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第4章・余波


 春日山城にある虎千代の寝所へと、やってきた段蔵は床板をはずして、目的の物を探そうとしていた。しかしその時、お扇が現れ声をかける。


「ふふふ……なにしてるんだい段蔵」


「ああ……見りゃ分かるだろう。あの坊主が、蓄えを持ってこいてさ。まったく人使いが荒い奴だ!!」


 ああアレとお扇は気がついた。しかしお金なんか何に使うのだろう。そんなに林泉寺では困っているのかと奇妙な顔をする。


「おかしいね、若様は何に使かわれるんだい」


「風呂に入りたいとさ」


 段蔵はしぶしぶながら、若様とのやり取りを話しだす。お扇は、あっけに取られ笑い出した。


「ふふふ……若様らしい。あの方は、いつも身綺麗にされていたからな」


 事実、この春日山に於いても、虎千代は毎日か各日に岩風呂に入っている。夏場は水浴びを何度もして、常に身綺麗を保ってたらしい。この時代の人々は、そんなに身綺麗にする者は少ない。第一風呂なんて、庶民には贅沢極まりない事なのです。


 元、現代人だった虎千代にとって、身綺麗にすることは当たり前の行為、まして歯も毎朝毎晩手入れをしてました。そして周りの家臣も主にならい、出来るだけ身綺麗を心掛けていたものです。


「蓄えと言っても子供がする蓄えなんざしれてるさ。それなのに、何でこんな厄介な隠し方をしてるんだよ、まったく」


「ふふふ……開けてみりゃわかるわよ。若様は並みの子供じゃないって事がね」


 段蔵は、意味不明なお扇の言葉にチッと舌打ちし、なんとかそれらしい物を持ち出した。開けてみてビックリ、厳重に封をした一抱えもする木箱が2つもあらわれた。


「こりゃ一体どうゆう訳だ。あのガキ何をしてやがった」


「ふふふ……だから並みじゃないのさ。なんだか隠居所を立てるとかで、戦の常備食を作っては、売って稼いでいらしたのさ」


 木箱の中身はすべて砂金と金銀の塊、両手一掬いだけでも普通の下級武士なら、一生遊んでくらせる額なのだ。


「なんちゅうガキだ。隠居所どんだけ建てるつもりなんだよ!!これだけで3つも4つも建っちまわあ」


「さあ、私たちとは金銭感覚が違ってらっしゃるからねえ。さっさと持って行っておやりよ」


「この世の中、なんか不公平に出来ていやがる……」


 段蔵は、ブツブツと文句を言いながらも、木箱を2つをどうやって運ぶか思案する。



 その頃、直江の手元には林泉寺の光育より文が届いておりました。その内容を目にした直江は、驚きと落胆でガックリと肩を落としていた。


―――やはりあの方は、『神仏がえらびし、定めの神子』だ。戦嫌いと言うのは、あの方の本心だった。


 わしらの我が儘勝手に思い込んでいたことは、さぞお辛いことだったに違いない。もし、平和な世なら立派な僧侶に為れたのに、ことここに至り若様にお立ち頂かなくては、越後は再び動乱の時代に逆もどりになる。


―――不憫な方だ。


 あの方に功名心など欠片もない、ないが故に越後の主にふさわしいのだ。たとえ、あの方を傷つけることになっても、引きずりだしてでも越後の主にせねばならん。さぞ、若様には恨まれるだろう鬼と呼ばれてもいい、これがわしの使命なのだ。


