第九十八話 追憶 〜ミーリィの入団〜
「……は?」
「ちょちょちょぉっ!」
「いやいやいや! ミーリィ君! 考え直すんだ!」
俺達三人はミーリィの言葉に驚愕の叫びを零した。ドライアとナラは咄嗟に彼女の側に向かい、屈んで彼女と目線を合わせる。
「君がそう言ってくれるのは嬉しい……だけど、ファレオの仕事はともすればゴーノクルに存在する仕事の中で、一番辛い仕事かもしれないんだよ!?」
彼女の怯む様を気にせず、彼は心に訴えかけるように力強く叫んだ。
ともすればファレオは一番辛い仕事——その通りである。魔術師喰らいとの戦いという死地に身を投じ、彼女自身が経験したような悲惨な現場を何度も見ることになる。
「そもそも、君のご両親は——」
「お父さんとお母さんは……! もう……いません」
「……え……」
ドライアの言葉を遮るように放たれたミーリィの言葉に、ドライアは声を出して愕然とした。
「そ、そうなの……?」
「…………」
彼だけでなくナラも、そして俺も愕然としている。
——ミーリィも、俺と似たような境遇なのか……
「……お父さんはわたしが生まれた時にはもういなくて……お母さんは、数日前に悪い人に……殺されました……」
「悪い人に……」
俯いて苦しみに耐えるように目を閉じ、嗚咽混じりの声で放たれた彼女の言葉を聞いて、あの時の光景——彼女を拾った氷漬けの街を思い出した。
……或いはあの時に母親を殺されたのか……
ドライアもナラも、何も言おうとはしなかった。二人はただじっとミーリィのことを見ているだけである。
まるで彼女の紡ぐ言葉の察しがついているように。それに対する言葉が決まっているかのように。
彼女はまるで意を決したかのように頭をかっと上げ、ドライアを見据えた。
「……わたしは、これ以上わたしのような人が増えて欲しくないです。お母さんのように人が殺されるのも嫌です。何かに苦しんでいる人がいたら助けたいです。わたしは……殺された人の為に、苦しんでいる人の為に戦いたいです」
少女の口から出た拙い言葉——しかしその言葉には、ドライアをじっと見つめる彼女の瞳は、強固な意志を帯びている。
「……例え君が苦しみ、死ぬことになったとしても?」
先程の優しさは欠片も無く、ドライアは彼女を険しい顔で見て冷酷に言い放った。
それを聞き、しかしミーリィはこれまでとは違って怯むことが無かった。ドライアの瞳をじっと見たまま彼女は頷く。
「……それが、わたしの使命だと思います」
先程の拙い言葉とは正反対の、荘厳な言葉がその幼い口から放たれた。
ドライアもナラも俺も、そんな彼女を黙ってじっと見つめ——
「——よし」
沈黙を破ったのはドライアだった。また一転して優しい表情を見せ、屈んだまま言葉を紡ぎ続ける。
「ファレオへの入団を認めるよ——ただし! 辛く感じたら絶対に辞めること! ただ、辞めたとしてもここにいていいから、そこは安心して欲しい」
先程の子供に対する甘さが透けて見える声音と言葉遣いで紡がれた言葉を聞き、ミーリィの顔はぱあっと明るくなった。
「はい!」
「そういう訳で——ナラ、ミーリィ君を案内してやってくれるか? ダスと少し話がしたい」
「はーい。それじゃミーリィちゃん、行きましょ!」
そう言ってナラは、そして彼女に続いてミーリィが立ち上がり、団長室を後にした。
ドライアは椅子に戻ってこちらを見て——和やかな雰囲気が一瞬にして失われる。
「……上手く説明できないが、妙なものを覚えたよ」
「妙なもの?」
ドライアが小さく、そして重く言った言葉に首を傾げた。
「ああ。例え自分が苦しみ、死ぬことになったとしても、殺された人と苦しんでいる人の為に戦う——それを使命とすることが、少々ひっかかってな」
「……俺は、何とも思わなかったが」
まあ彼女と同じくらいの年頃に、魔術を消し去りたいとか屑共を殺したいとか思っていたこともあるのだろうが。
「それと……考えすぎかもしれないが、『殺されたお母さんの為に』じゃなくて『殺された人の為に』って言ったことも気になる」
言われてみれば確かに——と思ったが、彼女を保護した時の状況を思い出した。
「……あーいや、それについては心当たりがある」
「というと?」
彼は机に肘をついて身を乗り出してきた。
「ドライアが言ってた推定『冷気の魔術師』——魔術師か魔獣か分からない存在。それの調査中に、凍りついた街で保護した」
「つまり彼女は——」
「その街の生き残り。ただ、ずっとその街にいたのか、別のところからやってきたのかは分からなかった——が、さっきの発言から察するに前者だろうな」
