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第5部・絆編☆第1章・斜陽

○―――第5部・絆編―――○


第1章・斜陽





 すこし話しを戻し当時の越後事情を振り返りますれば、為景公の死去後、天文6年(1537年)およそ一年ぶりに守護の上杉定実が、守護に返り咲いた。それは、越後における動乱をいち早く押さえるために、穏健政策として行われた。


 その背景には、春日山方が守護の甥である上条をはじめ、揚北衆の武力を警戒したことによる。やがて、越後国内は政局が二元化するようになる。


 その事により守護方の勢力を今以上に固めるために、鳥坂城主中条藤資が暗躍し、同年に奥州伊達家より時宗丸を養子を迎える話しが決まっていった。


 しかし、この養子問題は波紋を呼び上条方の間でも、賛否両論が現れた。中でも強硬に反対をしたのは、本庄である。彼の城は奥州と隣接する地域にあり、隣国の主が風上に立つのを嫌い、反乱を起こして抵抗した。


 天文八年(1539年)ついに揚北衆の結束も乱れ、中条による本庄城襲撃が行われた。そんな越後の内乱のさなか、奥州伊達家でも養子縁組みに反対する家臣の抵抗が激しくなり、この養子縁組みは、無にかえされることになる。


 また一方の春日山城でも乗っ取りが企てられ、晴景派閥と思われていた河合親子が反旗を翻す。あわや、春日山城乗っ取り寸前に、河合に同調していた柿崎景家の返り忠(元の主に寝返る)により、ことなきを得て河合親子は敗走することになった。


 かくして、越後国内は乱れに乱れゆく、守護代の長尾晴景の醜聞もあり、打ち続く飢饉にも国策が二転三転して対策がとられることがなかった。そんな二極化した支配体制下では、税が何倍にもはね上がっていき、やがて越後の民からも見放されていく事になる。


 そのことで春日山方が支配のおよぶ範囲も、しだいに狭くなりやがては府中春日山付近の治安のみに終始するようになり、食いあぶれた民は野盗になり、おちぶれた侍たちは野武士集団となり村を襲う、そのような不穏な輩が闊歩する地域となっていった。


―――まさに、為景公以来の治世の礎はうしなわれつつあった。



 さて当時、春日山のふもとには春日町と呼ばれる城下町が広がっていた。直臣団や側近馬廻り衆、商人、手工業者らが(のき)を連ねていた。しかし、そのような時勢のなかのこと往時の活気もなく、全国からやってきていた商人たちは、関税が値あがりし治安の悪さも手伝って、次々と越後を去っていきつつあった。


「おい、聞いたか?あのバカ殿、また派手に女狩りをやりやがったぜ」


「ほんとうかい。相変わらすヒデェこったな、城も家臣に乗っ取られかけたそうじゃねえか、あんなゲス野郎じゃ長尾も終わりだなぁ」


 春日町の一角、うらぶれた酒場でくだをまく男逹、彼ら荷担ぎ人足は、お(たな)が減って仕事にあぶれ、昼間っから酒場でくだをまいていた。そんななか、彼らの話しを聞いて、怒りだす常連の飲んだくれ親父。ガダンと空いた酒瓶がひっくり返す。


「るせー―、長尾は終わらねぇ!!あの方が居るのに終わったたまるか!!」


「なんだと――!!酔っぱらいのくそジジイに言われたかない!!そんな奴が居やがるなら引っ張ってこいよ、えっジジイ」


 毎度のごとく喧嘩がはじまる。この酒場にいる連中は、みんなケンカを見慣れている。だから関わりになりたくない奴は、さっさと端へと非難したり、面白可笑しく囃し立て野次を飛ばす。


「いいぞ、もっと遣れ――!!」


「ああ、ケンカなら外でやってくろ。店が壊れるう――」


 一触即発、罵りあいが始まり最後には、つかみあいの乱闘にまで発展する。いつもお決まりのパターンに、店主はオロオロと外に出てやれと喚きたてる。だけど今日はなんだか違ってた。一人の男が、ケンカを始めた人足に近寄った。


「まあまあ、お兄さん方。あんな狂言信じてケンカしちゃ、もったいないですよ。ここは一つ、手前に免じて手を引いてはどうですか?」


「んっ……越後屋の旦那。こりゃどうも」


 越後屋の旦那と呼ばれる男は、柔らかな物言いに反して、およそ商人と言うには、似つかわしくない迫力のある眼光と、ガッチリとした身体つきをしていた。そして、旦那と呼ばれた男は、そっと彼らに小金を握らせ黙らせる。


