幕間 受付の人
冒険者ギルドの受付のお姉さん視点です。
妙な子が来たな。
それが、その少年を最初に見た時に頭に浮かんだ言葉でした。
彼は、扉を開け冒険者ギルドの中へと入ってくると、屋内を観察するかのように見回していました。
まだ少し幼さを残した顔と体格ではありますが、その立ち姿は、どこか熟練冒険者の様な雰囲気を纏っているかの様に錯覚しました。
次に目を引いたのは、彼の艶やかな黒髪です。
このリックマーベ王国内では黒髪の人は珍しので。
それもそのはず。
黒髪は、悪名高い隣国、フィアスクラース王国の王族が持つ有名な特徴の一つですから。
この王国も、かの国からは大なり小なり被害を被っていますので、似た様な特徴を持っている者は、無関係でも謂れのない誹謗中傷の的になる事が多いのです。
私自身は、この大陸の出身ではないので特に思うところはありませんが、黒髪の者は、その大半が迫害じみた差別を受けて国を出て行くか、特殊な魔道などで髪色を変え、ひっそりと生活しているので、めったに街中では見かけません。
その次に気になったのは、彼の目でした。
瞳の色は火の魔術適正を思わせる赤い瞳をしていますが、その、何と言うか……
まるで、中高齢のギルド職員が繁忙期や長時間の残業を終えた後の様な、光を感じさせない目つきをしています。
歳の頃は人族の15~16くらいに見えますが、その目の様相が、人生の長旅を終えた後の様な雰囲気を感じさせ、彼の印象を熟練冒険者の様に誤認させたのかもしれません。
彼はしばらく、室内の様子や依頼表の貼り付けられたボードや、フロアの一角にある酒場で静かに佇む冒険者達などを一通り眺めると、私の座る総合受付のカウンターへと歩いてきました。
おそらく、冒険者希望だとは思うのですが……
若者特有の快活さを感じさせない、あの死んだ魚のような……元気が無さそうな目から感じる雰囲気から、もしかしたら違う要件かも?と思わせ、私は少し身構えてしまい、先に声を掛けました。
「ようこそ冒険者ギルドへ。ご用件を伺います」
「冒険者になりにきました来ました。受付はこちらで合っていますか?」
「冒険者免許受験希望ですね。こちらで問題ありません。では、この用紙に必要事項の記入をお願いします」
やはり、冒険者希望でしたか。
私は引き出しから受験申込書を取り出してカウンター越しに渡すと、彼の様子を観察します。
実は、ここから既に試験の一部が始まっているのです。
この申込を行う態度や姿勢からも(本人には伝えませんが)試験の加点減点の対象に含まれます。
冒険者は誰でもなれると言っても、無分別なわけではありません。
冒険者は多岐にわたる仕事をこなす職業です。
それだけ、多くの物事や依頼人と接しなければなりません。
ですので、必要最低限の人格は求められます。
秀でた力や技能を持っていれば別ですが、ただ粗暴なだけの人物は、ここで落とされます。
彼は……今の所、優秀ですね。
態度や受け答えも丁寧ですし、申し込み書に書き込む姿勢や文字も綺麗で――
――いえ、綺麗すぎますね?
書いている一部の文字に、高位貴族などが正式書面に使う様な装飾文字まで使っています。
もしかしたら貴族の出でしょうか……?
服装は革のジャケットに丈夫そうなカーゴパンツ、金属補強の入ったグローブとブーツといった出で立ちです。
そのどれもが仕立てが良く、新品の卸したてに見えますが、貴族らしい服飾や飾り気はありません。どちらかと言うと、堅実さを感じさせる物です。
それに、この国で黒髪を持つ貴族の話は聞きませんし、名前の欄にも苗字は書かれていません。
となると、どこかで何某かの教養を学んだ?
あの哀愁を漂わせる目といい、出自が気になりますね――などと考えていたら、彼は妙な質問をしてきました。
「この必記事項の祝福教会名って何です?」
祝福を受けた教会が分からない……?
まあ、この様な人も、たまには居ます。
教会が無い様な小さな村の出身ですと、他の街から聖職者が出張して成人の儀を執り行ったりもしますので。
ですが、教会名の書き方を説明すると、また妙な事を言いました。
「まだ成人の儀を受けてないんですが……」
祝福を受けていない?
年齢は15と書いていますし、目の表情を除けば年相応に見えるのですが……祝福を受けていないとは??
……まあ、極稀にですが、こういう人も居るとは聞きます。
まだ村とも言えない所の出身者も居ない訳ではありませんし、この少年が色々と無知な事も、それなら納得もいきます。
規約や冒険者免許発行に関する細かな取り決めを頭の片隅から取り出し、説明をします。
すると彼は「また来ます」と答え、受験を諦め、帰ろうとしました。
その後姿を見た時、私は思わず「ちょっと待ってください」と声をかけ、裏通りの宿を探す様に助言をしてしまいました。
おそらく、彼は、この街に来たばかりなのでしょう。
あの髪色ですと、表通りの宿では泊めてもらえません。
それにしても……何だったのでしょうか彼は?
まるで辺境の開拓村出身の様な常識知らずなのに、身なりは良く、教養も高く、若いのに人生に疲れた様な目をしているという、なんともチグハグな印象です。
そんな奇妙な人物像を私に与え、彼は去っていったのでした。
よいお年を~




