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ゲロムスの遺児  作者: 粟沿曼珠
幕間
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第九十七話 追憶 〜ファレオへの帰還〜

 ミーリィを保護してから数日が経過した。

 俺達は一旦ファレオの本部へと戻り、状況を伝えることにした。それと、ミーリィのこれからをどうするか決める必要もある。俺としては保護したいし、ドライア達のことだからそれを認めてくれるとは思う——が、それでも確認は必要だ。


 草原の下に隠された本部へと入って梯子を下り、扉を軽く叩く。返ってきたのは沈黙だけだった。


「だ、ダスさん……」


 大地の真下の、傍から見れば怪しい空間。日の光は届かなくて冷たく、薄闇の中にぼんやりと輝くのは燭台の灯火のみ——そんな場所故か、怯えを感じさせる声でミーリィはそう小さく零した。

 こちらの顔を覗く彼女に目線を合わせ、


「大丈夫だ。こういう規則なだけ」


 そう零した。これまで誤って入ってくる人はおらず、敵襲も受けなかったとのことだが、万が一に備えてみだりに扉を開けないようにしている。


「『ドライアの下着は赤褐色』——俺だ、ダス・ルーゲウスだ」

「え!? ダス君!?」


 合言葉と共に名を名乗ると、驚きに上擦った女性の声が返ってきた。久しく聞いていなかったが、多少は世話になったから声の主は覚えている——ナラだ。


「ちょっとちょっと! 戻ってくる時は通信を——」


 そう言いながら扉を開けた彼女の声は徐々に小さくなっていき、視線は俺の真上に吸い寄せられていった。

 ——厳密に言えば、俺の肩に座るミーリィに吸い寄せられていった。


「……こ、こんにちは……」


 ミーリィは怯えつつも挨拶し——


「きゃああぁぁ————————っっっ!!! ダス君が子供を孕んだぁぁ————————っっっ!!!」


 と、ナラは半狂乱でそう叫びながら奥の闇へと消えていった。

 仮に孕んだとしたら腹が大きくなっているわ。


「……えっと……大丈夫、ですか……?」

「……まあ、少なくとも大きな問題では無いな——」

「ダス! 君女性だったのかッッッ!?」


 ドライアを筆頭に、奥から続々とファレオの団員達がやってきた。


「だったら、だったら早く休みたまえッッッ!!! いつ頃生まれ——」

「んな訳あるか。それと、あんま怯えさせるなよ」


 親指で上の方を指差すと、皆の視線がその先に集中した。

 それと同時に肩に座るミーリィが、まるで下りたがっているかのように身動ぎした。屈んで彼女を下ろすと俺の背後に隠れ、脇腹の辺りから団員達の様子を窺う。


「……ああ、何だもう出産していたのか。言っといてくれれば君の為に部屋とか用意したのに……ともかく、おめでとう」

「何で俺が女性で出産する前提なんだよ……男だわ」


 拍手をするドライアに嘆息を零し、そしてミーリィを見遣る。まだ警戒心は残っているように見えるものの、今のやり取りもあってか彼女は半身を俺の脇腹の辺りから見せていた。


「調査中に保護した子だ。名はミーリィ・ホルム」

「保護?」


 にこやかだったドライアの顔が、一瞬にして険しくなった。そしてそれに萎縮したのだろう、ミーリィが再び俺の背後に隠れた。


「私の部屋に来てくれ。詳しく話そう」

「ああ」


 そう言って闇に向かって歩くドライアについていった。ミーリィは俺の服をぎゅっと掴んでついてきている。

 ドライアの部屋——団長室にミーリィと共に入る。その名に付く組織の長の名称とは裏腹に、豪華な装飾などは一切無い質素な部屋だ。


「……ああしまった、椅子を用意するんだったな。すまない、今持って——」

「ドライアさーん、私持ってきましたよー」


 その声と共に部屋に入ってきたのはナラであった。彼女のその手には椅子が握られている——座り心地の良さげな椅子二つと、折り畳み式の椅子一つ。


「……まあ、話を聞くくらいなら良いか……」

「やった!」


 嬉々として彼女は俺とミーリィの背後に椅子を置き、俺の隣に折り畳み式の椅子を置いて座った。

 恐る恐るミーリィは椅子に座り、俺もまた腰を下ろした。


「それで……その子、ミーリィ君を保護したと?」


 彼の問い掛けに頷いて応え、ミーリィの顔を見る。

 痩せさらばえた顔は多少ましになり、体からは酷い暴力の痕跡は消えている。そして服は買い替えて綺麗だ。

 ——それでも、彼女の心には未だに傷が残っている。


「今でこそ問題無いが……保護した時は酷く痩せていて服はぼろぼろ、そして暴力や強姦の痕跡が残っていた」

「……そうか」


 ドライアは小さくそう言うと立ち上がり、ミーリィの前に来た。

 眼前に迫った巨大な姿に彼女は怯え、俺の方をちらちら見てくる。ドライアはそこまで背が高い訳では無いが、今の彼女には自身の何倍もの身長に映っているだろう。


「……ドライア、ちょっ——」

「大変……だったねぇ……」


 彼は屈んで彼女の肩に触れ、頬を伝う涙を手で拭い、団長の威厳を感じさせないような嗚咽混じりの声でそう言った。


「……?」


 ミーリィは声を出さず、怪訝そうにドライアを見つめた。俺もまたドライアのことをじっと見ることしかできなかった。

 ——ドライアにこんな一面があるのか……


「あ、ちょっと待っててね。お菓子持ってくるから。沢山食べて元気出すんだよ……」

「あ、いえ、その……あ、ありがとう、ございます……?」

「ドライアさん、話ずれてますよ。私が持ってきます」

「あ、それもそうだね……すまない、頼む」


 ドライアは椅子に戻り、ナラは菓子を持ってくる為に部屋から出ていった。

 こちらを見遣るドライアに、俺は伝えるべき言葉を紡ぐ。


「それで、俺はミーリィをファレオで保護したいと思うんだが……良いか?」

「……ファレオで保護、か……」


 俺の言葉を聞いたドライアは腕を組んで天井を見つめ、悩ましげな表情で少しの間思考に耽る。


「うーん……可能ではあるが、果たしてそれが彼女にとって幸せかどうか……」

「彼女の幸せ……」


 ドライアの言うことは尤もである。ファレオで保護するということは、外界から——この世界の日常から殆ど隔絶されることになる。

 外界と接する機会は勿論ある。しかし、ファレオの団員は各地を転々とする都合上、往々にして人間関係がファレオ内で完結してしまう。

 もし彼女が独り立ちできる程に成長し、実際に独り立ちした時、果たして外界で上手くやっていくことができるのか。

 ファレオで保護するということは、ともすれば保護する人の人生をファレオに縛り付けるということも意味する。


 ……果たしてそれが、彼女にとって幸せか——


「あ、あのっ!」


 その叫びに思考が中断され、俺の、ドライアの、そして菓子を持ってきたナラの視線が叫びの主に集まった。

 叫びの主は——ずっと怯え、黙っていたミーリィだ。


「ど、どうした?」


 少々驚いて上擦った声で彼女に問い掛ける。

 彼女は暫し黙って俯き——そして頭を上げてドライアを見据えて口を開く。その目は意志に満ちているようで力強く——


「わたしを、ファレオに入れて下さいっ!」


 この場にいる誰もが驚愕する言葉もまた力強かった。

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