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第3章・変化

壱・天室光育side


 この時点で虎千代が出家しようと決意していようとは、全く予想すらしていない光育禅師は、若様の奇行に頭を悩ませていました。


―――若様の痛みを、いかように和らげてやれば良いか、拙には見当すらつかないのです。困りましたな。


 光育は、若様を立派な国主とする密約に頭を痛めておりました。それ以上に、若様の変貌についていけず困り果て、庵に籠り座禅をしています。


―――第一に、出来れば古今東西に、見たこともないくらい、武勇兼知のある武将にお育て申し上げたい。


 これは欲であろう、玉石混合したかの若様を、研きあげ立派な武将にしたいのが拙の願い。さて、すべて磨ききるのには、若様自身の同意を必要とするのが頭のいたい事ですねえ。


―――第二に、出来れば古今東西に、見たこともないくらい、仁徳のある為政者にお育て申し上げたい。


 何より越後の民を大切にする統治者にお育てしたい。仁徳は一朝一夕に身につくものでなし、いまの荒れ果てた若様には無理な話じゃしのう。


―――第三に、出来れば古今東西に、見たこともないくらい、美しき心の君主にお育て申し上げたい。


 礼節を重んじ、節目ある行動のできる主であって欲しい。ならばおのずと家臣も習いとしよう。


 かように三つの真・善・美が欠けることなく備わった王の器、天高く飛翔する気高き龍に、なんとしてもお育てしなければ、期待して待たれるお歴々に、申し訳なさすぎる。


―――さてはて、何としようかのう。名案はないものか?


 そんな時、転機はあちらから転がり込んできました。建具を蹴破らんばかりに弟子が駆け込んで来るのです。


「お師匠様、大変でございます。またもや若様が、変わった事をお始めに……大量の湯を沸かせと仰せられてます」


「また、ですか?今度は何をされるのやら?分かりました拙が出向こう」


 はあ――と長い溜め息を吐き、ヨイショと重い腰をあげる。いったい何が起こったのやら、若様が起こす問題の数々は拙の予想の遥か上を行きなさる。


弐・加藤段蔵side


 坊主の子守りねえ、こんなチンケな任務なんて俺の(しょう)にゃあわねえ。まったく、お扇ときたら若様は任せたと、御前のところにトンズラこきやがって!あとで、礼をたっぷり貰わないとな。


 なんたってこの世は、金と色で成り立ってんだ。現実主義さ俺様は、神仏がえらびし、神子たらゆう坊主は、まだガキじゃねえか。あんまり期待してやるのもな、重荷なんじゃないかと俺なりに見ちゃあいる。


―――期待する大人と、大人に成りきれないガキに、軋轢が起きてグレるのは当たり前だと思うんだが……これは俺にも経験がある。


「あの坊主、潰れなきゃいいがな」


 面白味のない任務に、あいている段蔵は、手下の忍びに子守りをまかせ、サボりの真っ最中です。そんな時、これまた光育と同じに若様の奇行を知らされて、現場に急いで駆け付けた。


――はあ――まったく何だか問題ばかり起こす坊主だぜ!!


「で!!大量の湯なんて、坊主てめえは何するつもりなんだよ」


「ああ風呂だよ、段蔵さん」


「またさん付けか?あのな、言っておくが風呂なんて上等なもの、こんな所にゃねえぜ!!」


 普通のガキらしくないこの若様は、いつも突飛な事をしでかす。風呂なんて春日山の岩風呂か、温泉の湧いている栃尾城くらいしかない、まして寺なんかにあるもんか。これだから若様という、贅沢に育てられたガキにはまいる。


「やはり、ここには無いのか?直ぐには作れないなら、じゃあタライでも良い、とりあえず身綺麗になりたいんだ」


「……む、むりらろ……や、やめるろ」


 なんか薄汚い子供の衿首をムンズとおさえたりとか……ありえない。こいつまで風呂に入れようと言う魂胆かい?何考えてんだか頭が痛くなる。


「あのな、坊主。湯を沸かすには、炭や薪が必要なんだ。こんな寺にゃ、当座の物しかないんだぜ!どうするんだ?」


「ああ、金のこと」


「そうそう金だ金!!」


 あんがい、世の中の事が分かってんだなコイツも。こんだけ言えば引き下がるだろう。だいたい城の若様に、金の蓄えなんぞ有るわけないわな。ああ、そんなに考え込んでもナイに決まってるぜ。それとも親にセビルつもりか?


