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終焉の女神  作者: 雨羽
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未来の見えない世界

 ここで一つの話をしよう。

 滑稽な魔法使いの哀れな話さ。もっとも、俺が魔法使いになったのは、今はの話で、昔は得てしてこう言われたものさ。


「悪魔」


 ってね。

 俺にとっちゃ、俺を迫害するお前らこそ悪魔だろって、感じだったけどさ。だって、そうだろ。魔法が使えるってだけで、家族に目玉をくり貫かれそうになったり、近所の連中に手足折られたんだぜ? ああ、俺、よく生きてたなあ。あいつらのこと、それでもよく殺さなかったなあ。

 まあ、七歳くらいまで、俺は隠されて、ひそかに育てられたんだけどよ。その後は、捨てられて、しばらく野草食いながら家の周りを徘徊してた。ここで、実は私たちも魔法が使えるんです、的人たちが現れるっていうお伽噺にも期待して見たけど、らちが明かねぇーや。

 そんである日さ、俺はここにいるーーって叫びながら、堂々と空を飛んだ訳さ。

 その結果、軍が来てね。

 俺の力を貸してほしいって言うんだ。俺はもう認めてくれるなら、誰でも良いって感じだから、殺人兵器として使われようと文句なんていいやしなかったと思うぜ、ああ。だけど、あいつらときたら睡眠薬で人を眠らせた上で、薬と洗脳で操り人形に俺を変えやがった。毎日、朝も昼も夜も、したくもないことばっかりさせられてさ、しかもいざとなったら殺せるように俺の首に爆弾を埋め込みやがった。サーさ、お立ち会い。ちょっとしたしつけなら指一本。重大な命令違反には腕の一本。とうとう気が狂ったら、命を頂戴しまーすって、冗談じゃねぇ。

 はん。

 俺がそんな思惑に乗るかよ。と内心で叫ぶ心さえも薬漬けさ。意識が朦朧として言うことを聞かねぇーや。でもさ、そんな生き地獄で生きるぐらいなら、死んでみるのも悪くはないのかもなー、なんて、俺はそんな絶望的なことを考えていたんだよ。

 そしたら、なんだろう?

 本当に死んだみたいだ。

 ある日を境に意識がぼんやりし始めて、そしてこう目の前にはっきりと金色の葉っぱが現れたんだ。それがだんだんと多くなっていって、一本の巨木に変わった。ああ、綺麗だなあ。って手を伸ばしたら、世界が反転して、視界が真っ白に染まって、そして次に目が覚めた今、目の前に少女がいる。女性というにはまだ幼い見た目で、目がくりくりしている。唇はふっくらとしていて、薄桃色に色付いている。すらりと伸びた手足も同じように柔らかそうな色を帯びていた。

 彼女はにっ、と笑った。

「ありがとう、来てくれて」

 彼女は嬉しそうに、寝転ぶ俺に手を伸ばす。

 温かな感触が最初なんだか分からなかった。

 しばらくたっても、まだ分からない。

 俺は少女の背に手を回した。

 ああ、あったかい。

「あなたが来てくれるのを、あたしずっと待ってたのよ」

 歓迎のハグをされてそこで、俺は初めて知ったみたいだ。

 人ってこんな温度だったんだな。ってさ。




 とりあえず、ここがどこだか聞いてみた。

 白い壁の収容所じゃない。丸太小屋のようだ。木が重なって積み上げられて壁になっている。手錠も、足枷もない。俺が着ている服も砂漠で暮らす人が着ているようなフード付のゆったりとした上と中国の武術家が着ていそうな裾のしまったズボンのペアだった。

 俺の予想では俺がいては不利だと思った祖国の敵が拉致ったってところだろう。殺さず連れてきたんだから、俺の力を貸してほしい筈だ。薬漬けにして人を化け物扱いしながら、悦にいらなきゃいうこと聞いてやるよ。一緒に俺の故郷を潰そうぜ。

 だが、少女の答えは予想もしていなかったものだった。

「ここはセラスという世界」

 それからしゅんとして、「ごめんなさい。あたし、勝手にあなたを別の世界に連れてきちゃったの」と、言った。

 いや、よく分からない。

 セラス? どこの国だ? 中東とかヨーロッパとかにある小国か?

 だけど、俺は本当は気付いていた。

 きっと俺は薬で頭をヤられて幻覚を見始めたんだ。

「良い夢だな。幻覚でこんな夢が見られるなら、死ぬってどれくらい良いんだろう」

 そう、呟いた。

 そしたら、彼女は丸い目をさらに丸くして、あなたも死にたいの? と聞くのだ。

 正直、生きてて楽しいなら楽しみたいさ。

「あたしもね、死にたいの。でもね、寂しいのはいや。だからね、あたしと一緒に世界の終わりを見てくれませんか?」

 そんな寂しいことを彼女は言った。

 彼女の名前はK・クロニカ。誕生日は六月十五日、双子型、血液型A座、好きな食べ物はフルーツ全般で、中でもリリィと呼ばれる数珠繋ぎに実る赤い果実がお気に入りだという。そして、彼女が俺を異世界に呼んだんだと。凝った幻覚だなぁ。

「で、世界の終わりってどういうこと?」

「うん。まもなくね、この世界が終わりを迎えるの」

「人類滅亡とか…そういう?」

「ちょっと違うかな? この星が爆縮を起こして、その結果起きるブラックホールが世界を飲み込む予定があるってこと」

「ばくしゅく?」

 幻覚の筈なのに、俺の知らない言葉があるだなんて、これは幻覚じゃないのか?

