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第2章・朋友


 春日町の一角で、蔵田と源三郎の密談が行われているころ、知るよしもない林泉寺のお虎はどうしているのでしょう。


「は、はくしょん」


「んっ……風邪か?いつまでも俺の膝になついているからだぞ、ガキだな」


 今まで、奇妙な縁で知り合った小島弥太郎(こじまやたろう)の膝を借りて横になり、お虎は上杉定実から来た手紙を読んでいた。あいかわらず、お館様らしく隠居したいとボヤき、たまには顔を見せろと言う、たわいもない手紙だった。


「いや、誰か私の噂をしているらしい」


「噂ってな……お虎、お前何かした?」


「私が何かしなくとも、災難は向こうからやってくる」


 ほら、と謎な答えを弥太郎にかえし、今まで読んでいた手紙を、赤鬼のような太い眉毛を寄せて悩む弥太郎に手渡すと、やおらムクッと起き上がり、背中を丸め無邪気に笑いだす。


「ククッ……定実殿らしいだろ。木戸はあけてあるから、垣根はやめろと手紙が来たぞ!久しぶりに菓子でも頂きにいくかな」


「定実殿って?……おいそれって守護様じゃなかったか?それよりお虎、菓子って何の意味だ?お前の言うことは俺にはサッパリ分からん」


 お虎はうんと大きく背伸びをすると、答えるつもりもなく縁先へと歩みを進める。そんなお虎の後ろ姿を弥太郎は視線で追いかけるが、諦めたようにため息をついて、上杉定実の手紙に目を落とす。


「……守護殿から手紙を戴くなんて、お前はいったい何者なんだ?」


「私は、ただの林泉寺のお虎だ。何者にも成る気などない」


 お虎の内心では、またぞろ春日山に引き戻そうと、誰かの思惑が動きだした感じがして嫌だった。なぜか虫網にジワジワと絡め取られるように、身動きさえ出来なくなる予感に恐れてさえいる。


 弥太郎は守護から親しげに手紙をもらう、お虎の素性をまったく知らされずにいた。だが、なんとなく良い所の生まれじゃないかとは、薄々気がついている。この弥太郎という男、元は為景公に弑された前の上杉顕定の家臣で、最後まで守護と共に戦った小島家の総領息子だった。


 今では、落ちぶれ領地も持たず、縁者を養うのにも難儀している。彼は大きな体躯を持ち武芸の腕も抜きん出てはいるが、いまさら敵方に奉公しようとは考えていない。


弐・弥太郎side


 この林泉寺のお虎は、驚くほど交際範囲が広い、それも越後の実力者逹から町人、百姓まで様々だ。皆に人気のある美貌のお虎は、以外と人使いが荒いとおもうのは俺だけか?


 だからといって俺は、お虎の側を離れる意思はさらさらない。お虎の隣は、なぜかとても居心地が良い。お虎の内在する危うさを知ってからは、なお目が離せなくて過保護になった。


 初めてお虎と会ったのは、まだ俺が野盗まがいの頭を気取っていた時のことだった。元々、俺は有力な国人衆の長男に生まれ、俺の家は度重なる守護代為景との戦にまけて没落してしまった一族のものだ。


 そして父母を先に亡くしてしまい、残った家臣や頼る一族を支えるために、俺はしかたなく野盗に身を落とす。家臣や一族のなかで腕に覚えのある者を引き連れ、あちこちの村をおそうのが日常茶飯事になっていた。


 ある日いつものように村を襲っていた俺たちは、変に大人びた目をした僧形のお虎に遭遇した。まあ今から思い返すと、アイツに会ったことが運のつきなのた。年端のいかぬ小坊主に何が出来ると馬鹿にして、お虎を7人程で取り囲んだ。


