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ま:真っ当な理由が欲しけりゃ、早く汚い大人になりな。

 彼女を好きな気持ち、

 彼女を目で追う回数、

 彼女に感謝された機会、

 彼女を守ろうとする努力、

 彼女について知ってる事の多さ、

 全部、

 全部僕は、君には負けてなかった。




 例え彼女の彼氏が君でも。

 僕は選ばれなかった方だとしても。

 例え君の側で彼女が幸せそうに見えても。

 僕は冗談の延長で丁重にお断りされた身であっても。

 君よりもね、僕の方が彼女を好きな事に変わりはないんだよ。




 容姿端麗な彼女。

 頭脳明晰な彼女。

 温厚柔和な彼女。

 好きにならない理由はない。




 僕より君を選んだ彼女。

 君の何がいいって、彼女は言ってたの?

 僕にない若さ?

 同年代だから話が合う所?

 引っ張ってくれる強引な感じ?

 単純に、顔なのかな?

 君は彼女に尋ねたの?

 僕には、とうとう最後迄答えてくれなかったからさ。




 ああ、それ?

 うん、スカートの切れ端じゃないかな?

 目聡いね。よく見付けたね。そんなに必死?

 なら、もっと早く来れば良かったのにね。

 彼女のLINEを、何で見なかったの? 大事な彼女のSOSのLINEをさ。

 喧嘩してるから、見るの後でいいやとか思っちゃった?

 だとしたら君、一生涯後悔する事になっちゃったね。

 救える筈の彼女を救えなくしたのは、他ならぬ君だから。




 委員長の彼女は、いつも自分から、何かする事はないですかって担任の僕に声を掛けてきてくれてたんだよ。今日も僕は有り難う、特に何もないよって言い掛けて。

 ――僕は気付いた。彼女は何か悩んでる。用事をこなすのを理由に、何か僕に悩み相談に乗って欲しがってる。

 だから、じゃあ頼んでいいかなって適当なプリントの仕分けを頼んで、僕は彼女にきりの良さそうな時に尋ねてみた。

 彼女の悩みは、君との事についてだったよ。最近君が冷たくて、何を言っても喧嘩になるって。しかも喧嘩の後、謝るのはいつも自分からだって。君から謝ってくる事はないんだって。

 彼女究極に考え込んでた。自分は君を大好きだけど、君は自分をもう好きじゃないのかなってね。泣いてたんだ。

 僕には彼女を慰めてあげられる言葉もなかったし、冗談でまた『ほらね、だから先生にしときなさいって言ったじゃないか』なんて言える雰囲気でもなかったからさ。君とよく話し合った方がいいよって言っといたんだ。

 紳士だろ? ちゃんとさ、僕はさ。幾ら好きでも、君の居ないとこで卑怯な事はしたくないからね。僕はそう思うけど、そう思いもしない卑怯な奴が居たんだよ。

 ねえ、君。知ってた? 本間先生。彼も彼女を狙ってたんだよ。

 彼女誰にでも優しかったからね。僕達教師に対してもさ。

 まるで気があるみたいに笑いかけられて、本間先生イチコロだったみたいだよ。明確な理由もなく、ただ彼女の八方美人な気質に勘違いして、いっぺんで惚れちゃったらしいんだ。

 だからさ、いつも君達をつけ回してた。知らなかっただろうけど、僕は彼女が極力一人にならない様に気を張って見てたんだよ。君が居ない隙に、本間先生が彼女に近付かない様にね。本当、感謝して欲しい位にね。

 だけどさ、今日彼女が泣いて君との関係を僕に相談してたのを、彼も隠れて聞いてたらしいんだ。僕はもう遅くなるから帰りなさいって、出来れば早く君と話す機会を作りなさいねって言って、彼女と一緒に教室を出たんだ。

 先生有り難うって笑う彼女の顔が決意に満ちて晴れ晴れしてたから、大丈夫だなって僕は思ったんだ。まさかその直後にさあ、こんな……本間先生に襲われるなんてさあ、想像もしなかったからね。

 大胆と言うか考えなし、と言うのか。本間先生ってさ、本当短絡的で動物的なお馬鹿さんだったらしいよね。仮にも校内でなんてさ。

 散乱した切り刻まれたスカートの生地。落ちてる血の付いたハサミ。床に点々と続く血の筋。転がってるスマホ。

 僕は息を呑んだ。あれから大分時間も経って、職員室にはもう僕しか居なかったからさ。帰る前に巡回しようと思って廊下を歩き出して、床にあるそれらに何事、と思って急いでスマホを拾い上げたんだ。

 指が液晶に触れて、君とのツーショットで嬉しそうに笑う彼女の姿が画面に浮かび上がった。君の腕にしがみつく様に引っ付いて、照れてなのか少し顔を逸らした君に顔を寄せて、全力で笑う彼女。 ……多分、これは彼女のスマホだ。

