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第8章・奇襲


 栃尾では、雪の降り始めるまえの冷たい雨が、城壁を濡らしていた。そして、この時期特有な長雨は、時に濃い霧を発生させるのです。


 栃尾の本丸では、景虎が雨にけぶる眼下をみつめていた。景虎の予測通り、冬を間近に控えた11月の初め、ようやく地侍共が総攻撃に動きだす。こたびは復讐戦でもあり、意地でも栃尾城を落とす腹積もりでいるのだろ。


 初めに前兆を感じ取ったのは、城下に放った犬の群れだった。真夜中に吠え猛る犬逹の声を城にいる太郎が察知して、直ぐさま景虎へ注進に及んだ。


「……厄介な雨だな」


 ぽつりと景虎がつぶやくと、控えていた実乃は、はっと顔をあげる。


「厄介なとは、何でござる?」


「いや、何でもない。それで実乃からの報告はなんだ」


 景虎は栖吉衆の事を思いやっていた。山歩きの上にこの雨では、さぞや難儀してるだろうと、作戦の穴を知って悔やんでいた。実乃には、栖吉衆に与えた作戦を話してはいなかったので、適度に誤魔化した景虎だった。


「はい、しからば。先ほど見回りから情報が参りました。佐井の村の西のはずれに敵勢が忍びよってござる。今はまだ総勢で来た様子もなく、恐らく順次合流すると思われます。如何いたしましょう」


 景虎は、少しだけ首を傾け柳眉を寄せて考えるそぶりをみせた。そしてやおら立ち上がると即座に命じ始める。


「よし、実乃はみなに知らせをたのむ」


 そして次々と命令の内容を話していった。山吉と庄田には城の外門と外郭の警護をもうしつけ、実乃は柿崎弥三郎と共に戦支度で軍勢を引き連れ、佐井に出向くように申し付けた。


「して、景虎様は如何なされますか?」


「私は、弥太郎と共に一足さきに物見に行こう」


「危のうござる、しからば拙者の軍勢と共に参りましょう」


「それでは遅すぎるのだ。わかってくれ実乃、危ない事は一切せぬ」


 そう景虎が説得すると実乃はしぶしぶ了承してあちらで合流することを約束させ、念のためと弥太郎らにも忠告して軍勢の準備に向かっていった。


 傅役以上に生真面目な実乃を、説得するのは容易くはなかったが、ようやく心配性な実乃から解放された景虎は、軽装のまま物見に出た。そう、景虎は野盗退治の時でも、重たい甲冑を着込まないのが常なのです。弥太郎たちも、いつも通り鎖帷子を付けるくらいで、特に重装備をしないまま景虎に付き従った。




 長雨のせいで道は泥濘(ぬかるみ)、視界を遮る霧なかを泥を跳ねあげ馬で駆け抜ける。松明をもった軒猿を先導させ、景虎の後続は弥太郎以下30名、夜撃ち朝駆けを得意とする野盗退治にも慣れている仲間逹だった。


 やがて村外れに近付くと馬から降りて、徒にて見回りの者が忍んでいる辺りまで、前方の様子を伺いつつやってきた。


「景虎様――、こちらでございます」


 小さく低い声で呼ばわった、景虎が近寄ると見回りの者逹が現状を報告する。それによると敵は約20メートル先にいる。見回りの者は敵の行動にあわせて、退きながら様子を伺っていた。ついに敵は村の中央で留まり陣所を築き始めているそうだ。


「幸い、この霧が我らを上手く隠してくれたようです。敵はまだ、こちらに気が付いていません」


「それは良い。よいか我らはここにのこる。そなたらは本庄に伝言を頼みたい。本庄は戦支度で出張って来ているはずだ。ならば出来る限り静かに来るように伝えてくれ」


「承知しました」


 景虎逹は、実乃のために見張りを残し、身を低くしてもう少し近寄ってみることにした。そして前を確かめつつ行った先には、2000程の兵士が戦支度をしていた。おそらく、このあたりに土地勘のある者が、霧が出る事を知っていて、わざと狙って兵馬を進めたらしい。


 霧に乗じて先見隊を進めたのは、城方に目を向けさせぬ為、順次に到着する後続の隊を待っていると確信した。陣中には明かりがそこかしこに灯され、かげが霧に反射して闇に隠れて動くには好都合だった。


「いまが、好機」


「お虎様どうする、やるのか?」


「いや実乃を待とう。実乃が踏み込んだら、弥太郎は物質に火を掛けて回ってくれ。今は取り敢えず手分けして物質のありかを探そう、くれぐれも隠密にな」


 奴らは、霧で自らを隠しているつもりだろうが、タネが明かされた以上、数の揃わない今のうちに叩いたほうが得策だった。ついでに物質も使い物にならないようにしようと考える。


 ひとあたり物質のありかを探しだすと、先の見張りを待たせている場所へ引き上げて、村外れの廃屋に隠れて体を暖めつつ実乃を待った。


 やがて実乃逹がやってきた。各々工夫をこらし轡に布を巻いたりして、音を殺して来たのです。数名の軒猿も用心のため手勢に付いて来ていたので、これ幸いと弥太郎らと共に火付け役に回ってもらうことに決った。


