第2部.幼年編☆第1章.出生
○―――第2部・幼年編―――○
第1章・覚醒
第1章は主人公の視点になります。第2章以降はもとに戻す予定です。
壱
ゆるやかな眠りの世界が私を包みこんでゆく。辛かった想いや楽しいかった想い、様々な想いがゆっくりと消えて、はるか遠くに流される。
―――かって、私が何だったったかも今では思い出せない。
そして流れついた先は、ドクッドクッと心音が規則正しく響く場所だった。まるで、ぬるま湯の中に浸っているようで、ひどく気持ちが良かった。
ずいぶんと時間がたったとき、ナニモナイ空間に、ゆらりと青白い焔が灯った。それは、いつの間にか近かづいて、私を飲み込むほどの、大きさになった。
やがて、ゆらぐ青白い焔のなかに、墨染めの衣をまとう一人の僧侶をみつけた。その人は、切れ長の涼やかな目元で、感情をうつさない冷たい目をして私を見た。
「んっ……すでに先客がいたか」
「先客?あなた誰?」
―――なんだろう、人をジロジロ見るなんて!
「ほう……意識があるか?かくも興味ぶかい、御霊は初めてじゃ!」
―――興味深いって何が?
「えっと、意識って……普通、誰でも持ってるんじゃないの?」
彼は、私の問いに答えたりせず、思考のなかに深く沈んでいくように瞼を閉じた。
「んっ――そうか?!そなた、随分と新しい御霊のようだ」
「何のこと?」
「いまに分かる」
聞いた事のない呪文をつぶやくその人は、数珠をもった右手を私にかざす。すると、その手からフラッシュのような、白く輝く光を放出した。
「ああ……眩しい!!」
光を浴びると、脳裏に次々と映像が浮かび上がり、膨大な映像がコマ送りのように移り変わる。映像に登場した人物は、何だかひどく懐かしい顔をしていた。。
―――そして私は、すべての想いを受け止めた。最後の断末魔の瞬間までも……痛みと共に思い出した。
弐
胸がつぶれる、うああ――身体中が痛い!視界はグルリと反転して……ありえない方向に曲がった腕を、何かしら叫ぶ娘にのばそうとして、急に暗転した。
「うああ……ああ」
酷い痛みで、身体をくの字にまげようと、手足をバタバタしてもがいた……つもり……だった。しかし柔らかい湯のような中では思うように身動きが取れない。
「痛むか?すまぬ、あれはただの記憶だ。少し落ち着けば治まろう」
そういうと彼は、胸元から宝珠を出して何かを唱える。すると、私の感じていた痛みが、潮が引いていくように治まった。
「うっ……はあはあ……な、何んで……こんなことしたの?」
息が荒い、いくら痛みが引いても無理に身体を動かしたから。あちこちがきしんだ。
「そうだな……しいて言えば、そなたに興味があったゆえ」
「もう――いい加減にして!!興味ってなに?あなた何者?何で、コンナコトしたの?」
その時代がかった言い回しといい、胡散臭い呪術のような道具。まして何者だとも名乗らずに、何が起きたのか解るように言わない。勝手すぎる!!
彼は、私の問いかけを返すでもなく、眉間にシワをよせ顔を近づけた。そして一方的に怒る私の顎を、彼は指先で持ち上げ観察するように眺めると、感心したふうに呟いた。
「ほう……そなた定めの神子の器か?なかなか、よい御霊の色をしている」
「……はあっ?」
一瞬怒りを忘れて、彼の涼やかなかな目元をみつめ返した。
「探していたのだ神子の器を!!私としたことが、灯台もと暗しとはな、……暫しそなたの器を借り受ける!」
「えっ……ええっ?」
抵抗する暇もなく、彼は青白い焔となって、私の口の中に飛び込んだ。そして暫くたつと、私の胸の中に焔がボッと音をたて、灯ったように感じた。
―――神子よ覚えておくが良い、我は刀八の毘沙門天なり。
参
良く分からない事だらけだ。この胸に灯る青白い焔は、刀八の毘沙門天と名乗った。ほんとに何だったのだろう。
考え込んでいた私は、周りの湯のような何かが、緩やかに波立ち始めた事に、気付くのが遅れた。ようやく気付いた時には、すでに大きな奔流にいいように弄ばれて流された。
―――強い。強い力に圧され、奔流に流されて、巻き込まれたら渦巻に呑み込まれた。
「うわああ―――」
丸や四角や三角の幾何学もようが、脳裏にひらめくと組み合わされた。とっても不思議な光景だった。そして私は光の真中に飛び出した。
「オギャア……オギャア……」
光の真中は、凄くまぶしくて。目をぎゅっと閉じて、指を握りこんだ。
―――近くで、赤ん坊の泣く声がする。
「おお!!産まれた」
「お虎御前さま。男子でご座います」
「おめでとうござります」
「ああ……めでたい」
―――なんだろ?煩いなあ。誰かテレビでも、つけてるのかしら?
