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樹の翁  作者: A.TER
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prologue 【解放】

幾重にも失敗と成功を重ねて進化し続けていったTVゲームもついには電脳空間に自意識をダイブさせ架空空間でリアルに体験できる、いわゆるVRMMOと呼ばれるものがその進化の終着地点として世間には知られていた。もちろんVRMMOという内での進化はこれからも続けられるのだろうが、それでもゲーム文化はここで一端終わりを迎えたと言って過言ではないだろう。

若い人間からすればもはやこの形式が常識と成り果て、年老いた者にとってはゲームもここまで来たかと感慨深いものを抱くのだろう。


私は、後者の人間だった。

すでに人生の半分以上を窮屈な社会の中で過ごし、遠い記憶の中にあるゲームというものも友人とコントローラーを取り合いながら遊んだものしかない。時代が進むごとにグラフィックが美麗になり、その複雑さも増していく。そうなれば、もはや年を重ねた人間が見向きするようなものではなくなっていた。

だがしかしここ最近では定年を迎えた者でさえもVRMMOの類に手を出す者が増えているという。


理由は様々だ。

婚姻できず人生の終わりを子供からの夢であった仮想の世界で迎えようという悲しい輩。ある程度の法と規律がありながらも世間の柵から逃れることのできる電脳の世界に逃げ込む者。VRMMOの性質上、老いさらばえた身体から解放されるが為。本当に、さまざまだ。


それを言えば私は全てに当て嵌まるのだろう。

何の因果か目出度く結婚という経験をすることはできたが、それも昔の話。妻には先立たれ、すでに子供らも自分のお節介が不必要なくらいに立派に成長してくれた。全ての仕事を終えた私はあとは余生を椅子の上でのんびりと読書しながら過ごすだけしかない静かな老人でしかない。

そんな折、正しく自由となったこの身が、心が更なる自由を求めたとしても異常ではないだろう。老人らしく枯れ果てたといっても貪欲なそれはまだ心に残っていたらしい。


次世代VRMMOゲーム【unIQue】。自由すら、選べる。

そんな謳い文句と共にテレビで忙しなく放映されるその情報は、否が応でもなく私を魅せた。誰もがたかがゲームと言う中で、私は幼稚な好奇心と探求心を隠さずにいた。望外な喜びと共に。

気まぐれ、というにはあまりに期待に満ちていたβテストに私が選ばれるのなどと。


それからの私はまずpcの操作から学びなおし始めた。世の中の若者と混じりながらネットの中をはい回り、一日中をpcの前で過ごすことも多くなった。

VRMMOとは何か。その傾向は。様式、つまりはテンプレと称される様々なこと。そしてスラング。いつだって若者の考えることは愚かで度し難く、そして馬鹿馬鹿しく笑える最高の暇つぶしなのだろう。それでも時ばかりを重ねた脳はそれらを正確に覚えることすらできなかった。それが歯がゆくもある。


それでも、【unIQue】にかける期待と情熱は誰にも負けない。

専用のヘッドギアを頭に付け、私の体に合ったチェアーに腰を掛け、ゆっくりと目を閉じる。まるで今生最後の瞬間でもあるかのような安らぎと、鼓動さえ早まる期待感が心の中で混ざり合う。


何をしようか。

そんなことを、私は考えていた。




   【prologue 『解放』】




まるで日光が瞼越しに降り注ぐような白い視界に眉を顰め、ゆっくりと目を開く。すでに私は立ち尽くしており、そして私の視界はこういったVRMMOお決まりであるらしい真っ白な空間が広がっていた。

足元さえ定かではないその空間に私の姿だけがはっきりと輪郭を帯びながら佇んでいる。少々不気味だ。


だがしかし私は腰を曲げることもなくまっすぐ立てていることに感動した。

VRMMOでの身体はリアルでのそれをトレースしながらも日常生活に影響がない程度の身体能力を保っていてくれる。はたしてこれが医療やその他の技術でどのように流用されているのかはわからないが、それでも身を包む解放感は格別だった。

それでもやはり老いた身。他のプレイヤーからすれば低い身体能力なのだろう。そういった情報もネットでは散見できた。


そんな自己分析をしていれば目の前には光が収縮するようなエフェクトと共に一人の女性が現れた。とても現実ではお目にかかれないような、つまるところ二次元にしかいなさそうな容姿をしたヒトがそこにいる。たとえわかっていることとはいえ、仮想の世界に自らの意識を飛ばす意味を理解させられた。


ウェーブのかかった薄緑色の髪、人形のように整えられた顔には穏やかな笑みが浮かび、ナビゲーターというよりは受付嬢をイメージさせられるスーツを纏うその体は、もはや黄金律を表したそれと言っても過言ではないだろう。