参・景虎side


「甲冑一式持って参りましたぞ。もちろん着込んで頂けるでしょうなぁ。景虎様!!」


 ある意味生き生きとした顔つきをする実乃が、わきわきとして私につめよった。彼にしてみれば、私の軽装が気になって仕方がなかったのだろう。諦めて渋い顔つきで甲冑を着け、軍勢の前に立った。


 本当は、身軽な格好で火付け役に回ろうと思っていた。まったく、どこぞの傅役以上に手に負えない男だと、満面の笑みを浮かべ満足そうな顔をする実乃を睨んでみる。


「火付け役は先に敵陣に潜入せよ、軍勢の到来と共に火付けにかかれ。無理はするなよ弥太郎」


「承知、では火付け役は俺と一緒に来てくれ」


 火付け役は火種を筒に詰めて、敵中深く進行を始めた。のこる軍勢の方には暖まっておくよう指図する。


―――戦を前に、私の胸にやどる青白き焔が燃え猛り、全身を狂喜が支配する。


「前面より敵襲です、皆々お出会いくだされ敵襲だ――!!」


 まだ夜が明けきらぬうちに軍勢を進めた。兵馬の音に敵もようやく気がついたのか、慌て前面に兵が密集しつつあった。


―――勝てる!!


「実乃、徒は前面を押してゆけ、騎馬は右側面をつく、私に続け!!」


「承知!!景虎様もお気をつけられよ。よし、栃尾衆は前面をつく槍を備えよ、盾をまわせ!!」


オオオオオ――――


 実乃は盾を連ね槍を備えて、敵を引き付けるため陣太鼓を派手にならしながら、前面の敵にぶつかって行った。


ドンカッカッ!!ドンドン!!


「各々前面を守るのじゃ!!敵兵は少勢だ!!押し返せ!!」


オオオオオ――――


 実乃とは別に景虎ら騎馬は、静かに右側に周りこんで情勢を見極めていた。やがて、敵はおっとり刀でバラバラと集まり、密集体形で前面を形成する。好機とみた景虎は、敵の横っ腹に喰らい込み散々に蹴散らしていった。


 密集体形は右翼からの奇襲に弱い、獲物を反対に回す動作は密集してるのもあり対応が遅くなる。そして意表をつかれた敵には混乱が生じ、ドッと中程の軍勢が落ちた。


「おのれ――!!奇襲じゃ敵は多いぞ用心しろ!!」


「ぐあ――」



 敵は、騎馬部隊に散々に撹乱された。霧で油断していたのもあってか、鎧を纏ってないものまでいるようだった。やがて火付け役があちこちで物質を焼きはじめ、敵を撹乱する為に声高に叫んで回った。


「火事じゃ――!!火付けじゃ!!出会え出会え――!!」


「敵は一万ほどいるぞ!!やられるぞ――、逃げよ!!早よう逃げ――!!」



 敵は散々に逃げ惑い、押し寄せる軍勢の数を見誤りちりぢりと逃げ出した。一方の景虎は、敵を大方かたずけると、深追いせず兵を引いた。ちょうど朝日が顔をだす頃になって霧は晴れだし、軍勢は栃尾城に帰りついた。迎えに出たのは山吉で、泥だらけの軍勢に顔をひきつらせた。


「おやまあ、泥だらけですな。それにしてもご無事のお帰り祝着に存じます。景虎様、朝駆けは如何でしたか?」


「なかなか、有意義であったぞ。皆は各々休むがよいご苦労であった。山吉、引き続き交代で警戒をゆるめるな。外郭には土嚢を積め」


「承知しました」


 帰ってきた景虎を見ると太郎が駆け寄って来た。そして次郎や犬逹も尻尾をちぎれんばかりに振って、景虎を囲ってゆく。


「太郎、お手柄だ」


「おお……ま、任せるら」


 太郎は胸を張って、鼻の下を人差し指で擦り付けた。犬逹も誉められと知ってか、景虎と太郎にじゃれかかる。しょうがなく、景虎はしゃがんで次郎たちの首すじを順番に掻いてやった。


「あはは……なんだ次郎逹も誉められたかったのか?」


「……だ、だめら……お前クサイらろ」


 太郎はクンクンと景虎を匂ぐと、わざと鼻をつまんでみせる。


「ん、太郎ったら昔の仕返しか?よし太郎、風呂へはいるぞついてこい」


「……ま、まつろ……止めれ――」


 太郎は、否応なしにに露天の温泉まで、連行されて行くことになる。やぶ蛇とはこのことだと太郎は後で気がつくのだが、とうやら遅すぎたようだ。景虎の明るい声と太郎の悲鳴が、朝もやの栃尾城に響き渡ったとか渡らなかったとか。そこはそれ、皆さんの想像にお任せします。


―――栃尾城は勝利に沸き返っていた。しかし一時の平和は保たれたものの、敵はすでに進撃を始めている。


 景虎逹は、敵の出鼻を挫くことに成功したが、地侍らはすでに後続部隊が続々と進行中であり、いずれ報復のために、栃尾城に押し寄せるのは明白なことだった。


―――困難な山越えを決行する金津ひきいる栖吉衆は如何あいなるのか?はたまた敵の来襲を前に、景虎は座して待つ積もりなのか?


第8章・奇襲[完]


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