずることに意味はないんだ。
だとしたら、考えよう。
彼女たちが考えたような最悪一歩手前の手段ではなく、ごくシンプルで、そうであるが故に文句の付けようもなく、後から考えれば笑い話にしかならないような手段。そんな都合の良い手段が、必ずある筈なんだ。
何故なら僕ら三人が、ここにこうして揃っているから。これ自体がご都合主義で意味不明な、安っぽい奇跡じゃないか?
「うん……平瀬君、ちゃんとここにいる。あったかい。生きてる」
「平瀬君だけじゃない。たまちゃんもいる。私の前に。私、二人にぎゅってしてもらってる。夢じゃないよね?」
「ああ、生きてる。俺も、玉衣も、吉野も――後のことを考えると割と頭が痛いが、だからこそ夢じゃない。夢じゃないぞ?」
泣き笑いの玉衣と目が合った。
「頭が痛いって何さ――大体これだけはハッキリさせておきたいんだけどさ、平瀬君はボクらとエッチ出来たの嬉しくないの? 美少女で両手の華で脱童貞ってこれ、男なら泣いて喜ぶ状況だと思うけどな?」
「俺が一服盛られてベッドに縛り付けられたのを喜ぶような男なら、割と本気で付き合い方変えた方が良いと思うが……いや、お前がそう言う趣味なのは別に良いんだが、そこに俺を巻き込むな。な?」
「“動かないで玉衣~もう、もう出る~!” って、泣きそうな声で言ってた癖に」
「俺には最低限の想像力って奴があるからな。恥も外聞もなく泣き喚いてでもやめて欲しかったんだよそこは」
まあまあ、と、吉野が割って入る。
……だんだんわかってきたんだが、吉野はぱっと見ると大人しい性格で、僕らのくだらない喧嘩をいつも仲裁してくれるように思う。
が、その実。そんな可愛らしいものじゃない。結局その困ったような笑顔の裏で――何を考えているのかなどわかったものじゃない。
「それはさすがに酷いよ。私も自分に利己的な部分があるのは否定しないけど――」
「告白ついでに睡眠薬を盛る女の言うことを信用しろと言うのかお前は。あれ絶対玉衣の指示ってわけじゃないだろわかってんだぞ」
「薬を買ったのはたまちゃんだよ?」
「そう言うところが黒いって言ってんだよ俺は」
「まあまあ今はそれ蒸し返しても仕方ないって、そう言ったの平瀬君じゃない?」
僕は自分の過去を振り返って恐怖に駆られる事に意味は無いと言ったが、目の前で犯罪を犯した連中を見逃そうと言ったわけじゃない。
綺麗に纏めようとしているのかも知れないが、僕はこの目の前の現実から逃げ出すことを選ぶほど馬鹿な男じゃないからな? あとあと反省だけはさせようと、そう心に決める。
「とりあえず話は片づいたんだからシャワー浴びようよ。ボクもういい加減、汗と平瀬君のアレの臭いが我慢できない」
「……俺怒っていいよな?」
「たまちゃんは“我慢できなくなる”って言いたいんじゃないかな? ――うん、ごめん。謝るから二人とも睨まないで」
風呂の用意は出来ているというので、僕は二人を無視して先にさっぱりとさせてもらった。帰り道に着ていたままの、汗が染みた下着をもう一度着るのは抵抗があったが、他に仕様がないのできっちり服装も整えた。
玉衣と吉野はアレコレ文句を言っていたが、110の数字を並べた携帯の画面を突きつけたら大人しくなった。
うん――しばらくはこれは使えるかも知れない。結局諸刃の刃であることに気がつかない振りをして、二人がバスルームに消えるのを見送ってから、僕は携帯をポケットに戻した。