「かような殺生働きをするなど、そなたらは虚しくならないか?」


「ふん、小坊主の分際で舐めた口をきく、ねえ親分」


 その頃の俺は、思い返すとヘドがでるのだが、すでに野盗稼業にどっぷりとつかり。正論をふりかざす、切れ長の目元もすずしげなお虎を、憎み苛ついた目で睨んでいたと思う。


「俺達だって、好きで野盗になった訳じゃない。そんな減らず口叩けないようにしてやる!!おい皆、やっつけて思い知らせてやるんだ!!」


 俺達は、すさんだ目付きで抜刀し小坊主のお虎を取り囲んだ。だがお虎は、動じる気配すらみせず、哀れみのこもった悲しそうな目で俺達を見回した。


「……そうか、野盗とは哀れなものだ。こんなに荒れ果てた世の中でなければ良かったのに」


「だまりやがれ、小坊主ずれが偉そうなんだよ」


 お虎のいいざまに頭にきた手練れの秋山源蔵(あきやまげんぞう)が、怒りのままに切りかかり、皆も源蔵に続いて間合いをつめて殺到する。かっては武士だった腕に覚えのある俺達にとって、無力にみえた小坊主などすぐに切って捨てる自信があった。


参・弥太郎side


 ところがだ、どうした事か一瞬にして5人の仲間が、手傷を負い地に倒れていた。ただ一人平然と立っていたのは、血のりのついた刀を片手にした小坊主だけだった。


「このクソが、仲間に何をしやがった!!」


 信じられない光景に頭に血がのぼり、参謀格の戸倉与八郎(とくらよはちろう)が、止める間もなく小坊主に切りかかる。与八郎の力押しに圧する刀は、華麗な剣捌きで受け流され、タタラを踏んだ所へ、一撃が加えられあっさり倒された。そして俺をみて薄く微笑んだお虎に、はじめて戦慄をおぼえた。


「そなたに問う、なぜ野盗になった?」


 刀を突き付けて、この場に至っておきながら、なお切る様子も見せずに俺に質問する。とんでもなく変わったお虎に、俺は半ばやけくそに叫んで答えた。


「俺たちは元上杉家の家臣、為景との戦に破れ没落した一族だ!!幼い子や一族の者を生かすために、俺たちが野盗に成り下がるしかなかったんだ!!」


「……そうか、すまない。怪我人の手当てをするぞ。そなたも手伝え」


 あっさりと謝るとサッと刀を鞘にもどし、懐から塗り薬やら白い布きれを出す。まさか、こんな場面でいきなり刀を引いて傷ついた者の治療にあたるとは……まして何に謝るのだ。俺は毒気を抜かれ呆然と刀を抜いたまま立ちつくす。


「なんだ、まだ仕合たかったのか?野盗の頭」


 治療の途中で振り返えると、からかい口調で声をかけるお虎に、俺は呆れて少し肩を竦めると刀を鞘におさめた。なんだか、コイツには敵わないと思った。


「盗賊の頭などと呼ぶな、俺は小島弥太郎という名がある」


「……ふうん、弥太郎か。じゃあこの男の傷にこの薬を塗ってやれ」


 お虎は、傷ついた仲間を嫌な顔ひとつせずに、迅速に手当てをする。でも、なぜあれだけ剣の腕がたつのに、手傷だけで殺さずにいたのだろ。俺たちの常識に当てはまらない、件の小坊主をしげしげと見つめていると、不意に声が掛けられ戸惑った。


「そんなに殺してほしかったのか?」


 お虎は、まるで俺の考えを読んだかのように問いかける。俺は思わず顔を硬直させて首を横にふっていた、おそらく顔は真っ赤になってたと思う。そんな俺の顔を見て、お虎は思わず忍び笑いをもらした。