思えば俺もそうだった。全てを殺し尽くすような恐ろしい存在に遭遇し、しかし俺だけ存在を気付かれなかった。
彼女もまた俺みたいに、何かしらの理由で自分以外の全てを殺されてしまったのだろう。
「そうか……彼女から話は聞いているのか?」
「いや、まだだ……体も心も傷付いていたから、保護してすぐに聞くべきでないと思ってな。ここで色々話を聞こうと——」
「ふっ」
と、ドライアは突然息のような笑いを零した。
「おい、どうした急に?」
「……いや失敬、何と言うか……君、変わったな」
「変わった?」
——ああ、多分ミーリィと接している時のことか。
確かに変わっただろうな。意識しなくても、心が勝手に彼女に妹を重ねてしまっているのだから。
……だから、変わったというよりは昔に戻ったと表現する方が適切だろう。
「まるで自分の子供か妹に接しているみたいだったぞ」
「……まあ、そうだな。俺の妹が殺された時の年齢は、多分ミーリィと同じくらいだからな」
「……すまない、迂闊だった」
彼はばつが悪そうに視線を落とし、申し訳なさそうにそう言った。
「いや、大丈夫だ。これまで言ってなかったしな」
質素で小さな団長室に気まずい空気が流れ、俺は咳払いをしてその空気を破る。
「それで、早ければ今日にでもミーリィに話を聞くつもりだ。二人きりでやって大丈夫か?」
ようやくドライアは視線をこちらに向け、口を開く。
「あ、ああ、大丈夫だ。今日出会ったばかりだ、私がいたらとても緊張してしまうだろうしな」
「分かった。終わったら報告する」
そう言って踵を返し——
——あ。
ドライアに尋ねるべきこと——先日俺とミーリィを襲撃した二人のことについて思い出した。
振り返ってドライアを見ると、彼は訝しげに首を傾げた。
「どうした、まだ何か?」
「一つ聞きたいことがあるんだが——」
そう言って二人から剥ぎ取った皮を——そこに刻まれた紋章を彼に見せた。
「これ、知ってるか?」
その皮に刻まれた紋章は丸に無数の棘が生えたかの模様——爛然と輝く星である。
しかしそれはただの星では無かった。星は黒く塗り潰された円の中に点線で描かれ、そしてその星の上には短剣が重なっている。
「俺を襲ってきた奴がいたんだが、その二人の首にこの紋章が刻まれていて——」
「ダス、君さては殺したな?」
「あ」
そうだった。今俺は殺人を禁じられている状況だった。
いやしかし。しかしだ。
「……俺が殺さなかったら、ミーリィが死んでいたかもしれないだろ」
「ま、まあそれはそうだな……というかそもそも、ゴルンさんが君を矯正しようとしての方針だからな……うん、危険な時だけ殺すよう努めてくれ」
そう言って彼は俺の手から紋章の刻まれた皮を取り、じっと見て悩ましげな唸り声を上げる。
「……いや、知らないな。初めて見た。星と、短剣……新手の傭兵の組織か何かか? 黒い円に点線で描かれているのはどういう意味だ……?」
「そうか、知らないか」
「ああ、ファレオに属して数十年経つが、初めて見る」
彼は紋章の刻まれた皮の一つをこちらに手渡してきた。それを受け取り、衣嚢にしまう。
「他の団員達に見かけたら報告するよう伝えておく。私も各所に聞いて回るつもりだ」
「分かった——それともう一つ」
背嚢を床に置き、そこから布に包まれたものを二つ取り出した。何枚もの布が重ねられ、ところどころが赤く染まっている。
「それは……魔腑か」
ファレオは魔術師と戦って勝った際、敵の魔腑を回収する決まりとなっている。魔術犯罪者の増加を防ぐ為でもあるし、ファレオの戦力を増強する為でもある。
ただ魔腑は不可視で無形の臓器である為、このように右腕を切り落として回収するしか方法が無い。
……お陰様で、背嚢は吐き気を催す程臭い。
「殺した二人から回収した。奇跡魔術は片方が武器生成、もう片方が——通信」
「通信!?」
ドライアが机をばんと叩いて立ち上がった。流石は希少な魔腑の一つ、ドライアの食いつきようが今までと違う。
「でかした、ダス君! これで通信員が——」
「金」
「は?」
大喜びしていたドライアが、ぽかんと口を開けてこちらを見た。
金という単語に殴られて呆然としている彼を意に介さず、淡々とこちらの要求を述べつつ掌を開いたまま手を伸ばした。
「ミーリィに色々買ってやったら金が無くなった。金」
「ま、魔腑と引き換えに金を寄越せと言うのか……! ぐぬぬ……師匠が師匠なら弟子も弟子という訳か……!」
彼は歯を食いしばってこちらを睨み——結局、ミーリィの為に色々買うということで大金を貰った。




