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第5章・葬送


 春日山城には山本寺(さんぽんじ)らを留守居役に兵力1000をのこし、長尾晴景をようする2000の兵は、春日山城から東北東約2キロ先にある、長尾家代々の菩提寺・林泉寺の墓所へと向かう葬列を守るために出陣した。


 待ち受ける上条上杉連合軍は、上条を総大将に本庄・色部・中条など揚北衆(あがきたしゅう)、宇佐美など旧守護家臣団合わせて約3000。


 当日は、前日から降りつづいた雪がやみ、すこし晴れ間が覗く風の強い日でした。越後独特の積雪は重く、城方の行軍はゆっくりとしたペースで進んでいた。


 陣を張って待ち受ける上条上杉勢に、物見に出した者共が、息を切らせて帰ってきた。


「ご注進!!ご注進!!春日山より葬列ただいま進発!!」


 上条はすぐさま主だつ将をあつめ、物見より報告を受けていた。


「晴景は城に兵力を残し、先発は柿崎隊700、本隊は為景の棺を守る栖吉一門衆800、最後は直江隊500およそ総勢2000で行軍してきます!!」


 晴景の陣容を知り、精鋭栖吉が先陣を切らずに本隊の守りに回ったと知り、柿崎ら国人衆は利にさとく、人望のない晴景を見放したと勘違いして受け取った。そして狙うは本隊と意気投合する。


「上条殿ここは軍勢を分け、敵が陣場を作るまえに晴景を襲ってやろう!!先駆けとしてわしと色部殿で撃って出る」


「その通り、先駆けの我らだけでも晴景の首をとれる!!皆は高見の見物でもしとるんじゃな」


「御両所で勝手にやって下さい。私は私で城のおさえにでも動きます」


 勝手に盛り上がる本庄と色部に、中条が憤慨をあらわにする。先駆けは本庄と色部の1500が受け持ち、陣をはる前の晴景本隊を狙い強襲、中条の800は城の抑えに向かう手筈になった。寄せ集めらしく上条軍の心はバラバラとなり、訝る宇佐美が止めに入る。


「陣を分けるのは早計すぎる。ここは油断せず全軍で一斉にかかるほうが良いでしょう」


「またか宇佐美殿、お手前は退路の準備に励むがいい!本庄殿色部殿たのんだ」


 ふたたびの宇佐美の助言に、上条は冷ややか態度をみせる。すでに楽勝ムードが出来上がり、負けるとは誰もおもわなかった。中条は先駆けを見送ると、勝ったら城へ先のりが出来そうだと城の抑えに、自軍800を動かす準備を始めた。


弐・虎千代side


 本隊が出発する。葬列の親族であっても手に弓や槍、そして盾を引っ提げて、屈強な栖吉衆に守られ粛々と積雪の道を進んだ。


 途中で盟主となった軒猿から敵勢力の布陣が報告される。敵兵力およそ3000、うち半数が本陣をのこし別に行動すると聞いた。


―――内部分裂したか?思い通りだ。


 上条本陣が布陣する場所から別れ、先駆けは晴景の想定する陣場より手前の、行軍中をねらい雪のなかに伏す。我らの結束を侮り、陣場に向かう柿崎ら先発隊をみのがし、晴景本隊の行軍中に狙うのだ。


―――本隊をえさに、侮る彼らに鉄槌を下す。


 敵が背にする山の中には、密かに軒猿の弓隊を隠してある。敵先駆けが隠れている後ろ手に移動させることにした。柿崎隊や直江隊にも連絡を送る。


 決意を新たにした私は、ふと目についた兄上とその近習衆の緊張感のなさに眉をしかめる。そして荒川兄弟に注意して見ておくよう頼んだ。


 私は、少し後ろを歩く栖吉の爺さまの隣にならび、ガッチリとした体格の爺さまを物問いたげにみあげた。


「どうした虎千代、戦が怖くなったのか?」


「いえ、子供の私だとて、怖いからと言って、戦から逃れられるとは思えませんよお爺さま」


 戦に向かう闘牙をもつ快活な声に答えて、私はニッと歯をみせ笑う。爺さまの目の色が変わる瞬間を狙って軒猿の報告をする。


「実は軒猿衆から敵陣の詳細が届きました。敵兵力3000、うち先駆け1500が敵本陣からはなれ、陣場に向かう道の山を背に伏せております。おそらくは、本隊を狙ってきましょう」


