かんがえちゅう
傘を持ち合わせていなかった僕は長い時間をその喫茶店で過ごした。豪雨のせいだった。
上着から靴下までが麩のように水を浸み込ませ、僕はそれに圧し掛かられていた。雨が止む気配もなかったので僕は空いた席に腰を掛け、周囲を見渡していた。
店内には僕と同じように逃げ込んだ人たちが暖をとっている。濡れて色の分からなくなったシャツ、長い髪から雨水が滴り、店内を歩けばひたひたと音がなり、滲んだ足跡で見たこともない図形を描き出す人もいた。喫茶店の店員はモップを使ってせっせと床の落書きを消そうとしていたが、そのうち諦めてしまった。
外には前も見えないであろう豪雨に逃げ遅れた老人や、そんなことお構いなしに歩き続ける若者もいた。誰もかれもが雨に濡れることを当然に思っていたのだ。ここは傘を差すことを止めた国。僕は長い間この国で生活をしている。
何故ここで暮らす人々は傘を差さなくなったのか。ということは僕がこの国に出張することが決まる前から調べていた。世界中の水と空気が汚染され、それを防ぐ術を必死に研究し、実現した僕たちの国から見たこの地はあまりにも目に余るものだったからだ。
僕は派遣された研究員で母国の環境問題を根本から解決するための調査を命じられていたのだが、何の成果も無いまま長い年月をここで費やしてしまったので今となっては母国からの音沙汰もない。
結局、僕の研究は大きな趣味のひとつに変わり果ててしまったのだった。