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 壊れかけた二階建てのビル。その一階は飲食店であった。自動ドアは既に昨日しておらず、その隣に造られた木製のドアを使って人々は出入りしている。

「第二千二十三回目の選抜者が、死亡、もしくはギブアップ致しました。第二千二十四回目の選抜者を発表致します」

 発電機から直接電力を供給されているブラウン管テレビから不鮮明な映像と伴に音声が流れていた。その発表と同時に、飲食店にいた人々は一斉に会話を止めてテレビに注目しはじめる。料理を運ぶ店員でさえ、出来立ての料理をお盆に乗せたまま立ち止まっている。

 テレビからの音声は、淡々と十三桁の番号を伝えていく。ブラウン管にもその番号は掲載されているようだが、数字が細かく、そして画像が粗いために読み取ることができない。


 長い発表だった。そしてその発表が終わると同時に、飲食店内に安堵のため息が広がる。男も、女も、年齢に関わらず、ホッとした様子で食事を再開した。店員がお盆に乗せた料理もすっかり熱を失っていた。

 そんな中、飲食店の隅で、一人の男が震えていた。

「ま、まじかよ」すっかり冷めたコーヒーカップを持つ右手が震えている。

 先ほどの発表は、電脳空間へと侵入をする選抜者の発表者であった。

「え、AIが来たわ!」飲食店の入口付近に座っていた子供連れの女性が、声をあげる。それと同時に、黒光りした体のアンドロイドが店内に入ってくる。ボロボロになっている木の床は、アンドロイドが歩くたびに、キシキシと悲鳴をあげている。背丈は二メートル近く、体格もプロレスラーのように肩幅が広く、胸の筋肉が隆起していた。もっとも、それだけの体格であったとしても、床が重さで軋んだりはしない。体の隅々まで金属なのだ。人間の支配を脱したAIが遠隔操作で動かしているという噂だった。

 アンドロイドは、迷わず震えている男のところまでやってきた。

「ヒロキ・サイトウ、さま、ですね?」アンドロイドの胸部から機械的な音声が流れる。アンドロイドにとって本人を確認する必要などはなかった。肉体に埋め込まれた十三桁の識別コード。アンドロイドはそれをスキャンできる。人違いなど起きるはずもなかった。ヒロキは、力なく首を縦に振る。コーヒーカップを持っている右手の揺れは大きくなり、テーブルへと珈琲が零れている。

「センターへご案内します」再び、アンドロイドから音声が響いた。平坦な声。感情も無く、事務的な声。飲食店にいる人々の憐れみの目が、ヒロキに集まっていた。


 ヒロキは、震えて立つことができなかった。

「お手伝い致します」と、アンドロイドは、ヒロキを金属の両手で抱えた。外見上はお姫様だっこと呼ばれるものであったが、それは死神が地獄へと人間を引きずっていく行為と等しかった。高齢の女性は、両手を合わせ、ヒロキに向けて念仏を唱えていた。

 飲食店の脇に止められた自動運転の車にヒロキは乗せられた。ヒロキが車内の上等な皮の座椅子に腰掛けさせられたと同時に扉が閉められる。そして、カシャと、ドアのロックがかかった。もう逃げることはできない。車体がスッと浮き上がる。車体は、静かに地面三十センチの場所を滑り始める。車は、人間が住む荒廃したスラムを抜け、超高層ビルが建ち並ぶ、AIが管理する街へ。天まで届くのではないかと思われるビルが聳える、人間立ち入り禁止の街。街を歩いているのは、アンドロイドだけだった。

 一際高いビルのエントランスに車は止まり、自動でドアが開く。

「こちらへどうぞ」と入口で待ち構えていたアンドロイドが言った。先ほどのアンドロイドと全く同じ外見。同じ声色。しかし、別のアンドロイドであることは明白だった。

 車内から動こうとしない、放心状態のヒロキを——人間的に表現すれば——見かねたアンドロイドは、再びヒロキを抱えてビルの中へと入っていった。

 

 ヒロキが連れてこられた部屋は、透明な棺桶のようなものが沢山ならんでいた。蓋が開けてある棺桶は空だった。蓋が閉じられている棺桶には、液体が満たされており、そして全裸の人が液体の中を漂っていた。男性も女性も棺桶の中を漂っていた。口と鼻を覆うマスクからはチューブが伸びている。性器と肛門にもチューブが繋がっている。そして、頭に被せられたニット帽のような装置。

「服を脱いでください」とアンドロイドは言った。が、ヒロキは棺桶の並ぶ光景に圧倒され、恐怖し、腰を抜かしていた。漏らしていた。

 しばらくの沈黙の内、どこからともなくアームが八本あるロボットがやって来て、ヒロキを持ち上げながら服を剥いでいった。そして、空いている棺桶に優しく入れた。両手両足が抵抗する間もなく固定されてしまった。

「少し痛みを伴います」という音声と共に、そのロボットはヒロキの口と鼻にマスクを装着した。頭にも装置が装着された。「固定します」という音声と共に、針をさされたような痛みが頭からいくつも走る。

「次はもっと痛いです」という音声と共に、ヒロキの肛門にチューブが進入してくる。痛みで叫ぼうとするが、喉まで入り込んだマスクのチューブのせいで、舌を動かすことができない。

「心拍数、脳波。想定値内。ヒロキ・サイトウ、さま、アトラス オンラインでのご健闘を、心よりお祈り致します」とロボットは言うと、棺桶の扉がしまった。そして、勢いよく液体が流れ込んでくる。溺れるという生物としての本能がヒロキを突き動かすが、ヒロキには肩を揺らすことと腰を左右に動かすことしかできなかった。液体が棺桶の中に満たされてすぐ、ヒロキの中に電流のようなものが走る。そして、ヒロキは意識を失った。

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