「飲みなおして下さいな。このジィさんは、手前が連れて帰りましょう」


「なんでぇ――、俺はまだ飲むぞ!!酒持ってこい!!」


「はは……そうですか、なら今の事詳しく聞かせて下されば、うちで酒を飲ませて差し上げます。そら立ってください」


 この旦那、物腰が柔らかい割に、力があるのか酔った男を楽に肩に担ぎ上げ、お騒がせさまと愛想を振って酒屋を出たのだった。


参・蔵田side


 まったく良いひろいものをした。昨日は越後の旦那衆で寄り合いがあり、手前も新参者ながら呼び出され、しぶしぶ集まりに出掛けていった。


 越後の商人の座に集う旦那衆は、日増しにその構成員を失いつつあった。そのなかでも大店(おおだな)の多くは、いち早く越後を見捨て他国へと出ていった。残ったのは、出ていく力もない小さな商いをするお店か、手前のような新参者しか居残らなかったのだ。


 話し合いは、無駄に終わり商人の司さえ決まらずに、話し合いはお開きとなった。だれが貧乏クジなど引くものか、商人の司も越後が安定化すれば旨みがあるが、先行きが読めなさすぎる。帰りがけに酒場に立ち寄り、手前は一杯引っ掛けて帰ろうとしていた。


「長尾は終わりじゃねえ!!」


―――こんな言葉を正気で吐く奴が、いまだに居ることに驚いた。そして話しの続きが妙に聞きたくなった。


 そして手前は、少しの金を喧嘩を買った男に渡し、そんな発言をした件の酔っ払いジジイを店に連れて帰った。かつてより、働く者の人数が少ない店内を見渡して、件の酔っ払いは悪態をつく。


「なんでえ、不景気な店だな。俺に飲ませる酒は、本当にあるんだろうな」


「ああ、ちゃんと用意するさ。佐野助や上物の酒をたんと買うてこい、お代はつけにして貰えよ」


「旦那様、ツケは無理でございますよ。最近じゃツケでは売ってくれません」


 手前は佐野助の言い様に、あやうく舌打ちしそうになりながら、しぶしぶ懐から金をだして渡した。為景公存命中は、派手な商いをして越後各地に出店を出していたが、最近の治安の悪さから、出店もたたみ春日町の本店だけにして凌いでいた。税も高くなり、実入りも格段に悪いので、よけいな出費に舌打ちもしたくなる。


―――このジジイ、本当に長尾家の内情を知ってるのか?店に利益となる事なら、身銭を切ってやってもいいが、ロクでもない話しなら叩き斬ってやる。


 そんな事を内心では考えていたが、おくびにも出さず対応する。手前だって元は伊勢の武士だ、商人風情になっては居るが人を斬る腕は鈍ってない。


「すぐに上物の酒が届きますよ。まあ、一先ず奥で話しの続きを頼みます」


「チッ、酒呑んでからじゃなきゃ話せねえからな」


 上手く奥へと誘導していく、件の酔っ払いはさそわれ、疑うこともせずにホイホイ奥へついてきた。


四・蔵田side


「さあ、続きを話して下さいませんか?ああ、まだ名も伺ってませんな、貴方は何者でいらっしゃる」


「フン、酒がないうちは喋らねえ」


「困りましたね、では手前から素性を申し上げましょう。手前は、元は伊勢神宮の御師(おし)でした。名を蔵田五郎左衛門(くらたごろうざえもん)と申します。かつては都で公家衆相手に商いをしておりましたが、打ち続く戦乱に嫌気がさして、生前の為景公の威風を聞いて、越後でお店を始めたばかりの新参商人でございます」


「ふ――ん」


 件の酔っ払いは、妙に偏屈なジジイだった。酒が無いと口は軽くならないようで、どっかりと胡座をかき自分の家のように、気のおけない振る舞いをする。我が家は、これでも大店の商人(あきんど)のつもりで、奥は贅沢なしつらえになっている。


―――普通の男だったら、豪勢な部屋のしつらえに、縮こまって萎縮するだろうに、このクソ度胸はなんなのだ。


「ほほう、ここは手の込んだ作りになってるじゃねえか。この床柱が、気に入ったぜ!!俺は源三郎という大工の棟梁だ!!かつて為景様のもと城勤めをしていてな、工部の親方なんぞをやってたんだ」


