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第4話 初任務、双月の狭間で

第3話のあらすじ


アルセイドの街は、蒼月=線で守ると緋月=曲で回すの二つの流儀で動いていた。蒼月騎士団の使者・アランは廉に、塔の巡回や線灯の補修を学ぶ十日の研修〈青き誓約〉を提案する。市場では、半歩で消える動きの「薄衣の剣士」=霞らしい噂をつかむが、人混みと太鼓で言の加護が乱れ、うまく聞き取れない。そこで廉は手符(手の合図)を教わり、騒がしい場での伝達術を身につける。塔下の線灯の格子に入ると音と導素が澄み、刀に青い線が通る感覚を体で知る。夕刻、赤橋で霞の試技があるという知らせ。欄干の伝言札が「コト」と鳴り、胸の奥でも同じ音がした気がした――廉は、力を得る道と霞を追う道、その両方を進む決意を固め、橋へ向かう。


夕方。赤橋〈あかばし〉に人が集まっていた。


橋の手前に白い線が走る。線灯せんとう――塔と塔をつなぐ光の結界だ。


欄干には伝言札がいくつも結ばれて、風に揺れる。金具が当たって「コト」と鳴った。


「線は越えるな。ここまでだ」


ファルコが小さく言う。


「はい」


橋の上では、赤い帯の一団が動いていた。の教練士だ。


「始めるぞ!」


合図。木の人形が二体、転がされる。そこへ――一人の影が滑り込んだ。


「……かすみ?」


薄い衣。半歩ずらして、もう半歩。残像が二重三重に見える。


手首がふっと抜け、足が床をすべる。喉の一点に、木刀の先がすっと止まった。


(速い。あの"ずらし"だ)


ざわめきが大きくなる。太鼓の音も混じる。


言の加護ことのかごが少しザラついた。言葉の意味が遅れて届く。


ファルコが手符てふを切る――掌を二度押さえ、指を二本で"橋"。


(分かる。落ち着け/橋へ、だ)


霞は面を上げない。けれど、一度だけ、こちら側を見た。


目だけで、「線はまたぐな」と言っている気がした。


---


――その頃、霞。


(来てる。廉)


胸の半月札・右(赤縁)が、ほんのり温かい。


緋の流れは、人を守る回し方。市場を止めない。逃がす道を作る。


(私は"曲"を学ぶ。流れを切らずに守るために。……それに、この教練士の"間"――どこかで見た)


一分も揺れないあの人の間合い。記憶がチクリと痛む。


(今は会えない。会えば迷う。だから、ここでやる)


霞は木刀を納めると、教練士に礼をした。


「次は実戦隊で」


「了解」


(緋に残る。でも、目は逸らさない。左の札(青縁)の行方も、こっちで探す)


---


橋のたもとで、黒い影が泡のようにふくらんだ。


「喰い影だ!」


悲鳴。人が押し合う。太鼓が増える。言葉が崩れる。


『……※○△……逃……!』


(聞こえるのに、意味が滑る!)


「線、開け! 格子を組む!」


ファルコが叫び、そうの隊員が白い棒を打ち込む。


線灯の格子が走る。格子の中は、ざわめきがすっと静かになった。


(耳が軽い。呼吸だけがはっきり残る)


「廉、右の角を頼む!」


「はい!」


俺は格子の角に立つ。


喰い影が、薄い布のように滑ってくる。牙だけが本物の速さ。


正眼。半歩詰める。狙いは喉の一点。


最短――突き。


刃先に細い青が走った。影が破れて、霧が石に散る。


(通る。蒼の線が、刀を通る)


二体目。小さく踏み替え、腰の動きで本物を見切る。


突き。


三体目は格子に触れて動きが鈍る。そこを見逃さず、一息で突き抜いた。


最後の一体が現れた。


「廉、任せる!」


ファルコが合図。俺は深く息を吐く。


最短の礼。迷いは、進む足で払え。


踏み込み、突き。


静かになった。


「よし、収束」


蒼の隊員が格子を畳む。


周りから「助かった」の声。胸に手を当てて礼をする人もいた。


「月満ち引きと共に」


俺も礼を返す。


「見事でした、望月殿」


アランが近づいた。


「線灯の上での呼吸。狙点の取り方。最短を心得ておられる」


「ありがとうございます」


彼は、一歩だけ近づいて声を落とす。


「望月殿、『青き誓約』の正式書をお持ちしました。もう一度説明しますが、期間は十日。塔の巡回、線灯の補修、記録庫での導素路どうそろの図読みを学んでいただきます。衣食・寝所・研ぎ油はこちらで手配いたします。――ただし、緋の管轄に入られる際は、事前に私へ一声ください。橋渡し役は私が務めます。」


「承知しました」


俺は橋の向こうを見た。


霞は、顔を上げない。けれど、赤い紐が一度だけ揺れた。


(……分かってる。今は行くな、だろ)


胸の奥で、小さく「コト」と何かが鳴った気がした。羽織の「誠」が日向みたいにわずかに温かい。


(俺は――蒼に入る。力がいる。地図がいる。読み書きも早く覚える。あの人の"間"の正体にも、近づける)


「アランさん。誓約、受けさせていただきます。ただし――」


「彼女の件ですね。橋渡しは私が」


「お願いします」


アランは一礼した。


「月満ちて」


「引きと共に」と返す。胸の中で、言葉がきちんと噛み合った。


---


赤橋の上。


霞は隊から外れて、欄干に小さな印を刻んだ。半月の左(青縁)をかたどった、薄い傷。


(見つけて。けど、今は来ないで)


風が札を揺らし、金具がまた「コト」と鳴った。


ふと、屋根の上に白い袖が見えた気がした。


「……?」


目を凝らす。もういない。


胸の中で、古い記憶がきしむ。


(戻れない、が誰かの足を狂わせる。なら――私は進む)


霞は、赤い帯をきゅっと締め直した。


(流れを止めない"曲"。それが、今の私の誠だ)


---


夜。


俺は仮宿の机で、セリナにもらった練習帳を開いた。


「ア、イ、ウ……」


読み書きは、最短じゃない。けど、確実だ。


(最短は、一歩の重ね方だって、沖田さんが教えてくれた)


窓の外。蒼が少し薄れ、緋が濃くなる。


二つの月が、街をゆっくり染め替えていく。


(待ってろ、霞。線と曲で、いつか同じ場所へ)


――つづく

ミニ用語メモ


喰いくいかげ

影から生まれる魔獣。群れて出ることがある。線灯の格子に触れると動きが鈍る。


線灯の格子せんとうのこうし

塔と塔を“線”で結ぶ光の結界。内側は音と導素が整う。戦闘や避難誘導に有効。


手符てふ

手の形で伝える合図。うるさい場所や言の加護が乱れた時に使う。例:「落ち着け/橋へ」。


青き誓約あおきせいやく〔正式書〕

蒼月騎士団の10日研修。塔の巡回、線灯の補修、記録庫での導素路の図読みなど。

衣食・寝所・研ぎ油は手配。緋の区域へ入る時は要・事前連絡(アランが橋渡し)。


実戦隊じっせんたい

緋側の現場部隊。市の流れを止めずに守ることを重視。霞はここで技を磨いている。


半月札はんげつふだ

二枚で一対。右=赤縁/霞、左=青縁/所在不明。近づくとぬくもりや小さな反応を返す。


挨拶「月満ちて/引きと共に」

蒼=「月満ちて」、緋=「引きと共に」。中立は一息で「月満ち引きと共に」。

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