―――この忠誠、かならずや永久に虎千代さまだけに捧げ申す。それにて、どうかお許しくだされ。


「直江の旦那、どうしたんだい暗い顔など珍しいな」


「んっ……段蔵。お前林泉寺に行ってたのではないか?それとも若様に何かあったか」


 いいやと首を振る段蔵だが、今ごろなんだといぶかしんだ。そして、段蔵は何やら一人で愚痴りだす。


「あいつは喰えない奴だ。ぐっすりお宝を隠していやがった。最近のガキは生意気だな」


「おいおい段蔵、意味の分かるように話してくれ」


 ああと頷いて段蔵は、今までの成り行きを話しだす。落ち着いて聞いていたが、途方もない話しにわしでさえ知らずと頬がゆるんでた。


「あはは……それはそれは大変じゃな段蔵。分かったついでに城の炭や薪を都合してやろう、それと一緒に運び入れてはどうだ」


「おお、旦那頼んだぜ。まさか、こんな大仕事になるとはな。喰えないガキはキライだぜ」


「それに、工部の親方が職を失って難儀をしている。若様の風呂を建ててくれるよう頼んでやろう、あの偏屈ジジイも喜ぶだろう」


 若様のためなら、次々と必要な手配りが先々と浮かんでくる、己のげんきんさを笑ってしまう。ヤニ下がっていると、段蔵が不景気な顔でわしを眺めた。


「旦那は、若様に相当イカれてるな」


「おお、惚れて悪いか?」


「俺の周りの奴は、アイツに骨抜きな奴ばかり。ああもうやってられん!!」


「大丈夫。そのうちお前も若様に惚れ込むさ」


 段蔵は、チッと舌打ちをして手配りに戻っていった。そしてわしは、新たな計画を頭に浮かべ、上杉のお館様に会って来ようと考えていた。今のうちに若様の地盤をしっかり固めなければ、有無を言わせず若様を越後の主とさせる為に苦労は惜しまん。


参・虎御前side


 直江と時を違わず青岩院にも、光育禅師より文が届けられた。文を読んだ青岩院は、ひとり観音菩薩象と向き合っている。


―――出家したいとは、まさしくあの子は、『神仏がえらばれし、定めの神子』じゃ。ならば、越後の王となる予言も叶えられてしまうかもしれん。


 不思議な僧と、再び会ったあの時に、あの子の行く末を言い渡されていた。これは、亡き我が殿との間の秘密なのだ。


『かの者は天翔ける龍の雛なり、いずれは越後の王となる者。良く仏道を学ばせ、日の本の御国における東北の要と導かれたし。このこと神の心算にあり、余人には決して漏らすべからず』


 そのように二人して聞いていた。我が殿は、あまりお信じではなかったが、妾は心の内で密かに信じておった。いま、この言葉が重くのし掛かって来るわ。まさか、自ら仏道を修める気になるとは不思議なことよ。


 ただの越後の王ではないのだ、天下の要を任せると仰せられたあの方は、刀八毘沙門と名乗られた。この事、やはり光育にも知らせおいた方が、良いのではないか?


―――神仏が定められた運命の子、虎千代あなたは出家しても、その運命からは決して逃れることは出来ないのです。我が子ながら不憫なことよ。


 青岩院は、ひとつため息を吐くと、虎千代が出家の決意をしたことを、栖吉に知らせる事にした。その一方で光育に予言の内容を伝える決意をしたのでした。


「荻野、文をしたためる準備を頼む。後ほど、お扇に来るよう使いをだせ」


「はい、承知しました」


 そして、青岩院は書状をしたためる。その時にバタバタと高い足音を響かせて綾が駆け込んできた。


「母上、聞いてください兄上ったら酷いのです。父上の喪も明けぬうちに、上田に嫁に行けと言うのですよ!!」


「なんと、そなたはまだ九つになったばかり、何を考えていやるのか?安心いたせ、この母がおる限りそんな勝手は許しません」


 晴景殿の魂胆は見え透いておるわ。どれだけ栖吉を嫌えば気がすむのだろう、栖吉と上田に競わせようとの腹積もりか?まだ幼い妹を道具とするとは、俗物め許るさぬ。


 泣き崩れる綾の背中をそっとなで、虎千代の為になら上田に嫁にやる事も出来よう。しかし、晴景の保身の為になぞ、誰が嫁にやるものか?せいぜい足掻くがよい、いつか吠え面かかせてやるわ。



 そして青岩院から栖吉城にも急報が届けられていた。これも又、光育の書状の内容を知らせるものである。


 為景の葬儀いらい、栖吉長尾の房景は床に伏していた。腰痛はいつもの事だが、この度は胸の病まで併発していた。そんな時に届いた書状は、なおさら衝撃をもたらした。


「誰かある、わしゃ林泉寺にまいるぞ。虎千代に会って来るのじゃ」


「あなた様、そんな身体では、林泉寺まで行くのは無理で御座います」


 奥方に止められようが、頑として行く気満々な房景に、皆は閉口していた。とりあえず直ぐさま、謹慎中の金津新兵衛と、栖吉の出城である栃尾城の城代、本庄実乃を呼び出すことにした。


