表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

お菓子と煙草と愉快な男。

 ランラランララーラン……ララランラン……♪

 愉快な曲が聞こえる。確か小さい頃良く聞いた曲だった気がする。クラシックの割に曲調がお菓子みたいな、おもちゃみたいなそんな曲で、一回聴いただけで覚えてしまった。そんな記憶が微かに存在している。桐宮道晴はふとそう思った。

 道晴の通う光栄高校はただ今休み時間中である。にも関わらず、道晴は日当たりの良い窓際の自分の席でそんな事に思いをはせていた。他にも、「ああ、今日の夕飯はなんだろう」とか「帰ったらなんの本読もう」とか、とにかくくだらないことを延々と考えていた。

 「そうだ、帰る途中でコンビニ寄って酢イカと濃いミルクティーを買っていこう」と道晴が思案していたら、ふいに声をかけられた。

「ミチ、屋上行こう。3時限目サボろうよ。」

 親友兼幼馴染の苺谷小冬だった。小冬は何か悪戯を考え出した時のような顔をしてそう誘った。

「フユ。なんだいきなり。」

「なに、嫌なの?オレの誘い断るの?」

「別に嫌とは言っとらんだろ。むしろ喜んで行くわ。」

「うわ、ツンデレ。そんなにオレ好き?ミチ。」

 小冬は明らかにからかってそうけしかけたが、道晴はさらりとこう返す。

「おお、好きだぞ。ゾッコンラブだ。」

 それを小冬は「わ、ミチがオレんこと好きとか。ありえねー。」と笑って一蹴した。結局道晴は、口と言葉を武器とした舌戦で小冬に勝てた試しなど一回もないのだ。だが、コイツらはお互い自分以上にお互いのことを知りあう仲なのである。それもそうだ、この二人は生まれた時から一緒と言っても過言ではない。決してない。なぜか。それは二人の生まれた病院が一緒で分娩室が隣どうしで入院部屋のベッドが隣どうしで究極母親どうしが仲良くなってしまったのだから、これはもうどうしようもない(ついでに家もご近所さんだった)。死ぬまで一緒にいる運命なのだろう。そう二人はお互いに思っている。

「あー、まだ風が冷たいなあ。お日さまだけだったら大分あったかいのに。ねえ、ミチ」

 二人は屋上にでて、授業をサボって煙草を吸っていた。

「あー、そうだな…。そろそろ春だなあ…。」

 俺は一番春が苦手だな。だって眠くなるんだもんよ。道晴の大敵は幼いころから睡魔と小冬だけである。

 道晴と小冬は幼稚園から今までずっと一緒のところへ通い続けている。別に自分たちが望んだわけではなく、これまた母親たちが「やっぱり二人ともいっしょのとこがいいわよねえー。」と言って勝手に決めたのだ。中学や高校はお互いに違うとこへ行こうと思えば行けたのだが、母親から一カ月夕飯抜きの刑を喰らうぐらいなら別にいいと妥協したのだ。

 小さい時から道晴も小冬も、それはそれは聡く賢いお子であった。それ故に悪知恵もそれはそれは良く働いた。基本的に小柄でより悪知恵の働く小冬が頭脳役、同い年の中では身長も大きく体格も良かった道晴が戦闘機役で、ガキにしては良く出来た悪戯を昔から死ぬほどやってきた。そして周囲には死ぬほど迷惑をかけてきたのだ。

 桐宮道晴という人間は基本的に真面目な人間で、何事もきっちりやらないと気が済まないタチである。だから、小冬に言われた作戦は必ず自分の手で実行成功させたし(それを若干誇りに思っている)、悪戯のあとも完璧に逃げおおせた。もちろん成績優秀(小冬に「馬鹿といる気はない。」と言われ、元から良かった頭を更に良くした。小冬といられなくなるのが嫌だったわけではなく、イラっとしてこまめに勉強していたらそうなったのだ)、運動神経抜群(元からの素質もあるが、大方は小冬に開発された)で、女子からの評価は高い。男子もこの変な男をなんだか評価している。普段は一人でいることが多い道晴だが、別に友達がいないわけでなく、好きで一緒にいないだけなのだ。それをズカズカと踏み入って蹴散らしていく奴は若干一名いるが。