こんな美麗な者たちがこの世界では常であるのだろう。少々胃もたれしないわけではないだろうが。


「ようこそ【unIQue】の世界へ。私はプレイヤー様方のお手伝いをさせていただきます、ナビゲーターのソフィアと申します」

「ああ、よろしく」


碧眼の瞳がこちらを見つめている。私の口から出たそれはしわがれたものではなく、はっきりとした音色を以て世界に響いた。それが酷くうれしい。

さて、いつまでもスタート地点にさえ立っていないところで感動しっぱなしでも仕方がない。


「それで、アバターとやらを作ればよいのかな?」

「はい。その前にunIQueにおける基本的な事柄を説明いたしますがどうなさいますか?」

「よろしく頼むよ。といっても一度に話されても覚えられなくてね、できれば一緒にアバター作成を手伝ってもらえれば有難いのだが」

「ふふっ。勿論です。珍しいですね。どのプレイヤー様も実践あるのみと申してここでゆっくりしていくことは少ないのですが」

「私もそうしたいのだがね。例えAIと言えどもその筋の人に見てもらったほうが……いや、本人を目の前にしてAI云々などと失言だった。申し訳ない」

「お気になさらず」


AI。私は彼女の反応を見てその事実を彼岸の彼方に追いやった。例えゲームと言えどもそれがプログラムされたものであっても、この思考はここでのありとあらゆることを陳腐にさせる。

ともかく、だ。今は第二の自分ともいえるアバター作成に取り組まねば。


さて、unIQue内における仕様ではあるが、各種パラメーターやスキル、アビリティに対し自由にポイントを振り分けるのは変わらない。

それぞれの関係を再確認する必要はないかもしれない。パラメーターは広い範囲での行動に補正が付き、スキルはそれよりも少ない範囲で補正が。アビリティに至ってはその行動のみに補正が付くといった感じなのだろう。しかしこのゲームではパラメーターは数値化した情報としては確認できないらしい。

だからこそこのアバター作成において初めの設定は慎重を期すことになるのだろう、ネットで拾った情報にはunIQueの発売が発表された時から頭を捻り最適解の設定を組もうとする、言わば廃人と呼ばれる人間もいるらしい。


それに比べれば私の考えなど浅はかなのかもしれないが、それでもある程度の有能性は維持しておきたい――――などと考えていたところで私は肝心のことについて思い出した。

アバターの名前は、どうすべきか。といっても迷うことなどない。別段本名で登録してもいいし、苗字か名前かどちらかだけでもよい。

そんなこんなでソフィア君と共に肩を並べて目の前に浮かぶウィンドウ相手にうんうんと唸りながら設定を煮詰めていく。

そうやって出来上がったのは――――。


name――――【シスケ】

sex―――――【male】

skill――――【土魔術lv1】【聖魔術lv1】【精神統一lv1】【農業lv1】


一般的に言えば後衛職、ということになるのだろう。

といってもunIQueには他のVRMMOにおけるジョブ、という職業を表す要素は存在しないらしい。ジョブの設定は自由なプレイイングを狭める、というのが制作陣の主張らしいが、込み入ったところまで詳しくない私にはその理由は察することができない。

ただ情報雑誌に載っていた『スキルとアビリティ。その組み合わせでunIQueは進化し続ける』といった風なコメントを制作陣の一人が残していたのが気にはなるところだ。


まぁ、いい。


これらのスキルを選んだ理由はあるにはあるのだが、何かしらの目的があったわけではないのだ。

敵、いわゆるモンスターの前で大立ち回りをする前衛職など私には荷が重いことだろうから後衛から援護できる土と聖属性の魔法を取ったに過ぎない。

スキルとして選べた魔法属性のスキルは7つ。無、炎、水、風、土、聖、闇。土と聖を選んだ理由も、ソフィア君の情報を聞けばこの二つが敵の阻害と味方の援護に向いているからとのこと。精神統一は魔術を使うための補助として。


「……それで、農業ですけども」

「何か不都合があったかな?」


生産スキルに区分される中でそれを選んだのはたまたま実家が農家だったからに過ぎない。ソフィア君のアドバイスから一つは生産スキルを選んでおいたほうが世界が広がると受けたために取得しただけ。

他にも錬金術、鍛治、調合、裁縫様々な生産スキルがあったが、それでも私が選んだのは現実で経験したこともある無難なものだった。

新しいことに挑戦する気概が足りないかと自問自答したが、何を馬鹿な。現実とこことは違う。ひょっとすれば摩訶不思議な栽培方法や生産物ができあがるかもしれない。これも期待を持っているからこそ、だ。


ちょうど一時間ほどかけてアバターを作成すれば、電脳空間だというのに少しばかりの疲れが滲んできた。何を馬鹿な。まだまだこれからだというのに。


「それではシスケ様。長らくお待たせしました。ごゆっくりunIQueの世界をご堪能ください」

「ああ、有難うソフィア君。プレイ中に出会ったら、また」

「ええ。楽しみにしております」


相も変わらず朗らかに笑ってくれる彼女の見送りを背中で感じながら目を閉じる。次にこの目を開ければそこには無機質な空間ではなく、未知の世界が広がっているのだろう。

真っ白な頭髪はオールバックに整えられ、顎から少し見える髭も真っ白。それでもひ弱というよりは精巧なものを感じさせる顔をした初老の男の顔。175を超える背丈は唐草色のローブに包まれ、確かに手には――――ファンタジーの代表ともいうべき木製の魔導士の杖が握られている。


杖の先の真っ赤な宝石が怪しく光り、そして私は――――。




様々な出会いがあり、未知との遭遇があり、そして苦難と栄光がある。

ああ、今私の心は、確かに一人の子供に戻っていた。


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