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第6章・孵化

壱・虎千代side


 知らないうちに心にふりつもった鬱憤を、ひとつひとつ話しだす。ただ、生まれ変わった話しだけは、どうしても出来なかった。


「んっ……これはまだ心になにかわだかまりを持っておるな……虎千代は頑固そうじゃから、こんど言う気になったら聞いてやろう」


 目を面白そうにギョロギョロ動かした爺さんは、よう言えたと私の頭をなでた。なんだか急に子供になった気がした。


 体が子供になったから、感情までが引きずられるのかな?考えてみれば良く泣いてるし、感情が高ぶりやすかった。


「のう虎千代や話しは変わるが、そなたの家臣は何人いると思うかの」


「えっ……私の家臣って居ませんよ。私には雇うお金ありませんし、それがなにか?」


 アハハと大きな声で笑いだす御館様を不可解な顔をして見つめた。どんなに思いかえしても、父母という方の家臣しか見たことないし、私の家臣など知らない。第一雇えるはずもなく、首をひねるばかりだった。


「笑ってすまんな。虎千代は賢そうにみえたが、意外と抜けておるなあ。そなたに金はなくとも、家臣は大勢いるぞ。よいか身の周りを良く思い出すんじゃ」


「身の周りって、乳兄弟が二人と綾姫と、恐い傅役くらいだし……やはり居ません」


 爺さんはフオッフオッと呼吸出来ないほど笑っていた。本当に失礼な方だなと私は睨み付けた。


「それみてみよ、今言った者たちは綾姫以外は、そなたの直臣じゃわい。まして家臣は家に就くのじゃ、金なんぞで就くのは本当の家臣とは言わんぞ。では虎千代の家はどこじゃな?」


「ああ、そうか春日山城が家なんですね、じゃひょとして門番さんとか、ご飯作ってくれる方まで、家臣なんですか?……でも私は家臣などと思った事はないのです」


 うん、と一つ頷いた爺さんは、良い子じゃ良い子じゃとと言って目を細めて笑っていた。


弐・虎千代side


 上杉の御館様から色々な話しを聞いた。家臣のことも前世との考え方の違いに戸惑った。さきの爺さんは、私に話しをする事が楽しいと終始にご満悦で、あれこれ詳しく語ってくれた。


 家臣団のことを要約すると長尾家は、越後地方の国人衆、いわゆる越後各地の有力豪族たちが、連合して成り立つ組織だった。種類別にわけると大まかなくくりは3つある。


 まず栖吉衆や上田衆、不動山城主の山本寺氏といった親戚たちの一門衆と呼ばれるグループがある。次に旗本衆と呼ばれる直江実綱を始めに、上越や中越地方の大熊、山吉、斎藤、本間一族(佐渡)、黒田、柿崎、河合など臣従した城持ち国人衆のグループが、主に中核の家臣団を形成していた。


 あとは、いわゆる外様の国人衆を与力衆と呼んでグループ別けをしているようで、これには揚北衆や旧守護の家臣団など、臣従する(てい)はするものの腹に一物をかかえたグループなのだと説明を受けた。


 さらに一門衆をはじめ、旗本衆でさえ、各々に独自の裁量権で、戦が始まれば参戦するかを決める。そう完全に傘下に入っていると言うわけではないらしい。


 教えられた事を考えてみるに、中央集権型の政策ではなく、各々の家が政策を決める裁量をもち、長尾家守護代がそれを取りまとめる地方分権型の政策をとっているのだと気がついた。


 そしていざ戦となれば、各々の家が兵糧から兵力、兵器、軍馬を用立て参戦する。実際に春日山の兵は、およそ二千の兵力と予想外の少なさに驚いた。


 爺さんの話しはよく脱線し、話題がそれて後奈良天皇の名前がふと出てきた。なんだか私の父という方が、天皇家から越後守護代の役職を頂き、日の丸の御旗を下賜された話しが発端だった。


 そう後奈良天皇といえば105代天皇で、女学校の時に覚えた室町から戦国時代の天皇だと思い出す。あの頃の歴史の授業は、歴代の天皇をよく暗誦させられたもので、予想外に確りと覚えていたようで安心した。そして、若い時に覚えた知識は意外と忘れてない事にうっかり微笑みをもらしたことは秘密だ。


―――とりあえず新たな発見でした。私は、戦国乱世の世界に転生した。私には乱世と言われようが実感はないし、守護代の末子に生まれた事実さえ納得出来ないでいた。


参・上杉定実side


 五歳にも満たない年なのに、虎千代がわしの話しを深く理解しておるのに驚いた。そして何よりその気性は穏やかで、人の話しを反らさずに、まるで老成した者に話すような愉しさよ、打てば響く相づちに、何やら要らぬことまで話していた。


 最初は、外の何時もと違う慌ただしさを訝って、適当に菓子をやって帰そうとした。まして為景の縁者と知って警戒もした。


 だか、わしも久しぶりの都合のよい話し相手が嬉しくて、引き留めてしまったのだ。この子が噂に聞く、神仏がえらびし定めの神子なのだろうか?