 女子からの評価が高い一因を担っているのが道晴のルックスである。

 本人はさして気に留めていないようだが、正直レベルは凄く高いのだ。一八〇cmを軽く超える長身に見合った顔の輪郭、だが小顔で、その顔の中には均整のとれたパーツがちょうどよく散らばっている。そしてそこにスタイリッシュな黒ぶち眼鏡が存在している。さらに、その長身はまさにモデル体型と呼ぶにふさわしい体格であった。これらの素晴らしい素材を特に生かそうとしなくとも生かせている道晴は、そこに存在しているだけで目の保養になった。そして目の保養度が倍増するのは小冬と二人並んだ時である。

 苺谷小冬はその性格から風貌まで道晴とは何もかもが正反対である。基本的に悪知恵が働き狡賢かった小冬は、何事も自分に被害が被らないように事を運ぶのがとてもうまかった。良く言えば「要領がいい」のだが、小冬の場合はただ単に自分が可愛すぎるから大事にしようってなだけなのだ。だから頭がいいのは、「必要な個所だけ勉強」して解らないところは頭が良くなるよう育てた道晴に教えてもらっているからで、小冬自体は大して苦労していないのだ。運動神経がいいのはこれは生来のものらしい。そして自分の将来設計のために普段から人懐っこさを売りにしている小冬は友人関係が幅広く、道晴と違い一人でいることがほとんどない。にも関わらず、わざわざ一人でいることを好む道晴のところへ結局落ち着くのだ。こんな掴みどころのない男でも周りからの評価は高く、学校全体で人気者扱いなのである。

 そして道晴同様その人気の一端を担っているのが、小冬のなんとも可愛らしい風貌である。

 (こっちはそのことを自覚しまくって好き放題に利用しているが)身長は同年代の男子と比べいくばくか低く、一六五cmあるかないかの小柄でこれまた小顔。そこに大きな瞳(色素が薄く、光にあたると黄金色に見える)と小さくスペースを取らない鼻と口。美少女、いや美少年の素質を余すことなく使い果たした見栄えなのだ。こいつ単体でも十分に目の保養になるのだが、やはり道晴と並ぶと保養度が半端ないらしい。

 その二人が屋上で煙草をくゆらせていると、またあの曲が聴こえた。

ランラランララーラン……ララランラン……♪

「おいフユ、この曲なんだっけ?曲名が思い出せねんだよなー…」

 道晴が何気なくそう尋ねた。

「…は?何にもきこえないんだケド」

「………………………………は?」

小冬にはこれが聴こえないというのか?そんなはずはない。だって自分はこんなにもはっきりと聴いているではないか。こんなにもはっきりと聴こえているではないか。

ランラランララーラン……ララランラン……♪

やはり聴こえる。ものすごくはっきりと聴こえる。

「ほらフユ。聴こえるだろ――――?」

「え…きこえな……」

 ランラランララーラン……ララランラン……♪

メロディーがうるさすぎてフユの声が聴こえない。

「ねぇ…ちょ………ミ…」

 ランラランララーラン……ララランラン……♪

最早何もキコエナイ。

「ミチ……ね…」

 ランラランララーラン……ララランラン……♪

うるさい。

ランラランララーラン……ララランラン……♪

うるさ…

ランラランララーラン……ララランラン……♪

うる……

ランラランララーラン……ララランラン……♪

「うるっせぇ―――――――――‼」

 ついに我慢しきれなくなった道晴が怒鳴ると、

 ポンッ!

「は?」

 二つ分重なったその声の先にはなんと。

「はー、やっと返事してくれたなミチハル。長かったー…」

 奇妙奇天烈、摩訶不思議、独創的にして難解な格好をした派手な男が一人立っていた。しかもその男は自分の名を呼んだ。「ミチハル」と、確かに呼んだのだ。

 信じ難いことが今目の前で起きた。

「…ミチ、これはタチの悪い夢かなぁ」

 沈黙を破ったのは小冬だった。

「…同じ夢とか見るかフツー」

 ごもっともである。

「じゃあ、何、これは現実だって言うの?こんなんが…」

 これもごもっともである。

「そうそう、現実」

 男が言った。

「俺の名前はね、香宮。香りに宮と書くんだよ。そのまんま呼んでね。俺はね、ミチハルに会いに来たんだよ」

 屋上に、一筋の風が吹いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