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第7章・別離


 為景公の葬儀は、滞りなく執り行われ、林泉寺の墓所へ手厚く葬られた。稀代の奸雄・長尾為景は、善くも悪くも越後に新たな支配体制を築き、戦国大名として天下に名乗りをあげたのでした。


 しかるに軍神・上杉謙信公が越後の龍として活躍する土台ができたのは、ひとえに為景公の強硬な地ならしがあったゆえでしょう。


『漢の高祖劉邦は生涯に七十余回、我が父は百余回戦った』――謙信公自ら誇らしく記されています。


―――巨星堕つ、越後統一の夢は次代に託された。


 さて、次代の当主・長尾晴景はといえば、なにやら揉め事を起こしてしまったようです。葬儀と埋葬をすませた皆は、本堂に会して林泉寺の天室光育から饗応され、振る舞い酒に酔っていました。


「父の葬儀のあいだ、我が弟は寝てばかりな行儀しらず、行儀みならいに寺へでも入れてしまえ。こんな無礼者はこうしてやる!!」


「何をする、我が主を足蹴になさるとは許しませんぞ!!」


 酔った上とはいえ、虎千代を足蹴にする晴景の横暴なやりかたに、激怒した金津新兵衛は刃を抜いて抗議する。片膝をたて主を背に庇いながら、腰だめにした刃を抜き放つ。


「なっ!!わしは仮にも越後国主だぞ、刃を向けるとは不届きな!!謀反じゃ!!この者を斬って捨てよ、誰か……わしを助けよ!!」


 晴景のやりようは、その場に居合わせた国人衆から反感をかっていたのです。金津の忠義心からくる怒りの刃を向けられて、後退りながら恥ずかしげもなくののしる晴景には、助ける者もなく更に冷たい視線がつき刺さる。


「そこまでじゃ!!金津新兵衛、妾に免じ刀をひけ!!君は君、臣は臣の道があり、そなたの戦場での働きをかんがみ謹慎とする。それで良いな新城殿!!」


 いままで静かに座っていた青岩院が、立ち上がり鋭い一喝を飛ばす。晴景は予想もしない援軍に腰を抜かし、その迫力にまけコクコクと何度も頷いた。金津は鞘に刀を納めると青岩院に深く頭を垂れた。


「皆の衆、見苦しき所をお見せ致し詫びを言う。何よりこたびの戦への助勢、今は亡き我が殿に成り代わり礼を言います。さて、我が子虎千代のことじゃが、こたびの葬儀での無作法を新城殿はいたく立腹されておわす。なれば、ここは行儀見習いとして林泉寺の光育殿に預けようと思いますが、如何です」



 国人衆の間には、不満を表らわにするものが大半を占め、口々に処分を撤回させようと虎千代を擁護する。青岩院は皆を見わたして、わずかに微笑をみせた。


「皆の衆のお気持ちありがたいことじゃ。されど虎千代を寺へ修行にいかせよと、我が殿たってのご遺言。どうか聞き分けてはくれまいか?いずれ越後の長尾に事ある時は、虎千代は立派な若武者となって帰ってこよう。それまでは、妾も春日山にあって晴景殿を支える。まだ未熟な主ではあるが晴景殿を良く支え、皆一丸となって長尾家をもり立てようぞ!!」


「喜んで!!」


「若様がお戻りになるのが楽しみじゃ」


 その場に集まる者逹は、心をひとつにすることを約すことになった。なによりあの『栖吉のお虎』が、晴景の後見として春日山に残ると言う事が、皆には頼もしく思えたのです。


「光育殿、急な申し出じゃが、虎千代を引き受けてはくれまいか?」


「はい承りましょう。この身は非才なれど精一杯勤めさせて頂きまする」


 光育は、目尻を細くして微笑むと深く頭をさげた。きっとよき師匠となって導いてくださろうと皆はよろこんだ。これ以降、虎千代は林泉寺で修行することになる。


「では、虎千代は光育にあずけ、傅役並びに近習衆はその任をとこう、いずれ虎千代が元服したあかつきに、主と仰ぐならばそれもよしとする。これで宜しいか新城殿!!」


 青岩院の勢いに相変わらす壊れた人形のように、晴景はカクカクと縦に首をふる。まったく逆らえる雰囲気ではない事に、晴景も気が付いていたのでしょう。


「では、さっそく虎千代様を離れにお連れしましょう。よく戦われたのでしょう血がついておりまするな。若様の近習方、最後のご奉公に身体を清めて差し上げる手伝いをお願いできませんか?」