「……な、なんだお前。人が悪いぞ」


 ずいぶんと年下の小坊主は変に人が悪い、まるで数百年生きた老人が、まだ年若い若者をからかうような雰囲気をもつ。



「おい坊主、こっちは無事に避難させたぜ。……何してやがる」


「んっ……段蔵さんか。見れば解るだろ。手当てをしてるんだ」


 段蔵は刀の鍔に手を掛けたまま、弥太郎たちを用心深く睨み付けた。なんだか身のこなしが、只物でない雰囲気にその場に緊張が走る。


「ああ、弥太郎この人は味方だから気にするな」


「……いやしかし俺達は野盗してた方で、つまり……」


 だいたい弥太郎たちは、野盗なのだ。気にするなと言われても気になってしまうのが道理だ。俺達は訳が解らずおかなしな顔をしていると、段蔵が刀から手を離し肩をすくめた。


「そうそう、そうゆうこった。まさか野盗ふぜいを助けるとは、呆れてものが言えないがな」


「ふふっ……たまには、こんな事もあっても良いじゃないか?段蔵、村の人を返しても良いよ、もう終わったと伝えてくれ」


「チエッ、わあったよ。それで坊主はどうする」


「気の毒をしたから、彼らを送って来るよ。心配はいらない、もう私に手出しはしないだろうさ」


 年かさの男に平気でタメ口調で話すお虎に、弥太郎はコイツ何者なんだと太い眉毛を寄せて考え込んだ。やる事なす事、変わっている小坊主で、見た目は細っこいが、剣筋は冴えざえとして迷いがなかった。


「まあ、いいだろう。そこの大男!!うち坊主、ちゃんと送って来るんだぞ!!」


「……あ、うん」


 何故かわからないが、段蔵のあまりの剣幕に、弥太郎は何度も頷いた。お虎はよほど、大切にされているのだと雰囲気でわかったが、内心は釈然としない思いで段蔵を見送っていた。


「おい、あいつ何者なんだ?」


「さあ、あれ変わり者じゃないのかな?そんな事より、いい加減手伝ったらどうだ」


 噛み合わない会話に、弥太郎は肩を落とし、小坊主の逆らえない雰囲気に、唯々諾々と仲間の手当てを手伝った。お虎にしても、若様じゃないのに、いまだに世話を焼く軒猿のことを、変わり者の集まりと呆れて好きにさせている、おおよそ(まと)ハズレな答えでもないのだが……弥太郎としては符に落ちないのは当たり前の事だった。



 そうして、お虎は弥太郎たちを、隠れ家まで送ってきた。彼らの隠れ家には一族郎党あわせて、およそ40〜50人程になる大所帯だ。そして半分以上が年端もいかない子供ばかりで、お虎はたいそう驚いてた。


「子供逹ばかりだな?」 


「ああ、子逹はみなお頭が連れて来なさるんでな、仕方なく養っていたのよ」


 帰る道中で、風変わりな小坊主と馴染んだのか、源蔵が気安く答えを返す。言わなくて良いのにと弥太郎が睨むのもお構無しに、平気でペラペラと話してしまう。


「ふうん、弥太郎殿はなかなか良い奴なのだな」


「おい、殿は付けなくていい、源蔵は口が軽すぎる」


「よし、決めた。お前逹、私を手伝ってみないか?ちゃんと給金はだす」


「な、なんだ薮から棒に……給金って……」


 弥太郎逹は一瞬戸惑ったが、この風変わりな小坊主の事を何だか気に入って、話しだけは聞いてやろうと言う雰囲気になっていた。いや、まごうかたなく強き武に惹かれるのは、侍だった彼らにはありえる事だったのだろう。


「孤児院をつくるのだ」


「おいおい、寝言を言うなよ。そんなもの直ぐに作れる筈がない」


「な、なんで俺達が孤児院を手伝うんだ?」


 おおかたの意見はマユツバな話しと受け取り、不服そうな顔をするが、頭の弥太郎だけば真剣に考え込んでいた。そして、お虎は弥太郎を伺い答えを待つ。


「出来るのか?」


「出来る!!私に任せろ」


「なら、俺は話しに乗る」


 いつもは、皆の意見を聞きながら一人勝手に決めたりしない弥太郎だったが、この時は様子が違ってた。真剣に受け答えして、己だけで答えをだした。仲間も頭の言う事なので、仕方なく従う事にした。


 やがて、お虎は林泉寺の敷地を借りて、言葉どおり早々と孤児院を建ててしまうのだが、呆れたのは弥太郎以外の仲間逹で、頭の弥太郎は当然と言う顔をしてたとか、後で与八郎が皆に語って聞かせている。


「弥太郎、そろそろ皆が畑から帰って来る頃だな」


「ああ、迎えに行くか?」


―――お虎は、子供逹がたいそう好きらしい。何だか正体不明の奴だが、そういう所が信頼出来ると俺は思っている。コイツは俺らを何処に連れて行くのだろう、妙にこの先が見たくなった。変わり者と言われようが、一生付きまとうつもりになっていた。


第2章・朋友[完]

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