王女と狼の騒動歌
「写真より美人だな・・・」
それが、実物の彼女を見た感想だった。N国王女、『サラ=ブレンダ』20歳、王位継承者一位。確か祖母が日本人だとかで、王様ともども親日家として有名だ。
今回の仕事は彼女の暗殺。依頼人は、民主主義を求める反政府ゲリラだが、暗殺やテロで自分たちの主張を通そうという連中だ。どこまで本気だか・・・まあ、俺としては報酬さえもらえれば文句はない。
彼女は、父親のダレス王と共に日本国の援助を得る為に来日している。おかげでハードスケジュールだ。やるなら狙撃がベターだろうか。俺は、ホテルの入り口から見えるビルをひとつずつチェックしていく。
「あのーよろしいですか?」
後ろから誰かが話し掛けてきた。人に背後を取られるなんて久しぶりだ。相手が同業者なら俺は血塗れで転がっていただろう。振り返ると、黒いロングヘアーの女が立っていた。ブルーの瞳には生命力が満ち溢れている。
そこに立っていたのは、今回のターゲット、サラ=ブレンダ王女だ。彼女に付くはずの護衛の姿はない。一瞬、罠じゃないかうたがった。
「記者さんですよね?空港からずっと付いてきていたでしょう」
「あ?ああ、そうだ」
勘違いしているなら好都合。適当に話をあわせる。
「姫様。一人での外出は危険だと存じますが」
俺は、心にも無いことを言う。チャンスだ、面倒にならないうちに始末するに限る。
「護衛の皆さんが、あれは、ダメ。これは、ダメ。とうるさいものだから、逃げてきちゃいました♪」
この姫さんは、自分の立場をわかっているのだろうか?
俺は左脇に吊るした愛用の拳銃『CZ75』に手をかける。
「あの…今日一日付き合ってくれませんか?」
自分から狼を引き込むとは、こいつは馬鹿だ。と俺は彼女をそう評価した。
「おいしい。これは何という魚ですの?」
「ああ、ヒラメだ」
お台場や渋谷等を散々、引っ張りまわされて日本らしい食べ物が食べたいというサラと寿司屋に入ったのは、十三時を少し回った時間だ。
生魚は大丈夫か?という俺の心配をよそに、彼女は食べては、魚の名前を聞いてくる。
そして、日本酒を飲んで頬を朱の染めたりしている。
内心、一体俺は何をしている。という思いもあるが、もう少し付き合ってやってもいいだろう。どうせ、今日一日の命だ。俺としてもこのまま帰すつもりはない。
チャキッ
俺が『第九交響曲』の歌声響くコンサートホールの中で、その音を聞き取ることが出来たのは、偶然ではない。俺にとって聞きなれた初弾を装填する音、セミオートガンのスライドをひく音だ。
依頼人は、俺を信用していなかったようだ。掃除屋(殺し屋)を二重依頼するとは・・・
「チッ」
舌打ちと共に、サラを引き寄せた。同時に銃声。サラの前に座っていた男が腕に被弾した。多分、命に別状は無いだろう。
俺は、懐のCZ75を引き抜き、天井に向かって三発、威嚇射撃をする。
銃声を聞いても伏せると言うことを知らない日本人だ。一発目の銃声で呆然としていた人々が、俺の威嚇射撃で現実に引き戻されパニックに陥り、我先に出口に殺到する。俺はサラの手を引き、その人波に紛れ込んだ。
「こっちだ!走れ!」
「は、はい!」
俺は、スタッフオンリーのたて看板を蹴っ飛ばし扉にカギを閉める。時間稼ぎにはなるだろう。
狭い通路をサラの手を引き走る。出演者専用の出入り口から脱出するつもりだ。
しかし、出入り口の前には拳銃を手にした男がいた。男がこちらを認識するより先にCZ75が火を吹く。弾丸は男の親指に当たり、拳銃が床に落ちる。かわいそうにこれからは、普通の生活をするにしても不便な思いをするだろう。しかし、容赦はしない、男の顎をけりあげた。男は崩れ落ち動かなくなる。俺は男の懐から予備のマガジンと床に落ちている銃を奪う。『グロッグ18C』高性能のマシンピストル。こいつら、街中で銃撃戦でもやらかすつもりか?
