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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
幕間
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第九十九話 追憶 〜あの日のこと〜

「ミーリィ、ちょっといいか?」


 ファレオ本部の案内が終わって部屋に入ってきたミーリィにそう言った。


「は、はい。どうしました?」


 彼女はきょとんとした顔でこちらを見た。そこに以前見せていたような怯えた様子は無い。

 とことことこちらに駆け寄ってきて、俺の前に置かれた椅子に座った。


「先日の件——ミーリィを保護した、あの凍りついた街のことについて話がある」


 そう言った瞬間、彼女の顔が強張った。汗が彼女の頬を伝い、しかしそれを拭おうともせず彼女はじっとこちらを見てくる。

 彼女の胸中に渦巻くのは、あの時抱いた恐怖であろうか。

 ……やっぱり、聞くべきじゃなかったか……?


「あ、いや、無理に教えなくていい。落ち着いて話せるまで——」

「いえ……だ、大丈夫です……」


 俺の発言を遮り、彼女は目線を落としながらそう言った。


「……わたしも、よく、覚えていないんです。酷いことをされそうになって……気を失って……目が覚めたら、みんな凍ってて……」

「……そうか」


 やはり、強姦されそうになったという訳か。実際にされていないだけ幸いか。


「みんな、殺されたんです……冷気に呑み込まれて、動けなくなって……」


 そう言う彼女の頬には、汗だけでなく涙も伝っていた。

 ……これ以上聞くべきでは無いか……いや、二つ聞くべきことがある。


「……ミーリィ、凍りついた街の中で誰かを見かけたか?」


 ファレオにとって、そして俺にとっても最も重要なこと——冷気の魔術師がどういう奴か。そもそも人なのか。

 これまでまともな痕跡を発見できなかった以上、奴を探す為にはその姿を知る他無いだろう。


 彼女は暫し黙り、目線を落としたまま徐に口を開いた。


「……い、いえ……ダスさんの姿が、薄らと見えただけです……」


 まあ、気を失っていたのだからそれはそうか。

 俺は衣嚢から黒い星と短剣の紋章の刻まれた皮を取り出し、彼女に見せる。


「あの時襲ってきた奴に刻まれていた紋章だが……これに見覚えはあるか?」


 あの二人が襲ってきたのは凍りついた街では無く、彼女の保護の為に最初に滞在した街である。

 だから本当に関係があるかは分からないが、念の為聞いておくべきであろう。


 彼女は俯いたまま目線を上げ、皮に刻まれた紋章を見る。


「……し、知らないです……」


 そう言って彼女は再び目線を落とした。


「……そうか、辛いことを思い出させてすまない」


 皮を衣嚢にしまい、彼女を見る。

 先程まで見せていた穏やかな様子は消え、今では保護したての頃のような怯えた様子を見せている。

 ……もう二度と、あの日のことを思い出させるべきでは無いのだろう。


「……うち、どうだった? あんま良い場所じゃないが……」


 話題を変える為、適当に聞いてみた。


「え!? あ、その、えと……」


 突然の質問に彼女は勢いよく頭を上げ、周囲をきょろきょろと見回しながら言葉を詰まらせる。


「……暗くて……じめじめして……冷たくて……でも、意外と心地良いです」


 褒めているのか貶しているのかよく分からない回答が返ってきた。






 ミーリィを寝かしつけた後、一人で物思いに耽る。

 あの日のこと——ミーリィを保護した時と、謎の二人から襲撃を受けた時のことを思い出す。


 ミーリィが今こうして生きていることに、僅かな疑問が残っている

 俺の村を襲ったロイン・ヒューのような奴であれば、まさに俺のように生きていることも理解できる。

 しかし冷気の魔術師と呼ばれる存在はロインとは違って街そのものに対して魔術を行使している。一人一人殺すのではなく。

 あの時はミーリィを保護することもあって細かく調査はできなかった——が、これまで調査した街は、建物の外だろうが中だろうが全てが凍りついていた。

 だから単に建物の中にいるだけでは死んでしまう。


 ……一体どうやって生き延びたんだ?


 考えても考えてもそれらしい答えは思い浮かばない。

 基礎魔術には火を生み出したり体温を高めたりするものもあるが——


「……魔術師喰らい……」


 その可能性——冷静に考えれば最も生存できる可能性が高い方法を失念していた。

 ……或いは、考えないようにしていたのかもしれない。


 彼女の母親が、それ以外の誰かが——そして彼女が完全な魔腑を保有していて、それによる魔術で生きていたのかもしれない。

 そしてそれと同時に——


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 ……これ以上考えるのはやめよう。

 そう思って別のことを——襲撃してきた二人のことを考える。


 刻まれた紋章に短剣が描かれていることから、何かしらの武装勢力であることが分かる。そして一人が通信の魔術で支援を要求していたことから、規模が大きいことが窺える。

 そして二人とも魔術師喰らい——可能性が高いのは、闇市場で魔腑を買って喰らった魔術犯罪者の組織であろう。


 俺を狙ったとは考えにくい。確かに魔術犯罪者を殺して回り、地を這う者達(アポラスト)を壊滅させて多くの魔術犯罪者の恨みを買っているが、ファレオの魔獣の名がゴーノクル全土に轟いたこともあって寧ろ襲われなくなった。

 ——だとするとミーリィが狙いなのか……?


 何かしらの理由でミーリィを狙っていて、それで邪魔な俺を殺そうとしたのかもしれない。或いは冷気の魔術師はその組織が擁していて、ミーリィを捕まえる為に彼女を殺さなかった可能性もある。

 しかし、分からないことが多すぎる。何という組織なのか、彼女を狙う理由は何か、本当に冷気の魔術師が在籍しているのか、そもそも彼女はその組織のことを知らない——


「……もう、寝よう」


 情報が非常に少ないままあれこれ考えても頭がおかしくなるだけだ。

 彼女がこのことについて落ち着いて話せるようになるのを待ち、その時に真実を聞くべきであろう。


 穏やかな寝息を立てるミーリィの隣で横になって目を閉じる——が、あれこれと考えずにはいられなかった。

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