「奥方様、謹慎中の某まで、お呼び出しとは何事ですか?」


「ああ、よう来られた。済まぬのう金津、先ずはこの書状を見てはくれまいか」


 金津は、拝見しますと青岩院からの書状をといた。みるみる顔色が変わる金津に奥方は驚いている。そんな時に、もう一方の本庄実乃が、遅れて駆け付けてきた。


「奥方様、遅うなって申し訳ござらん。おや新兵衛、そなた謹慎中の身だろ?」


「ああ実乃も呼ばれたのか?謹慎などと悠長な事は言っておられん。すぐさま若にお会いせねば」


 金津は、ホレと言って青岩院の書状を実乃に手渡した。夫と同じような反応をみせる金津を不審そうに眺める奥方は、話しを切りだした。


「二人とも、よう来られた。話しは他でもない、我が殿は娘の書状をみて、矢もたても堪らず虎千代に会いに行くと仰せじゃ。しかし病に侵されたお身体、無理はさせられぬ。そこでそなたらに相談しようと呼び寄せたのじゃ」


 実乃は、書状を読んで首を傾げていた。若様は遊学のために林泉寺に行かれたのではないか、いまさら出家すると言われても栖吉衆は納得しないだろう。


「実乃、俺が林泉寺に行ってくる」


「新兵衛、無茶だぞ。お前謹慎中じゃないか?拙者が行って来る。新兵衛は待ってろ」


「ふん、我が主のことだぞ、某が行かねばどうする。それに実乃では若を止められぬ」


 何を言うと二人で口論を始めてしまう、間に立たされた奥方はため息を吐き、二人の侍を宥めるのだった。


「二人の気持ちは分かった。じゃが私は虎千代が栖吉を継がなくても良いと思おている。我が孫には、好きな道を行かせたい」


「奥方様、何をおっしゃいます。栖吉長尾は虎千代様がお次になるべきですぞ!!亡き為景公もそのように仰せでした」


「実乃は、小さい。若は越後の王となるのだ。栖吉じゃなんじゃと言う前に、若の定めは越後の王でしかない。元から、そのようにお生まれよ出家など某がさせぬわ」



 金津の剣幕に奥方も、実乃も戸惑った。まさか虎千代に越後をとらせる腹積もりなのだと、いまさらながらに気がついた。


「それは、我が殿も承知の上か?」


「しかり!!直江実綱、軒猿の頭領、光育禅師など同士もたくさん居ります。これは亡き為景公の予言でもある」


「なんと、直江様までが……そのような予言があったとは」


 為景公の予言に始まり、虎千代を越後の王とするために、あの実利主義の直江実綱でさえ、加担しているのかと、なおさら奥方や実乃は驚いていた。


「房景様が、病床にあるのなら、事情を知る某が行かねばならぬ」


「新兵衛、その仕事を拙者にゆずれ。越後の未来が掛かっているなら尚更じゃ。お前が出歩いては、虎千代様にも迷惑がかかる。いまは大切な時だ、慎んでおけ」


「そうじゃ、本庄に任せるのじゃ。金津の悔しい気持ちも良く分かる。今は自重するがよい」


 金津は悔しそうに膝を打つ、竹馬の友である実乃にまで止められては、行く事もままならず深い後悔の顔付きをする。


 実乃と新兵衛は、幼い頃より、良きライバルとしてお互い切磋琢磨してきた仲である。長じてからは、唯一本音を語れる友となっていた。


 性格も水と油のように正反対で、型破りで猪突猛進の新兵衛に、かたや堅実な性格で真面目が取り柄の実乃。意外な取り合わせだが、結構馬が合うらしい。


「実乃、若を頼む」


「ああ承知した、まかせろ新兵衛!!」


「では本庄、そなたに虎千代の説得を頼みます。光育殿にも、良く話しを聞いて来るのじゃ。これで我が殿も落ち着かれよう」


 ははっと二人の侍が頭を下げて、揃って部屋を退出する。そして二人は並んで廊下をあるきだし、実乃は金津に声を掛けた。


「拙者は、あまり虎千代さまの事は知らん。新兵衛ほどの男が惚れ込む主とは、一体どんな方なんだ?」


「お優しい方じゃ」


 遥か遠くを愛しむように見つめる新兵衛の表情に、実乃は困ったように頬を掻いた。この友に、こんな表情をさせる相手に興味がわいた。


「優しいだけじゃ分からん。他になにかないのか?」


「会ってみれば分かる。どんなに言葉として現わそうとしても、若の事は語りつくせぬ」


「おお、言いおるな新兵衛。会って来てやるわい、その性根たしかめて来てやろう」


第4章・余波[完]

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