 あまりにも純粋で脆弱で、まして戦を嫌い、隠居が夢だと、浮世離れをしすぎている。かといって知恵が無いわけではない、当たり前の事を知らず、余程の学者や識者かと思うほどの知識力見識力に目を丸くした。


――穢れなき魂は神子のしるし。しかしこの世の中はさぞ生きにくいのだろう……。


 憐れな子供だと、優しく頭を撫でてやった。しかし、末子とはいえ長尾の御曹司、まして栖吉衆の期待の子だ。確実に厳しい政局を生き抜く必要が有ろう、力を貸してやりたいと思う気持ちには嘘はなかった。だから、促す言葉をかけてみた。


「そなた、ここに来る前に外を駆け回る兵をみたじゃろ。あれは何だと思う?」


 わしが少し話しの水を向けるだけで、この子は顔色を青くした。予想通りの反応に一人ほくそ笑みを漏らす。


「ああっ……もしかしたらあの外の兵は、私を探し回っているのでしょうか?」


 うんと頷いてやると、虎千代は慌てだし、何度もわしの顔を伺った。しかし、それ以上にこの子を試したくて、次にどんな言葉を言うのかと興味深く見つめる。


「はあ……一つ聞きたいのですが、私が居なくなって、傅役は責任を問われる事になったりしませんか?」


「傅役の責を問われるのは必定じゃ」


 思った通りに、逃がした乳兄弟を心配するより、なにより大局を心配している利発さに舌をまいた。なお、最悪の事態をも呈示する。


「まして栖吉衆にも類は及ぼう、これは栖吉の失態となるだろうのう」


 うー―ん、と考え込んだこの子は、皆に類が及ばない方法がないかと考えているかのようにわしには見えた。さて、どうでるか?


―――いまやわし自身でさえ動機が激しくなり、虎千代の行く末を案じていた。



 虎千代が逃げ込んだ先は、越後守護の上杉定実の幽閉先だったようです。彼らは意気投合したように、話しが弾んでいるようですが、一方の虎御前や傅役の金津は大層気を揉んでいるでしょう。


 事態の推移により、傅役の責は明らかであり、虎千代の生死によっては、栖吉にも為景から傅役の任命責任を追求される恐れもあった。金津の顔にも憔悴するような表情が浮かんでいた。そんな時に、雑兵が走り込んできた!!


「若君が、ご無事でお帰りになりました!!そして新兵衛を呼べと仰せです!!」


 金津の顔が変わる、喜ぶとともに不可思議な呼び出しに、なんとも言い様のない顔つきになる。やはり虎御前も、我が子の無事を聞きつけ(きざはし)にまで現れたが、理解できない伝言に首を捻った。


「なぜ直ぐに二の丸へ帰って来ぬ。それは、確かに虎千代か?のう金津、やはりそなた行って確かめてまいれ」


「虎御前の仰せはもっともでしょう、一先ず某が行かせて頂きます。しかし無事に帰られたのに、今更某に御用とは合点がいきませんな?」


 みな狐に摘ままれた様な顔つきをする。金津は、伝令にきた雑兵についていく事にした。内心、まこと若君本人であるなら、責をとる最後の奉公に叱りつけようとでも思っていたのかもしれない。


 金津が行った先には、まさしく虎千代が居た。しかし何やら雰囲気が変だった。すました顔でいる虎千代の周りには、栖吉からの兵やら春日山の兵たちが、神妙な顔つきで膝をついて虎千代の側に控えていた。


 何とも小さいなりに、春日山城の主のような振る舞いをしていたのだ。今まで権威をふりかざすことのない虎千代がである。案内に連れてきた雑兵を捕まえて、問いただそうとする金津に虎千代が威厳をもたせた声をかけた。


「来たか新兵衛、こちらへ参れ」


 金津は、いまさら引き返せる理由もなく、兵のまえで新兵衛と呼ばれた限りは臣としての礼儀はつくさねば為らない、物言いたげな顔つきはしたものの、虎千代の前に膝をついた。


