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第3部・葬儀編☆第1章・逝去

○―――第3部・葬儀編―――○



第1章・逝去


 天文5年(1536年)長尾為景は、隠居を決意し嫡男の晴景に家督をゆずりました。為景は、もともと目の黒いうちに家督を譲り、晴景の治世を安泰なものにしたいと考え、それを実行したにすぎませんでした。


 晴景に家督をゆずると、まず為景は朝廷と幕府へ働きかけて、名ばかりの守護を廃して、長尾晴景を越後国主と認めさせた。証として朝廷より毛氈鞍覆(もうせんくらおおい)白傘袋(しろかさぶくろ)の許可を頂くことになる。


 守護を廃すにあたり、越後の国人衆からの風あたりは強かった。特に守護の甥にあたる上条を中心に揚北衆、守護の直臣たちは反旗の狼煙をあげた。そして隠居するはずの為景は、軍勢を引き連れ内乱の平定に追われていきます。


 そんな無理が祟ったのか為景は、戦乱のおおよその終息をみると、発病し病の床につきました。さすがに奸雄と呼ばれる為景だけあって、病床にあっても越後流軍学の手解きを疎かにしない、今日もまた虎千代を枕元に呼び出していました。


「虎千代にございます」


「虎千代か、こちらへ参れ」


 礼儀を正すと、虎千代は為景の寝所へと上がり、病床の父を見た。この日は雪が深くつもり部屋にもシンとした冷たさがひろがっていた。為景は、病で細くなった手で虎千代を側に呼んだ。


「ちこう。んっ……なんじゃその顔は、ワシはまだ死んではおらんぞ、まだ死ぬ訳にもいかんがな」


 痛々しい顔つきをした虎千代に、茶化したように声を掛けた。虎千代は父の床近くに座ると、冷えて冷たくなっていた父の手をとり、そっと夜衣にさし入れた。


「そうですね、まだ死ぬのは早すぎますよ父上。もう少し私に越後流軍学を教えて下さらないと……」


「うそを言え、すでにお前には総てを伝えてある。後は実践あるのみじゃ!!まだまだ晴景は甘い国主じゃ、そなたは兄を助け活躍して貰わねばのう」


 どこか遠くを見るように嬉しそうな顔をする為景に、虎千代は死の影をみて苦しそうに眉をよせた。


「そうじゃ、あの城攻めの模型を使ってくれているか?そなたは戦の勘がするどいからの、あれで何度も研究すると良いぞ」


「ああ……あれですか?近習と遊んではいますが、私には勿体なさすぎます父上」


 そう為景は虎千代に、たたみ2畳分ほどになる城攻め模型を与えていた。武器も兵士も巧妙に作り込んだものでした。


弐・虎千代side


「お前は相変わらず戦が嫌いか?」


「……はい」


 虎千代は為景の思いにも気がついて、なお言いにくそうにうつむき答えた。屋根から滑り落ちる重たい雪が、ドサリと庭で大きな音をたてる。部屋の中は静かに父が目をつむっていた。


「戦が嫌いでもいい。たのむからこれだけは約束してくれ、民を家族を家臣たちを城で働く者たちを守ると……言ってくれ虎千代」


 私にとって大切な者たちだから、守るのは(やぶさ)かではない、しかし戦など恐くてたまらない、だが世話になった父上の最後の頼みに、うんと首を立てにふった。


「すまない……すまない虎千代。お前が優しい子だと分かって、こんな事を言う父を許してくれるか」


 私には父上に何も声をかける事が出来なかった、ただ漠然とした恐怖が足音をたてやって来るような気がしてたまらなかった。


 私は、ちっとも優しい子なんかじゃない、ただ怯えているのだ。怖いのだ何もかも、この世界が何もかも怖い。逃げ出したくても逃げられない現実に怖れを抱いているだけだ。


―――腹をくくる時がきた、出来るか出来ないかは別にして信頼にこそ応えるべきだった。


「父上、私には何の力もありません。非才の身なれば期待にそえぬかもしれません。それでも守れと仰るならば、その信頼にかけて守ると約束します」


「そうか礼を言う、……ゲホッゲホッ……晴景をよく支え越後を守ってくれよ、………頼んだぞ虎千代」


 そして父は、高ぶった感情を表すように咳が止まらなくなった。現代であれば治る病気なのかもしれないのにと、医療技術のないこの環境に落胆し、父を抱えて背中を懸命に擦った。


