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第6章・緑生

壱・お虎side


 私は出家を諦めたわけではない、長尾家に生まれた因縁や、亡き父との約束を守るために一年まえ、越後に舞い戻ったのです。


 帰って来た頃の越後は、荒廃が進みあちこちで小競り合いが起こり、力なき者は蹂躙され、守る者もなく野に晒される。解ってしまったのだ。何が越後を変えてしまったのか……為政者の心が国に影響を与えているのは確実だった。


―――越後には新しい秩序が必要だと思った。しかし私にはその力がない、出来る事をやるしかないのだ。


 そして野盗退治をしている時に、弥太郎たちと出会い、孤児院を経営する事になった。孤児になった子供逹に教育を施し、次代の有用な人材に育て上げようと試みてはいる。しかし戦禍は広がりをみせ、孤児の数は右肩あがりに増え、孤児院の経営は行き詰まる。だが、蔵田との縁で上手く行きそうな気がしていた。


―――この世界に生まれ変わって、すでに13年もたった。時々思い出すのは前世の家族の事だった。もう夢でしか会えない、私がこんな大昔に生まれたと、知ったならどんな顔をするかな。


「お虎……書き物しながら居眠りとは器用だな」


「……弥太郎。違うぞ寝てはいないから……やはり寝ていたのか?」


 気が付くと私は寝入っていたようだった。書き物机にうつ伏せになって、思わず口の周りを拭いたが、紙に点々とした水痕は涎だった。ここ何日か徹夜したからな、今は内乱で長く滞ってる青苧(あおそ)の流通を狙って、計画を練っていたのです。


「まったく、お虎は根を詰めすぎだ。これは源三郎ジィさんから届いた見取り図、意見を聞かせろって言ってたな。青苧しかないあんな険しい山の中に隠れ里を作るなんて、正気か?」


「正気だ。林泉寺も手狭になったから府内組と青苧調達組に分ける。太郎も獣逹と住み処が出来て喜んでいたぞ。後はあの近辺の野武士と野盗を片付けるだけ、弥太郎そちらの手筈はどうだ」


「ああ、桑取り辺の破落戸は段蔵殿の活躍で味方に引き入れてきた。あとは庄ノ内という川賊の根城を潰せば終わりだ。しかしあれは守護の元家臣が親玉だ、潰すには偲びない」


 弥太郎は心根の良い男だとおもう、かつて野盗を生業にしていたにしては、義侠心に厚く弱きを助け強きを挫く、さすがに野盗の頭を張るだけの器量がある。彼らの事を己の境遇に置き換えて、深く考えているのだろ。


「では、潰す前に私が説得に行こう。弥太郎逹のこともある、けっこう良い男かもしれないしな」


「駄目だ!!お虎に危険なマネはさせられぬ。荒事は俺に任せておけ」


弐・虎千代side


 まんまと弥太郎を出し抜いて、私は桑取りに向かっている。最近は特に過保護になって、危ない荒事はさせようとしないのだ。丁度、書類仕事ばかりで退屈していたから、良い気分転換になると思い林泉寺を抜け出した。


―――私は、仲間の誰もが傷ついて欲しくない、まして死なせてなどやるものか、私が傷ついて死ぬ方がどれくらいましだろう。偽善だろうが欺瞞だろうが、知った事か……私が私を許せなくなるのが嫌なのだ。


 私は僧衣をまとい網代笠を目深にかぶり、錫杖ひとつを片手にやって来た。やってきた桑取りの自然は、雄大で雄々しさのなかに慈愛が満ちあふれ、己がちっぽけな存在だと気ずかせる。山々の風景はのびやかに、新たな芽生えの季節をむかえ、残雪はそこかしこに残っている。


―――いい季節だ。豊かな実りは人を人らしくし、国を富ませてくれる。越後は豊かな自然に恵まれて、人が人らしく生きられる。そんな、美しい国になればいい、いや美しい国にするんだ。


 ちっぽけな私に何が出来るのか、それは分からない。だけど、夢を叶えたいと望み、足掻いてみる事くらいは出来る筈だ。ああ、バカだな私って、こんな事くらい分かっていたのに、何に囚われていたのだろ。


