3 そんなの、憶えておるわけなかろう
エドガーの説明に、他の全員が合点がいかない。
「職業と言っても、天職ではないぞ。ゲーム上の役割分担ということじゃ。簡単に言えば、怪我を負った仲間を助ける職業であったり、物を作ったりする職業などがあるということじゃ。そして、大体において職業は兼業できない。こういったゲームでは、チームで役割分担をしながら物語を進めていくのが正攻法じゃ。職業によって覚えられるスキルが違うので、一人では限界が生まれる。協力することが必要不可欠なのじゃ」とエドガーはゆっくりと説明をした。
「なるほど、それで五人ということか……。だが、もっと具体的に説明して欲しいものだ」とラシードは納得しつつも不満があるような表情で言った。
「たとえば、剣を主な武器として戦う職業、仮に『戦士』とでも表現するのならば、そいつは、炎で敵を焼き尽くす、といった魔法のようなスキルを覚えられないということじゃ。怪我をした際に、怪我を治療するようなスキルも、特定の職業の者しか覚えることができぬ。それぞれ、長所と短所がある。そしてそれを補うためにチームを組む。たとえば、アレクセイ君が怪我をしたとして、それをどうやって治療するつもりだ?」
「怪我の処置なら軍隊で習熟している」とアレクセイは言う。
「一瞬で怪我を治す。骨折も一瞬で治す。致命傷を負っても助かる。そんなスキルがあるのに、悠長に怪我が治るのを待つのかのぉ。せっかちと思いきや、思ったよりも暢気じゃの」とエドガーは笑う。
「そんなことがあり得るわけないだろうか!」とアレクセイはエドガーを睨みつけながら言う。
「で、でも、さっきのアレクセイさんが吹っ飛んだのも、現実的にはあり得ない……」とヒロキが呟く。そして、雪麗も「『ステータス・オープン』というのも、非現実です」と言った。
「それがあり得るのが、この『アトラス オンライン』なのじゃ」とエドガーが話を締めくくる様に言った。
しばらくの沈黙の後、
「分かった。じゃあ、全員で行動した方がいいってことだな。分かったよ。だが、足を引っ張るなよ」とアレクセイは言う。
「他のみんなもそれで良いかの?」とエドガーが見渡して言った。ラシードは直ぐに頷いた。ヒロキには他の選択肢が思い浮かばなかった。突然に訳も分からない世界の、見渡す限りの草原に一人で取り残されても、どう生きれば良いのかが分からない。
「全員の同意が得られたようじゃな」とエドガーが言う。
「それで、これから先何処へ向かばいいんだ? こんな草原のど真ん中にいてもしょうがないだろう」とアレクセイが立ち上がって言った。
「それは儂にも分からん」
「は? おいおい。それはどんな冗談だ? ドイツ人のジョークはいつ聞いても糞つまんねぇよ」とアレクセイが言う。
「冗談ではない。儂がこの『アトラス オンライン』をしたのは、30年以上も前じゃぞ? そんなの、憶えておるわけなかろう。それに、そんなに長く遊んでもいないしな。たしか、初心者狙いのP・Kが多すぎて、嫌気がさしてすぐ他のゲームに乗り換えたのじゃ」と言う。
「じゃあ、さっきまでドヤ顔で言っていたことはなんなんだ? 憶えてねぇくせに薀蓄を糞みてぇに漏らしてたってのか?」
「あんなのは、VRゲームの基本じゃ。どのゲームでも大差は無いわい。だが、地図機能が無いのが解せないところではあるな。普通はあるもんだったような気がするのじゃがな。ログアウト機能やGMコールと一緒に機能をAIが消去したのかもしれん」
「何を分け分からないことを言ってんだよ」とアレクセイはさらに怒ったような口調になった。今にもエドガーの胸ぐらを掴みかかりそうな勢いであった。そうしなかったのは、先ほどのエドガーから食らったスキルを警戒しているからだ。
「お前さんこそ、さきほど向かっていた方向に何か目星でもあったのではないのか?」と今度は逆にエドガーが言う。
「あれは、なんとなくだよ」
「それならお前も人のことを何も言えんじゃろ」とエドガーが言った。真っ当な意見であった。アレクセイも不満そうに舌打ちをしたあと、押し黙った。
「適当に進むしかないのでしょうね」と、雪麗が言った。
「それしかないのであれば、そうするべきだ。しかし、もう一つ聞きたいことがある」とラシードが口を開いた。
「なんじゃ?」
「この世界が、『アトラス オンライン』という遊びの世界だとして、その遊びの目的はなんだ? AIを倒すということが人類の目的だ。遊びに興じている場合ではないのだぞ」ラシードのその言葉に、アレクセイも黙って頷く。
「それに関しては、儂の仮説がある。『アトラス オンライン』の目的は、魔王を倒すことだったはずじゃ。まぁ、どのVRゲームでも大体同じであったがな。人類を滅亡させようと企む魔王のその野望を打ち砕くこと。何かに似ていると思わないか?」
「現実の人類の境遇に似ています……。寓意的にではありますが」と雪麗が口を開く。その表情は、腑に落ちたというような顔をしている。
「構造的にも似ているな」とアレクセイもそれに同意する。
「説得力はあるな」とラシードも言った。
「魔王って、なんですか?」とヒロキだけが分からないような顔をしていた。
「若いのは、ゲーテも読まぬのか? 一度読んでおくと良いぞ。若きウェルテルよ」とエドガーは言うが、それに対してアレクセイが、「やっぱり、ドイツ人は冗談のセンスが皆無だ」と言う。それに、エドガー、ラシード、雪麗は笑った。