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第5話 蒼の基礎修行、線で戦う

第4話あらすじ


赤橋で行われる緋月側の公開稽古を見に行った廉は、「線を跨ぐな」という注意の中で、蒼と緋の境界の緊張を初めて体感する。

そこへ喰い影が出現。廉は線灯の格子と手符(手の合図)で仲間と連携し、線=街の道を守りながら撃退することで、「最短の突き」が守るための技になる手応えをつかむ。

一方の霞は緋の任務で人の流れを守る側に立ち、廉の気配に気づきつつも、今は通行札や地図を得るため動かないことを選ぶ。

戦闘後、アランが〈青き誓約〉をもう一度わかりやすく説明。廉はこれを受け、「強くなって、必ず会いに行く」と心に誓う。

次回、廉はついに蒼の基礎修行へ――線で戦う実地訓練が始まる。


朝。塔の根元に、白い棒と粉袋が山になっていた。

「月満ちて」

「月満ちて。望月殿、本日から基礎修行です」

案内役はアランだ。やわらかな声だけど、目は真剣。


線を引く訓練


最初の課題は線灯せんとうを引くこと。

白い棒を地面に打つ。頭の環が小さく光る。そこから、粉袋の晶粉しょうふんを薄くまいて、次の棒まで細い線をつなぐ。


「粉は厚すぎず、途切れず。最短でまっすぐ」

「はい」


息を落とす。半歩。もう半歩。

線は思ったより生き物だ。少しでも迷うと、すぐ曲がる。

(最短の礼。線は、心の迷いまで映す)


三本目をつないだ時、アランが頷いた。

「呼吸と歩幅が合っています。次は角封じ《かどふうじ》です」


角封じ(四隅を閉じる)


交差点の四隅に小さな格子を作り、影の通り道を狭める訓練。

訓練兵と二人組になり、対角に入る。

手符てふ(手の合図)でやり取りする。

掌を下に二度押さえ=落ち着け/人差し指で角を示す=角へ/二本指で目を指してから前=見て進め。


「角よし!」

「角よし!」

四隅の線が閉じた――そのとき。


波打つ地面(新手の魔獣)


道のひびが、ぼこりと盛り上がった。

石畳の下を、何かが掘っている。地面が波を打つ。

「石潜り《いしもぐ》!」先頭の隊員が叫ぶ。「喰い影じゃない、別系統だ! 線を壊して来る!」


※石潜り…地中を泳ぐ魔獣。線灯の震えを嫌い、線そのものを潰しに来る。


アランが短く指示。

粉灯こなび投射! 核眼かくがんを出させなさい」

隊員が袋をはたく。白い粉が舞い、石潜りの輪郭が浮く。横腹に黒い点――そこが弱点だ。


「望月殿、右の角を守ってください。線を踏み荒らさないように」

「了解!」


石潜りが線に鼻先を押しつける。消そうとしている。

(消させない)

正眼に立つ。半歩詰める。黒点までの最短を目で引く。

「――突き!」


刃先が白い粉の幕を一筋に裂き、黒い核眼に吸い込まれた。

手の中で、刀がまっすぐに鳴る。

石潜りは短く震え、砂袋みたいに崩れた。


「右、一本!」

左の線が揺れる。二体目が潜り上がる。

(影は腰を見る。こいつは地面の波を見る)

足の裏で、波の向きを読む。踏み替えは最小。

狙いを黒点の少し手前に置き、浮き上がる瞬間を先取り――

「――突き!」

二体目も崩れた。


三体目は格子の端で迷い、線灯の格子に触れて動きが鈍る。

そこを見逃さず、一息で突き抜いた。


「補修! 補修!」

粉を足し、指で細くならす。切れかけた線がまた繋がる。


息を整えたところで——


上からの敵(鳴き羽の群れ)


「上!」

影が走る。黒い羽虫がまとまって降りてきた。

鳴羽なきばだ、耳を守れ!」とファルコ。耳をふさぐ隊員。

鳴羽は飛ぶたび、甲高い音を出す。音が重なると、言の加護がザラつく。


『……※○△……線……守……!』

(声が、意味に変わらない!)


