第8章・咆哮
壱
さて、皆様おたちあい。少しだけ時間を戻し、現代よりの転生者虎千代の最近の日常を追ってみることにいたしましょう。
彼はあの家出騒動より立ち直り……いやいや変にテンションをあげて、なにやら動きだしたようです。おや、また今日も傅役の金津を引き連れ二の丸から脱出してきました。
「新兵衛、今日も付き合ってくれちゃってありがとうね」
「別に、好きで付き合っている訳ではない。これも某の努めだからな」
無駄にテンションをあげまくる虎千代にたいし、何時もの仏頂面で口をへの字にまげて答える傅役、なんだか傅役が苛立ちを抑えているのが丸わかりです。
「えへ……某の努めだってえ、じゃあ戦になっても一緒に連れて逃げてね、死ぬの怖いんだから!!それ新兵衛の一番の努めにしてあ・げ・る!!」
「何をほざくこのヘボ主!!一回ブチ殺してやろうか?あんん」
どこかのヤンキー並みに凄む金津に、主は懲りもせずに逃げ回る。栖吉からきた兵士たちにも最近人気の主従漫才コンビだったりするのだ。
「おっ、若様お出掛けですかい?」
「ああ、半造か。いつもご苦労様。あの時は助かったよ、また差し入れ作って来てやるから楽しみにしてろよ!」
「差し入れですかい?楽しみにしてますから頑張って来てくださいよ」
と、まあ人当たりの良い若様人気はうなぎのぼり、傅役が睨むのも気にしてない、まして顔馴染みの兵士から、気軽に声をかけられる始末に、金津は苦虫を噛み潰す。
厄介な事に虎千代は、あの事件の顛末から己の立場を知り、あざとくも善い若君に擬態してみせる技を覚えたらしいのです。傅役という最強のカードを得て、一先ず生命の危機から逃れる算段がつき若様ライフを満喫中なのでした。
「で、今日は何処へいくのだ?」
「んっ……まず、上杉の御舘様に菓子をもらって、あとは最近開発中の戦の非常食でも作りに行くか、んじゃとりあえず新兵衛よろしくね」
―――やれやれ、これじゃ傅役は不憫すぎる。若様は浮かれて好き放題、先がおもいやられますねえ。
弐・虎千代side
私と上杉の御舘様とは、プチ家出いらいの茶飲み友達で、まあ前世でいえば同じシルバー世代だから話しが合う。けして甘味目当てじゃないと主張するが、すでに新兵衛にはバレバレで開き直っていた。
「御舘様に菓子を期待するのは、いい加減にしておけよ、栖吉の恥じだ」
「まったく新兵衛は堅物なんだから、大丈夫かげん位は心得てるって!!」
「誰が心得てるって、あんん」
私も慣れたもので、いくら彼が凄んでもちっとも応えない。ある意味信頼していると言っても過言ではない。私たちがいつもの他愛ない言葉を応酬していた時に、彼が後をつける不審者のけはいに気付いた。
「どうやら後を付けられているらしいな」
「……えっ、どこ?」
付けられているの言葉に狼狽えて振り返ろうとすると、金津は裏拳で軽く殴って私をだまらせた。
「馬鹿、狼狽えるな」
こういう非常事態に、金津のような鋭い男を味方につけて良かったと、つくづく思った。私は、不満そうに口を尖らせて殴られた箇所をさすり、金津に促されるまま歩きだす。
最近になって、ある事に気がついた。件の刀八のナンチャラ……名は覚えちゃいないが胸に灯ったこの焔が、生命の危険を覚える時にも嫌な感じに灯るのだ。私にはコレをコントロールすら出来ないが、最低私の命だけは守ってくれるらしいと気がついた。
―――しかし今は、胸の焔が反応しない。後を付ける目的が暗殺ではないのか?