「さあ、行くぞ!」
扉の外に誰もいないのを確認して、サラの手を握り俺は路地を走り出した。
「はあ・・・はあ・・・これじゃ、昼間見たアクション映画の主人公とヒロインみたいだな」
今俺たちは、廃屋と化した病院に隠れている。しかし、俺はサラの命を狙っていたはずなのに・・・、何故、命がけで、守っているのだか。
「あの・・・私が狙われているんですよね?」
「たぶんな・・・・・・」
二人とも、ずいぶんと息が切れている。こんなに必死に走ったのは久しぶりだ。お互いしばし無言になる。
「サラ?」
「ごめんなさい・・・・・・私のせいで・・・本当にごめ・・・・・・・・・」
俺は、サラの口を唇で塞いだ。そして、サラの背中に手を回し抱きしめる。
「大丈夫。俺が、あんたの居場所に帰してやる。あんたにゃ、闇は似合わない」
「でも、でも・・・」
まだ何かを言い出そうとするサラの口を、再度俺の唇で塞いだ。
「何も言うな。キスは報酬の前払いと言うことでよろしくな」
サラは、ほほを赤らめて頷いた。
俺は車道に飛び出し、無理やりタクシーを止めた。
「馬鹿野郎!轢かれたいのか!」
50過ぎくらいの運転手が怒鳴る。俺はそれを無視してサラをタクシーに押し込む。
「サラ。ここでお別れだ・・・」
「あなたも一緒に・・・」
「言ったろ。あんたに闇は似合わないと・・・そして、俺にはあんたはまぶしすぎる」
俺は、運転手に5万ほど握らすと、「Tホテルまでノンストップでいってくれ」と頼んだ。運転手は「おう、まかせな」と急発進して目の前の赤信号を無視して見えなくなった。とんだカミカゼタクシーだ。
「さて、決着を付けに行こうか」
俺は、一人呟いた。
「よう。依頼主さん。けじめをつけに来たぜ」
貧相な男の面にCZ75を突きつける。
俺が依頼主のゲリラ達のアジトに、強襲をかけたのは翌朝の6時だった。追っ手を締め上げ、場所を特定するのに時間がかかったのだ。
「契約違反の上、俺まで始末しようとしたんだ。覚悟しな」
男はなにやら外国語で喚く。おそらく母国語だろうが・・・・・・
「日本語で、しゃべりやがれ」
俺は引き金を引いた。
眠い・・・そんなことを思いながら街を歩いていた。
昨日は散々な日だった。世間知らずのお姫さんに振り回されて、夜中の鬼ごっこに、早朝からのハードな仕事・・・しかも、一銭の儲けにもならなかった。
まあ、報酬が美女の唇というのも悪くはない。
電気屋の前を通ると、テレビの中にサラがいた。足を止める。
『サラ王女、昨日、ハードスケジュールを嫌って、行方をくらませたとの情報もあるのですが、何処にいかれたのですか?』
『はい、お台場とか渋谷とか行きました。お寿司も食べました。日本酒も美味しかったです』
『ずいぶんと、楽しんだようですね。日本はいかがでしたか?』
『日本?おばぁ様に聞いた通り素晴らしい国でした。それに、とても素敵な男性と一日を過ごせて・・・・・・最高の思い出を作ることが出来ました』
テレビの中では、サラの爆弾発言に大騒ぎだ。俺は苦笑をうかべた。それじゃ、誤解されるだろ。
その時、殺気を感じてCZ75を引き抜きつつ振りかえる。銃を構えた若い男の姿が映る。
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
至近距離での撃ち合い。お互いに外す訳はない距離。俺は地面に倒れこむ。身体を襲う灼熱感と共に、身体から何かが抜け落ちていく。
俺は、震える手で懐から煙草を取り出し咥えたが、うまく火をつけられない。少しずつ視界が暗くなっていく。サラの笑顔が浮かんだ。
『見ていますか?私が今度この国にきた時は会ってください!』
すまない。もう会えそうにない・・・・・・ありがとう、・・・昨日は・・・たのしかっ・・・た・・・・・・
THE・END