「……伝えておかなければならぬ事がある……直江を呼べ」


「なりませぬ……薬師をいま呼びますから……治してから……」


「駄目じゃ……直江を呼べ……」


 苦しむ父に為すすべもなく、薬師を呼び、直江も呼んで、私は父の部屋を出た。これが生きている父を見た最後だった。


―――この年の12月長尾為景は手当てのかいなく病死する。その報は、越後をゆるがし波乱をよぶ。


参・虎千代side


 越後の冬は早い、12月ともなれば一面の銀世界に閉ざされる。ここ府中春日山にも重たいぼたん雪が降りつづく。


 私は、暗い天井をぼんやりとみあげた。闇のなかの運命という魔物がほくそ笑み、私の不安なこころを乱していた。


―――強い父上がいたから、戦のことなど身近に感じたことがなかった。あの時の約束を守れる自信などなかった。


 為景死去の報をうけた味方の国人衆は、弔問のためつぎつぎと春日山城を訪れた。みな甲冑にみをかため武器をたずさえ、多数の軍勢をひき連れている。


「若さん、たいへんだ。早くきてみろ。敵の大群がみえるぞ」


 近習衆の安実は、はじめてみる大軍勢に驚いて、慌て私を呼びにきたらしい。私は、安実にさそわれるまま見晴らしのよい場所に立った。


「………これは!!」


 この時、対立関係にあった上条上杉方の大軍団が、春日山城にほどちかい山野に伏陣している。何百何千となんなんとする武装した人の群れ。


―――凄い!!なんて恐ろしい光景なんだ。


 私の時は、こおりついたかのように止まり。足元から恐怖による震えが這い上がる。初めてみる戦場の、なんともいえない濃厚な空気にあてられ目眩がした。


 現代人だった私は、戦争と無縁に生きていた。越後に、生まれてからも城をこれほどの軍勢に取りまかれることなど体験したことがなかった。


―――きっと綾姫は、怖がっているのだろう。


 兄上は春日山城を、守ることが出来るのだろうか?兄上が、もし負けることになったら母上や姉上、春日山城に寝起きする下々の者はどうなってしまうのか。


―――みんな怖い思いをしているのだろ。そしてあの約束を実行する時がきた。為景の息子として兄上を支えるんだ。


 恐怖に震える心を強引に抑えて、ふつふつと胸のなかの青白い焔が燃え上がるのを感じた。そしてグッとへそのあたりに力を入れたら丹田がカッと熱くなった。


「うふふ……さがしましたよ若君、これよりお支度をして頂きます」


 お扇の、普段とおりの声が頼もしい。ふっと肩の力がぬけ、やわらかな目でお扇をみた。


「ありがとう、すぐに行きます。行こう安実」


四・虎千代side


 安実たちと別れ部屋へもどると、すでにお猪が甲冑をよういして待っていた。初めて見る甲冑は鈍い色を放ち、圧倒されるような存在感があった。


「待たせたね、ありがとうお猪」


 おちついた態度の私をみて、お猪の目から涙がこぼれる。お猪は勇ましい女で良く乳兄弟と共に悪さをしては怒られ、棒をふりまわし追いかけられた事もあった。


「若様の、なんと落ち着いていらっしゃることか。お猪は嬉しゅうございます」


 お猪の感動ぶりに、くすぐったさを覚えて身をすくめた。まさか彼女が泣くなんて思ってもみなかった。


「お猪、心配してくれたのだな。ありがとう、さっそく着替えようか」


「はい、承知しました」


 初めて着る甲冑は、曇天の空のように重くわたしを締めつける。体を締めつける鈍い痛みに、心がひき締まっていく気がする。


―――甲冑の重みは、責任の重み。長尾為景の子として責任を果たそう。


「若君さまに申し上げます。弔問客がお揃いになりましたので、広間でご挨拶をお受けくださりませ」


「わかった、参ろう」


 知らせをもたらせた者に頷いてみせると、お猪に礼を言って広間へとむかう重苦しい廊下を歩いた。金津や近習たちは、今ごろ走り回って準備しているだろう。私は、胸の青白い焔を燃えあがらせ、顔をあげ胸をはって、一歩一歩廊下をふみしめる。


―――父上見ていてください、私は兄上をたすけ必ず責任を果たしてみせましょう。母上や妹、春日山城に暮らす者たちのために………。


 なんの根拠もない考えだけれども、なんの力も持たない子供だけれども。兄上を助けるという思い込みでしかないが、それで私には十分戦う理由だった。


 手のうちに2連の数珠を握りしめる。さきほどお猪から虎御前様からです、と言われ受けとったもの。水晶の硬質な煌めきが、熱をもった手のひらをひんやりと冷やす。


―――今日は、父上の葬儀なるぞ。事に乗じて兵をおこすなど、礼儀を知らぬゲスな奴等め!


 キッと大軍が伏陣するであろう方角を睨み付け。胸に、かっかと燃える清浄なる青白い焔を宿す。不義なるものに罰をあたえん!


―――胸にきざみおくがいい不義なる者の末路を。戦鬼、為景の供養の贄としてみせよう。


第1章・逝去

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