「ふむ、成る程」


 どこが気に入ったのか、我が家の床柱を丁寧に撫であげ、酒もないのにペラペラと喋りだす。どんだけ偏屈者なのかと呆れ果て、源三郎の言うがまま、ふむふむと合いの手を打ち聞いていた。


「俺が言ってたのは、為景様の秘蔵っ子で、栖吉の総領息子のこった」


「ほほう、栖吉の総領はたしか長尾房景様の跡を継いだ越ノ十郎景信さまでしたかな。あの方が為景様の秘蔵っ子ですか?」


「あ――、馬鹿かお前。あの景信って奴は栖吉長尾傍流の使い走りよ。直系は栖吉のお虎って呼ばれた虎御前さまだぜ、覚えときなよ。笑われるぜ」


 この源三郎は、城勤めしていただけあって長尾家の内部事情にやたら詳しかった。そして為景様の秘蔵っ子の事が知りたくなり、先をうながした。


「で、為景様の秘蔵っ子とはどなたの事でしょう」


「そんな事も知らないのか?あれだあれ……神仏がえらばれし、定めの神子さまよ」


「ああ、それは十年前位に騒がれた、為景公の末子で虎千代様とか仰いましたな。あの方が本来の栖吉の総領息子ですか、なるほど。しかしあの方なら、すでに出家されたと噂に聞き及んでますが、春日山にまだ居られるのですか?」


 そうして深いところまで問いかけると、源三郎は急に黙り込んだ。



 源三郎は、あれ以来酒が入ろうともちっとも喋ろうともしない。そこで蔵田は話しを違う方向に持っていく事にした。


「それにしても晴景さまのご乱行には困ったものですな。女を囲うどころか寵童(ちょうどう)までも侍らせているとか……長尾も終わりでしょうな」


「るせ――!!長尾は終わりなんかじゃねえ。今に虎千代さまが、春日山へ帰ってきなさる。賊徒どもは、又虎千代さまに殺られて、逃げていくに決まってらあ」


 かかったと内心喜んだ蔵田は、膝をすすめて虎千代なる者の動向をさぐろうとした。


「ほう、凄くお強い方なのですね。しかし又とは以前にも同じ事がありましたか?」


「あっ……これは内緒だそ。いいか虎千代さまが七つの頃の戦を知ってるか?あの上条に勝った戦だが、あの見事な勝ちっぷりは、晴景なんぞの手柄でなく、虎千代さまの手柄なんだぜ」


 そうして源三郎は、虎千代さまの事を自慢気に話しだす。それはもう、たっぷりと身振り手振り、微にいり細にいり詳しくかつ饒舌に語った。語り終わった頃合いをみさだめて、蔵田が質問をはじめる。


「本当に帰って来なさるんですか?なんだか話しを聞くと、相当晴景さまに恨まれてるようで……あの晴景様が戻してくれるのでしょうかな」


「あたりまえだ、殆んどの春日山城の重臣たちは信じてるんだ。虎千代さまが帰られるまでの辛抱だって言ってなさる」


「ははあん、だからこんなに劣勢でも、まだ春日山城は以前と同様に確りとしとられるんですねえ」


 蔵田は、おおよその察しはついたと納得するような顔付きをする。そして一計を案じる。……もし長尾家がまた再生するなら、賭ける価値はあると判断をくだす。


―――これは全財産を投げ売ってでも、虎千代さまなるお人に賭けてみよう。それが転機となる筈だ。


「源三郎さん、いや棟梁!!この越後屋の蔵田五郎左衛門、虎千代さまのお味方になりたく存じ上げます。ぜひ虎千代さまにお取り次ぎくだされませ」


 そう言うと、源三郎に深々と頭を下げた。ビックリしたのは棟梁の方で、酒気も抜けたように呆然と蔵田を見つめた。


「……い、良いけどよ、変わった男だな、お前さんも」


「そうですか、これでも商才はあるんですよ。けして虎千代さまに損な事にはなりません、ひとつ宜しくお願い申し上げる」


―――そんなこんなで越後屋の旦那である蔵田は、虎千代に興味を抱き、源三郎の仲介で会いに行くことになる。出家を志す虎千代にとっては、迷惑きわまりない展開に発展しそうな予感がします。


第1章・斜陽[完]

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