「虎千代?……そうか軒猿に選ばれたか?すまんのう小さいのに戦などに荷担させて……」


 少しの会話で私の身の上を察した爺さまは、陰りをみせる。私は爺さまから顔をそむけ、葬列の前方に視線を向け落ち着いて話し出した。


「軒猿の弓隊を、敵の後ろに忍ばせるよう手配しました。出来るだけ相手を弓で引きつけてから懸かって下さいますか?」


「……いや。伺わずともよい好機となれば軍配をもつわしに合図をだすんじゃ。忘れるなよ虎千代いつでもわしは、お前の味方じゃからな」


 見合せた爺さまの目は優しくそして戦に臨む者の厳しさがあった。


参・虎千代side


 敵の先駆けが潜むあたりに差し掛かると、兄を侮る伏兵が兄を狙って一本の矢を放つ。


「……兄上、伏せてください!!」


 警戒する私は、雪にひそむ敵兵の甲冑の反射にすぐ気づき、兄の近習衆をかきわけて兄を押し倒す。すぐさま私の声に反応して荒川兄弟が、私たちの前に盾を展開する。


「あわわ……なにをする無礼な!!」


 兄をかばい一緒に伏せた私の目のまえに、矢を受けた兄の近習がゆっくりとした軌道で倒れかかり、私は鮮血をあびて一瞬であたりに血の赤がひろがった。それに動揺した兄は私の下でわめきちらす。


 私は兄上の言葉を冷えた目線で無視し、兄をかばったまま立ち上がることなく青い顔で棒立ちしている兄の近習をしかりつける。


「なにをしてる!!さっさと盾を展開して兄上を守もれ!」


 かたや異変に気がついた栖吉の爺さまの一喝がとぶ!!


「ぼやっとするな、真ん丸になれ!!持ちこたえるのじゃ―――!!」


 さすがに歴戦の猛者たちは、栖吉の爺さまの一喝で円陣を組み盾をすみやかに展開。第二波にそなえ盾の後ろに弓を手にしたものが配置につく。


 血を浴びた私を気づかい景資が駆けよろうとしたが、軽く手を振ってそれをさえぎると、許さんと私は血飛沫を拭いもせず立ち上がった。


 青白い焔を燃え上がらせ相手を睨み付ける。そして憤怒の感情のまま弓を構え、兄に弓をいかけた不埒者に照準をさだめた。


―――かような無礼なふるまいを後悔させてやる。


 ギリギリといっぱいまで引き絞った弓矢は、怒りの青白い焔をまとわせ、まるでスローモーションみたいな軌道を描いて、不埒者の額に狙ったようにまっすぐ突き刺さった!!


ワアアアア―――


 すぐさま自軍から大きく歓声があがる。敵に動揺がはしり、怒りに染まる顔をした奴らが、応戦の弓を一斉に放つ。次々と自陣の盾に突き刺さる音に笑みを深くする。


―――怒れ怒ってこちらまで突っ込んでまいれ。それこそこちらの思うツボよ!


「若、お見事」


 禍々しい笑みを張りつけ突っ立ったままの私に、新兵衛が駆け寄り抱き抱えて、盾のうちに匿った。


四・虎千代side


 新兵衛に庇われ私は冷静さをとりもどす。改めて怒りのあまりとった己の行動を振り返り、戦慄を覚えガクガクと震えだす。新兵衛は目元をゆるませフッと笑うと、ポンと私の頭に手をのせて言う。


「よくやった!!だが、まだ戦は終わっちゃいない。だから若は若の仕事しろ、いまに俺がアイツらシメてやるから期待しとけ、コラ」


 しかり、まだ戦は始まったばかり策はまだ為ってない。へっ己の仕事って……変だ。新兵衛には軒猿の盟主になったと言った覚えがない、ハッと気がつき顔をあげて新兵衛を見上げる。


「えっ、知ってたの新兵衛?」


 問いただす私に、さあと肩をすくめ立ち去る新兵衛、よし私だって負けてられないよと、震える足を叱咤して用心深くたちあがり戦況を見定める。


―――作戦通り柿崎隊がとって返し、直江隊が本隊に合流するべく移動をはじめた。


 本隊は円陣の前面に盾をつらねた弓衆が、油断なく山側に目をくばり弓で応戦する。怒れる敵の矢は、あいかわらず絶え間なく飛来し。私も近習衆と共に弓を片手に果敢に応戦、目は油断なく敵の襲撃にそなえた。


「……だれが戦を始めよと言った。まだ陣場についていないのだぞ!!早く陣場に移動するのだ!!」


 後ろで兄上が、泡を飛ばしながら意味不明なことを口走しる。すでに戦はしかけられたのに許しも何もあったものか。静かに成り行きを見守っていた母が兄を一喝する。


「だまらぬか!!そなたは一軍の大将ぞ。すでに戦は始まっているのじゃ」


 その通りだと誰しも兄を笑った。こりない兄は、声を震えさせ母に噛みつく。


「青岩院こそだまれ、わしは国主だぞ命令をきかぬか!!」


 母は嘲笑し晴景の言葉をさえぎるように嘆き。自軍の中にもシラケた空気が蔓延する。


「はああ……情けない。それでも戦鬼の子か!!移動すれば蹂躙されよう、それをなぜ解らぬ」


 兄は母のことばに沈黙したようにみえ、兄に愛想をつかした私は敵の最前線に目をやり呟きを漏らす。


「そろそろ敵も焦れてきたな」


 予想通り本隊の固い守りに焦れてきた敵は、雪中をものともせず槍をもち矢よけの盾をズラリと全面にだす。欲につかれ勝気にはやり、突撃陣形で気炎をはき自陣にせまって来た。


第5章・葬送[完]

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