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第7話 赤橋のすれ違い

第1章あらすじ

池田屋の夜、望月廉は天井に走った白い断面=朔望環に呑まれ、二つの月が照らす異世界アルセイドへ落ちる。耳に入るのは異国の音なのに、意味だけ母語に変わる「言の加護」に助けられ、衛兵隊長ファルコの導きで街へ。初戦で影の魔獣を最短の突きで貫き、背の「誠」が温かく灯る。


ギルドで登録を済ませ、導素適性検査では蒼(精密=線)との親和が稀に見る強さと判定。蒼は塔や結界を“線”で守り、対する緋(流動=曲)は市場と人の流れを“曲”でさばく、という街の二勢力を知る。幼なじみの霞は緋側にいるらしい。彼女の守り札は右半分が欠けた半月札――廉の胸に残る違和感はそこで繋がる。


蒼月騎士団の使者アランから十日の見習い「青き誓約」を打診され、廉は受諾。ただし霞の探索は続けると約した。初任務では線灯(結界の格子)に“線”を合わせた突きでシャドウビーストを制圧。親個体には苦戦するも、呼吸・足さばき・角度を磨きながら一歩ずつ成長していく。


記録庫では司書ミレイユの案内で、街を流れる導素の地図と月潮暦に触れる。蒼=集中、緋=巡り、そして「二つが交じる夜(合月)」には力が不安定になるが伸びしろも大きいことを学ぶ。現地の野帳には正体不明の「S式」の稽古記録――一拍だけ間をずらす教え――が残り、廉は沖田総司の“間”を思い出して胸がざわつく。


さらに拾得台帳で「右半月札(青縁)」が保管中と判明。対になる左半月(赤縁)は霞が所持している。札は対片が近づかないと全文が読めない保護細工が施されており、廉は受け取りの手続きを進める決意を固める。


蒼の“線”で街を守りつつ、緋の“曲”にいる霞へ最短で届く道を探す――。二つの月が近づく合月の前に、半月の鍵と「S式」の影が、静かに動き始めた。


朝いちばんで、記録庫へ向かった。

昨日頼んでいた受け取りの手続きを済ませ、薄い木の小箱を受け取る。中には右半月札――青い縁の札が入っている。

この札は、対になる左半月(赤い縁)が近くにないと、刻まれた文の全部は読めない細工だと聞いた。だから、いまは小箱のまま胸元にしまう。


「巡回に出るぞ、廉」

ファルコが手招きする。今日は東区の境界線まで――赤橋の手前だ。


橋へ近づくほど、通りはにぎやかになる。蒼の見回りが、白い粉で地面に細い筋を引いていく。緋の荷車はそれをまたがず、大回りに流れを作り直していた。

(止める“線”、回す“曲”。この街は、やっぱり二つで動いている)


空気が、すっと冷えた。薄い白い霧が足もとから立ちのぼる。

その足もとに、赤っぽい粉が点々と残っていた。鼻に、金属みたいな匂い。

「赤い粉――俺たちは紅粉って呼んでる。霧を濃くする連中の痕跡だ」

ファルコが低く言う。「視界と耳を鈍らせる。言の加護もザラつく。気をつけろ」


ちょうどそのとき、指笛が鳴った。

短く二度。少しおいて、もう一度。

(昨日、教わった境界合図だ。二連+一拍)


橋のたもと、蒼と緋の境目に白い粉のラインが引かれている。俺たちはそこで止まる。線は越えない。

向こう側――赤橋の上では、緋の教練士が何人かを並ばせて、拍で“間”を切っていた。指先で合図を送る。

(この間の取り方……沖田さんだ。あの、一拍だけ長い“間”)

胸の奥が冷たく縮む。呼吸が細く伸びる。足が、前へ出そうになる。

――だめだ。線は越えない。


霧が揺れ、橋の中央に、薄衣の影が現れた。

霞だ。半歩で消え、半歩で現れる。残像が二重、三重に見える。教練士の合図に合わせ、踏み替えの拍をずらしていく。

胸の小箱が、じんわり温かくなった。(近い)


「動くなよ」ファルコが小さな声で釘をさす。

「はい。ここからは見ているだけにします」


霞が一度だけ足を止め、こちらへ目を向けた。

風が、すっと通り抜ける。

「――無事で」

たしかに、そう聞こえた。

俺も、同じくらい小さな声で返す。「お前も」


その瞬間、小箱の中で札が小さく「コト」と鳴った。

線は越えない。けれど、声は届く。

霞はすぐに視線を戻し、緋の列へ溶けていく。教練士の指先が空で“一拍”を切った。


霧はまだ薄く残っている。白い粉のラインの外側、石畳に紅粉の粒がかすかに光った。

「最近、境界を狙うやつらがいる。霧と紅粉、それからあの笛。覚えとけ」

ファルコが粉を指で弾き、靴裏で払う。「蒼の粉は白だ。これで霧を落として、線に寄せる。向こうは、線をぼかして曲で回す。やり口が違う」


俺はうなずく。「線は越えません。けど……届かせます」

ファルコは少しだけ笑った。「それでいい」


教練が終わったのか、橋の向こうの人波が崩れはじめる。霞の姿は、もう見えない。

風が吹く。さっきの一言が、記憶の中で繰り返された。――無事で。

胸の小箱の温かさは、まだ消えなかった。


巡回の戻り道、白い粉のラインが夕日に淡く光る。

(次は、言葉を交わす。線は守る。けれど、声は届かせる)

俺は鞘の位置を確かめ、歩調を合わせた。

――つづく

第7話 ミニ用語メモ


赤橋あかばし:緋側の稽古場に近い橋。境界線の手前までは見学可。「線は越えない」が原則。


紅粉こうふん:赤い粉。霧薬の残りかす。境界荒らしの目印として残ることが多い。


霧薬きりぐすり:視界を白く曇らせ、言の加護を一時的に乱す薬剤。風下に紅粉が残る。


・笛の合図(二連+一拍):短く二回、間をおいて一回の指笛。境界かく乱に使われる合図。


線灯せんとう:塔と塔を結ぶ白い結界線。中に入ると音と導素の流れが整う。


・半月札の反応:遠いと温む、近いと小さく「コト」と鳴る。右は青縁、左は赤縁。


・S式の:一拍だけ長く取る独特の間合い。廉はそれを沖田の教えと結びつけて感じた。


・断面落ち品の保護細工:朔望環から来た品の一部。対になる片方が近づかないと全文が読めない封じ。


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