―――もし私が、ここを無事に切り抜けられたら、春日山へ帰ろう。人が人らしく笑顔の絶えない国、そんな美しい国に越後がなれば、何もいらない私はそれだけで満足できる。


 雄大な自然それは神の御寵、人のことは人が力を尽くせば良い、人だから間違う事もあるだろう、その時は立ち止まり又この気持ちを思い返そう。人は数百年と生きられない、私は未来に産まれてくる子供達のために、何か夢を残せればそれが幸せなんだ。


―――戻ることの出来ない未来、そこにいるあなた達に届けばいい、豊かな自然と人の愛。きっと夢は繋がり続く、夢を担う人がいる限り、私がいなくとも繋がり続ける。


「さあ、行くか」


 覚悟を決めて一歩踏み出し、いつ果てても良いと観念して、庄ノ内の者たちが居る根城を目指した。心は軽くうきうきとして、新たな出会いはあるのだろうか、どうかそれが良い夢に繋がりますように、私と出会い彼らにも幸せになって欲しい、彼らも人ならば私も人、話せばきっと分かり合える。きっと……優しい未来はやってくる。



 お虎がこっそりと抜け出して、庄ノ内へ向かっている頃、林泉寺では弥太郎が、アイツはそろそろ諦めたのかと、茶を持って再び離れの部屋を訪ねていた。しかし、彼が訪れた部屋はもぬけの殻で、机には一枚の紙が残されていた。


「あのバカ!!直接会いに行くなんて、命知らずなことを平気てして、まったくアノ頑固者めっ」


 くしゃりと書き置きを握り潰し、何故一人で出掛けたんだと呟いて、弥太郎は取るものも取り敢えず、お虎の後を追いかけようと、必死の形相で走りだす。途中、見掛けた林泉寺の小坊主をつかまえて、連絡を頼むと言いおいて厩舎へ向かい、馬を借り桑取りを目指した。


「お虎――、俺を置いて往くな、何処までも着いて行くと決めたんだ」


―――間に合え、間に合ってくれ。アイツは俺たちの未来にとって必要な奴なんだ。こんな所で死んで良い奴じゃない……頼む間に合ってくれ。


 庄ノ内を睨んで5キロほど手前、仲間が陣地を組んでいる場所へと、弥太郎はたどり着いた。乗ってきた馬は、かなり無理をして飛ばしてきたので、大量の汗をかきバテているようだった。弥太郎は労るように馬の首を、ひとなですると飛び降りて、仲間へと声をかける。


「お虎が、一人で説得しに庄ノ内に向かった!!」


「……な、なんだって、そりゃ大変だ!!どうするんだよ」


「おい、何で止めなかったんだよ!!」


 皆の責めるような眼差しにも、弥太郎は寡黙に口を引き締めて、言い訳ひとつさえせずに、黙々と庄ノ内へ助けに行く準備を始める。みかねた戸倉与八郎が、陣地の仲間をなだめ指揮をとり、庄ノ内に踏み込む手筈を整えた。


「弥太郎、こっちの準備は整った。俺たちの若様を迎えに行こうぜ」


「すまない与八郎、みんな悪いが俺に付き合ってくれ……」


「オラ、弥太郎ショボイ顔すんな。そんな顔したら置いて行くぞ」


「ああ、源蔵行こう」


 彼らは、荒んだ毎日から救いだし、未来の夢を与えてくれたお虎を、なにより大切にしていた。だから、無謀な賭けであっても、彼を救いだしたいと願うのです。


 そして彼らは、手に手に武器を携えて陣地を後にした。目指すは5キロ先にある庄ノ内の根城、固い決意を胸に秘め皆の心はひとつになる。


―――お虎、頼むから無事でいてくれよ。俺がいる限り、お前を絶対死なせてやらないからな。


第6章・緑生[完]


 こんにちは有坂です。現地取材に向かったので、投稿が遅くなり申し訳ないです。文章も短くなって、区切りの良い所で旅先より投稿しました。悪しからず、ご了承下さいませ。


 霜月さま、評価感想ありがとうございました。また、本日テンジさまより嬉しい評価感想を頂き、ありがとうございます。自宅にたどり着きましたら、ゆっくりとレスを付けさせて頂きますのでお許し下さいませ。


※注意※

 大河でもありました桑取りの話しは、歴史的資料には確認できません、恐らく原作者さまの創作になると思います。

 しかし有坂的には良い話しだなと心に残っていたので、謙信公の場合を想定してお話しを作りました。これは、あくまでも架空の物語、笑って許して下さると有難いです。



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