「若、二の丸に引き上げよう」
「新兵衛、ダメだ。このまま行こう、何だか変な感じなんだ」
「槍を持ってくれば良かったか……」
金津は諦めたように私をながめ、トンと刀の鍔を鳴らす。土壇場の判断力は、私の勘が良く当たると、経験で分かってきたのか歩調をわずかにゆるめて私の後ろ手に下がった。
私はいつも通りを装いながら、やはり裏の垣根の破れ目から御舘様の屋敷へ入った。しかし金津は、警戒するためか垣根のうちには、入ろうとしなかった。
「ダメだよ、新兵衛も来るんだ。一緒に来たほうがいいよ、アレは何もしないと思う……たぶんね」
金津は、諦めたようにひとつ息を吐くと、しかたなく垣根を潜ってきた。さて、アレはどうでるのだろうか?
参・虎千代side
やはりアレは何もして来ない、誰かに頼まれ観察しているだけなのか?私を観察することで利益のある者は誰か?私は布津姫からの言伝てを、御舘様に伝えるといつもより早くに屋敷を後にした。
布津姫という方は、御舘様の娘にあたる方で、晴景さんの奥方なのです。世継ぎを亡くし悲しんでいるだろうと、心配した御舘様に頼まれて、文を届けにいったのでした。
―――儚い感じの大人しい方で、ひどく憔悴されているようで可哀想だった。夫婦仲もあまり良くないと溢しておられた事が気になった。
「さて、御台所でも覗いてこよう。いこうか新兵衛」
「んっ……アレはどうする?帰るほうが無難だ」
「ああアレ、ちょと色々引っ張り回してみようかと思ってね」
さっそく御台所に行って、試作品の出来具合をみてきた。この越後には塩と味噌、酒しか調味料がない、だから酢や醤油、みりんを作ってみようかと、試していたのです。
やはり食べ物を美味しく食べるために、努力をおしんではいけません。それとは別にインスタント味噌汁は良い感じに出来上がり。早速、兵士たちに配ってみようかと思ってたりします。
まあ、味噌に鰹節をまぜて乾燥させた葱を入れ、焼いて乾燥させただけのもの、干飯と一緒に炊けば良い感じの粥が出来るのだ。もちろん楽隠居のために、しっかり家から金をせしめるつもりです。
さてまだアレはついて来てるらしいので、インスタント味噌汁を配りつつ、城内を回ってみます。こういう事は、本当に止めて欲しいよ、ストレスで胃に穴があいたらどうしてくれるんだ。首謀者でてこい!!
結局、こんな事が毎日続いた。出来るだけ一人になるなと金津が言うので、夜も近習が交代でついてくれる。今日も安実と長実が、書見に遅くまで付き合ってくれていた。
すでに彼らは疲れて寝入り、二人そろって口をあけて無邪気に眠る姿に癒された。随分と迷惑をかけている事に、申し訳ない気持ちが胸いっぱいになる。だから、気分転換に、そっと部屋を出た。縁先からみた夜空には、三日月が冴えざえと浮かんでいた。
―――どの世界であっても月は変わらない。電信柱もビルの影さえみえない、この世界にあって私は一人、矛盾を抱えて生きるのか?
四・虎千代side
この世界はすでに狂っている。なぜこの歴史を逆行したような世界にうまれたのか?いきどうる気持ちに拍車が掛かる。
胸の青白い焔が、三日月に呼応して燃え上がり、すべての世界を塗り替える。壊れろ壊れてしまえ、何もかもいらない私なんか生まれこない方が良かったのだ。衝動に突き動かされ、私は真っ暗な夜のとばりを駆け出した。
「なぜだ!!なぜこんな世界に産み出した!!」
―――なぜ私は、こんな所に……あぁぁ―――――。
狂気におそわれ、息もきれぎれに木切れを振りまわす。自分が何で何者であるかも忘れて、獣が慟哭するように暴れまわる。月あかりのもとに、引き裂かれた花びらが舞い散る光景が妙に綺麗だった。私の今の名は虎千代、ほんとうの私は違う!違う!違うのに!
―――なにが神仏が選ばれし定めの神子だ!!神や仏がいると言うのなら、いま直ぐここに出て来るがいい、すべてを……すべてを切り裂いてやる!!