アランが手符を切る。

掌を下に二度押さえ=落ち着け。

二本指で円を描き、上を刺す=上を払え。

親指と人差し指でつまみ、横へ払う=散らせ。


隊員が粉灯を空へ撒く。白い粉が光を拾い、鳴羽の群れが見える群れになる。

「線の上は踏むな!」

俺は線の外側を回り、柄尻で一匹、二匹と叩き落とす。

低く飛んできた個体には、短く鋭い突きで翼を折る。

(狙いは胴じゃない。羽の根元だ)


群れが割れた。風が通る。音が弱まる。

言葉が戻る。

「右側、押し切れ!」

「了解!」


「予備波、来るぞ!」ファルコが叫ぶ。

次の瞬間、地面が強く波打った。

交差点のど真ん中が割れ、親個体が体を起こす。

胴は太く長い。黒点は二つ。しかも、僅かに移動する。


アランが短く言う。

「格子強度を上げます。望月殿、右の黒点。私は左。――タイミングを合わせましょう」

「はい!」


……その時、鳴羽の鳴き残りが上で揺れた。

音の揺さぶりで、足もとが一瞬だけ遅れる。

合図は「今――!」。踏み込みは、半拍ずれた。


俺の突きはかすり、黒点の脇を裂いただけ。

親個体がのたうち、尾が線のすぐそばを叩く。

線が白く薄くなる。

(まずい――ここで切れたら流れが崩れる!)


「再同期!」アランが手符で示す。

一本指で胸=一。もう一本を足して相手=二。

二本同時に前へ=同時。

親指を弾いて――=今。


息を落とす。肩の余計な力を捨てる。

(最短は急がない。無駄を捨てる)

親個体の黒点が揺れの端で止まる瞬間を待つ。

半歩だけ詰め直し――


「――突き!」

「――突き!」


二つの突きがぴたりと重なった。

刃先が粉の幕を一筋に裂き、黒い核眼に吸い込まれる感触。

親個体が沈む。地面が静かになる。

線は切れていない。


油断した瞬間、小さな石潜りが線の細い部分をこじった。

線が白く薄くなる。

(まだ来るか!)


「粉、ください!」

訓練兵が袋を投げる。俺は線の上に滑らせるだけで粉を足す。

指で細くならす。呼吸を合わせる。

小さな石潜りが鼻先を出した。

線の内側から外へ押し出すように、短く鋭い突き。

鼻先が跳ね、奴は外へ転がった。隊員の棒が落ちて止めが入る。


静かになった。粉がゆっくり落ちる。

周囲から「助かった」の声。胸に手を当てる礼。

「月満ち引きと共に」

俺も礼を返す。刀を納める。


アランが近づき、わずかに笑った。

「見事でした、望月殿。線上の戦いで大切なのは、敵より先に“道”を守る意識です。

敵を倒すより前に、道を残す」

「はい。……“止める線”ですね」

「ええ。緋は“逃がす曲”。両方あって街は生きます」


ファルコが怪我の確認に回る。誰も倒れていない。

(よかった。線も、人も、守れた)


最後は仕上げ走だ。引いた線に沿って、塔から塔へ静かに走る。

角では一拍置く。呼吸、歩幅、目線――全部をそろえる。

(最短は、急ぐことじゃない。無駄を捨てること)


塔に戻ると、アランが正式書を差し出した。

「実戦もありましたが、本日の修行はここまで。明日は――記録庫は一度後に回し、先に線上の連携(二人運用)を固めましょう」

「はい。お願いします」


遠くの市場に赤い天幕が揺れている。

(霞……今どこに)

胸の奥が少し熱くなる。けれど足は、線の上に置く。

(最短の礼。迷いは、進む足で払え)


アランが少し声を落とした。

「緋側で“薄衣の剣士”の実戦報告が記録庫に入る見込みです。図入りの記録札も添えられるはずです。明日、閲覧の手続きを取ります。」

「……ありがとうございます」


刀の柄を軽く握り直す。

線の上で、俺は俺の仕事をやる。

その先に、きっと同じ場所があると信じて。


――つづく

第5話 ミニ用語メモ


線灯せんとう

光る“線”で塔と塔をつなぎ、魔獣の通り道を制限する結界。まっすぐ・途切れないが基本。


晶粉しょうふん粉灯こなび

線灯に使う白い粉。まくと光を拾い、線を作る。魔獣にまくと輪郭や弱点が見えやすくなる。


角封じ《かどふうじ》

交差点の四隅に小さな“格子”を置いて、魔獣の動きを狭める戦術。四角を閉じるのがコツ。


石潜り《いしもぐ》

地面の下を泳ぐ魔獣。線灯を壊しに来る。横腹の核眼かくがん(黒い点)が弱点。


鳴羽なきば

鳴く羽虫の群れ。音が重なると言の加護がザラつき会話が乱れる。狙うのは羽の根元。


核眼かくがん

魔獣の弱点の黒い点。晶粉で輪郭を出してから、最短の突きで狙う。


二人運用ふたりうんよう手符てふ

線上の交代連携。穴を作らないよう入れ替わる。手の合図(落ち着け/交代/今 など)で意思疎通。


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