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第4章・産声


 御実城様と虎御前のあいだに『神仏がえらばれし、定めの神子』が宿った。本来なら目出度い話しだろうが、立場によって受け取り方は様々あった。それは憶測をよび、よからぬ噂が城内のあちこちでささやかれた。


「直江、聞いたか?あの噂」


「はて、何のことでしょう」


「神仏が、あの女の腹の子に、越後の未来を託したと言う噂ぞ。よもや、知らぬはずはあるまい!!」


「……いやはや、それは断じて初耳ですぞ」


「またこう言う噂もある。父上は、まだ産まれてもないあの女の腹の子を跡取りにするとか。まさか本気で考えておられるのか?」


 直江は、晴景から詰問され答に窮していた。どこでどう尾ひれがついて、そのような噂になったのか?


「そのような戯れ言、実城様は思ってもおられぬでしょう。それに考えても見て下され、なんのために、喜平次という名をお与えになったのか」


「ふん、口ではどうとでも言える。しょせんわしは、出自しゅつじのしれぬ母から産まれた子だからな」


 晴景は、母の出自に劣等感がある。

「喜平次」を受け継ぐにあたって、親戚筋の上田衆ともよく揉めたものだ。


 あちらは、しいて言えば長尾氏の本流にあたる。上田長尾の房長ふさながは、息子の政景まさかげこそ次期守護代にふさわしいと横ヤリを入れてきた。


 あの頃は、もう一方の栖吉衆の後ろ楯があったから、実城様もしりぞける事ができたが……その栖吉衆に、為景の血を受け継ぐ跡取りが誕生する。


 晴景の心情からすれば、生まれてくる子が、地位を脅かす存在にみえるだろう。だが客観的にみれば、今から誕生する子に家督を譲れるかというと、実質は年齢に無理がある。あきらかに、いま現在二十歳の晴景が優位なのだ。


―――いくら神仏の加護があったとしても、幼年の君主に越後守護代の重責はつとまらない。まして上田と栖吉で越後を割るような愚かな選択肢は実城様にない。


 その場をお茶をにごして退出した直江は、為景の言質げんちをとると、波乱の芽をおさえるために、重臣たちと謀り、よからぬ噂の規制をはじめた。


 そして晴景はというと、ヤケになったのか、素行の悪さが目立つようになり。重臣たちを困らせる事態を度々かさねるようになっていった。



 明けて享禄3年(1467年)1月21日虎年、春日山城に新たな産声があがる。赤子の名は、生まれ年にちなみ虎千代と名付けられた。


 『神仏がえらばれし、定めの神子』が産まれたとの噂は、権力者たちの思惑おもわくをよそに、こっそりと人づてに伝えられ評判はうなぎ登り。


 なにより熱狂的な評判をよんだ理由には、神仏の加護を思わせるような、五体満足で健康そのものな体つき。


 そして神仏に愛されたような容姿は、赤子とは思えないはっきりとした目鼻立ち、利発そうにひき結ばれた薄い唇、切れ長ですずやかな目元の若君であったからです。


 さて、そんな越後の民の期待を一身にうけて生まれおちた赤子は、今ごろどうしているのでしょう。二の丸郭(くるわ)うちにある主殿を覗いてみましょう。


「御前様、やっと若君が静かにお休みになりました」


 疲れが目元にあらわれた乳母のお(いの)が、虎御前に赤子のようすを報告をしている所のようです。実をいうと、虎千代は生まれおちた瞬間から、春日山城中に響きわたるほど、甲高い泣き声でよく泣く赤子だったのでした。