絹づれの音と人の話し声、バタバタと行き交う人の足音が遠くに聞こえ、そして閉じた瞼に光を感じた。
「……オギャア……ウック……オギャア」
―――よく泣く赤ん坊だこと。ああ、誰かいないのかしら?
断続的につづく赤ん坊の声を聞いていると、孫たちの顔が脳裏にうかぶ。あの子は無事だったのかしら?夢うつつの中で、耳にはいってくる物音を聞きながら、ゆるやかに深く深く、意識の底に沈みこんで行った。
―――風雲たなびく戦国乱世に、時代の寵児が誕生す。祖は、神仏がえらばらし、定めの神子。
四
はじめは、意識が混濁していたようで、しばらくすると、脳裏をおおっていたかすみが晴れて、バラバラな記憶のカケラが、一つ一つ現れ消えた。
そして、一番最後の記憶のカケラは、何かを叫ぶ娘の顔。拡大されたトラックのバンパー。……あれは事故?!
―――あっちゃんは……大丈夫かな?怪我したかな?
しだいに流れるような映像になり、私はそれをぼんやりと眺めていた。すると大雪が降った日に感じる、シンとした冷たい空気を感じて、ブルリと身体を震るわせた。
―――感覚がある!!もしかして、生きてるの。
雪の日の匂いとはまた別に、赤ん坊を抱いた時の、ほんのり香る、甘いミルクのやさしい匂いが、フンと鼻先をかすめた。
―――ああ、匂いも感じるんだ。私、生きてるみたい。確認しなくちゃ。
ゆっくりと、意識して目を開けようとした。なぜだろう、目を開けた先は、薄白いような、透明な膜がはっていた。視力が極端に悪くなったのかしら?
ここは、いったいどこなの?ぼんやりとした視界と動きずらい体が歯がゆい。そして、すぐに眠たくなることに、苛立ちを覚える。
「おぎゃ――…ホギャ――…」
―――また、赤ん坊が泣いている。きっとお母さんが居ないのね。
そば近くに人のけはいがしたので、私は声を掛けてみる事にした。あの子のお母さんを呼んであげてと……重なる赤ん坊の声?
―――もしかして?!私の声、赤ん坊の声になってる?
すごく変な感じがした。はじめはあの事故で、植物状態にでもなって寝かされているのかと想像していた。だが、病院にありがちな消毒の匂いがしない、何故か焚きしめた、お香の匂いが薫ってくる。
―――本当に赤ん坊になったのか、確かめよう。
ぼんやりとしか見えない視界に、手を動かしてあたりを探ろうとするが、上手く動くわけもなく。おかれた状態に、情けなくて瞼が熱くなり、やがて頬に涙がつたう感じがした。
「うえっ―…うえっ…」
―――ああ……私は、どうなってしまったの?
五
しばらくすると泣き疲れたように、ゆるやかな微睡みのなかにいた。私は微睡みながら自分自身の置かれている異常さを考える。
声を掛けようとしたら、声が出ずに鳴き声になる。体の位置をかえようにも寝返りさえ出来ない。極め付きは、さっきチラリと見えた小さな手だ。
―――まるで私が、赤ん坊になってしまったみたい。
まさか!!あの時、孫を助けようとして、トラックに飛び込んだことは、今でも思いだせる。呼吸すら出来なくなるほど、あちこちが、引きつれて痛かった。
―――そうだ、あの場所で変な僧侶に会った。彼は、墨染めの衣をまとい、冷えた目で私を見ていた。
思い出すと、存在を示すように、胸の位置に青白い焔が灯った。この焔は何?彼と会ったことすら現実感がわかない、しかし胸に灯った焔は、あれは現実だったと私に教えるのだ。
―――違う!!これは絶対に夢だわ!!目が覚めたら、家族に笑って話そう、変な夢をみちゃったと……、酷い夢だったと。
私は、現実に堪えられなくて、元の家族のまつ夢の世界へ逃避し、うつらうつらと眠って過ごす。私が寝かされている部屋は、あまり人の出入りがなくて、静かな時間がゆるやかに流れる空間だった。
その空間にいつもと違う絹ずれの音が近づいて、ふいに、身体が持ち上げられる感覚がした。何が起きたのかと懸命に目をこらすと、女の人の輪郭がぼんやりと見えた。
―――よく側に来る人とは少し気配が違う。
見えないながらもじっと観察していると、目があった。相手の女の人もじっと私を観察しているようだ。私の手を指でそっと愛しげに撫でると話しかけてきた。
「おや……起きていやるのか?泣いてないとはめずらしい。虎千代や、妾がそなたの母ですよ」
―――えっ、母?……悪い夢だと思ってた。私は、この女の人から生まれたの?
第1章・出生[完]