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食器を締まってリビングとして使われているらしい食卓に戻る。
部屋はキッチンとは続きになっていて、他に扉が四つ。大きめの窓が一つある。人一人くらい出られそうだ。
クロニカは飯をくれた。文字を教えてくれるという。ならば、外へはどうだろう。外に出てもいいんだろうか。見たところ、窓にも三つの扉のどれにも鍵はかかっていない。キッチンの反対にある扉が外に繋がっていそうだと思っている。クロニカは怒るだろうか。俺が外に出るのを許さないだろうか。
ぼうっと考える。
そういえば、俺。最近、戦争にも駆り出されなかったし、ずっと牢にいた気がするな。
死にたくなかったけど、死ぬしかなさそうで、苦しくて、それで俺はどうしたんだろう。
窓の外。
見覚えのない景色だ。
草原。草ばかり見える。木は近くに一本。それだけ。ビルなんてあり得なさそうで、それどころか他に家なんて見えなくて。どうなってるんだろう。
けど、聞けない。
聞きたくない。
クロニカにもダメだって言われたら?
俺はどんな理由でどうやって呼ばれても、自由に外には出れない運命なんだ。そう、思ってしまいそうで。怖い。
「クロニ…………」
何を言おうとしたのか、分からなくなった。目の前がぐらりと揺れる。足元の地面が曲がる。一歩踏み出すと、ひどい頭痛が警鐘を鳴らした。
ああ!
呼んだー? と、いうクロニカに、しっかりと集中して言葉を返す。
「ちょっと、寝た……い」
「顔色が悪い。汗をかいてる。熱がある。ねえ、これ何本?」
クロニカが振った指が、残像を残しながら広がって数えられない。
「……っ」
バタン、とその場に倒れてしまった。
やっぱり、俺の体だ。
私は焦っていた。
突然、倒れるなんて予想外だった。
彼を異世界から連れてきてしまった弊害だろうか。もしかして、私が一緒に世界の終わりを見れる人というのは、植物状態の彼しかあり得ないとか。やだ。そんな運命やだ。
「ーーーーんぅうっっ」
頑張ってベッドに連れていこうと思ったけど、私の力じゃ無理
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
「……なんで。なんで、助けてくれないのよーー!」
心から叫んでも、声は私の内側には入り込まない。
私……私は、なにもできない。
「うぅ……」
水を持ってこよう。
タオルを濡らして、ベッドから毛布を持ってきて、熱冷ましの薬も煎じよう。薬……、でもこの世界の薬で効くのかな。もっと悪くならないかな。
「うぅ……」
私はやっぱり無力だ。
「ごめん……」
とにかく。毛布を取りに行こう。
意識が歌う。さざなみを歌う。
歌わないでくれ。
なにも鳴らさないでくれ。
頭に響くだろうが。
修復は要らない。祝福は誰か他の人に与えて欲しい。
けど、いつもと違ってこの歌声にはノイズがある。
誰か。
鳴き声。
泣き声。
嗚咽。
頬が冷たい。あれ、でも濡れてない。
この頬じゃないのか。
俺の魂の頬じゃなくて、外だ。
クロニカ。クロニカが泣いて?泣いてる?
大いなるものの歌は鳴り止まない。
俺を修復しようとし続ける。
帰ろうか。
帰ってもいいか。
あの世界に俺はもういないのだし。
クロニカには恩があるから、泣かせてばかりはいられないし。
「世界の歌声は命を育む 愛されることに不慣れな子羊よ けれど大いなるものだけは汝を愛して止まぬのだ」
祝福と慈愛と懺悔の歌。
白い粉を被った黒羊は偽りの生け贄として断罪される。