「お猪や、虎千代の癇の虫が強く苦労をかけますね。あの子の目が覚めるまで、そなたもゆるりとするがいい」


 慈愛のこもった目で、乳母をみる虎御前は、詫びの言葉をかけた。


「はい、ありがとうございます。しかし若君といったら、私が今までに見たことがないくらい、癇の虫がつよいのです」


 泣きすぎる若君に、途方にくれる乳母のお猪。彼女も、すでに子供を何人も生んでおり、育児には手慣れていたはずなのだが……。


「ほんに、よく泣く子じゃなあ。ああ……荻野、お猪を休ませてやりたい、かわりに虎千代の寝所にひかえておれ」


 侍女に虎御前が目くばせをすると、荻野は主人の意をくみとり静かに部屋を出た。そして再びお猪をみると、虎御前はすまなそうな顔で話しだした。


「とりもなおさず光育に、癇の虫を押さえるまじないを頼むとしよう。しばらくの辛抱しんぼうじゃ。よいなお猪」


 乳母はすこしホッとした表情で頭をさげて部屋をさがっていった。虎御前は、持仏である観音菩薩像に向かって一人ごちる。


―――観音菩薩よ、我が子を守らせたまえ。虎千代は、この世にうまれたのが悲しいのでしょうか?



 うってかわり守護代の為景は、祝いに訪れた親戚筋や恭順した有力な国人衆のあいさつを評定の間で受けていた。


 祝いに訪れた者たちは、内心では噂の真相を探りにきていたらしい。ただ、無条件に祝いにきたのは栖吉栃尾城の城代家老、本庄実乃(ほんじょうさねより)と親戚筋である信濃の高梨(たかなし)くらいのものだろう。


 やっと祝いの人々も引き揚げて、為景が一息ついたところへ直江がやってきた。


「お疲れさまでございましたなあ御実城様。ほう……揚北の本庄、色部、中条までも来ましたか。おや、珍しい琵琶島の宇佐美もきましたな」


 為景の威勢を反映して、きらびやかに並ぶ祝いの品々を見まわすと、意外な名前をみて驚く直江。


「いやいや、あやつら敵情視察にのこのこ巣穴から出て来たまで、本気で恭順しようとして来た訳ではない」


「まあ、来るだけマシですな。気になるのは守護様の甥にあたる条上定憲(じょうじょうさだのり)でしょう」


 為景は、直江と目を合わせると意味ありげにニヤリと笑った。


 どうやら為景にとって、祝いに来る来ないは、国人衆の品定めにほかならない。さすがに奸雄と呼ばれた男だけはある。


「そういえば、晴景はどうしている」


「喜平次様ですか。実城様にさとされて、さすがに反省されたのか、いまは大人しくされてるご様子ですが……」


 直江の頼りない返答に、為景は大きくため息を吐いた。


「どうやらまだスネておるな。ワシが虎千代を跡取りにするはずがないというのに……。やはり目の黒いうちに晴景を守護代にするしかないな?!直江、そなたは晴景とさほど年は変わらぬはず。晴景をたのんだぞ!!」


「ははあ、承知致しました」


―――長尾為景の手による越後の完全なる統一の夢は、まだまだ先になるようだった。


第4章・産声[完]

 有坂です、ここまで読んで下さって本当にありがとうございます。こちらで第1部・出産編は終わりになります。


 次回は、第2部・幼年編になります。読者の皆様、安心して下さい。やっと主人公の登場です(どんだけ待たす・笑)


 実は自サイトの小説は、一時更新を止めています。それは何故か?あまりに真面目に順をおってエピソードを含め書いたもので、なかなか完結に至らないと確信したからです。だから、こちらで改めてプロットの再構成をして、加筆修正する予定です。


 有坂は、本作品で初めて小説を書きはじめました。動機は一昨年の大河『風林火山』のGackt謙信に惚れたから。かなりミーハーです(^。^;)


 とりあえず、ストックのある間は、更新は2〜3日に一回程度の予定をしています。どうか今後とも宜しくお願い申し上げます。


※お詫び※


 小説はかならず推敲して掲載していますが、句読点がおかしかったり、言い回しが悪く意味が伝わりにくかったりで、何度も改訂をしています。物語に特に影響が出ないように直して居ますので、大目にみてくださると嬉しいです。


 まだ未熟な有坂ですので、感想はもとより、出来れば発見した年代のミスや、矛盾する箇所、初歩的なミスでも結構ですので、ご指摘頂けましたら、謙虚に受け止めて、執筆の糧としたいと思います。どうかよろしくお願い申し上げます。



2009.03.22記

2009.03.25改

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