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4 え? 冗談ですけど……?

 五人は、東に向かって草原を歩いていた。どうして東へと向かうことになったのか。それは、何となく、としか五人には説明のしようがなかった。東に行けば、何かがあるとか、そんなこともない。東のほうに目印のようなものがあったわけでもない。彼ら五人が立っているところから、三百六十度、見渡す限り草原であった。

「ゲームの中でも、疲れるんですね」と、いつの間にか最後尾を歩いていたヒロキが言った。五人は、アレクセイとラシードが並んで先頭を歩き、その後ろに雪麗シュエリーが歩いていた。少し彼女と距離を離しつつ歩いているのがエドガーで、さらにその後ろをヒロキは歩いていた。エドガーから一定距離離れるとヒロキは小走りでその距離をつめる。だが、歩く速度が遅いので、また距離が少しずつ離れる。そうなったらまた小走りで距離を縮める。そんなことを繰り返していて数時間が経とうとしていた。真上にあった太陽も、二つの月とともに傾いていた。

「疲れるし、怪我をしたら痛いし、眠たくもなるはずじゃぞ」と、ヒロキの呟きが聞こえたエドガーは、首だけをヒロキに向けて言う。

「でもこれって、ゲームの世界なんですよね? 眠たくなるのはおかしくないですか?」

「ゲームの世界だとしても、現実世界の脳には休息が必要だ。ノンレム睡眠というがな。休みなく動いているのは、心臓くらいのもんじゃ」

「じゃあ、ゲームの世界で寝てるときは、現実でも俺の脳は寝ているということか。夢って見るのかな?」

「分からんのぉ。だが、これから寝る機会はいくらでもありそうじゃから、夢を見るなら、いつかは見るじゃろ」



「讃えあれ、アッラー、万世よろずよの主、慈悲ふかく慈愛あまねき御神おんかみさばきの日の主宰者。汝をこそ我らはあがめまつる、汝にこそ救いを求めまつる。願わくば我らを導いて正しき道を辿らしめ給え、汝の御怒りをこうむる人々や、踏みまよう人々の道ではなく、汝のよみし給う人々の道を歩ましめ給え」

 ラシードは、祈る様にその言葉を唱えながら歩いていた。

「『我らを導いて正しき道を辿らしめ給え』かぁ。そんなことを言っていて、俺たちが歩いている方向に何もなかったら、どうするつもりだ? アラー様も間違うことがあるってことか?」とアレクセイは、両手を後頭部に回し、いかにも退屈といった様子で歩いていた。見晴らしの良い草原。遮蔽物などもなく、自分たち五人以外に、動くものはない。警戒を怠るな、という方が無理なことであった。

「私たちが、卑小な人間が、アラーがお示しになる正しき道を理解しようなどということがそもそも不遜だ。たとえ、そこに町などなく、ひたすらに続く草原であり、我々が進むべき方角を間違ったとしか思えなくても、この道は我々が導かれし正しき道なのだ」とラシードは答えた。

「そんなもんかねぇ」とアレクセイは興味無さそうに呟いた。


 ・


 日没。五人は歩き続けたが、草原、といった意味では、五人が最初にいた場所と景色的には変わり映えはしなかった。同じところをぐるぐると回っている、といわれたらそうなのかもしれないと思ってしまう。背の丈がくるぶしほどまでしかない草原。エドガーが、「まるでゴルフ場のラフを歩いているようじゃった。フェアウェーを歩く事ができない。それが人生なのかもしれなんな」と言っていたが、ヒロキにはゴルフというものの知識がなかったので、それには沈黙で答えた。

 五人は、車座になって座った。ヒロキは、靴を脱ぐ。この世界にやって来たときに、自分では着た覚えのない靴であった。サイズはぴったり。しかし、はき慣れないという点では新品の靴——ヒロキは新品の靴など履いたことは無かったが——と同じように、靴ズレがおこっていた。ヒロキの足の裏、土踏まずの少し親指よりの部分の皮がめくれ、紅くなっていた。

「俺は、マグリブの礼拝サラートを捧げてくる」と言って、ラシードは立ち上がり、四人から少し離れた場所に跪いた。そして、聴いたことのない言葉を唱え始めた。

「興味があるなら、お前もやってみたらどうだ?」とアレクセイは、ラシードの様子を興味ありげに見ていた雪麗シュエリーに言った。ヒロキは、草原に座りながらも、

「遠慮しておきます。(いわ)く、()()(あら)ずして(これ)(まつ)るは(へつら)いなり。私には関係がないことです……。それにしても夜は冷えそうですね」と雪麗が言って、着ているマントで覆う。

 夜の草原は肌寒かった。しかし、野宿できないというほどでもない。それが幸運であったかも知れない。冬であれば、厳しい野宿となっていたであろう。また、夏のように日差しがきつかったのであれば、飲食物を持っていない五人では、一日歩くということはできなかったであろう。

「あぁ、腹が減った。ボルシチ食いたい」とアレクセイが言う。全員が空腹であった。そして、水を欲していた。

「アイントプフか。栄養もあり、水分補給もでき、体も温まる。うってつけじゃ」

「この草原はどこまで続くんですかね? どこまでも続いているように見えますけど」とヒロキが言った。

「どこまで続いているかはしらんが、明日の日没までに水を飲めなかったら、ずいぶんと不味いことになる。人間は三日水を飲まんかったら死ぬ。歩き続けている儂等は、明日の日没が限度じゃろ。まぁ、最初に動けなくなるのは、儂だろうがな」

「このゲームの世界で、飢え死にとかあるのでしょうか? 確かに、この空腹感と喉の渇き、飢餓感は現実でのと肉迫するほどの現実身がありますが……」と雪麗シュエリーが言う。

「仮説であるが、現実の肉体に栄養が与えられるのが、この世界で飯を食ったときじゃないかの。ゲームで死ぬというよりは、現実の肉体が餓死するということじゃろ」

「こっちの世界に行く前に、口に突っ込まれたチューブか。確かに呼吸をするだけのものとは考えられないな。流動食か何かを胃へと流し込むのだろうな」

「あれ、苦しかったですね」と雪麗シュエリーがアレクセイの言ったことに同意した。

「それなら、こっちでとりあえず食べれば、餓死しないんじゃないですか? 例えばこの草とか」とヒロキは草原に生えている草を千切った。

「やってみろ」とアレクセイが言う。

「え? 冗談ですけど……」

「言い出しっぺだろ?」

「分かりました…… げっ、苦っ。ペェツ、ペェツ……。食えたもんじゃないですよ」

「まぁ、そういうことだ」

「アレクセイさん、知ってたんですか?」と口の中に広がった苦みで顔を歪めながらヒロキは不満そうに言った。

「まぁな。当然試すだろ?」とアレクセイが言うと、エドガーも雪麗シュエリーもそれに頷く。

「口をゆすぎたいんですけど…… 水も無いとか最悪ですね」

「口をゆすぎたいとか、暢気だな。おっさんの話、お前は理解できてんのか? 水が無いと、本当にやばいぞ」とアレクセイはヒロキに呆れたようだった。

「現実では考えられないほど綺麗な星空。明日に雨が降るようなことはなさそうですね」と雪麗シュエリーは言う。

「明日が正念場。まぁ、儂等にできることはひたすら歩くことだけじゃがな」

「そういうことだ。とりあえず、明日に備えて寝るか」とアレクセイが言い、それに皆、同意した。

 ヒロキは、着ていたマントに体を包み、草原に横になる。草の尖った先が耳や首に刺さり寝苦しかったが、一日歩いた疲労の前では些細なことだった。


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