「んんっ……とりあえず金なら蓄えがあるんだが、段蔵さん取って来てくれますか?」


「な、なんだって!!取ってくるのは吝かじゃないが……それは真実か?」



 またもや虎千代がひと騒動、我が儘に巻き込まれた段蔵は、春日山へと虎千代の蓄えを取りに出た。のこった若様は、寺の者と交渉の真っ最中です。


「だから無理だと、申し上げている。炭や薪は当座のものしかありません。我が儘には付き合えない」


「そこを何とかならないか?炭や薪なら、後で用立てます」


 光育の弟子たちとの押し問答が始まった。どちらも譲らず大変な騒ぎになっている。小坊主の珍念(ちんねん)たちとは折り合いが悪い、彼らは虎千代の事を、暴れ者の我が儘な若様だと、はなっから相手にしてくれない。


「それに、そこのウスノロも使うのでしょう。桶が汚れてしまうのはねえ」


「何んだと?少し聞くがウスノロとは太郎のことを言ったのか?」


 珍念たちは、吃音のある太郎のことを、常に虐めたりバカにした態度を取っていました。友を貶める行為に虎千代は怒り、珍念に訂正しろとつめよった。


「ふん、本当の事だ」


「太郎は、ウスノロなんかじゃない!!訂正しろ!!」


「……や、やめてけろ……お、おねげえだ」


 口喧嘩がはじまり掴み合いにまで発展する、太郎はなんとか止めようと虎千代を後ろから引っ張る。そんな時に、やっと光育がやって来て仲裁に入った。


「渇――!!何を騒いでいる。そこになおれ」


 ツルの一声、禅でならした光育の渇が入る。珍念たちは正座して神妙な顔つきをする。虎千代と太郎も同じように正座してならんでいた。


「お立ちなさい若様、いかがなされたのじゃ。我が弟子が不手際でもありましたかの?」


「騒がせてすまない光育殿。私が湯を沸かせと、押し問答を始めてしまったのです」


「そうですか、それだけでこの様な騒ぎに、為るものでしょうか?拙は、そうとも思えませんがな」


 光育がその場にいる者をジロリと見渡すと、何か居ずらそうにする弟子逹と太郎に、目線を合わせてゆきました。耐えられなくなった、太郎は虎千代の弁護をしようとしたが、虎千代は手で制す。


