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光芒

作者: 青心

新聞に掲載されている予報を確認すると、明日は雪とのことであった。


街は年も末、明日は元日ということもあり、慌ただしい空気に包まれている。

そんな中、一人炬燵に体を縮めて食べる蜜柑の味は格別であった。

たっぷりと怠け非日常的な暮らしをしているという事が、私には非常に尊いものであるように思えた。


年の瀬が近付くと毎年こうして里帰りをしているのだが、今年も会う筈であった両親は、仲睦まじく温泉旅行に出掛けて行った。

最初の数年は過大な歓迎の意を惜しみ無く此方に向けてきたが、十年も経てば飽きてしまうらしい。親心とは真に勝手なものだ。


この土地は元来から風が強く吹きつける。

北風、というような風情のある言葉では言い表したくない程の強い風。

その為彼は外出するという気分には全くなれなかった。

雪が降るとなれば尚のことである。


部屋の脇の窓からは、春が来たのかと見紛う程の眩しい光が射し込んでいた。時間は正午を過ぎていた。

蜜柑の甘味と酸味が胃の中に落ち着き、程好く身体が暖まると、少しずつ私の瞼は重くなる。


眠りに落ちるか落ちないかの境目をさ迷いながら、その状況を愉快に思っていると、知らぬ間に深い微睡みに陥っていた。

その時見た夢は比較的穏和で幸福で、また理想的であった。


勤め先から家に帰りドアを開けると、灯りが点いている。

おかえりなさい、と妻と息子の声。食卓には温かい夕食。

息子がはしゃいでいるのを見守り、妻と世間話を少々する。

たったそれだけの事で、全ての疲れが消し飛ばされて行くようであった。

会話を続けている内に、視界に入るものの輪郭が曖昧になってきた。そして世界は暗転した。


瞼を開けた。ぼんやりと意識が戻った。

先程まで射し込んでいた光は見当たらず、窓からは真っ暗な空が此方を覗いていた。

現実論を弄せと言うのならば、私には妻も息子もいない。

家に帰れば暗く冷たい部屋。口にする物といえば人間味を感じさせないレトルト食品ばかり。

馴れたつもりで居たのだが、精神の底方ではそうはいかなかったらしい。


また私は卓上の蜜柑に手を遣り、皮を剥き始める。

この時期は何故こうも柑橘類の味が恋しいのであろうか。

いや、恋しいのではないのかもしれない。

ただ惰性的に継続している物事を、何か大切なものだと錯誤する事態は私にとってそう珍妙な状況ではなかった。

蜜柑を食べ終わり、再び重くなった瞼を降ろす。今度は、先程よりも深い闇に身が放たれた。


再び目を覚ました時、窓から今度は強い光が射していた。

雪は降っていないのか、と若干の落胆を覚えた。晴れているのならば凝り固まった体を伸ばそうと、立ち上がる。

半纏を身に纏い足にはサンダルを履いた無精な格好のまま、扉を開けた。

私は自らの目を疑った。擦った。

肌を刺すような寒冷の中に、細かい氷か霧のような粒が舞っている。


其れは陽を浴びてきらきらと光っていた。その光は、今までの私が感じたことの無い儚さと美を持ち合わせている。

天を仰げば、春光の大円の周りを更に大きな光の輪が囲っていた。所謂暈というものだろうか。何処かで此の光景に似た現象を聞いたことがある。

いつもならば強く吹く筈の風が、今はやけに弱々しい。


このような情景、状況に対面するのは、二十数年の人生で初めての事であった。

暫く立ち尽くしていた。私は未だ夢の中なのかもしれない。

部屋に戻り備え付けのパソコンで調べると、確かに先程の光景に合致する現象が見つかった。

其の現象は細氷、別名ダイヤモンドダストと言うらしい。どうやら暈も其れに付随して起こり得る現象のようだ。


私はもう一度眠ろうと思い立った。

眠れば、また別の体感したことの無い状況に到達できるような気がしたからだ。

現実からの逃避だと揶揄されても仕方のない発想。

この時の私は眠り起きることを繰り返せば、いずれ理想の生活、温かみのある生活に辿り着けるとぼんやりと信じていた。

なんとも薄っぺらく、浅はかな思考である。


再び眼が開いた。

また夢なのだろうか。曖昧であった。

窓から外を覗くと、太陽があった空間に巨大な光の柱が屹立していた。

此れも細氷が発生した時に起こる事のある現象だ。

私は其の光に一種の安心感を覚えた。

求めていた温かさとは差異があるが、確かに其れは心の余裕を産み出した。


はっきり言って此処が夢の中であろうと現実であろうと、私にはどうでもよかった。

例えば家庭の夢などは所詮虚構に過ぎない。少なくとも起床後に充足することなどは無かった。

見れば見るだけ心臓に黒い影が染み広がる。

だが今日垣間見た光芒は、ひとつの感動的な出来事として私の胸に突き刺さった。

漣だけが立つような私の暮らしでは考えられない大きな波であった。


一息着いた私は再び炬燵に潜り込んだ。

蜜柑を手に取り、皮を剥く。

一粒口に含むと、カリッと音が鳴った。

残念、外れ。種入り蜜柑だ。

三作目。

前回は青春、今回はスターダストがお題。

気になる点ございましたら、批評、採点のほど宜しくお願い致します

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