肩でなんども荒い息をつく、ぼんやりとうかぶ三日月だけが私をみているようだった。ふいに虚しさに襲われて、手のなかにある木切れをギリッと握りしめると、手のなかで無惨に折れる音がした。赤の雫が、生を主張し、ドクドクと流れ落ちる。
―――また、こんな事をやってしまった。分かっているんだ私だって、こんな事しても何も変わらない、虚しいだけだ。
「もう、お気はすまれたか虎千代様」
私が我に返ったころ、ふいに木立の影の向こうから、知らない女の声がした。その声につられて木立のあたりを返り見て、唇のはしをつり上げた。そこにはきっとアレがいる!!そして怒りの感情のままに、抑揚もつけず言葉を発した。
「ククッ……おまえは何者だ!!なぜずっとつけ回していたのだ!!私などつけ回しても何も得などありはしない、ならいっそ殺ってみるか?」
五
殺意のこもった目をむけると、草をかき分けて忍び装束の女が現れた。少し呆れた目をした忍びの女は、何かを含んだような妖艶な微笑みを浮かべ、用心ぶかく私に近づくと膝をおる。
「うふふ……お可愛らしいこと。失礼しました若君、わが名はお扇と申します。虎御前様より若君の守護を、命ぜられました軒猿の忍にございます」
その女は、ひとつ頭を下げると、落ち着いた声で話し出す。今まで分からなかった事が、何もかも一つの線でつながり、答えがストンと胸に落ち着いた。
「よけいなことを……お扇とやら、もうよい後はつけられたくない」
私の脳裏に母たる虎御前の顔がうかんだ。何のつもりなのだろう、いつもいつもあの方は私をかまいすぎる。そんな私の不服そうな顔をみあげ、お扇は、ひどくまじめな顔でいい返した。
「されども、お扇にとって虎御前さまの命は絶対。まだ五歳になったばかりの若君さまの奇行を、ご心配されてのことですよ。忍びは主の命を守るものです」
その言葉に、冷静になった私は思い返してみた。もし私が母親であったら、こんな暴挙をする子を放置出来るだろうか?いや私だったら放置できない、きっと心配で心配でどうにかなる。お腹を痛めて子を産む母は、いつの時代にも変わらない思いを持つものだ。
忍びまで使うとは、あなたはたいした母です虎御前。最低限、心配をかけないようにこれからは生きましょう。心配かけてごめんなさい、あなたは何も悪くない……ただ、私が生まれたせいで、誰かに不幸な思いをさせるのだけはやってはいけなかった。
―――たとえ、理不尽な定めであったとしても受け入れる。この世界のかたすみで、ひっそりと生きてゆこう、最後の瞬間まで私はあなたが、苦労して産んだ子に違いはありません。
納得づくで肩の力をぬくと、私の手から血のついた木切れが、覚りを受けたようにポトリとおちた。
「わかった。どうやら私は母上の心配の種だったらしいな。夜歩きは慎むことにしよう、だからもう心配はするなと伝えて欲しい」
この世界に生まれ5年もたった、私が虎千代である現実をみとめよう。そう私は虎千代、神仏が選びし定めの神子!!夜空に浮かぶ三日月が笑った。私は声をあげて、腹のそこから叫ぶ!!
「神よ仏よ覚悟しろ、私は虎千代として生きる――――」
第8章・咆哮[完]
こんにちは有坂です。これで長くなりましたが幼年編は終わりになります。
次回は葬儀編、父である為景の死、一斉に蜂起する反逆者たち、それに立ち向かう虎千代を書いていきます。戦闘場面が出てきますが、上手く書けると良いなと思ってます。
改めて、評価感想を頂いた。ツエット様、クラウス・リッター様、桃川 弥様ありがとうございました。貴方の励ましのお陰様でここまで書くことが出来ました。
そして、拙い文章ではありますが毎回読んでくださる読者のみなさま、本当にありがとうございます。
長い物語になりますが、こんごともヨロシクお願いいたします。有坂は未熟者ゆえ、なにか感想やご指摘を頂けるとすごく喜びます。
※とりあえず第2部の間にある後書きは、読みにくいので消します。後書きは区切りで書きたいのですが、つい嬉しくなって書いてしまいました(笑)