「えっと、爆発という言葉があるでしょ。爆発って言うのはこう外に向けて破裂するんだけど、爆縮っていうのは宇宙の内側に向かって破裂するってこと。爆発だと破片なんかが飛び散ったりするんだけど、そういう破片なんかも宇宙の内側にの見込まれるの。その結果、この星自身がブラックホールに変わってしまうのよ。そして、この世界はそのブラックホールに飲まれて完全に消滅するの」

「はあ」

 言ってることが全然わかんねぇ。星が内側に爆発した結果、ブラックホールが誕生、世界が終わる。なんで? 規模がでかすぎるからかわかんねぇのか。あと、俺があんまり科学を習ってないからか? だって、俺は小学校にすら行ってねぇーし、追い出された後居場所がないから図書館には入り浸ったけどよ。それだって、漫画読んで手塚先生に感動してたり、ラノベっての読んだりしてただけだぜ。まず、宇宙ってのが、どんなのかわかんねぇや。日が沈むと月が上ってる、あの月の付いた 暗い空のことか?

「クロニカ。俺は学がねぇー人間なんだ。字も書けねぇ、漢字も簡単なのしかわかんねぇ。ついでに自分のことも知らねぇーや」

「自分のこと? え、えー。もしかして、あたしあなたのこと記憶喪失にしちゃった? やだやだ。大変だよー! それは! 自分の住んでた場所は?家族は? あなたの名前はぁああ???」

 おろおろと金髪を振り乱してうろたえる少女にビックリした。な、なんだ。こいつ。

「名前は? 自分の名前!」

 ガシッと肩を掴まれた俺は彼女の瞳に強制的に自分を見なくてはならなかった。

 その瞳の俺が言う。

  『化け物』

 そうだ。そうとしか呼ばれなかった。

 俺には名前なんて最初からなかった。

 俺は名前を持てない者だ。

「安心してくれ。記憶がない訳じゃねぇ。むしろちょっとくらい欠けてて欲しいくらいくっきりと残ってる。俺のことなら好きに呼んでくれ」

「ええー。そう言われると困っちゃうなぁ」

 彼女は顎に手を当てて、考え始める。

 そんな表情の豊かさに見とれながら、俺は彼女に聞いた。

「なぁ、クロニカ。この世界が終わるとして、俺はなんで呼ばれたんだ?」

 なんとなく、分かってはいるけどな。あれだろ、この展開は俺が勇者になって、魔王をぶったぎるんだろ。もしくは奇をてらったラノベっぽく俺が魔王で勇者を叩き切るんだろ。

 いいよ、クロニカ。あの地獄から救ってくれた君の味方になろう。なんでも、してやるよ。

 クロニカは少し言いづらそうにもじもじして、それから、俺の顔を見上げた。

「さっきも言ったけどね、世界が終わるでしょう。その時はあたしも死んじゃうから、だから、誰かに傍にいて欲しいなあって。じ、自分勝手だよね? こんな、しょうもないことで呼んじゃってごめんね。あ、あのね。でも、一緒に死んでとまで言ってるんじゃないんだ。あなたが帰るだけのマナは残ってるから」

 マナってなんだろう?


「これ」

 クロニカが机の上から取ったのは、片手で持つには重くて大きいけれど、両手ならそうでもない、それぐらいの大きさの硝子の瓶だった。コルクの栓をはめて、中の何かを閉じ込めている。

 何か、としか言いようがなかった。それは蛇のようにうねった無数の紐のようだった。一本で繋がっていたり、何本か合わさっているものが、連なって動いている。そして、金色の輝きを帯びていた。神聖な何かの気配みたいなものを感じる。少なくとも、風や雷のような気安さはない。

「これは」

「これがマナ。私たちの命の源」

 彼女は忌々しそうな目でそれを見た。

「クロニカ?」

「なあに?」

「だって、お前。とっても怖い顔したから」

「えー」

 ぷうっと、頬を膨らませて拗ねたフリをした後、それでは動じなかった俺をクロニカは面白くなさそうに見た。

 それから、諦めたように、「そうなの。あたし、マナって嫌いなの」と、言った。

「このマナがこの星を支えていたんだけど、年々、減っているんだ。それで、完全に無くなってしまうとこの世界は爆縮するの」

「どうしてだ?」

「どうしてでも。仕方ないの。あたしにだって細かいことは分からないんだ。だから、あなたに説明できない」

「そういうものなのか?」

「うん。そうなの」

 クロニカは大きく頷いた。

「こうして閉じ込めているから、この世界から無くなる最後のマナはこれになる筈なの。あなたはこの最後のマナで、自分の世界に帰って」

「俺、元の世界とか帰りたくねえーんだけど」

 クロニカはまたにっ、と笑う。

「よかったー。今すぐ帰りたいって言われたらどうしようと思った。ね、お腹すかない?」

 言われてみれば、腹ペコだ。

「これからしばらくここで二人で暮らそうと思ってるんだけど、いいかな? とりあえず、今日は二人で料理しよう。今度からは当番制でもいいし、そういうのはおいおいね?」

 手を引っ張られて、俺は呆然とした。

「あ、ダメ? やっぱり当番制だなんて図々しかったかな?」

「じゃなくて、おれ。料理…できない」

 呆れられるかな、と思ったら、クロニカは笑ったままだった。

「なーんだ。じゃ、あたしが教えてあげるよ。後、文字とかも」

 クロニカは全然動じずに、何が食べたい? なんて聞く。

 そうやって普通に接せられると普通に接し返していいのかな、と思えてくる。騙したり、騙されたりしなくて良いのだろうか?

 俺には、K・クロニカはよく分からない。

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