「はい、もちろんです」


「私もお手伝いをします」


「俺もやる」


 最後のご奉公と言われて涙をにじませ、三人の近習逹は光育について寺の離れへと向かったのでした。


 この後、疲れたのか晴景は河合親子と共に早々と城へ帰り、青岩院は柿崎ら国人衆と共に仮の陣場に戻り、首実験に立ち会うことになった。また栖吉の御大や金津は、今後の事を話し合うため直江と共に林泉寺にしばし居残ることになる。



 林泉寺の来客用の広間では、栖吉の爺さまと直江実綱、天室光育、不機嫌なままの金津新兵衛が集まっていました。


「のう金津、その顔はいい加減よさないか?こちらまで重苦しいぞ」


「某は、もともとこんな面だ」


 抜き身の刀と云われた男は、傅役の任を解かれた事に納得できないでいた。何を言われようと虎千代の側を離れたくなかったのです。


「生涯、そばで守ると主と約した。なのに……情けない」


「ほほほ……若様も果報者ですな。金津殿のようなご立派な家臣から、忠義をつくされるとは」


 天室光育が場の険悪な雰囲気をかえるために、穏やかに笑ってみせた。そしてやおら直江が話しだす。


「皆様にお集まり頂いたのは、ほかでもありません。今は亡き為景公の残したご遺言……といいますか、予言のような事を打ち明けるためにございます」


「ほう、あの婿殿がのう。直江殿あれは予言を残すほど、信心深くはなかったはず」


 もっともだと頷く顔ぶれに、直江は頬を掻いた。主はどんな風に思われていたのかと、想像をふくらませ口をひきつらせた。これでは話しが進まんと、苦しまぎれに咳払いし続きを話しだす。


「まあなんでも宜しいですが、先に進めます。為景公は、亡くなる寸前にわしを呼び、若様の事でこう仰せでした」


―――かの者は、天翔ける龍の雛じゃ、必ずや越後の王となろう。


「ほう、なかなかに予言みたいじゃな。婿殿にそんな気があったとは、とんと知らなかったわい」


「はあ、わしも初めて言われた時は驚きました。いつも虎千代にワシの後は継がさん、虎千代は栖吉の主とすると仰せで……」


 みな、直江の言葉にさもあろうと頷くが、金津だけは眉間にしわを寄せて、苦い顔をして、吐き捨てるように言った。


「期待ばかりじゃあの方は、若は戦嫌いで隠居をのぞみ苦しんでいたのに、まだその上に王になれとは、少し虫がよすぎる」


 金津の剣幕にみな感嘆のため息をつく、これほどに主を思いやる家臣は居ないと、建前うんぬんより、本音を晒す彼の心根のまっすぐさを尊いと感じている。光育が感じ入ったと頷いて、金津にすなおな質問をぶつける。


「この光育が金津殿にお伺い致したい。今のことは別にして、あなたの主は王に相応しい方ですか?」


「相応しすぎるくらい、若は生まれながらにして王だ!!あれこそまさしく将の将たる器」



 しかり、と言いながら軒猿の頭領があらわれた。それは、いつの間にか現れて一同に向かい礼をする。さすがに軒猿の頭領だけあって芸が細かい。


「戦の後始末をして、遅れて申し訳ないご重臣方。本日は無礼講の席と、直江の旦那が仰るので出てまいりました。軒猿の頭領を勤めます源流でござる」


「これは源流殿、初めてお目にかかる天室光育と申す。しかし、直江殿なぜ虎千代様のことで、軒猿の頭領をお呼びになられたのでしょうか?拙にも訳を教えてはくれまいか」


 一人訳の解らぬ者がいたと直江は改めて、虎千代が盟主になったと伝える。そして今後、寺において若様の警護を頼んだと伝えた。盟主それは、光育が息を飲んだほど凄い事なのだ。軒猿を制すは越後を制するのと同義語である。なにより亡き為景であっても、盟主になるのには苦労した覚えがあった。


「ほう、なにより心強いこと。なぜか若様は新城様から恨まれておいで、暗殺は危惧しておりました」


「一命にかえて、若様を守る事を請け合いもうそう。あの方はまさしく我らの盟主にあられる」


 軒猿は独立性がつよく、独自の考えで動く組織であった。その頭領の実体は秘匿され、里はどこにあるか謎とされている。元々は盗賊や国を追われた者が寄り添って出来たように聞く。里は鉄の掟をもち動員兵力は1000とも2000ともいわれる。