「いえ、これは私の我が儘なのです。炭や薪が当座のものしか無いのは、知りました。ですが、後程用立てて頂いた炭や薪は返します、ですから湯を用立てては頂けませんか?」


「仕方ないですねえ。皆の事は不問としましょう。さあ、皆のもの若様に湯を沸かして差し上げなさい」



 騒動は決着がつき、虎千代はやっと身綺麗に出来ると大満足で、小坊主逹の手伝いに走り回る。水汲みは井戸が凍って大変だから、綺麗そうな雪を集めて湯を沸かす。


「珍念さん、ありがとう」


「み、認めた訳じゃないからな。借りは嫌だから……」


「はい」


 少し耳を赤くして、言いつのる珍念に笑顔をむける虎千代。光育にとって若様の態度は好ましくうつり、目尻に小じわをよせて見守っていた。


「光育殿、実は後でご相談があるのです」


「ほう、何か決意された目ですな。身綺麗にされたら拙の部屋までお越しなされ、お待ち申しておりましょう」


 今までの気の抜けた虎千代とうってかわり、目の輝きが違っていると認め、話しを聞くことにした。そして光育は約束をして、部屋へ引き上げて行きました。


―――さてはて、若様は何を決意されたのか興味深いことです。それにあの騒ぎも、只の我が儘と判じるのは無理がある。


 光育は、つらつらと虎千代の今までの行動を思い浮かべ、色んな想像をしてみたが見当がつきません。仕方なく、春日山からの頼まれ物の書写をし始めて、虎千代を待ち受ける。


 そのうちに時がたち、身綺麗にした虎千代が部屋を訪ねて来ると、中へ入るように促した。


「さて若様、お話と言うのは何んで御座いますか?」


「私は出家しようと思うのです」


「なんと出家で御座いますか、なぜです?」


 まさか出家しようとは考えも及ばず、ここは落ち着いて若様の話しを聞こうと先を促した。


「私は、戦だとはいえ人を殺しました。まして策を弄して大勢の兵を殺してしまいました。味方にも戦死者があったかもしれません、ですから出家して皆を弔いたいのです」


 虎千代は言いにくそうに眉を寄せて話し出す、その話しの内容に、光育は始めて虎千代の衝動的な行動の根っこが、理解できたと納得する。ただ、城を出されたとヤケを起こしてるのではなかった。


「戦を悔やんでおいでか?」


「悔やみなどありません。あれは、家族を春日山に住まいする者を守るために、仕方のない事だと感じています。しかし私には、己が許せないのです。人には各々の未来があり、それをこちらの都合で、閉ざしてしまうのは罪なのだと思います」


 光育には、虎千代の相反する心の闇に苦悩する姿がみえた。なんと純粋で繊細、穢れない子なんだろと感心し、やはり神仏がえらびし神子だと納得した。しかし……。


五・天室光育side


 拙には、出家の道を進めてやりたいと願う気持ちもあった。若様はあまりに純粋すぎて、この乱れた世の中では生きにくいのです。しかし、若様を待望する声がある以上、おそらく出家は認められない。


「若様はまだ幼い、春日山の意向もなく長尾の名を捨てることは出来ません。しかしお気持ちは良く分かりました。どうです、元服するまで、見習いとして、小坊主たちと修行されては如何ですか?」


「では、私は一生出家できないのでしょうか?」


「そうではありません。きっちりと修行はして頂きます、ですが厳しくなりますぞ。その厳しい修行を修める事が出来たなら、元服の折りに再び出家の願いを受けましょう。それでは如何ですか?」


 春日山の若様という身分で甘やかされてこられた方が、身分を捨てて厳しい禅寺の師弟関係に身を置くのは辛い事だと思い、拙はこんな条件を出した。それに精神修行は、今後とも越後の王になるためには必要なこと、渡りに船だと内心では喜んでいた。


「もし私が厳しい修行を成し遂げたら、聞き届けて下さるのですね」


「はい、その暁には聞き届けましょう。但し、いつ長尾家の危機が起こるやもしれません、そうなれは拙のように僧となっても兄上をお助けせねばなりません。ですから軍学も同時に学んで頂きます」


「はい、仕方がありませんね。私は長尾家の子なのですから」


 一瞬、諦めた表情をした若様は、仕方なく軍学を学ぶ事を承諾する。まさしく拙にはしてやったりの気持ちがありました。しかし、拙が師匠となれば、甘えも出るだろうと信用のおける師匠を与えようと思いついたのです。


「よろしいでしょう、ならば修行して頂きます。拙は春日山の軍師でもあり、林泉寺の住職でもあります。ですから付きっきりで修行を見る訳にもまいりません。新たに若様の師匠となる方をお呼び致します。修行はその方が、お越しになってからとしましょう。それまでは軍学を学んで頂きます。宜しいですか?」


「はい、承知しました」


 光育は、若様が部屋を出て行かれるのを待って、青岩院や直江に事の次第をしたためた文を書き、軒猿の手下にことずける。そして、武術に長けた、特に厳しいく導いてくれそうな師匠を選ぶことにした。


第3章・変化[完]

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