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第4章・覚悟

壱・虎千代side


 私は、この世界を生きるべき世界とは認めない、叶うなら逃げてしまいたい。


 前世で高台寺の和尚に、言われた言葉が、胸に去来する。とんだ第2の人生になったもんだ。しかし、この世で生きてくなら、軟弱者と思われてもいい、諦めてもらえるなら若隠居したいくらいだ。


 虎御前の部屋の前につくと、ゆっくりと気合いを入れて深呼吸を繰り返す。私の母にあたる人の発する気は、武人だけあって凄みがちがう、腹のうちを凡て見透かすような目が怖いのだ。


―――怖がってどうするの、しっかりしなきゃ、相手は前世の娘くらいの小娘なんだから負けたくない!!


「ははうえ――、虎千代にござりまするよ――」


 気の抜けたおどけた口調で挨拶をし、無作法に建具に手をかける。近習二人組は、慌て私をとめた。


「若さん、無作法です」


「あわわ……兄者のいうとおりですよ若さん」


「かまわぬ!!虎千代そこに座るがよい!」


 小声で注意をうながす近習たちの声を遮るように、部屋の中から虎御前の冷厳な声がして、咎め立てすらされずに部屋に導かれた。おかしい……ピンとはりつめた空気が私を圧し包む。


 ふと、隣をみれば老女芳野が控えていた。ペンキが剥がれたのか?ここは度胸をすえて、真正面から虎御前と対峙するしか選択の余地がないようです。


 覚悟を決めて、私は子供の演技をかなぐり捨てた。そして、落ち着いて虎御前の前に座り、丁寧なお辞儀して、虎御前の声にあわせてゆっくりと顔をあげ、ハシリと目を合わせた。


―――もう、偽りを捨てる。あの目に嘘など通用しないだろ、あとは意地を通す!!


 虎御前の覇気の高まった痛いほどの視線に、真正面からさらされる。開きなおった私は、平然と顔色ひとつ変えず口角をつりあげた。胸のうちに、青白い焔がメラメラ勢いよく燃え上がる。


 しだいに部屋の温度が高まって、周りの侍女や近習組が、ソワソワと落ち着かないそぶりをする。泰然自若としているのは虎御前と芳野と私だけ。水面下の腹の探りあいに、ふつふつと闘志がみなぎる。


―――嫌いじゃない腹の探りあいは。さあ、貴女の総てを見せてみよ!!


 青白い焔が、じわじわと正常な私を侵食する。内在する本能ともいえるこの焔に侵食されれば、この先どうなるかも分からない。気が狂うなら狂ってしまえ、死せるとしても何の後悔もない!!


弐・虎御前side


 泰然と座るわが子に、おもいがけない威怖さえ感じた。この小さな体が発する気配は、戦場での緊張感すら、はるかに凌駕(りょうが)する威圧感がある。


 あれは静かな微笑みをうかべてはいるが、底知れない恐怖を振り撒いて、部屋の空気を圧する。戦場を共に駆け抜けた愛刀が、緊張に堪えきれずに、カタカタと唸りをあげた。


 愛刀の刃唸りに答え、とっさに妾は子に向けて、腰だめにした小刀を、居合いの烈拍で大きく振るった。部屋にいる誰もが、制止できない唐突な出来事に、皆は息を飲ん見守った。


「きえぇ――――!!」


 あれは薄笑いを浮かべ、瞬きさえなしに、ハラリ落ちる一房の前髪を、無表情に見ていた。そして、目があうと妾でさえ、ゾクリと冷えるような苛烈な焔がみえる気がした。


 妾は刀を持ったまま、身動きすらとれなかった。一方あれは、何事も無かったように妾に声をかけてきた。


「気はすまれたか?私を試すとは、面白きことを為される」


 言うと、すくっと立ち上がり建具まできてから、流れる作法どおりの美しい所作で部屋を辞して行った。あれの一連の動作に誰しも目を奪われ、口も聞けずほうけてしまた。


―――あの気迫、人とは思えぬ。妾は母として起こしてはならぬものを、揺り起こしてしまったやもしれぬのう。


 あの子の居なくなった部屋では、時が止まってしまったかのように、誰も立ち上がれない。


 そんなとき廊下でバタンと大きな物音が響いた。時を巻き戻すかのように、その場に居るものが、あわてて廊下に殺到する。


「……た、大変でございます。若君が廊下でお倒れに……金津さまに介抱されております」


 丁度、あの子が部屋を出た時に、異様なけはいを察知して現れたのだろう、倒れた虎千代を抱えて、嬉しそうに笑う金津がいた。


「これはしたり……流石は神仏が選びし、定めの神子!どうやら我らは、若に謀られていたらしいですな」


「くっ……そうじゃ!妾でも刃を抜いてしまった程の豪胆さよ。末恐ろしい将の将たる器よ!!」


 あれは先とはうって変わり、やすらかな寝息を立ていた。軟弱な者だと思っていたら、妾を謀っておったとは、たいしたものだ。


「虎御前様、鉄は早く打つが肝要かと思いますが、いかに?」


「しかり!明日より武術を修めさせよう。将の将たる器にふさわしい教育をせねばのう」



 夜の闇に、虎御前と金津の快活な笑い声が響く、そんな事をしらない虎千代は、張りつめた弓の弦が切れたように眠っていた。その顔は、先ほどと違い幼児らしく愛らしい、その場に居あわせた者たちもホッと息を吐いた。


「では某が、若君を寝所までお連れしましょう。これで栖吉も安泰ですな」


 と言って、彼にしては慎重に虎千代を運んて行ったようだ。珍しく彼の頬がゆるんでるのは、何から教えようかという期待の笑みだろうか?


「ようございましたな虎御前さま」


 あの騒動のなかでも、動揺した素振りさえ見せなかった芳野が、口元を綻ばせて虎御前に言った。振り返った虎御前も微笑みを浮かべ、芳野に頭を軽くさげた。


「芳野殿そなたの言う通りじゃな、礼を言います」


「畏れ多いことでございます、私も見間違っておりました。それゆえ礼など必要ありませぬ、おあいこですよ虎御前さま。明日からは、私も知識にたけた、新たな師範を求めて参りましょう」


「ほう…それは頼もしい。我が殿にも軍学を頼むとしよう」


 やる気満々な大人たち。たぶん虎千代が目を覚ましたら、大変な事になってるかもしれません。近習たちは、珍しく機嫌のよい金津の笑みを見て、何か恐ろしいものでも見たように震えている。


「な、なあ兄者、若さん大丈夫かなあ?」


「い、いうな長実、若さんを守るのは我らの勤め。お前が犠牲になってやればいい!!」


 厳然と言い放つ安実に、長実の悲鳴が、春日山城に響き渡ったとかいないとか、それは皆様のご想像にお任せします。


第4章・覚悟[完]

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