「わしの孫は、こう考えると周りのお人に恵まれている!これも王たる証かのう金津」


「若は、どこで知り合われるのか、思いがけないお人と縁がある。あの守護殿でさえ、若をたいそう可愛がっておられた」


「なんですと、上杉のお館様とご縁が……とんでもない方だ。この直江ますます若様を気に入り申した」


 一同は虎千代のうわさ話で盛り上がった。まるで孫を自慢する会のようになり、この場に集まった者は、熱い気持ちに一致団結。いわゆる『越後の龍プロジェクト』が開始される運びとなった。なにも知らずに気持ちよくスヤスヤ寝ている虎千代には、迷惑極まりないしろものである。



 こちらは盛り上がる広間とちがい、まるでお通夜のような林泉寺の離れです。虎千代の身体は清めおわったが、誰もが側を離れられずにいました。


「兄者、俺は若さんと別れるのは嫌だ」


「私だって嫌です。なんとかなりませんか安実殿」


 なんとかと言われようが安実だってまだ子供です。そんな大それた事なんかできるはずなかった。


「あのな、お前ら俺のこと何だと思ってる。なんとか若さんが目を覚ますまで、光育様に泣きつき置いてもらうしかない」


「いやだ、ずっと若さんといる――」


 弟の長実は、とうとう泣き出す。景資も目にジンワリと涙を溜めていた。安実は、こっちのほうが泣きたいのにと思いながら、大泣きする長実の背を撫で途方に暮れる。


 乳兄弟の荒川兄弟と虎千代は長い、若様が歩き始めてからの付き合いになる。いろんな事があった不本意な遊びに付き合わされたり、内緒で水遊びや魚つり、悪さをしては母に棒で追いかけられた事さえあった。


 景資が来てからも、みんなでいつも一緒。いまさら別れるなんて実感さえ湧かない、若様を連れて逃げたい気持ちで一杯だった。若様がひどく淋しがりやだと皆が知って、誰か必ず側にいた。このまま離れたら若様はどうなると、心配で心を痛める三人だった。そんな時、傅役と光育が、大人の話し合いが終わり明るい顔で入ってくる。


「お前たちは通夜でもしてるのか?まだ若は死んでいないがな」


「ひどい!!あんまりだ。俺らは若さんと離れない」


 安実が、思わず強い口調で金津に反抗するが、金津は咎めもせず、そっと安実の頭を撫でた。


「其も、同じだ。若と別れるのは悲しい、だがこれも試練と受け止めよ。男なら立派な侍となり、また若のもとに仕えるのだ」


 それぞれの頭を力強い手でポンとなで金津は、近習たちを促し眠る虎千代に深い臣従の礼をとる。


「若、少しだけご辛抱してください、我らは必ず再び若に仕えるとお誓いいたす」


 金津の目からはらりと一滴の涙がおち、虎千代の手をぬらす。鬼の目にも涙、彼らの心は固い決心で結ばれた。眠れる臥龍はいずこへ、夢の彼方をさまよっているのでしょう。


―――また、ここに新たな運命の歯車がまわる。虎千代にとって何より大切な者逹が去っていった。この運命を彼は受け止められるのでしょうか?



第7章・別離[完]

ここまで読んで下さってありがとうございました。これで第3部・葬儀編は終わりになります。


次回からは第4部・林泉寺編に突入致します。虎千代にとって大切な者が去り、春日山城に帰ることができない虎千代の嘆きは深い。待ち受ける新たな運命は過酷なものでした。



 というわけて、新たな物語が始まります。虎千代の周りの人々は軒猿以外は新しいキャラになります。今後とも応援よろしくお願いします。


 この物語はおよそ第100部分まで続く予定です。やっと第20部分まで書くことができました。これも読者の皆様のお陰です。ありがとうございますm(_ _)m


 さて、物語の区切りの良い所で読者の皆様にお知らせがあります。残念ながら下書きが尽きました……なのでしばらく見直しと書き貯めに回ろうと思います。再会は1〜2週間後、下書きが出来次第となります。


 未熟な有坂ですが、今後ともよろしくお願い致します。ご意見ご感想あるいはアドバイスなどありましたらご遠慮なく教えて下さると泣いて喜びます。


※追記※


 ASAHI様、よいさん様、評価感想ありがとうございました。凄く嬉しかったです、なので今後とも長くお付き合い下さると嬉しいです。


 自サイトのリンクをパソコンページにも、目次のところに張っておきました。ご連絡頂いたmilk様ありがとうございました。


 アドバイス頂いたツェット様、鵺様、ありがとうございました。



2009/4/15記

2009/4/24追記

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