チョイとそこのおぜうさん
着物を着なくなった私たちは、きっと袖の意味するところも知らずに日本人をコスプレしているのだ。振袖は〝未婚〟、そして留袖は〝既婚〟を示している。だから本来気安く声をかけていいのは振袖の女の子だけ。
とはいっても、振袖なんて成人式くらいしか目にする機会はない。まぁ、それをいうと留袖なんてもっと見る機会は少ないだろうけれど……。
とにかく、私たちは民族衣装なんて名ばかりの、一生に片手で数える程度しか羽織らない物を、フィクションの世界でのみ輝かせ、満たされぬ特異性(他のやつとは違うんだ!)を埋めた気になっているのだ。
私たちは、そんな情けない存在なんだ。
酒のせいもあってか、そんな一文の得にもなりはしないおっさんの独り語りを、和がコンセプトのここ『居酒屋やまと』の留袖店員は静かに聴いてくれていた。時折寄せてくれる相槌が、夕焼け小焼けを思わす照明と相まって妙に色っぽく感じてしまう。昔、夕暮れと共に帰っていく隣り町の女の子がいたが、私が「また明日ね」というと、必ず「うん」とうなずいて返事をくれた。留袖店員が相槌の度に見せる首肯は、あの娘の「うん」に似ている。思えばあの娘が私の初恋だったのかもしれない……。
「お客さん、そろそろ」
「ああ」
私は留袖店員に甘えてもう少し一緒にいようとしたが、引っぱる袖もないので諦めて勘定をした。
もし引っぱれる袖があったなら、彼女は甘えさせてくれただろうか?
いや、きっと袖を振って引っぱたかれていただろう。
「ふっ」
袖があろうとなかろうと、女心は読めるものではない。