五・虎千代side


 たったひとつ解決する方法があると上杉の御舘様は、もったいをつけて言い出した。


「己の立場が解ったのなら、それに見合う振る舞いをすれば良い。そうすれば皆は少々強引な言い訳にも従ってくれよう、丸く収まる可能性もある」


―――なんともいい加減な解決案だと呆れたが、引き起こした事態の張本人が私だから賭けるしかなかった。


 そして捜索する、栖吉衆の兵だけをさがして現れ、権限をフルに使って口裏を合わせるように言いつけた。そして、その者たちを使いアチコチを捜索する春日山城の兵に勘違いだと伝言させる。


 危やうい賭けだと自分ながらに思ったが、最後にあの傅役を抱き込もうと使い番をだした。やれやれ新兵衛が乗ってくれるか心配はあった。でも、これしか八方円満解決となる方法がないから、緊張する心をおさえつけ殺気を放つ新兵衛に向かいあった。


「ようきた新兵衛、話しは他でもない。この度の捜索は手違いなのだと、私自ら父上に謝り状を書いておいた。そなたこの文をもって父上の元に行き事態の収拾にあたれ」


「ほう……勘違い?某は意味が分かり兼ねる」


 やはり新兵衛が、物言いたげな顔つきで問いなおす。私は一つ咳払いし、ある約束を神妙な顔つきで返すことにした。


「私は、そなたの主ゆえ謝りはせぬ。しかし約しょう今後二度と義務を投げ出したりせぬと、新兵衛いかに?」


 金津は、一瞬驚いた顔をするものの意味を理解したと、ニヤリと口の端をゆがめた。私は、新兵衛の態度に急に恥ずかしさを覚え顔をそらした。


「この金津、主の意思を汲み、使者として御実城様にとりついでまいりましょう。ただし、次は某に相談あれ」


 これは、誰も責任を取らずに解決するために、爺さんがヒントをだし私があえて取った策なのです。要するに、私の外出が、連絡違いで傅役に伝えそびれ、知らなかった傅役が行方捜索という傅役の仕事をしただけという、極めて小賢しい言い訳である。なんだか私は、前世の悪徳政治家を思い浮かべ嫌な気持ちがしていた。


 しかし、小賢しい理由づけであっても、城主以外は誰もつっこみ所がなく、傅役としての金津の顔もたち、荒川兄弟にも類が及ばない配慮だった。


―――カギは新兵衛だった。はたして厳しい彼が、小賢しい芝居に乗ってくれるのかギリギリの選択だった。



 かくして小賢しい策は為り、為景は我が子の苦し紛れの言い訳も理解したふりをした。それどころか我が子のやりように、舌をまき内心ほくそ笑んでいたようだ。


「幼いようにみえて虎千代は考えが深いのう、ワシでさえタジタジな化かしっぷりよ」


 直江に自慢気に話していたらしい。もう一方の傅役の金津といえど、虎千代の政治力に驚いた。あんなに注意しても、身分の上下に拘らず、立場の相違による立ち振舞いにさえ軽い物を感じ、良く下げてしまわれる頭を拳で殴って教育していたのに、あの姿に魅せられ要らぬ期待にときめいたと栃尾城の本庄実乃に漏らしていた。


 虎千代に言わせたら、『商売人は頭をさげてナンボ』の持論の元に、頭は低く実利をとり、年長者と思われる者には敬意から自然と頭を下げていた。………実に考え方の方向が違っていたのだ。こちらでは『武士は威張っナンボの商売』と虎千代は持論を書き換えたらしいのだか……それでも商売っていうのはどうだろう?!


 皆が虎千代の小賢しい解決のやり口に寛容に対応するなか、気性の真っ直ぐな虎御前だけは小賢しいやり口が気にいらない、そして帰ってきた虎千代を殴ったのだ。


「そなたは、母が心配する気持ちを何と考えているのじゃ。まして逃げるような卑怯なまねをして、恥ずかしくないか?」


 虎千代は、まだ前世の父母を本当の父母と思っていた。いまさら前世の自分より年下の虎御前が母親だと言われても納得いかない気持ちがあった。そして不本意に殴られたひょうしに、ついに虎千代の本音が零れおちた。


「私は、あなたの事を母と呼べないし、母だと思った事はない!!」


 売り言葉に買い言葉だった。虎御前は、真っ直ぐな気持ちで母として虎千代を心配していたのです。実は虎千代が隠している、不可解な夜中の行動を知る方でもありました。


 まさにボタンは掛け違えられ不仲になった親子には、互いに再び歩み寄る事はあるのでしょうか?虎御前の母としての想いは、虎千代に伝わるのでしょうか?それは神の定めか運命のイタズラか、交差する思いに親子の未来は託された!!


第6章・孵化[完]

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