 僕は事態の真相解明の為にスマホをそのまま握り締めて、少量づつとは言え続いている床の血の滴を辿りながら、物音を求めて慎重に歩いて行った。階段下の倉庫前の隠れた場所、そこに――本間先生の背中が見えた。

 ……僕はすぐに引き返した。吐きそうだったから。本間先生の荒い息遣い、動く体、投げ出された細い白い足は、血にまみれていて……一瞬で目に入ったそれだけで、もう――

 ――助けてあげなきゃ、と思う気持ちは当然ながらさ、実際力が強い本間先生にやめろと向かって行った処で勝てるかな、って怖かったんだ。ヤバイとこ見られた、ってやけになった本間先生に反撃されて、口封じの為に僕の方が殺されてしまうんじゃないか、とも考えてさ。

 ごめんね、その時の僕は頭の中がそんな考えもあって真っ白になっちゃってさ。血まみれの彼女の足が動かなくて、見えたその一瞬で彼女の声が聞こえたか聞こえなかったかも分からなくて、彼女が……生きてるのかどうかも分からなくて。とりあえず引き返して、でも直ぐに膝から力が抜けて、僕は情けなくもその場にへたり込んでしまったんだ。

 ……どうしよう、そうだ、彼女のスマホから君にSOSを送れば君が来てくれるかな、二人でなら立ち向かえるかな、いや僕彼女のスマホの暗証番号とか知らないから君に電話もLINEも出来ないや、どうしよう、ってパニックになってた。

 だって、衝撃が大き過ぎてさ。情けない位に手も震えてて、落ち着け冷静になれって頭が命令するのに、しゃがみ込んだまま僕はガタガタ震えてた。そんな中、握りしめたスマホにまた指が当たったみたいで、液晶が明るくなった。

 器用に操作したみたいに、先程の二人のツーショットの待受画面から、LINEのトーク画面が開いてしまっていた。駄目だ彼女の、生徒の個人情報を見てしまう。そう思って、焦ってスマホを裏返して液晶が見えない様に、床に押し付けた。そこで、ふと頭がクリアになったんだ。

 ロックが掛かってない。簡単にLINEの画面が開いてしまってる。……って事は、君にSOSを送る事が出来る。

 ごめんね、僕は彼女に心から謝ってから、伏せたスマホをひっくり返した。先程のLINEの画面を再度表示させてみる。アイコンの写真が待受と同じ、君の名前そのままの宛先があった。ごめんなさいごめんなさい、謝りながらそれを開く。

 ――彼女が君に送ったLINEの文字が、そこに現れた。まだ未読のままのそれ。

 『がっこう。たすけ』

 必死に打ったんだろう。本間先生にバレない様に。必死で送信したのに、君に届いたのに、君には届いていなかった。君が気付いてさえ居れば。

 僕は彼女のスマホを床に置いた。自分の携帯をポケットから取り出す。震えの止まった手で警察にコールし、冷静に状況を話し学校の住所を伝える。

 立ち上がる。彼女のスマホをどうするか迷ったけど、結局そこに置いて、僕は警察が到着するのに備えて、校門の方へ歩いて行った。


 


 ――実に残念な事態になっちゃったね。結局彼女はいつ亡くなったんだろう? 本間先生に襲われて、ハサミで滅多刺  しにでもされたのかな? それとも刺されたのは少しだけで、本間先生が行為の最中に興奮して首を絞めたりしたのかな? 

 それともさ、君がようやく辿り着いた時に、操をたてるつもりでその時に舌でも噛んで命を絶ったのかな?

 ……可哀想な彼女。君が助けに来てくれる事だけを信じてただろう彼女。

  襲われて、でもLINEをする余裕があったらしい彼女。ちゃんと『たすけて』と最後迄は打てなかったにしろ、送信されたそれに直ぐに君が気付いて、どうしたと返信するなり『がっこう』に反応してやって来るなりしてれば、事態はまた変わってた筈なのにね……。

 もしも僕と付き合ってたなら、そんな襲わせる隙なんか作らせなかった。それだけは自信がある。まず大前提として、彼女を不安にさせたりしなかった。

 例え不安にさせてたとしても、早い段階でこちらからの働きかけを起こしてた。好きな相手を放ったらかしにするなんて、僕には考えられない。

 僕だったら、彼女を脅かす可能性のある物事・状況・人物を把握し、それら全てを排除又は回避する様に努力を怠らなかった。君と違ってね。

 現に、君は本間先生を前に呆然としてた。何でお前が、ってね。やっぱり知らなかったんだね。

 ああ、やっと警察が来た。じゃあ僕は帰るよ。警察が入れる様に、校門も開けたしね。

 だって僕に言える事なんてないもの。彼女の冥福を祈ります。

 可哀想な君。今度誰かを好きになる時には、全力の愛を注いであげなよね。真っ当な理由を得る為に、ね。

 ……ってさ、僕って、根っからの教師なんだね(笑)。

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